源氏物語 第52帖 蜻蛉(9)
涙を隠す匂宮
宮は伏し沈んでばかりいるようなご病気ではないので、疎遠な人にこそお会いにならないが、御簾の内にいつも入りなさる人には対面なさらないわけでもない。薫にお会いになるのも気が進まず気が引けて、ご覧になるにつけてもいっそう涙がまずせき止めがたくお思いになるが、思い静めて、「大げさな病気でもございませんのに、皆はつつしむべき病の様子だとばかり言うので、帝にも中宮にもお騒ぎになるのがたいそう苦しく、本当に世の中の無常も心細く思っております」とおっしゃって、押し拭って紛らわしなさるとお思いになる涙が、そのまま止まらずに落ちるので、たいそう決まりが悪いが、必ずしもどうしてわかろうか、ただ女々しく心弱いと見えるだろうかとお思いになるのも恥ずかしい。薫は、やはりそうだ、ただこのことだけをお思いなのだ、いつからだったのだろう、自分をどんなにおかしいと笑っていらっしゃる気持ちで、何か月もお思い続けていたのだろうと思うと、この君は悲しさは忘れなさったが、この上なく浅はかなことよ、物が切実に思われる時は、それほどでもないことにつけてさえ、空飛ぶ鳥が鳴き渡るにも誘われて悲しいものなのに、自分がこのようにわけもなく心弱いにつけても、もし事情を悟ったら、それほど物の哀れも知らない人でもない、世の中の無常を深く思っている人こそ平然としていると、うらやましくも奥ゆかしくもお思いになるものの、真木柱は哀れである。浮舟がこの人に向かい合っていた様子もお思いやりになると、形見だなとじっと見守りなさる。だんだん世間話を申し上げなさるうちに、全く心に秘めておくこともあるまいとお思いになって、「昔から心に秘めて、少しでも申し上げないことを残しております限りは、たいそう気が晴れなく思われましたが、今はかえって上臈になってしまいまして。
- 1宮宮みやふしふしふししづみしづみしずみてててのみのみのみはははなきなきなき御御おん心地心地ここちなれなれなればばば疎疎うとききき人人ひとにににこそこそこそあひあひあい給給たまははわねねね、、、御御み簾簾すののの內內うちにににももも例例れいいりいりいり給給たまふふう人人ひとにににははは對對たい面面めんししし給給たまははわずずずもももあらあらあらずずず、、、見見みえええ給給たまははわむむんもももあいなくあいなくあいなくつゝましくつゝましくつつましく見見み給給たまふふうにににつけつけつけてててもももいとゞいとゞいとど淚淚なみだのののまづまづまずせきせきせきがたさがたさがたさをををおぼせおぼせおぼせどどど、、、思思おもひひいしづめしづめしずめててて「「「おどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしき心地心地ここちにににももも侍侍はべらららぬぬぬををを、、、皆皆みな人人ひとはははつゝしむつゝしむつつしむべきべきべき病病やまいのののさまさまさまなりなりなりとととのみのみのみ物物ものすれすれすればばば、、、內內うちにににももも宮宮みやにににもももおぼしおぼしおぼしさわぐさわぐさわぐがががいといといと苦苦くるしくしくしく、、、げにげにげに世世よののの中中なかののの常常つねなきなきなきをををももも心心こころぼそくぼそくぼそく思思おもひひい侍侍はべるるる」」」とととののの給給たまひひいててて押押おししし拭拭のごひひいまぎらはしまぎらはしまぎらわし給給たまふふうとととおぼすおぼすおぼす淚淚なみだのののやがてやがてやがて滯滯とどこおらららずずずふりふりふりおつれおつれおつればばば、、、いといといとはしたなれはしたなれはしたなれどどど必必かならずずずしもしもしもいかでいかでいかでかかか心心こころえええむむん。。。唯唯ただめゝしくめゝしくめめしく心心こころ弱弱よわきききとととややや見見みゆゆゆらむらむらんとととおぼすおぼすおぼすもももはづかしはづかしはずかし。。。さりさりさりややや唯唯ただこのこのこの事事ことをををのみのみのみおぼすおぼすおぼすなりなりなりけりけりけり、、、いついついつよりよりよりなりなりなりけむけむけん、、、我我われれれをををいかにいかにいかにをかしをかしおかしととと物物もの笑笑わらひひいししし給給たまふふう心心こころちちここちににに月月つき比比ごろおぼしおぼしおぼし渡渡わたりりりつつつらむらむらんととと思思おもふふうににに、、、このこのこの君君きみははは悲悲かなしさしさしさははは忘忘わすれれれ給給たまへへえるるるををを、、、こよなくこよなくこよなくもももおろかおろかおろかなるなるなるかなかなかな、、、
- 2物物もののののせちせちせちににに覺覺おぼゆるゆるゆる時時ときはははいといといとかゝらかゝらかからぬぬぬ事事ことにににつけつけつけてててだにだにだに空空そら飛飛とぶぶぶ鳥鳥とりののの鳴鳴なききき渡渡わたるるるにににももももよほさもよほさもよおされれれてててこそこそこそ悲悲かなしけれしけれしけれ、、、わがわがわがかくかくかくすゞろすゞろすずろににに心心こころ弱弱よわきききにににつけつけつけてててももも若若もししし心心こころををを得得えたらたらたらむむんににに、、、さささいふいふいうばかりばかりばかり物物ものののの哀哀あわれももも知知しらららぬぬぬ人人ひとにににもももあらあらあらずずず、、、世世よののの中中なかのののつねつねつねなきなきなきことことことをををしみしみしみててて思思おもへへえるるる人人ひとしもしもしもつれなきつれなきつれなきととと、、、うらやましくうらやましくうらやましくももも心心こころにくゝにくゝにくくもももおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるものものものからからからまきまきまきばしらばしらばしらははは哀哀あわれなりなりなり。。。これこれこれににに向向むかひひいたらたらたらむむんさまさまさまもももおぼしおぼしおぼしやるやるやるににに、、、かたみかたみかたみぞぞぞかしかしかしととともももうちうちうちまもりまもりまもり給給たまふふう。。。やうやうやうやうようよう世世よののの物物もの語語がたり聞聞きこえええ給給たまふふうにににいといといとこめこめこめてててしもしもしもはははあらあらあらじじじとととおぼしおぼしおぼしててて、、、「「「昔昔むかしよりよりより心心こころにににこめこめこめてててしばししばししばしももも聞聞きこえええさせさせさせぬぬぬ事事こと殘殘のこししし侍侍はべるるるかぎりかぎりかぎりはははいといといといぶせくいぶせくいぶせくのみのみのみ思思おもううう給給たまへへえられられられしししををを今今いまはははなかなかなかなかなかなかののの上上じょう﨟﨟ろうににになりなりなりにににててて侍侍はべりりり。。。
現代語訳
宮は伏し沈んでばかりいるようなご病気ではないので、疎遠な人にこそお会いにならないが、御簾の内にいつも入りなさる人には対面なさらないわけでもない。お会いになるのも気が進まず気が引けて、ご覧になるにつけてもいっそう涙がまずせき止めがたくお思いになるが、思い静めて、「大げさな病気でもございませんのに、皆はつつしむべき病の様子だとばかり言うので、帝にも中宮にもお騒ぎになるのがたいそう苦しく、本当に世の中の無常も心細く思っております」とおっしゃって、押し拭って紛らわしなさるとお思いになる涙が、そのまま止まらずに落ちるので、たいそう決まりが悪いが、必ずしもどうしてわかろうか、ただ女々しく心弱いと見えるだろうかとお思いになるのも恥ずかしい。やはりそうだ、ただこのことだけをお思いなのだ、いつからだったのだろう、自分をどんなにおかしいと笑っていらっしゃる気持ちで、何か月もお思い続けていたのだろうと思うと、この君は悲しさは忘れなさったが、この上なく浅はかなことよ、
物が切実に思われる時は、それほどでもないことにつけてさえ、空飛ぶ鳥が鳴き渡るにも誘われて悲しいものなのに、自分がこのようにわけもなく心弱いにつけても、もし事情を悟ったら、それほど物の哀れも知らない人でもない、世の中の無常を深く思っている人こそ平然としていると、うらやましくも奥ゆかしくもお思いになるものの、真木柱は哀れである。浮舟がこの人に向かい合っていた様子もお思いやりになると、形見だなとじっと見守りなさる。だんだん世間話を申し上げなさるうちに、全く心に秘めておくこともあるまいとお思いになって、「昔から心に秘めて、少しでも申し上げないことを残しております限りは、たいそう気が晴れなく思われましたが、今はかえって上臈になってしまいまして。
意訳
匂宮は薫と対面し、病と称しながら涙を隠しきれない。薫は、匂宮が浮舟のためだけに泣いていることを悟り、自分を笑いながら何か月も通じていたのかと思うと、悲しみも忘れるほど浅はかに思う。一方の匂宮は、薫が平然としているのを見て、無常を知る人こそ冷静なのだとうらやむが、浮舟が寄りかかった真木柱のような薫を見て、浮舟の形見だと思う。薫は、隠し事なく打ち明けようと話し始める。
語釈・文法注
文法
- 「まきばしら」(うらやましくも心にくゝもおぼさるゝものからまきばしらは哀なり)
- 真木柱。「わぎもこが来ては寄り立つ真木柱そもむつまじやゆかりと思へば」(古今六帖)による。恋人のゆかりの物は親しく思われるの意。ここでは浮舟のゆかりの薫を指す。
- 「上﨟」(今はなかなかの上﨟になりにて侍り)
- 身分の高い者。ここでは、薫が高位になって気軽に動けない身になったことを言う。
解説
薫と匂宮の対面は、互いに相手の心を探り合う緊張に満ちている。匂宮は涙を隠し、薫は平然を装う。浮舟を失った二人の男の、それぞれの悲しみの表し方が対照的に描かれる。
匂宮は薫を「まきばしら」と見る。浮舟が寄り添った人として薫を見る匂宮の視線には、恋敵への嫉妬と、浮舟を偲ぶ思いが入り混じっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1162–1165頁(コマ292–293)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日