源氏物語 第51帖 浮舟(42)
垣根の陰の匂宮
時方は自分の沓を侍従にはかせて、自分は供の者の粗末な物をはいた。参って「これこれです」と申し上げると、宮は語らいなさるような手立てさえないので、山賤の垣根の茨や葎の陰に、障泥(あおり)という物を敷いてお下ろし申し上げる。宮はご自分のお心にも、妙な有様だな、このような道で身を損なって、ろくなことにはなれそうにない身のようだとお思い続けになると、お泣きになることこの上ない。気の弱い侍従は、ましてたいそうひどく悲しいと拝見する。たいそう恐ろしい敵を鬼に作り上げたとしても、おろそかに見捨てることのできそうにないお方のご様子である。宮はためらいなさって、「ただ一言も申し上げられないのか。どうして今さらこのようなのかと、やはり女房たちが言いなしたことがあるのだろう」とおっしゃる。侍従は事情を詳しく申し上げて、「そのうちそのようにお思いの日を、前もって然るべきように計画させなさいませ。このようにもったいないことどもを拝見しましたので、身を捨ててでも工夫いたしましょう」と申し上げる。宮も人目をひどくお気にかけていらっしゃるので、一方的にお恨みになりようもない。夜はたいそう更けていくのに、この怪しむ犬の声が絶えず、人々が追い払ったりするうちに、弓の弦を鳴らし、怪しげな男どもの声で「火の用心」などと言うのも、たいそう心あわただしいので、お帰りになる時の気持ちは言うまでもない。「いづくにか身をば捨てむと白雲のかからぬ山もなくなくぞゆく」。それではと言って侍従をお返しになる。ご様子が優美で哀れで、夜深い露に湿ったお召し物の香の芳しさなど、たとえようもない。侍従は泣く泣く帰ってきた。右近が、きっぱり断ったことを言っているところに、浮舟はいよいよ思い乱れることが多くて臥していらっしゃるのに、侍従が入ってきて、先ほどの様子を語ると、返事もしないが、枕がだんだん浮くほど涙を流すのを、一方では女房たちがどう見るだろうと気が引ける。翌朝も見苦しい目もとを思うので、いつまでも臥していた。頼りなげに帯を掛けなどして経を読む。
- 1我我わがががくつくつくつをををはかはかはかせせせててて、、、みづからみづからみずからははは供供ともなるなるなる人人ひとのののあやしきあやしきあやしきものものものをををはきはきはきたりたりたり。。。參參まいりりりててて「「「かくかくかくなむなむなん」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、語語かたらひらひらい給給たまふふうべきべきべきやうやうようだにだにだになけれなけれなければばば、、、やまやまやまがつがつがつののの垣垣かき根根ねのののおどろおどろおどろむぐらむぐらむぐらののの影影かげににに、、、あふりあふりあおりととといふいふいう物物ものををを敷敷しきききててておろしおろしおろし奉奉たてまつるるる。。。我我わががが御御おん心心こころちちここちにににももも、、、あやしきあやしきあやしきありさまありさまありさまかなかなかな、、、かゝるかゝるかかる道道みちにににそこなはそこなはそこなわれれれててて、、、はかばかしくはかばかしくはかばかしくはははえええあるあるあるまじきまじきまじき身身みなななめりめりめりとととおぼしおぼしおぼし續續つづくるくるくるににに、、、泣泣なききき給給たまふふうことことことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。心心こころよわきよわきよわき人人ひとははは、、、ましてましてましていといといといみじくいみじくいみじく悲悲かなしししととと見見み奉奉たてまつるるる。。。いみじきいみじきいみじきあだあだあだ、、、おにおにおににににつくりつくりつくりたりたりたりともともとも、、、おろかおろかおろかににに見見み捨捨すつつつまじきまじきまじき人人ひとののの御御おん有有あり樣樣さまなりなりなり。。。ためらひためらひためらい給給たまひひいててて、、、「「「唯唯ただひとひとひとことことこともももえええ聞聞きこえええさすさすさすまじきまじきまじきかかか。。。いかいかいかなれなれなればばば今今いま更更さらにににかゝるかゝるかかるぞぞぞととと、、、猶猶なお人々人々ひとびとのののいひいひいいなしなしなしたるたるたるやうやうようあるあるあるべしべしべし」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。有有あり樣樣さま委委くわしくしくしく聞聞きこえええててて、、、「「「やがてやがてやがてさささ思思おぼししし召召めさささむむん日日ひををを、、、かねてかねてかねてさべきさべきさべきさまさまさまにににたばからたばからたばからせせせ給給たまへへえ。。。かくかくかく忝忝かたじけなききき事事ことどもどもどもををを見見み奉奉たてまつりりり侍侍はべれれればばば、、、身身みををを捨捨すてててゝゝてももも思思おもひひい給給たまへへえたばかりたばかりたばかり侍侍はべらららむむん」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。我我わももも人人ひと目目めをををいみじくいみじくいみじくおぼせおぼせおぼせばばばひとひとひと方方かたににに怨怨うらみみみ給給たまははわむむんやうやうようもももなしなしなし。。。
- 2夜夜よはははいたくいたくいたく更更ふけけけ行行ゆくくくににに、、、このこのこのものものものとがめとがめとがめするするする犬犬いぬののの聲聲こえ絕絕たえええずずず、、、人々人々ひとびと追追おひひいさけさけさけなどなどなどするするするににに、、、弓弓ゆみひきひきひきならしならしならし怪怪あやしきしきしきをのこをのこおのこどもどもどもののの聲聲こえしししててて、、、「「「火火ひあやふしあやふしあやうし」」」などなどなどいふいふいうももも、、、いといといと心心こころあわたゞしけれあわたゞしけれあわただしければばば、、、かへりかへりかえり給給たまふふうほどほどほど、、、いへいへいえばばばさらさらさらなりなりなり。。。「「「いづくいづくいずくにににかかか身身みをををばばば捨捨すてててむむんととと白白しら雲雲くものののかゝらかゝらかからぬぬぬ山山やまもももなくなくなくなくなくなくぞぞぞゆくゆくゆく」」」。。。さらばさらばさらばやややとてとてとてこのこのこの人人ひとををを返返かえししし給給たまふふう。。。御御おん氣色氣色けしきなまめかしくなまめかしくなまめかしくあはれあはれあわれににに、、、夜夜よ深深ふかききき露露つゆにににしめりしめりしめりたるたるたる御御おんかかかのののかうばしさかうばしさこうばしさなどなどなど、、、たとへたとへたとえむむんかたかたかたなしなしなし。。。泣泣なくくく泣泣なくくくぞぞぞ歸歸かえりりりきたるきたるきたる。。。右右う近近こんはははいひいひいいきりきりきりつるつるつるよしよしよしいひいひいい居居いたるたるたるににに、、、君君きみはははいよいよいよいよいよいよ思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるることことこと多多おおくくくててて臥臥ふししし給給たまへへえるるるににに、、、入入いりりり來來きててて、、、ありありありつるつるつるさまさまさま語語かたるるるににに、、、いらへいらへいらえもももせせせねねねどどど枕枕まくらのののやうやうやうやうようよううきうきうきぬるぬるぬるをををかつかつかつはははいかにいかにいかに見見みるるるらむらむらんとととつゝましつゝましつつまし。。。つとめてつとめてつとめてももも怪怪あやしからしからしからむむんまみまみまみををを思思おもへへえばばば、、、むごむごむごににに臥臥ふしししたりたりたり。。。物物ものはかなげはかなげはかなげににに帶帶おびうちうちうちかけかけかけなどなどなどしししててて經經きょう讀讀よむむむ。。。
現代語訳
自分の沓をはかせて、自分は供の者の粗末な物をはいた。参って「これこれです」と申し上げると、語らいなさるような手立てさえないので、山賤の垣根の茨や葎の陰に、障泥という物を敷いてお下ろし申し上げる。ご自分のお心にも、妙な有様だな、このような道で身を損なって、ろくなことにはなれそうにない身のようだとお思い続けになると、お泣きになることこの上ない。気の弱い人は、ましてたいそうひどく悲しいと拝見する。たいそう恐ろしい敵を鬼に作り上げたとしても、おろそかに見捨てることのできそうにないお方のご様子である。ためらいなさって、「ただ一言も申し上げられないのか。どうして今さらこのようなのかと、やはり女房たちが言いなしたことがあるのだろう」とおっしゃる。事情を詳しく申し上げて、「そのうちそのようにお思いの日を、前もって然るべきように計画させなさいませ。このようにもったいないことどもを拝見しましたので、身を捨ててでも工夫いたしましょう」と申し上げる。ご自分も人目をひどくお気にかけていらっしゃるので、一方的にお恨みになりようもない。
夜はたいそう更けていくのに、この怪しむ犬の声が絶えず、人々が追い払ったりするうちに、弓の弦を鳴らし、怪しげな男どもの声で「火の用心」などと言うのも、たいそう心あわただしいので、お帰りになる時の気持ちは言うまでもない。「どこに身を捨てようかと、白雲のかからない山もないように、泣く泣く行くことだ」。それではと言ってこの人をお返しになる。ご様子が優美で哀れで、夜深い露に湿ったお召し物の香の芳しさなど、たとえようもない。泣く泣く帰ってきた。右近が、きっぱり断ったことを言っているところに、君はいよいよ思い乱れることが多くて臥していらっしゃるのに、入ってきて、先ほどの様子を語ると、返事もしないが、枕がだんだん浮くほど涙を流すのを、一方では女房たちがどう見るだろうと気が引ける。翌朝も見苦しい目もとを思うので、いつまでも臥していた。頼りなげに帯を掛けなどして経を読む。
意訳
時方は侍従に自分の沓をはかせて匂宮のもとへ連れて行く。匂宮は垣根の陰に障泥を敷いて座り、こんな惨めな有様では身を損なうだろうと泣く。侍従は事情を話し、日を決めれば身を捨てても手引きすると約束する。犬の声や宿直人の弓の音に追われ、匂宮は泣く泣く帰る歌を詠む。侍従が戻って様子を語ると、浮舟は返事もせず枕が浮くほど泣き、翌朝も臥したまま経を読む。
語釈・文法注
文法
- 「あふり」(あふりといふ物を敷きておろし奉る)
- 障泥。馬の鞍の両脇に垂らす泥よけの革。
- 「おどろむぐら」(やまがつの垣根のおどろむぐらの影に)
- 茨や葎。荒れた草むら。
- 「むごに」(つとめても怪しからむまみを思へば、むごに臥したり)
- 無期に。いつまでも。
解説
皇子が垣根の陰で泥よけの上に座る姿は、この上なく惨めである。浮舟に会えないまま帰る匂宮の歌「いづくにか身をば捨てむ」は、浮舟の死の決意と響き合っている。
浮舟は匂宮の様子を聞いて枕が浮くほど泣く。匂宮への思いと死の決意の間で、浮舟の心は限界に達している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1150–1153頁(コマ286–287)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日