源氏物語 第52帖 蜻蛉(19)
母への見舞い
薫の手紙は続けて「世の無常もいっそう心を静めようもなくばかりおりますが、思いのほかに生き長らえたら、亡き人の名残として、必ず然るべきことにもお尋ねください」などと細かくお書きになって、お使いにはあの大蔵大夫をお遣わしになった。口上でも「心のどかに万事を思いながら長年にまでなってしまった間、必ずしも志があるようにはご覧にならなかったでしょう。けれども今後は何事につけても必ずお忘れ申しますまい。またそのように人知れずお思いください。幼い子どもたちもいるそうですが、朝廷にお仕えするにも必ず後見を考えましょう」などとおっしゃった。母君方は「ひどく忌むほどの穢れでもないので、深く触れてはおりません」などと言いつくろって、無理に使いを呼び入れて座らせた。御返事を泣く泣く書く。「ひどいことに死ねない命をつらく思い嘆いておりますのに、このような仰せ言を拝見するためだったのかと。長年は心細い有様を拝見しながら、それは人数でもない身の怠りと思いなしつつ、もったいないお一言を行く末長くお頼み申し上げておりましたのに、言いようもなく最期を見届けてしまっては、宇治の里の縁もたいそうつらく悲しくて。さまざまにうれしい仰せ言に命が延びまして、もうしばらく生き長らえましたら、やはりお頼み申し上げることになりましょうと存じますにつけても、目の前の涙にくれまして、申し上げきれません」などと書いた。お使いへの普通の禄などは見苦しいほどだ。飽き足らない心地もするので、あの君(浮舟)に差し上げようと思って持っていた立派な斑犀の帯や太刀の趣深いものなどを袋に入れて、車に乗る時に「これは亡き人のお志です」と言って贈らせた。殿にご覧に入れると、「たいそうわけもないことだ」とおっしゃる。使いは「口上では、母君ご自身がお会いになって、ひどく泣く泣く万事をおっしゃって、幼い者たちのことまで仰せられたのがたいそう恐れ多いので、また人数でもない身分ではかえってたいそう恥ずかしく、人にはなぜなどとは知らせませんで、見苦しい者たちを皆参らせまして、お仕えさせようと思います、とのことでした」と申し上げる。
- 1世世よのののつねつねつねなさなさなさもももいとゞいとゞいとど思思おもひひいのどめのどめのどめむむんかたかたかたなくなくなくのみのみのみ侍侍はべるるるををを思思おもいののの外外ほかにににもももながらへながらへながらへばばば過過すぎぎぎにににしししなごりなごりなごりとととははは必必かならずずずさるべきさるべきさるべき事事ことにににももも尋尋たずねねね給給たまへへえ」」」などなどなどこまかこまかこまかににに書書かききき給給たまひひいててて御御おん使使つかいにににはははかのかのかの大大おお藏藏くら大大たい夫夫ふをををぞぞぞ給給たまへへえりりりけるけるける「「「心心こころのどかのどかのどかににに萬萬よろずををを思思おもひひいつゝつゝつつ年年とし比比ごろにににさへさへさへなりなりなりにににけるけるける程程ほど必必かならずずずしもしもしも志志こころざしあるあるあるやうやうようにににははは見見み給給たまははわざりざりざりけむけむけん。。。されどされどされど今今いまよりよりより後後のち何何なに事事ことにににつけつけつけてててももも必必かならずずずわすれわすれわすれ聞聞きこえええじじじ。。。又又またさやうさやうさようにににををを人人ひとしれしれしれずずず思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえをさなきをさなきおさなき人人ひとどもどもどもゝゝもあああなるなるなるををを、、、おほやけおほやけおおやけににに仕仕つこうううまつらまつらまつらむむんにににももも必必かならず後後うしろ見見み思思おもふふうべくべくべくなむなむなん」」」などなどなどことばことばことばにににももものたまへのたまへのたまえりりり。。。「「「痛痛いたくくくしもしもしも忌忌いむむむまじきまじきまじきけがらひけがらひけがらいなれなれなればばば深深ふこうううもももふれふれふれ侍侍はべらららずずず」」」などなどなどいひいひいいなしなしなしてててせめてせめてせめてよびよびよびすゑすゑすえたりたりたり。。。御御おん返返かえりりりなくなくなくなくなくなくかくかくかく。。。「「「いみじきいみじきいみじき事事ことにににえええなれなれなれ侍侍はべらららぬぬぬ命命いのちををを心心こころうううくくく思思おもひひい給給たまへへえ歎歎なげききき侍侍はべるるるにににかゝるかゝるかかる仰仰おおせ言言ごと見見み給給たまふふうべかりべかりべかりけるけるけるにににやややとととなむなむなん年年とし比比ごろははは心心こころ細細ぼそきききありさまありさまありさまををを見見み給給たまへへえながらながらながらそれそれそれははは數數かずならならならぬぬぬ身身みのののをこたりをこたりおこたりににに思思おもひひい給給たまへへえなしなしなしつゝつゝつつ忝忝かたじけなききき御御おんひとひとひとことことことををを行行ゆくくく末末すえ長長ながくくく賴賴たのみみみ聞聞きこえええさせさせさせ侍侍はべりりりしししににに、、、いふかひいふかひいうかいなくなくなく見見み給給たまひひいはてはてはてゝゝてははは里里さとののの契契ちぎりもももいといといと心憂心憂うくくく悲悲かなしくしくしくなむなむなんさまざまさまざまさまざまににに嬉嬉うれしきしきしき仰仰おおせ言言ごとににに命命いのちのびのびのび侍侍はべりりりててて今今いま暫暫しばしししながらへながらへながらへ侍侍はべらららばばば猶猶なお賴賴たのみみみ聞聞きこえええ侍侍はべるるるべきべきべきにににこそこそこそととと思思おもひひい給給たまふるふるうるにににつけつけつけてててももも目目めののの前前まえののの淚淚なみだにににくれくれくれ侍侍はべりりりてててえええ聞聞きこえええさせさせさせやらやらやらずずず」」」などなどなど書書かきききたりたりたり
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現代語訳
「世の無常もいっそう心を静めようもなくばかりおりますが、思いのほかに生き長らえたら、亡き人の名残として、必ず然るべきことにもお尋ねください」などと細かくお書きになって、お使いにはあの大蔵大夫をお遣わしになった。「心のどかに万事を思いながら長年にまでなってしまった間、必ずしも志があるようにはご覧にならなかったでしょう。けれども今後は何事につけても必ずお忘れ申しますまい。またそのように人知れずお思いください。幼い子どもたちもいるそうですが、朝廷にお仕えするにも必ず後見を考えましょう」などと口上でもおっしゃった。「ひどく忌むほどの穢れでもないので、深く触れてはおりません」などと言いつくろって、無理に呼び入れて座らせた。御返事を泣く泣く書く。「ひどいことに死ねない命をつらく思い嘆いておりますのに、このような仰せ言を拝見するためだったのかと。長年は心細い有様を拝見しながら、それは人数でもない身の怠りと思いなしつつ、もったいないお一言を行く末長くお頼み申し上げておりましたのに、言いようもなく最期を見届けてしまっては、里の縁もたいそうつらく悲しくて。さまざまにうれしい仰せ言に命が延びまして、もうしばらく生き長らえましたら、やはりお頼み申し上げることになりましょうと存じますにつけても、目の前の涙にくれまして、申し上げきれません」などと書いた。
お使いへの普通の禄などは見苦しいほどだ。飽き足らない心地もするので、あの君に差し上げようと思って持っていた立派な斑犀の帯や太刀の趣深いものなどを袋に入れて、車に乗る時に「これは亡き人のお志です」と言って贈らせた。殿にご覧に入れると、「たいそうわけもないことだ」とおっしゃる。「口上では、ご自身がお会いになって、ひどく泣く泣く万事をおっしゃって、幼い者たちのことまで仰せられたのがたいそう恐れ多いので、また人数でもない身分ではかえってたいそう恥ずかしく、人にはなぜなどとは知らせませんで、見苦しい者たちを皆参らせまして、お仕えさせようと思います、とのことでした」と申し上げる。
意訳
薫は浮舟の母に、浮舟を十分に大切にできなかったことを詫び、今後は必ず面倒を見る、幼い子どもたちの出仕の後見もすると約束する。母は泣きながら、薫の言葉に命が延びる思いだと返事を書き、浮舟に贈るはずだった斑犀の帯や太刀を使いに贈る。使いは薫に、母が感激して子どもたちを薫に仕えさせたいと言っていたと報告する。
語釈・文法注
文法
- 「はんさい」(よきはんさいの帶たちのをかしきなど)
- 斑犀。まだらのある犀の角。帯の飾りに用いた。
- 「たうびて」(みづからあひ侍りたうびて)
- 賜びて。お会いくださって。
- 「おほやけに仕うまつらむにも」(おほやけに仕うまつらむにも必後見思ふべくなむ)
- 朝廷に出仕するにも。
解説
薫は浮舟の母に誠意ある手紙を送る。浮舟の生前にできなかった心遣いを、死後に家族に向けることで償おうとする薫の姿が描かれる。
浮舟のために用意した品々を薫に贈る母の姿は哀れである。娘の幸福のために準備したものが、娘の死後に贈り物となる皮肉が胸を打つ。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1172–1175頁(コマ297–298)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日