源氏物語 第52帖 蜻蛉(24)
しづくむつかし
小宰相は氷を紙に包んで、御前(女一の宮)にもこのようにして差し上げると、宮はたいそう美しいお手を差し出しなさって、拭わせなさる。「いいえ、持つまい。雫が厄介だ」とおっしゃるお声をたいそうほのかに聞くのも、この上なくうれしい。まだたいそう小さくいらした頃に、自分も物の分別もなく拝見した時、すばらしい幼子のご様子だと拝見した。その後は全くこのご気配さえ聞かなかったのに、どんな神仏がこのような折にお見せになったのだろう、いつものように心穏やかでなく物思いをさせようというのだろうかと、一方では落ち着かない心で見守って立っているうちに、こちらの対の北面に涼んでいた下臈の女房が、この障子を急用で開けたまま下がったのを思い出して、人が見つけて騒がれるだろうと思ったので、慌てて入ってくる。この直衣姿を見つけて、誰だろうと心騒いで、自分の姿が見えるのも構わず、簀子からまっすぐに来るので、薫はふと立ち去って、誰とも見られまい、好色めいていると思って隠れなさった。この女房はたいへんなことだ、御几帳までもあらわに引きなしてしまったよ、左大臣家の公達だろう、疎遠な人はまたここまで来るはずもない、噂が立ったら誰が障子を開けたのかと必ず問題になるだろう、単衣も袴も生絹のようだと見えた方のお姿なので、誰もお聞きつけにならなかったのだろうと思い困っている。あの方(薫)は、だんだん聖になった心を一度違え始めて、さまざまな物思いをする人になったことよ、あの頃世を背いていたら、今は深い山に住みきって、このように心を乱しただろうかなどとお思い続けになるのも穏やかでない。どうして長年拝見したいと思ったのだろう、かえって苦しく甲斐のないことなのにと思う。翌朝お起きになった。女二の宮のご容貌もたいそう美しいようなのは、あれより必ずしも劣ることがあろうかと見えながら、全く似ていらっしゃらないのだった、呆れるほど上品で美しく、何とも言えなかったご様子だな、一方では思いなしか、折柄かとお思いになって、「たいそう暑いね。
- 1このこのこの人人ひとははは紙紙かみにににつゝみつゝみつつみててて御御お前前まえにににもももかくかくかくててて參參まいらららせせせたれたれたればばばいといといと美美うつくしきしきしき御御おん手手てをををさしさしさしやりやりやり給給たまひひいてててのごはのごはのごわせせせ給給たまふふう。。。「「「いないないなもたらもたらもたらじじじ。。。しづくしづくしずくむつかしむつかしむつかし」」」とととのたまふのたまふのたまう御御おん聲聲こえいといといとほのかほのかほのかににに聞聞きくくくももも限限かぎりりりもももなくなくなく嬉嬉うれししし。。。またまたまたいといといとちひさくちひさくちいさくおはしましおはしましおわしましゝゝし程程ほどにににわれわれわれももも物物ものののの心心こころももも知知しらららででで見見み奉奉たてまつりりりししし時時ときめでためでためでたのののちごちごちごののの御御おんさまさまさまやややととと見見み奉奉たてまつりりりししし。。。そのそのその後後のち絕絕たえええてててこのこのこの御御おんけはひけはひけはいをををだにだにだに聞聞きかかかざりざりざりつるつるつるものものものをををいかいかいかなるなるなる神神かみ佛佛ほとけのののかゝるかゝるかかる折折おり見見みせせせ給給たまへへえるるるならならならむむん、、、例例れいのののやすからやすからやすからずずず物物もの思思おもははわせせせむむんとととするするするにににやややあらあらあらむむんととと、、、かつかつかつはははしづしづしず心心こころなくなくなくてててまもりまもりまもり立立たちちちたるたるたる程程ほどににに、、、こなたこなたこなたののの對對たいののの北北きた面面おもてにににすゞみすゞみすずみけるけるける下下げ﨟﨟ろう女房女房にょうぼうのののこのこのこのさうじさうじそうじはははとみとみとみののの事事ことにてにてにてあけあけあけながらながらながらおりおりおりにににけるけるけるををを思思おもひひい出出いでででゝゝて人人ひともももこそこそこそ見見みつけつけつけてててさわがさわがさわがるれるれるれととと思思おもひひいけれけれければばばまどひまどひまどい入入いるるる。。。このこのこの直直なお衣衣し姿姿すがたををを見見みつくるつくるつくるににに誰誰たれならならならむむんととと心心こころさわぎさわぎさわぎててておのおのおのがががさまさまさま見見みえええむむんことことことももも知知しらららずずず、、、簀簀すの子子こよりよりよりたゞたゞただ來來きにににくれくれくればばば、、、ふとふとふとたちたちたちさりさりさりててて誰誰たれとととももも見見みえええじじじ。。。すきずきしきすきずきしきすきずきしきやうやうようなりなりなりととと思思おもひひいててて隱隱かくれれれ給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 2このこのこのおもとおもとおもとはははいみじきいみじきいみじきわざわざわざかなかなかな、、、御御おん几几き帳帳ちょうをををさへさへさへあらはあらはあらわにににひきひきひきなしなしなしてててけるけるけるよよよ、、、左左ひだりののの大大おおい殿殿とのののの君君きん達達だちならならならむむん、、、うときうときうとき人人ひとはははたたたこゝこゝここまでまでまでくくくべきべきべきにににもももあらあらあらずずず、、、物物ものののの聞聞きこえええあらあらあらばばば誰誰たれかかかさうじさうじそうじあけあけあけたりたりたりしししととと必必かならずずず出出いででできききなななむむん、、、ひとへひとへひとえももも袴袴はかまもももすゞしすゞしすずしなななめりめりめりととと見見みえええつるつるつる人人ひとののの御御おん姿姿すがたなれなれなればばばえええ人人ひとももも聞聞ききききつけつけつけ給給たまははわぬぬぬならならならむむんかしかしかしととと思思おもひひいこうじこうじこうじてててをりをりおり。。。かのかのかの人人ひとはははやうやうやうやうようようひじりひじりひじりににになりなりなりししし心心こころをををひとひとひとふしふしふしたがへたがへたがえそめそめそめててて樣樣さま々々ざまなるなるなる物物もの思思おもふふう人人ひとととともももなるなるなるかなかなかな、、、そのそのそのかみかみかみ世世よををを背背そむきききなななましかましかましかばばば今今いまははは深深ふかききき山山やまににに住住すみみみはてはてはてゝゝてかくかくかく心心こころ亂亂みだらららましましましやはやはやはなどなどなどおぼしおぼしおぼし續續つづくるくるくるもももやすからやすからやすからずずず。。。などなどなどててて年年とし比比ごろ見見み奉奉たてまつらららばやばやばやととと思思おもひひいつつつらむらむらん、、、なかなかなかなかなかなか苦苦くるしうしうしゅうかひかひかいなかるなかるなかるべきべきべきわざわざわざにににこそこそこそととと思思おもふふう。。。つとめてつとめてつとめて起起おききき給給たまへへえりりり。。。女女おんな宮宮みやののの御御おんかたちかたちかたちいといといとをかしげをかしげおかしげなななめるめるめるはははこれこれこれよりよりより必必かならずずず優優まさるるるべきべきべきことことことかはかはかはととと見見みえええながらながらながら、、、更更さらににに似似に給給たまははわずずずこそこそこそありありありけれけれけれ、、、あさましきあさましきあさましきまでまでまであてあてあてにににかをりかをりかおりえもえもえもいはいはいわざりざりざりししし御御おんさまさまさまかなかなかな、、、かたへかたへかたえははは思思おもひひいなしなしなしかかかをりをりおりからからからかかかとととおぼしおぼしおぼしててて「「「いといといとあつしあつしあつしややや。。。
現代語訳
この人は紙に包んで、御前にもこのようにして差し上げると、たいそう美しいお手を差し出しなさって、拭わせなさる。「いいえ、持つまい。雫が厄介だ」とおっしゃるお声をたいそうほのかに聞くのも、この上なくうれしい。まだたいそう小さくいらした頃に、自分も物の分別もなく拝見した時、すばらしい幼子のご様子だと拝見した。その後は全くこのご気配さえ聞かなかったのに、どんな神仏がこのような折にお見せになったのだろう、いつものように心穏やかでなく物思いをさせようというのだろうかと、一方では落ち着かない心で見守って立っているうちに、こちらの対の北面に涼んでいた下臈の女房が、この障子を急用で開けたまま下がったのを思い出して、人が見つけて騒がれるだろうと思ったので、慌てて入ってくる。この直衣姿を見つけて、誰だろうと心騒いで、自分の姿が見えるのも構わず、簀子からまっすぐに来るので、ふと立ち去って、誰とも見られまい、好色めいていると思って隠れなさった。
この女房は、たいへんなことだ、御几帳までもあらわに引きなしてしまったよ、左大臣家の公達だろう、疎遠な人はまたここまで来るはずもない、噂が立ったら誰が障子を開けたのかと必ず問題になるだろう、単衣も袴も生絹のようだと見えた方のお姿なので、誰もお聞きつけにならなかったのだろうと思い困っている。あの方は、だんだん聖になった心を一度違え始めて、さまざまな物思いをする人になったことよ、あの頃世を背いていたら、今は深い山に住みきって、このように心を乱しただろうかなどとお思い続けになるのも穏やかでない。どうして長年拝見したいと思ったのだろう、かえって苦しく甲斐のないことなのにと思う。翌朝お起きになった。女宮のご容貌もたいそう美しいようなのは、あれより必ずしも劣ることがあろうかと見えながら、全く似ていらっしゃらないのだった、呆れるほど上品で美しく、何とも言えなかったご様子だな、一方では思いなしか、折柄かとお思いになって、「たいそう暑いね。
意訳
小宰相が氷を紙に包んで女一の宮に差し出すと、宮は美しい手を差し出し、雫が厄介だから持たないと言う。その声を聞いた薫はこの上なくうれしく、幼い頃に見た宮の姿を思い出す。障子を開けたままにした下臈の女房が慌てて戻り、薫は見られまいと隠れる。女房は誰かに見られたかと案じる。薫は、出家していればこんな物思いはしなかったと思い、宮を見たことを苦しく思う。翌朝、妻の女二の宮を見て、美しいが女一の宮には似ていないと思い、暑いねと声をかける。
語釈・文法注
文法
- 「しづくむつかし」(いなもたじ。しづくむつかし)
- 雫が厄介だ。氷の溶けた水が垂れるのを嫌う言葉。
- 「しづ心なくて」(かつはしづ心なくてまもり立ちたる程に)
- 落ち着いた心もなく。
- 「思ひこうじて」(え人も聞きつけ給はぬならむかしと思ひこうじてをり)
- 思い困じて。困り果てて。
解説
女一の宮の「しづくむつかし」という一言は、高貴な女性の気品と自然さを伝える。薫はその声に心を奪われ、聖になろうとした心を乱される。
薫は女一の宮と女二の宮を比べ、妻が姉に似ていないことを残念に思う。満たされない欲望を抱えて生きる薫の姿が、ここにも描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1178–1179頁(コマ300)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日