源氏物語 第52帖 蜻蛉(30)
宮の君
侍従は宇治にいるのがつらくひどく恐ろしくばかり思われて、京の粗末な所にこの頃来ていた。匂宮が尋ね出しなさって、こうしてここに仕えよとおっしゃるが、お心はともかく、人々が言うだろうことも、そのような筋のことが混じった所では聞き苦しいこともあるだろうと思うので、承知申し上げない。后の宮に参りたいと申し出たので、宮は「たいそうよい。それで人知れず使おう」とおっしゃった。侍従は心細く寄る辺ないのも慰むかと思って、知るつてを求めて参った。見苦しくなくてよい下臈だと認めて人も謗らず、大将殿もいつも参られるのを見るたびに、ただ哀れである。たいそう高貴な家の姫君ばかりが参り集まる宮だと人も言うのを、だんだん目を留めて見るが、やはり拝見した方(浮舟)に似た人はいなかったと思いながら仕えている。この春亡くなった式部卿宮の御娘を、継母の北の方が特に思わず、兄の右馬頭で人柄も格別でない者が心をかけているのを、気の毒だとも思わずに、そのように縁組をすると中宮がお聞きになるつてがあって、「お気の毒に、父宮がたいそう大切にしていらした女君を、むなしいように扱うことは」などとおっしゃったので、たいそう心細く思い嘆いていらっしゃる有様で、「懐かしくこのようにお尋ねくださる」などと兄の侍従も言って、この頃お迎え取らせなさったのだった。姫宮(女一の宮)のお相手として、たいそう劣らない身分の人なので、大切に格別に扱われてお仕えなさる。限りがあるので宮の君などと呼んで、裳だけを引き掛けていらっしゃるのがたいそう哀れだった。兵部卿宮(匂宮)は、この君だけが恋しい人に思いなぞらえられる様子をしているだろう、父親王は兄弟なのだからなど、いつものお心は、人を恋しく思いなさるにつけても、人を知りたがるお癖がやまず、早くもお心をかけなさった。大将は、もどかしいほどのことだな、つい昨日今日のことまでは、東宮にでもとお思いになり、私にもそれとなくおっしゃったのに、このようにはかない世の衰えを見ると、水の底に身を沈めても非難されないことだなどと思いながら、人よりは心を寄せ申し上げなさった。
- 1心憂心憂うくくくいみじくいみじくいみじく物物ものおそろしくおそろしくおそろしくのみのみのみ覺覺おぼえええててて京京きょうににになむなむなんあやしきあやしきあやしき所所ところにににこのこのこの比比ごろ來來きててて居居いたりたりたりけるけるける。。。尋尋たずねねね出出いででで給給たまひひいてててかくかくかくててて侍侍さぶらへへえとととのたまへのたまへのたまえどどど、、、御心御心みこころはははさるさるさるものものものにてにてにて人々人々ひとびとのののいはいはいわむむんととともももさるさるさるすぢすぢすじののの事事ことまじりまじりまじりぬるぬるぬるあたりあたりあたりはははきゝきゝききにくきにくきにくき事事こともももあらあらあらむむんととと思思おもへへえばばばうけひきうけひきうけひき聞聞きこえええずずず。。。后后きさいののの宮宮みやににに參參まいらららむむんとととなむなむなんおもむけおもむけおもむけれれればばばいといといとよかよかよかなりなりなり。。。さてさてさて人人ひと知知しれれれずずずおぼしおぼしおぼしつかはつかはつかわむむん」」」とととのたまはせのたまはせのたまわせけりけりけり。。。心心こころぼそくぼそくぼそくよるよるよるべべべなきなきなきももも慰慰なぐさむむむやややとてとてとて知知しるるるたよりたよりたよりもとめもとめもとめてててまゐりまゐりまいりぬぬぬきたなげきたなげきたなげなくなくなくてててよろしきよろしきよろしき下下げ﨟﨟ろうなりなりなりとととゆるしゆるしゆるしててて人人ひともももそしらそしらそしらずずず大大たい將將しょう殿殿どのももも常常つねににに參參まいりりり給給たまふふうををを見見みるるる度度たびごとごとごとににに物物もののみのみのみ哀哀あわれなりなりなり。。。いといといとやんごとなきやんごとなきやんごとなきものものものゝゝの姫姫ひめ君君ぎみのみのみのみ參參まいりりりつどひつどひつどいたるたるたる宮宮みやととと人人ひともももいふいふいうをををやうやうやうやうようよう目目め留留とめめめててて見見みれれれどどど猶猶なお見見み奉奉たてまつりりりししし人人ひとににに似似にたるたるたるはははなかりなかりなかりけりけりけりととと思思おもひひいありくありくありく。。。このこのこの春春はるうせうせうせ給給たまひひいぬるぬるぬる式式しき部部ぶ卿卿きょうののの宮宮みやののの御御おん女女むすめををを繼繼まま母母ははののの北北きたののの方方かた殊殊ことにににあひあひあい思思おもははわでででせうとせうとしょうとののの右右う馬馬まののの督督かみにてにてにて人人ひとがらがらがらもももことことことなるなるなることことことなきなきなき心心こころかけかけかけたるたるたるをををいとほしういとほしういとおしゅうなどなどなどももも思思おもひひいたらたらたらでででさるべきさるべきさるべきさまさまさまににになむなむなん契契ちぎるるるととと聞聞きこしししめすめすめすたよりたよりたよりありありありててて
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現代語訳
つらくひどく恐ろしくばかり思われて、京の粗末な所にこの頃来ていた。尋ね出しなさって、こうしてここに仕えよとおっしゃるが、お心はともかく、人々が言うだろうことも、そのような筋のことが混じった所では聞き苦しいこともあるだろうと思うので、承知申し上げない。后の宮に参りたいと申し出たので、「たいそうよい。それで人知れず使おう」とおっしゃった。心細く寄る辺ないのも慰むかと思って、知るつてを求めて参った。見苦しくなくてよい下臈だと認めて人も謗らず、大将殿もいつも参られるのを見るたびに、ただ哀れである。たいそう高貴な家の姫君ばかりが参り集まる宮だと人も言うのを、だんだん目を留めて見るが、やはり拝見した方に似た人はいなかったと思いながら仕えている。この春亡くなった式部卿宮の御娘を、継母の北の方が特に思わず、兄の右馬頭で人柄も格別でない者が心をかけているのを、気の毒だとも思わずに、そのように縁組をするとお聞きになるつてがあって、
「お気の毒に、父宮がたいそう大切にしていらした女君を、むなしいように扱うことは」などとおっしゃったので、たいそう心細く思い嘆いていらっしゃる有様で、「懐かしくこのようにお尋ねくださる」などと兄の侍従も言って、この頃お迎え取らせなさったのだった。姫宮のお相手として、たいそう劣らない身分の人なので、大切に格別に扱われてお仕えなさる。限りがあるので宮の君などと呼んで、裳だけを引き掛けていらっしゃるのがたいそう哀れだった。兵部卿宮は、この君だけが恋しい人に思いなぞらえられる様子をしているだろう、父親王は兄弟なのだからなど、いつものお心は、人を恋しく思いなさるにつけても、人を知りたがるお癖がやまず、早くもお心をかけなさった。大将は、もどかしいほどのことだな、つい昨日今日のことまでは、東宮にでもとお思いになり、私にもそれとなくおっしゃったのに、このようにはかない世の衰えを見ると、水の底に身を沈めても非難されないことだなどと思いながら、人よりは心を寄せ申し上げなさった。
意訳
侍従は宇治にいるのがつらく京に出ており、匂宮の誘いを断って明石の中宮のもとに女房として仕える。侍従は高貴な姫君たちの中にも浮舟に似た人はいないと思う。中宮は、亡き式部卿宮の娘が継母に冷遇され不釣り合いな縁組をされそうだと聞いて引き取り、宮の君として女一の宮に仕えさせる。匂宮は、八の宮の兄弟の娘である宮の君に浮舟の面影を求めて心をかけ、薫は父宮が東宮妃にと考えた姫君の零落を見て、身を沈めても非難されないと同情する。
語釈・文法注
文法
- 「宮の君」(かぎりあれば宮の君などうちいひて)
- 亡き式部卿宮の娘。女房として出仕したため、宮の君と呼ばれた。
- 「裳ばかりひきかけ」(裳ばかりひきかけ給ふぞいと哀なりける)
- 女房の正装である裳を形ばかり着けること。高貴な出自でありながら女房となった哀れさ。
- 「人ゆかしき御くせ」(人ゆかしき御くせやまで)
- 人を知りたがる癖。匂宮の好色な性分。
解説
宮の君の登場は、高貴な女性も後ろ盾を失えば女房に零落するという宮廷社会の厳しさを示す。浮舟の運命と重なる女性の不安定な立場が、ここでも描かれる。
匂宮は早くも宮の君に心を移す。浮舟の死からまもない匂宮の移り気は、浮舟の悲劇をいっそうはかないものにしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1184–1185頁(コマ303)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日