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源氏物語 第52帖 蜻蛉(31)

秋の六条院

登場人物:明石の中宮・夕霧・匂宮・宮の君・薫・侍従

中宮がこの六条院にいらっしゃるのを、内裏よりも広く趣深く住みよいものとして、いつもはお仕えしない人々も皆くつろいで住みながら、はるばると多い対の屋や廊、渡殿に満ちている。左大臣殿(夕霧)は昔の六条院のご様子にも劣らず、すべてこの上なく準備してお仕えなさる。厳めしくなった御一族なので、かえって昔よりも当世風なことはまさってさえいた。この宮(匂宮)がいつものお心なら、この何か月の間にどんな色事をしでかしなさったことだろう。この上なく落ち着いていらして、人目には少し大人びなさったなと見えるのを、この頃また宮の君に、本性があらわれて付きまとって歩きなさった。涼しくなったといって中宮が内裏に参られようとするので、秋の盛り、紅葉の頃を見ないとはと若い女房たちは残念がって、皆参り集まっている頃である。水に親しみ月を愛でて管弦の遊びが絶えず、いつもより華やかなので、この宮はこのような方面をたいそうこの上なくもてはやしなさる。朝夕見慣れていても、やはり今咲いたばかりの花のような様子をしていらっしゃるのに、大将の君はそれほど入り込んだりなさらない頃なので、気が引けて油断のならないものと皆思っている。いつものようにお二人が参られて御前にいらっしゃる時、あの侍従は物陰からのぞき申し上げると、どちらの方に寄っても、すばらしいご宿縁が見えた様子で世にいらっしゃったろうに、呆れるほどはかなくつらいお心だったなと、人にはそのあたりのことを全く知っている顔にも言わないことなので、心一つに飽き足らず胸が痛く思う。宮は内裏のお話などを細やかに申し上げなさるので、もう一方(薫)は退出なさる。侍従は、見つけられ申すまい、御一周忌も過ごさず心浅いと見られ申すまいと思うので隠れた。薫は東の渡殿の開いている戸口に、女房たちが大勢いて話などを忍びやかにしている所においでになって、「私をこそ女房は親しくお思いになるべきでしょうね。女でさえこのように気楽ではまさかありますまい。

  1. 1このこのこの院ゐん院ゐんいんにににおはしますおはしますおわしますをををばばば內うち內うちうちよりよりよりもももひろくひろくひろくおもしろくおもしろくおもしろく住す住すすみみみよきよきよきものものものにににしししててて常つね常つねつねにににしもしもしも侍さぶら侍さぶらさぶらははわぬぬぬ人ひと人ひとひとどもどもどもゝゝも皆みな皆みなみなうちうちうちとけとけとけ住す住すすみみみつゝつゝつつはるばるはるばるはるばるととと多おほ多おほおおかるかるかる對たい對たいたいどもどもども廊らう廊らうろう渡わた渡わたわた殿どの殿どのどのにににみちみちみちたりたりたり。。。左さ左ささ大だい大だいだい臣じん臣じんじん殿どの殿どのどの昔むかし昔むかしむかしののの御おん御おんおんけはひけはひけはいにににももも劣おと劣おとおとらららずずずすべてすべてすべて限かぎり限かぎりかぎりもももなくなくなくいとなみいとなみいとなみ仕つか仕つかつこうううまつりまつりまつりたまふたまふたまう。。。嚴いか嚴いかいかめしうめしうめしゅうなりなりなりにににたるたるたる御おん御おんおんぞうぞうぞうなれなれなればばばなかなかなかなかなかなかいにしへいにしへいにしえよりよりよりももも今いま今いまいまめかしきめかしきめかしきことことことはははまさりまさりまさりてててさへさへさへなむなむなんありありありけるけるける。。。このこのこの宮みや宮みやみや例れい例れいれいののの御心みこころ御心みこころみこころならならならばばば月つき月つきつき比ごろ比ごろごろののの程ほど程ほどほどにににいかいかいかなるなるなるすきすきすきごとごとごとどもどもどもをををしししいでいでいで給たま給たまたまははわましましまし。。。こよなくこよなくこよなくしづまりしづまりしずまり給たま給たまたまひひいててて人ひと人ひとひとめめめにににははは少すこ少すこすこしししおひおひおいなほりなほりなおりししし給たま給たまたまふふうかなかなかなととと見み見みみゆるゆるゆるををを、、、このこのこのころころころぞぞぞ又また又またまた宮みや宮みやみやののの君きみ君きみきみににに、、、本ほん本ほんほん性じやう性じやうじょうあらはれあらはれあらわれてててかゝづらひかゝづらひかかずらいありきありきありき給たま給たまたまひひいけるけるける。。。涼すゞ涼すゞすずしくしくしくなりなりなりぬぬぬとてとてとて宮みや宮みやみや內うち內うちうちににに參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひひいなななむむんとととすれすれすればばば秋あき秋あきあきのののさかりさかりさかり紅もみ紅もみもみ葉ぢ葉ぢじののの比ころ比ころころををを見み見みみざらざらざらむむんこそこそこそなどなどなど若わか若わかわかききき人々ひとびと人々ひとびとひとびとははは口くち口くちくち惜を惜をおしがりしがりしがりててて皆みな皆みなみな參まゐ參まゐまいりりりつどひつどひつどいたるたるたるころころころなりなりなり。。。水みづ水みづみずににになれなれなれ月つき月つきつきをををめでめでめでゝゝて御おん御おんおんあそびあそびあそび絕た絕たたえええずずず、、、常つね常つねつねよりよりよりももも今いま今いまいまめかしけれめかしけれめかしければばば、、、このこのこの宮みや宮みやみやぞぞぞかゝるかゝるかかるすぢすぢすじはははいといといとこよなくこよなくこよなくもてもてもてはやしはやしはやし給たま給たまたまふふう。。。朝あさ朝あさあさ夕ゆふ夕ゆふゆうめめめなれなれなれてててももも猶なほ猶なほなお今いま今いまいま見み見みみむむん初はつ初はつはつ花はな花はなはなのののさまさまさまししし給たま給たまたまへへえるるるににに、、、大たい大たいたい將しやう將しやうしょうののの君きみ君きみきみはははいといといとさしもさしもさしも入い入いいりりりたちたちたちなどなどなどししし給たま給たまたまははわぬぬぬほどほどほどにてにてにてはづかしうはづかしうはずかしゅう心こころ心こころこころゆるびゆるびゆるびなきなきなきものものものににに皆みな皆みなみな思おも思おもおもひひいたりたりたり。。。
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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

この院にいらっしゃるのを、内裏よりも広く趣深く住みよいものとして、いつもはお仕えしない人々も皆くつろいで住みながら、はるばると多い対の屋や廊、渡殿に満ちている。左大臣殿は昔のご様子にも劣らず、すべてこの上なく準備してお仕えなさる。厳めしくなった御一族なので、かえって昔よりも当世風なことはまさってさえいた。この宮がいつものお心なら、この何か月の間にどんな色事をしでかしなさったことだろう。この上なく落ち着いていらして、人目には少し大人びなさったなと見えるのを、この頃また宮の君に、本性があらわれて付きまとって歩きなさった。涼しくなったといって宮が内裏に参られようとするので、秋の盛り、紅葉の頃を見ないとはと若い人々は残念がって、皆参り集まっている頃である。水に親しみ月を愛でて管弦の遊びが絶えず、いつもより華やかなので、この宮はこのような方面をたいそうこの上なくもてはやしなさる。朝夕見慣れていても、やはり今咲いたばかりの花のような様子をしていらっしゃるのに、大将の君はそれほど入り込んだりなさらない頃なので、気が引けて油断のならないものと皆思っている。

いつものようにお二人が参られて御前にいらっしゃる時、あの侍従は物陰からのぞき申し上げると、どちらの方に寄っても、すばらしいご宿縁が見えた様子で世にいらっしゃったろうに、呆れるほどはかなくつらいお心だったなと、人にはそのあたりのことを全く知っている顔にも言わないことなので、心一つに飽き足らず胸が痛く思う。宮は内裏のお話などを細やかに申し上げなさるので、もう一方は退出なさる。見つけられ申すまい、しばらく御一周忌も過ごさず心浅いと見られ申すまいと思うので隠れた。東の渡殿の開いている戸口に、女房たちが大勢いて話などを忍びやかにしている所においでになって、「私をこそ女房は親しくお思いになるべきでしょうね。女でさえこのように気楽ではまさかありますまい。

意訳

秋、明石の中宮は六条院に滞在し、多くの女房が集まって華やいでいる。夕霧は昔に劣らず中宮に仕える。浮舟の死後しばらく落ち着いていた匂宮は、宮の君に心をかけ始める。中宮の内裏への帰還を前に、管弦の遊びが絶えない。侍従は物陰から匂宮と薫を見て、どちらに縁づいても幸せになれたのにと浮舟を惜しむ。薫は東の渡殿で女房たちに声をかける。

語釈・文法注

文法

「御ぞう」(嚴めしうなりにたる御ぞうなれば)
御族。一族。夕霧の一族。
「おひなほり」(人めには少しおひなほりし給ふかなと見ゆるを)
生ひ直る。成長して性格が改まる、大人びる。
「初花」(猶今見む初花のさまし給へるに)
咲き始めの花。いつも新鮮な美しさを持つことのたとえ。

解説

華やかな六条院の秋と、浮舟を偲ぶ侍従の孤独な悲しみが対照される。浮舟の死は、宮廷の華やぎの中ではすでに過去のものとなりつつある。

侍従は「いづ方にもいづかたにもよりてめでたき御宿世」と思う。薫か匂宮のどちらかに身を寄せていれば幸せになれたという思いは、浮舟の選択の悲劇性を際立たせる。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1184–1187頁(コマ303–304)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日