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源氏物語 第51帖 浮舟(34)

薫の思案

登場人物:薫・中の君・匂宮・浮舟

薫は、対の御方(中の君)のことをひどく思いながら長年過ごしてきたのは、自分の心の重々しさはこの上なかったのだ、実はそれは今始まったことでなく、体裁の悪い仲でもなく、もとからの縁にもよるのに、ただ心の中に隠し事があるのは自分のためにも苦しいだろうと思って憚ってきたのも愚かなことだった、この頃このようにご病気で、いつもより人の多い紛れに、どうやってはるばると手紙を書きやりなさったのだろう、通い始めなさったのだろうか、たいそう遠い恋の道だな、妙なことに、お出かけ先を尋ねられなさる日もあると聞いたことだ、そうしたことにお思い乱れになって、何となくご病気なのだろう、昔を思い出すにつけても、宇治においでになれなかった頃の嘆きは、たいそう気の毒そうだったなとつくづく思うと、女がひどく物思いをしている様子だったのも、端々がわかり始めなさっては、万事思い合わせるとたいそうつらい。めったにないものは人の心だな、可憐でおっとりしているとは見えながら、色めいた方面は添っている人なのだ、この宮のお相手としては、たいそうよい取り合わせだと思って譲ってしまいそうに、身を引く気持ちにおなりになるが、大切に思い始めた人ならばともかく、やはりそのような者として置いておこう、今はこれまでと会わないのもまた恋しいだろうと、みっともなくあれこれと心の中でお思いになる。自分が興ざめに思って捨て置いたら、必ずあの宮が呼び取りなさるだろう、その人のためのその後の気の毒さも特にお考えにならないだろう、そのようにお思いの人を、一品の宮の御方に二三人参らせなさったそうだ、そうして出仕したのを見聞きするのは気の毒だなど、やはり捨てがたく、様子を見たくてお手紙を遣わす。いつもの御随身を召して、ご自身で人のいない時に召し寄せた。「道定朝臣は、やはり仲信の家に通っているのか」。「そうでございます」と申し上げる。「宇治へはいつも、あの例の男をやっているのだろう。

  1. 1對たい對たいたいののの御おん御おんおん方かた方かたかたののの御おん御おんおん事こと事ことことをををいみじくいみじくいみじく思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろすぐすすぐすすぐすははは、、、我わ我わわががが心こころ心こころこころのののおもさおもさおもさはははこよなかりこよなかりこよなかりけりけりけり、、、さるはさるはさるはそれそれそれ今いま今いまいまははは始はじ始はじはじめめめててて、、、さまさまさま惡あ惡ああしかるしかるしかるべきべきべき程ほど程ほどほどにににもももあらあらあらずずず、、、もともともとよりよりよりのののたよりたよりたよりにににもももよれよれよれるるるををを、、、唯たゞ唯たゞただ心こころ心こころこころのののうちうちうちののの隈くま隈くまくまあらあらあらむむんははは我わ我わわがががためためためももも苦くる苦くるくるしかるしかるしかるべきべきべきににによりよりよりこそこそこそ思おも思おもおもひひい憚はゞか憚はゞかはばかるるるもももをこをこおこなるなるなるわざわざわざなりなりなりけれけれけれ、、、このこのこの頃ごろ頃ごろごろかくかくかくなやましくなやましくなやましくししし給たま給たまたまひひいててて例れい例れいれいよりよりよりももも人ひと人ひとひとしげきしげきしげきまぎれまぎれまぎれににに、、、いかでいかでいかではるばるはるばるはるばるとととかきかきかきやりやりやり給たま給たまたまひひいつつつらむらむらん、、、おはしおはしおわしやややそめそめそめにににけむけむけん、、、いといといと遙はるか遙はるかはるかなるなるなるけさうけさうけそうののの道みち道みちみちなりなりなりややや、、、怪あや怪あやあやしくしくしくててて、、、おはしおはしおわし所どころ所どころどころ尋たづ尋たづたずねねねられられられ給たま給たまたまふふう日ひ日ひひもももありありありととと聞きこ聞きこきこえええきかきかきかししし、、、さやうさやうさようののの事こと事ことことにににおぼしおぼしおぼし亂みだ亂みだみだれれれててて、、、そこはかとそこはかとそこはかとなくなくなく惱なや惱なやなやみみみ給たま給たまたまふふうなるなるなるべしべしべし、、、昔むかし昔むかしむかしをををおぼしおぼしおぼし出い出いいづるづるずるにににももも、、、えええおはせおはせおわせざりざりざりししし程ほど程ほどほどのののなげきなげきなげきははは、、、いといといといとほしげいとほしげいとおしげなりなりなりきききかしかしかしとととつくづくつくづくつくずくととと思おも思おもおもふふうににに、、、女をんな女をんなおんなのののいたくいたくいたく物もの物ものもの思おも思おもおもひひいたるたるたるさまさまさまなりなりなりしししももも、、、かたかたかたはしはしはし心こころ心こころこころえええそめそめそめ給たま給たまたまひひいてててははは、、、萬よろづ萬よろづよろずおぼしおぼしおぼしあはするあはするあわするにににいといといとうしうしうし。。。ありがたきありがたきありがたきものものものははは人ひと人ひとひとののの心こころ心こころこころにににもももあるあるあるかなかなかな、、、らうたげらうたげろうたげにににおほどかおほどかおおどかなりなりなりとととははは見み見みみえええながらながらながら色いろ色いろいろめきめきめきたるたるたる方かた方かたかたはははそひそひそいたるたるたる人ひと人ひとひとぞぞぞかしかしかし、、、
  2. 2このこのこの宮みや宮みやみやののの御おん御おんおんぐぐぐにてにてにてははは、、、いといといとよきよきよきあはひあはひあわいなりなりなりととと思おも思おもおもひひいももも讓ゆづ讓ゆづゆずりりりつつつべくべくべく、、、のくのくのく心こころ心こころこころちちここちししし給たま給たまたまへへえどどど、、、やんごとなくやんごとなくやんごとなく思おも思おもおもひひいそめそめそめししし人ひと人ひとひとならならならばばばこそこそこそあらあらあらめめめ、、、猶なほ猶なほなおさるさるさるものものものにてにてにておきおきおきたらたらたらむむん、、、いまいまいまはははとてとてとて見み見みみざらざらざらむむんはははたたた戀こひ戀こひこいしかるしかるしかるべしべしべしととと人ひと人ひとひとわろくわろくわろくいろいろいろいろいろいろ心こころ心こころこころののの中うち中うちうちにににおぼすおぼすおぼす。。。我わ我わわすさまじくすさまじくすさまじく思おも思おもおもひひいなりなりなりててて捨す捨すすててて置お置おおきききたらたらたらばばば、、、必かなら必かならかならずずずかのかのかの宮みや宮みやみや呼よ呼よよびびびとりとりとり給たま給たまたまひひいてててむむん、、、人ひと人ひとひとのののためためため後のち後のちのちのののいとほしさいとほしさいとおしさをををももも殊こと殊ことことにににたどりたどりたどり給たま給たまたまふふうまじまじまじ、、、さやうさやうさようにににおぼすおぼすおぼす人ひと人ひとひとこそこそこそ一いつ一いついつ品ぽん品ぽんぽんののの宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん方かた方かたかたににに人ひと人ひとひと二ふた二ふたふた三み三みみ人たり人たりたり參まゐ參まゐまいらららせせせ給たま給たまたまひひいたなれたなれたなれ、、、さてさてさて出い出いいででで立た立たたちちちたらたらたらむむんををを見み見みみ聞き聞ききかかかむむん、、、いとほしくいとほしくいとおしくなどなどなど猶なほ猶なほなお捨す捨すすてててがたくがたくがたく、、、氣色けしき氣色けしきけしき見み見みみまほしくまほしくまほしくててて御おん御おんおん文ふみ文ふみふみつかはすつかはすつかわす。。。例れい例れいれいののの御おん御おんおん隨ずゐ隨ずゐずい身じん身じんじん召め召めめしししててて御おん御おんおんみづからみづからみずから人ひと人ひとひとまままににに召め召めめししし寄よ寄よよせせせたりたりたり。。。「「「道みち道みちみち定さだ定さださだのののあそんあそんあそんははは猶なほ猶なほなお仲なか仲なかなか信のぶ信のぶのぶががが家いへ家いへいえにににやややかよふかよふかよう」」」。。。「「「さささなむなむなん侍はべ侍はべはべるるる」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。宇う宇うう治ぢ治ぢじへへへははは常つね常つねつねにににややや、、、このこのこのありありありけむけむけんをのこをのこおのこはははやるやるやるらむらむらん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

対の御方のことをひどく思いながら長年過ごしてきたのは、自分の心の重々しさはこの上なかったのだ、実はそれは今始まったことでなく、体裁の悪い仲でもなく、もとからの縁にもよるのに、ただ心の中に隠し事があるのは自分のためにも苦しいだろうと思って憚ってきたのも愚かなことだった、この頃このようにご病気で、いつもより人の多い紛れに、どうやってはるばると手紙を書きやりなさったのだろう、通い始めなさったのだろうか、たいそう遠い恋の道だな、妙なことに、お出かけ先を尋ねられなさる日もあると聞いたことだ、そうしたことにお思い乱れになって、何となくご病気なのだろう、昔を思い出すにつけても、おいでになれなかった頃の嘆きは、たいそう気の毒そうだったなとつくづく思うと、女がひどく物思いをしている様子だったのも、端々がわかり始めなさっては、万事思い合わせるとたいそうつらい。めったにないものは人の心だな、可憐でおっとりしているとは見えながら、色めいた方面は添っている人なのだ、

この宮のお相手としては、たいそうよい取り合わせだと思って譲ってしまいそうに、身を引く気持ちにおなりになるが、大切に思い始めた人ならばともかく、やはりそのような者として置いておこう、今はこれまでと会わないのもまた恋しいだろうと、みっともなくあれこれと心の中でお思いになる。自分が興ざめに思って捨て置いたら、必ずあの宮が呼び取りなさるだろう、その人のためのその後の気の毒さも特にお考えにならないだろう、そのようにお思いの人を、一品の宮の御方に二三人参らせなさったそうだ、そうして出仕したのを見聞きするのは気の毒だなど、やはり捨てがたく、様子を見たくてお手紙を遣わす。いつもの御随身を召して、ご自身で人のいない時に召し寄せた。「道定朝臣は、やはり仲信の家に通っているのか」。「そうでございます」と申し上げる。宇治へはいつも、あの例の男をやっているのだろう。

意訳

薫は、中の君への思いを長年抑えてきた自分の慎重さに比べ、匂宮の大胆さを思う。匂宮の病も浮舟への恋煩いだろうと察し、浮舟が物思いに沈んでいたのもそのためだったと悟ってつらく思う。浮舟は可憐でおっとりしているようで、実は色めいた女だったと思い、匂宮に譲ろうかとも考えるが、捨てれば匂宮が引き取って女房のように扱うだろうと思うと捨てがたく、様子を探るために手紙を書く。薫は随身を召して、道定が仲信の家に通っていることを確かめる。

語釈・文法注

文法

「御ぐ」(この宮の御ぐにては)
御具。お相手、連れ合い。
「のく心ち」(のく心ちし給へど)
退く心地。身を引く気持ち。
「一品の宮」(一品の宮の御方に人二三人參らせ給ひたなれ)
匂宮の姉の女一の宮。一品の位を持つ内親王。

解説

薫は浮舟を「色めきたる方はそひたる人」と見なす。浮舟を責める薫の心には、自分の慎重さが招いた結果への反省はない。

薫は浮舟を匂宮に譲ろうかとも考えるが、女房として扱われる浮舟の姿を思って捨てがたく感じる。愛情とも所有欲ともつかない薫の心の動きが、細やかに描かれている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1142–1145頁(コマ282–283)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日