源氏物語 第52帖 蜻蛉(18)
苔の上の歌
穢れということはないはずだが、御供の人目もあるので、薫は邸にお上がりにならず、御車の榻を召して妻戸の前にお座りになったのも見苦しいので、たいそう茂った木の下に苔を御座にして、しばらく座っていらっしゃった。今はここに来て見ることもつらいだろうとばかり見回しなさって、「われもまたうきふる里をあれはてばたれやどり木のかげをしのばむ」。阿闍梨は今は律師になっていた。召して法事のことを取り決めさせなさる。念仏の僧の数を増やすなどおさせになる。罪がたいそう深くなることだとお思いになるので、軽くするべきことをすべきだ。七日ごとに経や仏の供養をすべきことなどを細かくおっしゃって、たいそう暗くなったのでお帰りになるにつけても、生きていたら今夜帰ったりしただろうかとばかり思われる。尼君に便りをおさせになったが、「たいそうたいそう不吉な身とばかり思い沈んで、いっそう何もわからなくなり、ぼんやりしてうつ伏しております」と申し上げて出てこないので、強いても立ち寄りなさらない。道すがら、早く迎え取りなさらなかったことが悔しく、水の音が聞こえる限りは心ばかり騒ぎなさって、亡骸さえ探さずに終わってしまったことは呆れたことで終わってしまったな、どのような様子でどこの底の貝殻に混じっているのだろうなどと、やる方なくお思いになる。あの母君は、京で子を産むはずの娘のことで慎み騒ぐので、いつもの家にも行けず、落ち着かない旅住まいばかりして、心を慰める折もないのに、またこの娘もどうなるだろうと思うが、無事に産んだ。母は不吉な身なので寄ることもできない。残りの子どもたちのことも思われずぼんやりと惑って過ごしていると、大将殿からお使いが忍んで来た。何もわからない心地にもたいそううれしく哀れである。「呆れたことは真っ先にお見舞い申し上げようと思いましたが、心も静まらず目も暗い心地がして、まして母上はどんな闇に惑っていらっしゃるだろうと、その間を過ごしているうちに、はかなく日数もたってしまいました。
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現代語訳
穢れということはないはずだが、御供の人目もあるので、お上がりにならず、御車の榻を召して妻戸の前にお座りになったのも見苦しいので、たいそう茂った木の下に苔を御座にして、しばらく座っていらっしゃった。今はここに来て見ることもつらいだろうとばかり見回しなさって、「私もまた、このつらい故里を見捨てて荒れ果てたなら、誰が宿り木の陰を偲ぶだろうか」。阿闍梨は今は律師になっていた。召してこの法事のことを取り決めさせなさる。念仏の僧の数を増やすなどおさせになる。罪がたいそう深くなることだとお思いになるので、軽くするべきことをすべきだ。七日ごとに経や仏の供養をすべきことなどを細かくおっしゃって、たいそう暗くなったのでお帰りになるにつけても、生きていたら今夜帰ったりしただろうかとばかり思われる。尼君に便りをおさせになったが、「たいそうたいそう不吉な身とばかり思い沈んで、いっそう何もわからなくなり、ぼんやりしてうつ伏しております」と申し上げて出てこないので、強いても立ち寄りなさらない。
道すがら、早く迎え取りなさらなかったことが悔しく、水の音が聞こえる限りは心ばかり騒ぎなさって、亡骸さえ探さずに終わってしまったことは呆れたことで終わってしまったな、どのような様子でどこの底の貝殻に混じっているのだろうなどと、やる方なくお思いになる。あの母君は、京で子を産むはずの娘のことで慎み騒ぐので、いつもの家にも行けず、落ち着かない旅住まいばかりして、心を慰める折もないのに、またこの娘もどうなるだろうと思うが、無事に産んだ。不吉な身なので寄ることもできない。残りの子どもたちのことも思われずぼんやりと惑って過ごしていると、大将殿からお使いが忍んで来た。何もわからない心地にもたいそううれしく哀れである。「呆れたことは真っ先にお見舞い申し上げようと思いましたが、心も静まらず目も暗い心地がして、まして母上はどんな闇に惑っていらっしゃるだろうと、その間を過ごしているうちに、はかなく日数もたってしまいました。
意訳
薫は人目を憚って邸に上がらず、木の下の苔に座って、宇治が荒れ果てたら誰が偲ぶだろうと詠む。律師となった阿闍梨に七日ごとの供養を細かく命じ、暗くなって帰る。弁の尼は沈み込んで出てこない。帰り道、薫は早く迎え取らなかったことを悔やみ、川底のどこに亡骸があるのかと思う。一方、浮舟の母は、異父妹の出産のため家に戻れず旅住まいをしていた。そこへ薫から心のこもった見舞いの手紙が届く。
語釈・文法注
文法
- 「しぢ」(御車のしぢを召して)
- 榻。牛車の轅を載せる台。乗り降りの踏み台にも使う。
- 「やどり木」(たれやどり木のかげをしのばむ)
- 宿り木。宿木の巻の歌を受け、宇治の邸を指す。
- 「うつせ」(いづれの底のうつせにまじりけむ)
- 空貝。中身のない貝殻。
解説
薫は苔を御座にして宇治の邸を見回す。大君、そして浮舟を失った宇治の地は、薫にとってつらい記憶の場となった。
「いづれの底のうつせにまじりけむ」という薫の思いは、遺体のない死の悲しみを痛切に表している。亡骸さえ見られないことが、薫の喪失感をいっそう深くする。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1172–1173頁(コマ297)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日