源氏物語 第52帖 蜻蛉(8)
匂宮の悲嘆
薫は、ただ今は全く心を静める方法もないままに、悔しいことが数知れず、このような男女の仲の筋につけて、ひどく物思いをすべき宿縁だったのだ、特別に出家を志していた身が、思いのほかにこのように普通の人として生き長らえているのを、仏などが憎いとご覧になるのだろうか、人に道心を起こさせようとして仏がなさる方便は、慈悲をも隠してこのようにするのだろうと思い続けなさりつつ、勤行ばかりをなさる。あの宮(匂宮)はまして二三日は何もおわかりにならず、正気もない様子で、どんな物の怪だろうなどと騒ぐうちに、だんだん涙を尽くしなさって、お心が静まるにつけても、生きていた時の様子が恋しくひどく思い出されなさった。人にはただ御病気の重い様子ばかりを見せて、このようなわけもない泣き顔を知らせまいと、うまく隠しているとお思いになったが、自然とたいそうはっきりわかったので、「どういうことで、このようにお惑いになり、お命も危ういほどに沈んでいらっしゃるのだろう」と言う人もいたので、あの殿(薫)も、たいそうよくこのご様子をお聞きになるにつけ、やはりそうだったのだ、ただの手紙のやりとりだけではなかったのだ、ご覧になったら必ずそうお思いになるに違いなかった人なのだ、生き長らえていたら、ただの関係よりは自分にとって愚かなことも起こっただろうとお思いになると、焦がれる胸も少し冷める心地がなさった。宮のお見舞いに毎日参らない人はなく、世の騒ぎとなっている頃、大したこともない身分の人を悲しんで籠もっていて参らないのも、ひねくれているようだとお思いになって参られる。その頃、式部卿宮と申し上げる方もお亡くなりになったので、御叔父の服喪で薄鈍色の衣を着ているのも、心の中では浮舟への哀れになぞらえられて似つかわしく見える。少し面痩せて、いっそう優美さがまさっていらっしゃる。人々が退出して、しめやかな夕暮である。
- 1只只ただ今今いまははは更更さらににに思思おもひひいしづめしづめしずめむむん方方かたなきなきなきまゝまゝままににに悔悔くやしきやしきやしき事事ことののの數數かず知知しらららずずず、、、かゝるかゝるかかることことことのののすぢすぢすじにににつけつけつけててていみじういみじういみじゅう物物もの思思おもふふうべきべきべき宿宿すく世世せなりなりなりけりけりけり。。。さまさまさまことことことににに心心こころざしざしざしたりたりたりししし身身みののの思思おもいののの外外ほかにににかくかくかく例例れいののの人人ひとにてにてにてながらふるながらふるながらうるををを佛佛ほとけなどなどなどのののにくしにくしにくしととと見見み給給たまふふうにににややや、、、人人ひとののの心心こころををを起起おこさささせせせむむんとてとてとて佛佛ほとけのののししし給給たまふふう方方ほう便便べんははは慈慈じ悲悲ひをををもももかくしかくしかくしてててかやうかやうかようにににこそこそこそはははあああなれなれなれととと思思おもひひいつゞけつゞけつづけ給給たまひひいつゝつゝつつ行行おこなひひいをををのみのみのみししし給給たまふふう。。。かのかのかの宮宮みやはははたたたましてましてまして二二ふつ三三か日日みかははは物物ものももも覺覺おぼえええ給給たまははわずずず、、、うつしうつしうつしこゝろこゝろこころもももなきなきなきさまさまさまにてにてにていかいかいかなるなるなる御御おんものものものゝゝのけけけならならならむむんなどなどなどさわぐさわぐさわぐににに、、、やうやうやうやうようよう淚淚なみだつくしつくしつくし給給たまひひいててておぼしおぼしおぼししづまるしづまるしずまるにににしもしもしもぞぞぞ、、、ありありありしししさまさまさまははは戀戀こいしうしうしゅういみじくいみじくいみじく思思おもひひい出出いでででられられられ給給たまひひいけるけるける。。。人人ひとにににははは唯唯ただ御御おん病病やまいののの重重おもきききさまさまさまをををのみのみのみ見見みせせせてててかくかくかくすゞろすゞろすずろなるなるなるいやめいやめいやめののの氣色氣色けしき知知しらせらせらせじじじととと、、、かしこくかしこくかしこくもてもてもてかくすかくすかくすとととおぼしおぼしおぼしけれけれけれどどどおのづからおのづからおのずからいといといとしるかりしるかりしるかりけれけれければばば「「「いかいかいかなるなるなることことことにににかくかくかくおぼしおぼしおぼし惑惑まどひひい御御おん命命いのちもももあやふきあやふきあやうきまでまでまでしづみしづみしずみ給給たまふふうらむらむらん」」」ととといふいふいう人人ひともももありありありけれけれければばば
- 2かのかのかの殿殿とのにににもももいといといとよくよくよくこのこのこの御御おん氣色氣色けしきををを聞聞きききき給給たまふふうににに、、、さればよさればよさればよ、、、猶猶なおよそよそよそののの文文ふみ通通かよはしはしわしのみのみのみにににはははあらあらあらぬぬぬなりなりなりけりけりけり。。。見見み給給たまひひいてててははは必必かならずずずさささおぼしおぼしおぼしぬぬぬべかりべかりべかりししし人人ひとぞぞぞかしかしかし。。。ながらへながらへながらへましかましかましかばばばたゞたゞただなるなるなるよりよりよりははは我我わがががためためためにににをこをこおこなるなるなる事事ことももも出出いででできききなななましましましとととおぼすおぼすおぼすににになむなむなん、、、こがるゝこがるゝこがるる胸胸むねももも少少すこしししさむるさむるさむる心地心地ここちししし給給たまひひいけるけるける。。。宮宮みやののの御御おんとぶらひとぶらひとぶらいににに日日ひ々々びににに參參まいりりり給給たまははわぬぬぬ人人ひとなくなくなく、、、世世よのののさわぎさわぎさわぎとととなれなれなれるるる比比ころことごとしきことごとしきことごとしききはきはきわならならならぬぬぬ思思おもひひいににに籠籠こもりりりゐゐいててて參參まいらららざらざらざらむむんもももひがみひがみひがみたるたるたるべしべしべしとととおぼしおぼしおぼしててて參參まいりりり給給たまふふう。。。そのそのその比比ころ式式しき部部ぶ卿卿きょう宮宮のみやととと聞聞きこゆるゆるゆるもももうせうせうせ給給たまひひいにににけれけれければばば御御おんをぢをぢおじののの服服ぶくにてにてにて薄薄うす鈍鈍にびなるなるなるももも心心こころののの中中うちににに哀哀あわれににに思思おもひひいよそへよそへよそえられられられてててつきづきしくつきづきしくつきずきしく見見みゆゆゆ。。。少少すこししし面面おもやせやせやせててていとゞいとゞいとどなまめかしきなまめかしきなまめかしき事事ことまさりまさりまさり給給たまへへえりりり。。。人々人々ひとびとまかでまかでまかでゝゝてしめやかしめやかしめやかなるなるなる夕夕ゆう暮暮ぐれなりなりなり。。。
現代語訳
ただ今は全く心を静める方法もないままに、悔しいことが数知れず、このような男女の仲の筋につけて、ひどく物思いをすべき宿縁だったのだ、特別に出家を志していた身が、思いのほかにこのように普通の人として生き長らえているのを、仏などが憎いとご覧になるのだろうか、人に道心を起こさせようとして仏がなさる方便は、慈悲をも隠してこのようにするのだろうと思い続けなさりつつ、勤行ばかりをなさる。あの宮はまして二三日は何もおわかりにならず、正気もない様子で、どんな物の怪だろうなどと騒ぐうちに、だんだん涙を尽くしなさって、お心が静まるにつけても、生きていた時の様子が恋しくひどく思い出されなさった。人にはただ御病気の重い様子ばかりを見せて、このようなわけもない泣き顔を知らせまいと、うまく隠しているとお思いになったが、自然とたいそうはっきりわかったので、「どういうことで、このようにお惑いになり、お命も危ういほどに沈んでいらっしゃるのだろう」と言う人もいたので、
あの殿にも、たいそうよくこのご様子をお聞きになるにつけ、やはりそうだったのだ、ただのよそからの手紙のやりとりだけではなかったのだ、ご覧になったら必ずそうお思いになるに違いなかった人なのだ、生き長らえていたら、ただの関係よりは自分にとって愚かなことも起こっただろうとお思いになると、焦がれる胸も少し冷める心地がなさった。宮のお見舞いに毎日参らない人はなく、世の騒ぎとなっている頃、大したこともない身分の人を悲しんで籠もっていて参らないのも、ひねくれているようだとお思いになって参られる。その頃、式部卿宮と申し上げる方もお亡くなりになったので、御叔父の服喪で薄鈍色の衣を着ているのも、心の中では哀れになぞらえられて似つかわしく見える。少し面痩せて、いっそう優美さがまさっていらっしゃる。人々が退出して、しめやかな夕暮である。
意訳
薫は、出家を志しながら俗世に留まる自分に道心を起こさせるための仏の方便かと思い、勤行に励む。匂宮は二、三日は正気もなく、涙を尽くして浮舟を恋い慕い、病と称して隠すが、周囲には知れ渡る。それを聞いた薫は、やはり匂宮と浮舟はただならぬ仲だったと確信し、生きていたら自分が愚かな目に遭っただろうと思って、少し心が冷める。世間体を考えて匂宮を見舞いに行く薫は、叔父式部卿宮の喪服を着て、面痩せていっそう優美に見える。
語釈・文法注
文法
- 「方便」(佛のし給ふ方便は慈悲をもかくして)
- 仏が衆生を導くために用いる手段。
- 「いやめ」(かくすゞろなるいやめの氣色知らせじと)
- 泣き顔、涙ぐんだ顔。
- 「薄鈍」(御をぢの服にて薄鈍なるも)
- 薄い鈍色。喪服の色。
解説
薫は浮舟の死を仏の方便と受け止めようとする。悲しみを宗教的な意味づけで乗り越えようとする薫の姿は、宇治十帖を通じた彼の生き方を象徴している。
匂宮の深い悲しみを知った薫は、かえって心が冷める。浮舟への愛が嫉妬と自尊心に揺さぶられる薫の複雑な心理が、ここに描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1162–1163頁(コマ292)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日