源氏物語 第52帖 蜻蛉(11)
時鳥の歌
薫は、浮舟はたいそうはかない身の上だったが、さすがに高貴な人の宿縁だったのだ、今の帝や后があれほど大切にしていらっしゃる皇子で、顔かたちをはじめ、今の世には類のないようで、お相手の人々も並々でなく、さまざまにこの上ない方々をさしおいて、この人にお心を尽くし、世の人が立ち騒いで修法や読経、祭や祓えと、それぞれの道で騒ぐのは、この人を思いなさる縁のご病気だったのだ、自分もこれほどの身で、時の帝の御娘をお持ち申し上げながら、この人を可愛いと思う方面では劣っていただろうか、まして今はと思うと心を静めようもないことよ、とはいえ愚かなことだ、こうはすまいと思い忍ぶが、さまざまに思い乱れて、「人木石にあらざれば皆情あり」と口ずさんで臥していらっしゃった。後の始末などもたいそう簡略にしたのを、宮もどうお聞きになっているだろうと気の毒であっけなく、母が身分の低い者で、兄弟がいる場合などは、そのような人は言うことがあるそうなのを思って、簡略にしたのだろうなどと気に入らなくお思いになる。気がかりも限りないので、どうだったのかも自分で聞きたいとお思いになるが、長く籠もりなさるのも不都合だ。行って行ってすぐ帰るのも心苦しいなどと思い悩みなさる。月が改まって、今日は京へ移すはずだったとお思い出しになる日の夕暮れ、たいそう物悲しく、御前近くの橘の香が懐かしいところに、時鳥が二声ほど鳴いて渡る。「宿にかよはば」と独り言をおっしゃっても飽き足らないので、北の宮(二条院)にこちらの宮(匂宮)がおいでになる日だったので、橘を折らせて申し上げなさる。「忍びねや君もなくらむかひもなき死出のたをさに心かよはば」。宮は女君(中の君)のご様子がたいそうよく似ているのを哀れとお思いになって、二人で物思いにふけっていらっしゃる折だった。意味ありげな手紙だなとご覧になって、「橘のかをるあたりはほととぎすこころしてこそなくべかりけれ。厄介なことだ」とお書きになる。女君はこのことの事情は皆ご存じだった。
- 1いといといとはかなかりはかなかりはかなかりけれけれけれどどどさすがさすがさすがににに高高たかききき人人ひとののの宿宿すく世世せなりなりなりけりけりけり、、、たうじたうじとうじのののみかどみかどみかど后后きさきのののさばかりさばかりさばかりかしづきかしづきかしずき奉奉たてまつりりり給給たまふふう御御おん子子こかほかほかおかたちかたちかたちよりよりよりはじめはじめはじめててて、、、只只ただ今今いまののの世世よにににはははたぐひたぐひたぐいおはせおはせおわせざざざめりめりめり、、、見見み給給たまふふう人人ひととてもとてもとてもなのめなのめなのめならならならずずずさまざまさまざまさまざまにににつけつけつけててて限限かぎりりりなきなきなき人人ひとをををおきおきおきてててこれこれこれににに御心御心みこころををを盡盡つくししし、、、世世よののの人人ひと立立たちちちさわぎさわぎさわぎてててずほうずほうずほうどきようどきようどきようまつりまつりまつりはらへはらへはらえととと道道みち々々みちにににさわぐさわぐさわぐはははこのこのこの人人ひとをををおぼすおぼすおぼすゆかりゆかりゆかりののの御御おん心心こころちちここちのののあやまりあやまりあやまりにににこそこそこそはははありありありけれけれけれ、、、我我われれれもももかばかりかばかりかばかりののの身身みにてにてにて時時ときのののみかどみかどみかどののの御御おんむすめむすめむすめをををもちもちもち奉奉たてまつりりりながらながらながらこのこのこの人人ひとのののらうたくらうたくろうたく覺覺おぼゆるゆるゆる方方かたははは劣劣おとりりりやはやはやはしししつるつるつる、、、ましてましてまして今今いまはははととと覺覺おぼゆるゆるゆるにににははは心心こころをををのどめのどめのどめむむん方方かたなくなくなくもももあるあるあるかなかなかな。。。さるはさるはさるはをこをこおこなりなりなり、、、かゝらかゝらかからじじじととと思思おもひひい忍忍しのぶれぶれぶれどどどさまざまさまざまさまざまににに思思おもひひい亂亂みだれれれててて「「「人人ひと木木ぼく石石せきにににあらあらあらざれざれざればばば皆皆みななさけなさけなさけありありあり」」」とととうちうちうちずしずしずしててて臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。後後のちのののしたゝめしたゝめしたためなどなどなどもももいといといとはかなくはかなくはかなくしししてててけるけるけるををを、、、宮宮みやにににもももいかゞいかゞいかが聞聞きききき給給たまふふうらむらむらんととといとほしくいとほしくいとおしくあへなくあへなくあえなく母母ははのののなほなほしくなほなほしくなおなおしくてててはらからはらからはらからあるあるあるはははなどなどなどさやうさやうさようののの人人ひとはははいふいふいう事事ことあああなるなるなるををを思思おもひひいててて事事ことそぐそぐそぐなりなりなりけむけむけんかしかしかしなどなどなど心心こころづきなくづきなくずきなくおぼすおぼすおぼす。。。おぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさももも限限かぎりりりなきなきなきをををありありありけむけむけんさまさまさまもももみづからみづからみずから聞聞きかかかまほしまほしまほしとととおぼせおぼせおぼせどどどながながながごもりごもりごもりししし給給たまははわむむんもももびんなしびんなしびんなし。。。いきいきいきととといきいきいきててて立立たちちちかへらかへらかえらむむんももも心苦心苦こころぐるしししなどなどなどおぼしおぼしおぼしわづらふわづらふわずらう。。。
- 2月月つきたちたちたちててて今日今日きょうぞぞぞ渡渡わたらららましましましとととおぼしおぼしおぼし出出いででで給給たまふふう日日ひののの夕夕ゆう暮暮ぐれいといといと物物ものあはれあはれあわれににに御御お前前まえ近近ちかききき橘橘たちばなののの香香かのののなつかしきなつかしきなつかしきににに杜杜ほとと鵑鵑ぎすののの二二ふた聲聲こえばかりばかりばかりなきなきなきてててわたるわたるわたる。。。「「「宿宿やどにににかよはかよはかよわゞゞば」」」とととひとりひとりひとりごちごちごち給給たまふふうももも飽飽あかかかねねねばばば、、、北北きたののの宮宮みやにににこゝこゝここににに渡渡わたりりり給給たまふふう日日ひなりなりなりけれけれければばば橘橘たちばな折折おらららせせせててて聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「忍忍しのびびびねねねややや君君きみもももなくなくなくらむらむらんかひかひかいもももなきなきなき死出死出しでのののたをさたをさたおさににに心心こころかよはかよはかよわゞゞば」」」。。。宮宮みやははは女女おんな君君きみののの御御おんさまさまさまのののいといといとよくよくよく似似にたるたるたるををを、、、哀哀あわれとととおぼしおぼしおぼしててて二二ふた所所ところながめながめながめ給給たまふふう折折おりなりなりなりけりけりけり。。。氣色氣色けしきあるあるある文文ふみかなかなかなととと見見み給給たまひひいててて、、、「「「橘橘たちばなのののかをるかをるかおるあたりあたりあたりはははほとゝぎすほとゝぎすほとときすこゝろこゝろこころしししてててこそこそこそなくなくなくべかりべかりべかりけれけれけれ。。。わづらはしわづらはしわずらわし」」」ととと書書かききき給給たまふふう。。。女女おんな君君きみこのこのこの事事ことののの氣色氣色けしきははは皆皆みな見見み知知しりりり給給たまひひいてててけりけりけり。。。
現代語訳
たいそうはかない身の上だったが、さすがに高貴な人の宿縁だったのだ、今の帝や后があれほど大切にしていらっしゃる皇子で、顔かたちをはじめ、今の世には類のないようで、お相手の人々も並々でなく、さまざまにこの上ない方々をさしおいて、この人にお心を尽くし、世の人が立ち騒いで修法や読経、祭や祓えと、それぞれの道で騒ぐのは、この人を思いなさる縁のご病気だったのだ、自分もこれほどの身で、時の帝の御娘をお持ち申し上げながら、この人を可愛いと思う方面では劣っていただろうか、まして今はと思うと心を静めようもないことよ、とはいえ愚かなことだ、こうはすまいと思い忍ぶが、さまざまに思い乱れて、「人は木石ではないので皆情がある」と口ずさんで臥していらっしゃった。後の始末などもたいそう簡略にしたのを、宮もどうお聞きになっているだろうと気の毒であっけなく、母が身分の低い者で、兄弟がいる場合などは、そのような人は言うことがあるそうなのを思って、簡略にしたのだろうなどと気に入らなくお思いになる。気がかりも限りないので、どうだったのかも自分で聞きたいとお思いになるが、長く籠もりなさるのも不都合だ。行って行ってすぐ帰るのも心苦しいなどと思い悩みなさる。
月が改まって、今日は移すはずだったとお思い出しになる日の夕暮れ、たいそう物悲しく、御前近くの橘の香が懐かしいところに、時鳥が二声ほど鳴いて渡る。「宿にかよはば」と独り言をおっしゃっても飽き足らないので、北の宮にこちらの宮がおいでになる日だったので、橘を折らせて申し上げなさる。「忍び音にあなたも泣いているでしょう。甲斐もない死出の田長に心が通うのなら」。宮は女君のご様子がたいそうよく似ているのを哀れとお思いになって、お二人で物思いにふけっていらっしゃる折だった。意味ありげな手紙だなとご覧になって、「橘の香るあたりでは、時鳥も気をつけて鳴くべきでした。厄介なことだ」とお書きになる。女君はこのことの事情は皆ご存じだった。
意訳
薫は、浮舟がはかない身でありながら、比類ない皇子の匂宮にここまで思われたのは高貴な宿縁だったと思い、自分も帝の娘を妻にしながら浮舟への愛は劣らなかったと嘆いて「人木石にあらず」と口ずさむ。葬送が簡略だったことを不満に思い、宇治へ行って事情を聞きたいと悩む。四月、浮舟を京に移すはずだった日の夕暮れ、薫は橘の香と時鳥の声に誘われて、匂宮に浮舟を偲ぶ歌を贈る。中の君と共にいた匂宮は、意味ありげな歌だと思いつつ返歌し、中の君は事情をすべて察している。
語釈・文法注
文法
- 「人木石にあらざれば皆なさけあり」(「人木石にあらざれば皆なさけあり」とうちずして)
- 白居易「李夫人」の詩句。人は木や石ではないので、誰もが情を持っている。
- 「宿にかよはゞ」(「宿にかよはゞ」とひとりごち給ふ)
- 「なき人の宿にかよはばほととぎすかけて音にのみなくと告げなむ」(古今集)による。
- 「死出のたをさ」(かひもなき死出のたをさに心かよはゞ)
- 死出の田長。時鳥の異名。冥土から来る鳥とされた。
解説
「人木石にあらざれば」と口ずさむ薫は、理性的な自分を保とうとしながらも、浮舟への愛の深さを認めざるを得ない。
時鳥の歌の贈答は、薫と匂宮の間に交わされる最初の直接的な言及である。中の君が「皆見知り給ひてけり」とされることで、三人の間に浮舟をめぐる沈黙の了解が成立している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1164–1167頁(コマ293–294)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日