源氏物語 第51帖 浮舟(37)
死を願う浮舟
右近は「さあ、私は、どちらにしても無事にお過ごしなさいませと、初瀬や石山などに願を立てております。この大将殿の御荘の人々というものは、たいそう無法な者どもで、一族がこの里に満ちているそうです。だいたいこの山城や大和に殿が領有なさる所々の人は皆、この内舎人という者の縁につながっているそうです。これの婿の右近大夫という者を頭として、万事を取り決めて仰せつけられたそうです。身分のある方々の間では、情けないことを起こせとお思いにならなくても、物のわからない田舎人どもが宿直人として交代でお仕えしているので、自分の番に当たって少しのことも起こさせまいなどと、過ちもしでかしましょう。先夜のお出歩きは、たいそう気味悪く思われました。宮はひどくお忍びになるといって、御供の人もお連れにならず、やつれてばかりおいでになるのを、そのような者が見つけ申し上げたら、たいそう大変なことです」と言い続けるのを、浮舟は、やはり自分を宮に心を寄せ申し上げていると思ってこの女房たちが言うのが、たいそう恥ずかしく、心ではどちらとも思わず、ただ夢のように呆れて、宮がひどく焦れていらっしゃるのを、どうしてこれほどまでにとばかり思うが、頼み申し上げて長年になった人を今はと離れようとは思わないからこそ、このようにひどく思い乱れるのだ。本当によくないことも起こったらと、つくづくと思っていた。「私は何とかして死にたい。世間並みでなく情けない身だな。このようにつらいことのある例は、下衆などの中にさえ多くあるだろうか」と言って、うつ伏して臥しなさるので、右近たちは「そのようにお思いなさいますな。穏やかにお思いなさいませと申し上げたのです。思い悩むべきことも、そうでもない顔でのどかにお見えになっていたのに、このことの後は、ひどく焦れていらっしゃるので、たいそう妙に拝見しております」と、事情を知っている者は皆このように思い乱れ騒ぐのに、乳母は自分だけ得意になって、染め物の支度をしていた。
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現代語訳
「さあ、右近は、どちらにしても無事にお過ごしなさいませと、初瀬や石山などに願を立てております。この大将殿の御荘の人々というものは、たいそう無法な者どもで、一族がこの里に満ちているそうです。だいたいこの山城や大和に殿が領有なさる所々の人は皆、この内舎人という者の縁につながっているそうです。これの婿の右近大夫という者を頭として、万事を取り決めて仰せつけられたそうです。身分のある方々の間では、情けないことを起こせとお思いにならなくても、物のわからない田舎人どもが宿直人として交代でお仕えしているので、自分の番に当たって少しのことも起こさせまいなどと、過ちもしでかしましょう。先夜のお出歩きは、たいそう気味悪く思われました。宮はひどくお忍びになるといって、御供の人もお連れにならず、やつれてばかりおいでになるのを、そのような者が見つけ申し上げたら、たいそう大変なことです」と言い続けるのを、
君は、やはり自分を宮に心を寄せ申し上げていると思ってこの人々が言うのが、たいそう恥ずかしく、心ではどちらとも思わず、ただ夢のように呆れて、ひどく焦れていらっしゃるのを、どうしてこれほどまでにとばかり思うが、頼み申し上げて長年になった人を今はと離れようとは思わないからこそ、このようにひどく思い乱れるのだ。本当によくないことも起こったらと、つくづくと思っていた。「私は何とかして死にたい。世間並みでなく情けない身だな。このようにつらいことのある例は、下衆などの中にさえ多くあるだろうか」と言って、うつ伏して臥しなさるので、「そのようにお思いなさいますな。穏やかにお思いなさいませと申し上げたのです。思い悩むべきことも、そうでもない顔でのどかにお見えになっていたのに、このことの後は、ひどく焦れていらっしゃるので、たいそう妙に拝見しております」と、事情を知っている者は皆このように思い乱れ騒ぐのに、乳母は自分だけ得意になって、染め物の支度をしていた。
意訳
右近は、薫の荘園の宿直人たちは無法な者たちで、匂宮が忍んで来て見つかれば大変なことになると警告する。浮舟は女房たちが自分を匂宮に心を寄せていると見ているのを恥じ、長年頼りにしてきた薫を離れる気はないからこそ苦しいのだと思う。浮舟は「死にたい」と泣き伏す。女房たちは浮舟の変わりように心配するが、何も知らない乳母は京への移転の支度に励んでいる。
語釈・文法注
文法
- 「ぶだう」(いみじきぶだうのものどもにて)
- 無道。無法な、乱暴な。
- 「うどねり」(皆このうどねりといふものゝゆかりかけつゝ)
- 内舎人。宮中の警護にあたる役人。ここでは薫の荘園を管理する者。
- 「ものそめいとなみ」(ものそめいとなみ居たり)
- 染め物の支度をする。京への移転の準備。
解説
浮舟は初めて「死なばや」と口にする。二人の男の間で身動きのとれない浮舟の心は、死という出口に向かい始める。
何も知らない乳母が染め物の支度に励む姿は、悲劇的な皮肉に満ちている。周囲の祝いの準備と、浮舟の死への思いが対照される。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1146–1147頁(コマ284)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日