源氏物語 第51帖 浮舟(35)
末の松の歌
薫は、ひっそりと住んでいる人なので、道定も思いを懸けているのだろうと、うめきなさって、「人に見られずに行け。愚かなことになる」とおっしゃる。随身は畏まって控える。少輔がいつもこの殿のことを探り、あちらのことを尋ねたのも思い合わせるが、物慣れているので申し出ることができない。君も下衆に詳しくは知らせまいとお思いなので、お尋ねにならない。あちら(宇治)では、御使いがいつもより頻繁なのにつけても、物思うことがさまざまである。薫はただこうおっしゃった。「波こゆるころともしらず末の松まつらむとのみ思ひけるかな。人に笑わせなさるな」とあるのを、浮舟はたいそう妙だと思うと、胸もふさがった。御返事をわかった顔で申し上げるのもたいそう気が引け、間違いであったら妙なので、お手紙はもとのようにして、「宛先違いのように見えましたので。妙に気分が悪くて何事も」と書き添えて差し上げた。薫はご覧になって、さすがにたいそううまくやったな、全く思いも寄らなかった心ばえよと微笑まれなさるにつけても、憎いとはお思い切りになれないようだ。あらわではないがほのめかしなさった様子を、あちらではいっそう思い悩む。ついに我が身はけしからぬ妙なことになってしまいそうだと、いっそう思っているところに右近が来て、「殿のお手紙は、どうしてお返し申し上げなさったのですか。不吉に忌むことだそうですのに」と言うと、浮舟は「間違いがあるように見えたので、宛先違いかと思って」とおっしゃる。右近は妙だと思ったので、道中で開けて見たのだった。よくない右近の様子だな。見たとは言わずに、「ああお気の毒に。苦しいことでございますね。殿は事情をご覧になったのでしょう」と言うと、浮舟は顔がさっと赤くなって何もおっしゃらない。手紙を見たとは思わないので、別の筋であの方の様子を見た人が語ったのだろうと思うと、誰がそう言うのかなどともお尋ねにならず、この女房たちが見て思っているだろうこともひどく恥ずかしい。
- 1かすかかすかかすかにてにてにて居居いたるたるたる人人ひとなれなれなればばば道道みち定定さだももも思思おもひひいかくかくかくらむらむらんかしかしかしととと、、、うちうちうちうめきうめきうめき給給たまひひいててて、、、「「「人人ひとににに見見みえええでででをををまかれまかれまかれ。。。をこをこおこなりなりなり」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。かしこまりかしこまりかしこまりててて。。。少少しょう輔輔ふががが常常つねにににこのこのこの殿殿とのののの御御おん事事ことあないあないあないししし、、、かしこかしこかしこののの事事こと問問とひひいしししももも思思おもひひい合合あわすすすれれれどどど物物もの慣慣なれれれててて得得え申申もうししし出出いでででずずず。。。君君きみもももげすげすげすにににくはしくくはしくくわしくははは知知しらせらせらせじじじとととおぼせおぼせおぼせばばば問問とはははせせせ給給たまははわずずず。。。かしこかしこかしこにににははは、、、御御おん使使つかいののの例例れいよりよりよりしげきしげきしげきにににつけつけつけてててももも物物もの思思おもふふうことことことさまざまさまざまさまざまなりなりなり。。。たゞたゞただかくかくかくぞぞぞのたまへのたまへのたまえるるる。。。「「「波波なみこゆるこゆるこゆるころころころととともももしらしらしらずずず末末すえののの松松まつまつまつまつらむらむらんとととのみのみのみ思思おもひひいけるけるけるかなかなかな。。。人人ひとににに笑笑わらははわせせせ給給たまふふうななな」」」とととあるあるあるををを、、、いといといと怪怪あやしししととと思思おもふふうににに、、、胸胸むねもももふたがりふたがりふたがりぬぬぬ。。。御御おん返返かえりりり事事ごとををを心心こころえええがほがほがおににに聞聞きこえええむむんももも、、、いといといとつゝましくつゝましくつつましく、、、ひがひがひがごとごとごとにてにてにてあらあらあらむむんももも怪怪あやしけれしけれしければばば、、、御御おん文文ふみはははもともともとのののやうやうようにににしししててて「「「ところところところたがへたがへたがえのののやうやうようににに見見みえええ侍侍はべれれればばばなむなむなん、、、怪怪あやしくしくしく惱惱なやましくましくましくててて何何なに事事ことももも」」」ととと書書かきききそへそへそえててて奉奉たてまつりりりつつつ。。。見見み給給たまひひいててて、、、さすがさすがさすがにににいたくいたくいたくもももしししたるたるたるかなかなかな、、、かけかけかけててて見見み及及およばばばぬぬぬ心心こころばへばへばえよよよとととほゝゑまほゝゑまほほえまれれれ給給たまふふうももも、、、にくしにくしにくしとととははは得得えおぼしおぼしおぼしはてはてはてぬぬぬなななめりめりめり。。。
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現代語訳
ひっそりと住んでいる人なので、道定も思いを懸けているのだろうと、うめきなさって、「人に見られずに行け。愚かなことになる」とおっしゃる。畏まって控える。少輔がいつもこの殿のことを探り、あちらのことを尋ねたのも思い合わせるが、物慣れているので申し出ることができない。君も下衆に詳しくは知らせまいとお思いなので、お尋ねにならない。あちらでは、御使いがいつもより頻繁なのにつけても、物思うことがさまざまである。ただこうおっしゃった。「波が越えるような心変わりの時とも知らず、末の松山のように私を待っているだろうとばかり思っていたことよ。人に笑わせなさるな」とあるのを、たいそう妙だと思うと、胸もふさがった。御返事をわかった顔で申し上げるのもたいそう気が引け、間違いであったら妙なので、お手紙はもとのようにして、「宛先違いのように見えましたので。妙に気分が悪くて何事も」と書き添えて差し上げた。ご覧になって、さすがにたいそううまくやったな、全く思いも寄らなかった心ばえよと微笑まれなさるにつけても、憎いとはお思い切りになれないようだ。
あらわではないがほのめかしなさった様子を、あちらではいっそう思い悩む。ついに我が身はけしからぬ妙なことになってしまいそうだと、いっそう思っているところに右近が来て、「殿のお手紙は、どうしてお返し申し上げなさったのですか。不吉に忌むことだそうですのに」と言うと、「間違いがあるように見えたので、宛先違いかと思って」とおっしゃる。妙だと思ったので、道中で開けて見たのだった。よくない右近の様子だな。見たとは言わずに、「ああお気の毒に。苦しいことでございますね。殿は事情をご覧になったのでしょう」と言うと、顔がさっと赤くなって何もおっしゃらない。手紙を見たとは思わないので、別の筋であの方の様子を見た人が語ったのだろうと思うと、誰がそう言うのかなどともお尋ねにならず、この女房たちが見て思っているだろうこともひどく恥ずかしい。
意訳
薫は随身に、人目につかないよう宇治へ行けと命じる。宇治の浮舟のもとに、薫から「末の松山」の歌が届く。心変わりを知っていると暗にほのめかす歌に、浮舟は胸がふさがり、宛先違いだと書き添えて手紙を返す。薫はその機転に苦笑し、浮舟を憎みきれない。右近は道中で手紙を盗み見ており、薫は事情を知ったのだろうと言う。浮舟は顔を赤らめ、女房たちに知られていることを恥じる。
語釈・文法注
文法
- 「末の松」(波こゆるころともしらず末の松)
- 「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」(古今集)による。末の松山を波が越えることは心変わりのたとえ。
- 「ところたがへ」(ところたがへのやうに見え侍ればなむ)
- 宛先違い。
- 「おもてざとあかみて」(おもてざとあかみて物ものたまはず)
- 顔がさっと赤くなって。
解説
薫の「末の松」の歌は、浮舟の心変わりを知っていることを暗に告げる。直接責めない薫のやり方は、かえって浮舟を深く追い詰める。
浮舟は手紙を宛先違いとして返す。精一杯の機転だが、それは薫への裏切りを認めたも同然であった。浮舟はますます逃げ場を失っていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1144–1145頁(コマ283)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日