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源氏物語 第52帖 蜻蛉(5)

母への告白

登場人物:侍従・右近・中将の君・乳母・浮舟

侍従などは、日頃のご様子を思い出し、身を失いたいなどと泣き入りなさった折々の有様や、書き置きなさった手紙を見ると、「なきかげに」と書き散らしなさったものが硯の下にあったのを見つけて、川の方を見やりつつ、響き騒ぐ水の音を聞くにつけても疎ましく悲しいと思いながら、右近と「亡くなりなさった人を、あれこれと言い騒いで、どこにどうおなりになったのだろうと人がお疑いになるのもお気の毒なこと」と言い合わせて、「忍んだことといっても、ご自分のお心から起こってあったことではない。親として亡き後に聞きなさっても、たいそう恥ずかしいほどのことではないので、ありのままに申し上げて、このようにひどく気がかりなことまであれこれ思い惑いなさる様子は少しはっきりさせて差し上げよう。亡くなった人といっても、亡骸を置いて世話するのが世の常だ。世間並みでない様子で日数がたったら、全く隠しようもないだろう。やはり申し上げて、今は世間の評判だけでも取り繕おう」と相談して、忍んであった様子を申し上げると、言う人も消え入るようで言い終えられず、聞く心地も惑いつつ、母君は、ではこのたいそう荒々しいと思う川に流れてお亡くなりになったのだと思うと、いっそう自分も落ち入ってしまいそうな心地がして、「いらっしゃった方を探して、亡骸だけでもしっかりと葬ろう」とおっしゃるが、「全く何の甲斐もございますまい。行方もわからない大海原にいらっしゃったでしょう。それなのに人が言い伝えることはたいそう聞き苦しい」と申し上げるので、あれこれと思うと胸がせき上がる心地がして、どうにもすべき方法も思いつかれないのを、この二人で車を寄せさせて、御座所や身近にお使いになった御調度など、すべて脱ぎ置きなさった御衾などのような物を取り入れて、乳母子の大徳とその叔父の阿闍梨、その弟子で親しい者など、もとから知っている老法師など、御忌みに籠もるはずの者だけで、人が亡くなった様子を真似て出し立てるのを、乳母や母君はたいそうひどく不吉だと伏し転げる。

  1. 1侍じ侍じじ從じう從じうじゅうなどなどなどこそこそこそ日ひ日ひひ比ごろ比ごろごろののの御おん御おんおん氣色けしき氣色けしきけしき思おも思おもおもひひいいでいでいで身み身みみをををうしなひうしなひうしないてててばやばやばやなどなどなど泣な泣ななきききいりいりいり給たま給たまたまひひいししし折をり折をりおり々をり々をりおりののの有あり有ありあり樣さま樣さまさま書か書かかきききおきおきおき給たま給たまたまへへえるるる文ふみ文ふみふみをををももも見み見みみるるるににに、、、なきなきなきかげかげかげにににととと書か書かかきききすさびすさびすさび給たま給たまたまへへえるるるものものものゝゝの硯すゞり硯すゞりすずりののの下した下したしたにににありありありけるけるけるををを見み見みみつけつけつけててて河かは河かはかわののの方かた方かたかたををを見み見みみやりやりやりつゝつゝつつ響ひゞ響ひゞひびきききのゝしるのゝしるののしる水みづ水みづみずののの音おと音おとおとををを聞き聞ききくくくにににももも疎うと疎うとうとましくましくましく悲かな悲かなかなしししととと思おも思おもおもひひいつゝつゝつつさてさてさて「「「うせうせうせ給たま給たまたまひひいけむけむけん人ひと人ひとひとをををとかくとかくとかく言い言いいひひい騷さわ騷さわさわぎぎぎててていづくいづくいずくにににもももいづくいづくいずくにににもももいかいかいかなるなるなる方かた方かたかたににになりなりなり給たま給たまたまひひいにににけむけむけんとととおぼしおぼしおぼし疑うたが疑うたがうたがははわむむんもももいとほしきいとほしきいとおしき事こと事ことこと」」」ととといひいひいい合あは合あはあわせせせててて「「「忍しの忍しのしのびびびたるたるたる事こと事ことこととてもとてもとても御心みこころ御心みこころみこころよりよりよりおこりおこりおこりてててありありありししし事こと事ことことならならならずずず。。。親おや親おやおやにてにてにてなきなきなき後のち後のちのちににに聞き聞ききききき給たま給たまたまへへえりりりともともともいといといとやさしきやさしきやさしき程ほど程ほどほどならならならぬぬぬををを、、、ありのまゝありのまゝありのままににに聞きこ聞きこきこえええてててかくかくかくいみじくいみじくいみじく覺束おぼつか覺束おぼつかおぼつかなきなきなき事こと事ことことどもどもどもをををさへさへさへかたがたかたがたかたがた思おも思おもおもひひい惑まど惑まどまどひひい給たま給たまたまふふうさまさまさまははは少すこ少すこすこしししあきらめあきらめあきらめさせさせさせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむん。。。なくなくなくなりなりなり給たま給たまたまへへえるるる人ひと人ひとひととてもとてもとてもからからからををを置お置おおきききてててもももあつかふあつかふあつかうこそこそこそ世よ世よよののの常つね常つねつねなれなれなれ。。。世よ世よよづかづかずかぬぬぬ氣色けしき氣色けしきけしきにてにてにて日ひ日ひひ比ごろ比ごろごろももも經へ經へへばばば更さら更さらさらにににかくれかくれかくれあらあらあらじじじ。。。猶なほ猶なほなお聞きこ聞きこきこえええててて今いま今いまいまははは世よ世よよののの聞きこ聞きこきこえええをををだにだにだにつくろはつくろはつくろわむむん」」」ととと語かた語かたかたらひらひらいててて忍しの忍しのしのびびびてててありありありしししさまさまさまををを聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるにににいふいふいう人ひと人ひとひとももも消き消ききえええいりいりいりえええいひいひいいやらやらやらずずず、、、聞き聞ききくくく心地ここち心地ここちここちももも惑まど惑まどまどひひいつゝつゝつつ、、、さはさはさわこのこのこのいといといとあらましあらましあらましととと思おも思おもおもふふう河かは河かはかわににに流なが流ながながれれれうせうせうせ給たま給たまたまひひいにににけりけりけりととと思おも思おもおもふふうににに、、、いとゞいとゞいとど我わ我わわれれれももも落お落おおちちち入い入いいりりりぬぬぬべきべきべき心地ここち心地ここちここちしししててて
  2. 2「「「おはしましおはしましおわしましにににけむけむけん方かた方かたかたををを尋たづ尋たづたずねねねてててからからからをををだにだにだにはかばかしくはかばかしくはかばかしくをさめをさめおさめむむん」」」とととののの給たま給たまたまへへえどどど「「「更さら更さらさらににになになになにのののかひかひかい侍はべ侍はべはべらららじじじ。。。行ゆ行ゆゆくくくへへへももも知し知ししらららぬぬぬ大おほ大おほおお海うみ海うみうみののの原はら原はらはらにににこそこそこそおはしましおはしましおわしましにににけめけめけめ。。。さるさるさるものものものからからから人ひと人ひとひとのののいひいひいい傳つた傳つたつたへへえむむん事こと事ことことはははいといといと聞き聞きききききにくしにくしにくし」」」ととと聞きこ聞きこきこゆれゆれゆればばば、、、とととざまざまざまかうかうこうざまざまざまににに思おも思おもおもふふうににに胸むね胸むねむねのののせきせきせきのぼるのぼるのぼる心こころ心こころこころちちここちしししててて、、、いかにいかにいかにもももいかにいかにいかにもももすすすべきべきべき方かた方かたかたももも覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまははわぬぬぬををを、、、このこのこの人々ひとびと人々ひとびとひとびと二ふた二ふたふた人り人りりしししててて車くるま車くるまくるまよせよせよせさせさせさせててておおおましましましともともとも氣け氣けけ近ぢか近ぢかじかううう使つか使つかつかひひい給たま給たまたまひひいししし御おん御おんおん調てう調てうちょう度ど度どどどもどもどもみなみなみなながらながらながらぬぎぬぎぬぎおきおきおき給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおんふすまふすまふすまなどなどなどやうやうようののの物もの物ものものををを取と取ととりりりいれいれいれてててめのとめのとめのとごごごのののだいとこだいとこだいとこそれそれそれがががをぢをぢおじののの阿あ阿ああ闍ざ闍ざざ梨り梨りりそのそのその弟で弟でで子し子ししののの睦むつま睦むつまむつましきしきしきなどなどなどもももとととよりよりより知し知ししりりりたるたるたる老おい老おいおい法ほふ法ほふほう師し師ししなどなどなど御おん御おんおん忌いみ忌いみいみににに籠こも籠こもこもるるるべきべきべき限かぎ限かぎかぎりりりしししててて人ひと人ひとひとのののなくなくなくなりなりなりたるたるたるけはひけはひけはいにににまねびまねびまねびててて出いだ出いだいだししし立た立たたつるつるつるををを、、、めのとめのとめのと母はゝ母はゝはは君ぎみ君ぎみぎみはははいといといといみじくいみじくいみじくゆゝしゆゝしゆゆしとととふしふしふしまろぶまろぶまろぶ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

侍従などは、日頃のご様子を思い出し、身を失いたいなどと泣き入りなさった折々の有様や、書き置きなさった手紙を見ると、「なきかげに」と書き散らしなさったものが硯の下にあったのを見つけて、川の方を見やりつつ、響き騒ぐ水の音を聞くにつけても疎ましく悲しいと思いながら、さて「亡くなりなさった人を、あれこれと言い騒いで、どこにどうおなりになったのだろうとお疑いになるのもお気の毒なこと」と言い合わせて、「忍んだことといっても、ご自分のお心から起こってあったことではない。親として亡き後に聞きなさっても、たいそう恥ずかしいほどのことではないので、ありのままに申し上げて、このようにひどく気がかりなことまであれこれ思い惑いなさる様子は少しはっきりさせて差し上げよう。亡くなった人といっても、亡骸を置いて世話するのが世の常だ。世間並みでない様子で日数がたったら、全く隠しようもないだろう。やはり申し上げて、今は世間の評判だけでも取り繕おう」と相談して、忍んであった様子を申し上げると、言う人も消え入るようで言い終えられず、聞く心地も惑いつつ、ではこのたいそう荒々しいと思う川に流れてお亡くなりになったのだと思うと、いっそう自分も落ち入ってしまいそうな心地がして、

「いらっしゃった方を探して、亡骸だけでもしっかりと葬ろう」とおっしゃるが、「全く何の甲斐もございますまい。行方もわからない大海原にいらっしゃったでしょう。それなのに人が言い伝えることはたいそう聞き苦しい」と申し上げるので、あれこれと思うと胸がせき上がる心地がして、どうにもすべき方法も思いつかれないのを、この二人で車を寄せさせて、御座所や身近にお使いになった御調度など、すべて脱ぎ置きなさった御衾などのような物を取り入れて、乳母子の大徳とその叔父の阿闍梨、その弟子で親しい者など、もとから知っている老法師など、御忌みに籠もるはずの者だけで、人が亡くなった様子を真似て出し立てるのを、乳母や母君はたいそうひどく不吉だと伏し転げる。

意訳

侍従と右近は、浮舟の書き残した物を見つけ、宇治川の水音を聞いて悲しむ。二人は、母の惑いを鎮め、世間体を取り繕うため、母に浮舟と匂宮のことを打ち明ける。母は浮舟が川に身を投げたと知って、自分も後を追いたいほどに悲しむ。亡骸を探したいと言う母を女房たちは止め、遺体のないまま、浮舟の衣や調度を車に乗せ、身内の僧だけで葬送の形を取る。

語釈・文法注

文法

「なきかげに」(なきかげにと書きすさび給へるもの)
浮舟の巻で詠まれた「歎きわび身をば捨つともなきかげにうき名流さむことをこそ思へ」の歌。
「あきらめさせ」(少しあきらめさせ奉らむ)
明らむ。事情をはっきりさせる。
「せきのぼる」(胸のせきのぼる心ちして)
胸がつまり、込み上げる。

解説

女房たちは、浮舟の名誉と世間体のため、母に真相を打ち明け、遺体のない葬送を取り繕う。真実を知った母の悲しみは、わが子を荒々しい川に失った絶望へと変わる。

衣や調度だけを乗せた空の葬送車。浮舟の不在を象徴するこの場面は、後に浮舟が生きていたことを知る読者に、深い皮肉を感じさせる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1158–1161頁(コマ290–291)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日