源氏物語 第51帖 浮舟(30)
宇治川の水音
尼君は「世に例がないほど重々しくいらっしゃるらしい殿のご様子で、このようにお尋ね申し上げなさったのも、並々のことではあるまいと申し置いたのです。浮ついたことでございましょうか」などと言う。母君は「先のことはわかりませんが、今はこのように見放さない様子でおっしゃるにつけても、ただあなたのお導きを思い出し申し上げております。宮の上がもったいなくも哀れにお思いくださったのも、気の引けることなどが自然とございましたので、どっちつかずで身の置き所のない身だと思い嘆いておりまして」と言う。尼君は笑って、「この宮はたいそう騒がしいほど色好みでいらっしゃるそうなので、心ばせのある若い女房は仕えにくいようで、だいたいはたいそうすばらしいご様子だけれど、そうした筋のことで、上(中の君)が無礼だとお思いになるのが困ると、大輔の娘が語っておりました」と言うにつけても、やはりそうなのか、まして私はと、浮舟は臥したまま聞いていらっしゃった。母君は「まあ気味の悪い。帝の御娘をお持ち申し上げていらっしゃる人(薫)だけれど、よそよそしくて悪くも善くもなるのはどうしようもないと、身の程知らずに思っております。よくないことを引き起こしなさったら、すべて私には悲しくつらいとお思い申し上げても、二度とお目にかかりますまい」などと言い交わす言葉どもに、浮舟はいっそう肝もつぶれた。やはり私は身を失ってしまいたい、ついには聞き苦しいことが出てくるだろうと思い続けていると、この川の水音が恐ろしげに響いて流れていくのを、母君は「このようでない流れもありますのに。世に例がないほど荒々しい所に年月をお過ごしになるのを、哀れとお思いになるのは当然でしょう」などと、得意顔で言っていた。昔からこの川の流れが速く恐ろしいことを言って、「先頃、渡し守の孫の子が、竿をさし損ねて落ち入ってしまいました。すべて命を落とす人の多い川でございます」と女房たちも言い合っている。浮舟は、それにしても我が身が行方知れずになったら、誰も彼もあっけなくつらいとしばらくは思いなさるだろうが、生き長らえて物笑いになるつらいこともあるのは、いつその物思いが絶えるだろうと思い寄るにつけては、妨げるものもなさそうに、さっぱりと万事思われるが、思い返すとたいそう悲しい。
- 1世世よににに知知しらららずずず、、、おもおもしくおもおもしくおもおもしく、、、おはしますおはしますおわしますべかべかべかめるめるめる殿殿とのののの御御おん有有あり樣樣さまにてにてにて、、、かくかくかく尋尋たずねねね聞聞きこえええさせさせさせ給給たまひひいしししももも、、、おぼろけおぼろけおぼろけならならならじじじととと聞聞きこえええ置置おききき侍侍はべりりりにににししし。。。うきうきうきたるたるたることことことにににやはやはやは侍侍はべるるる」」」などなどなどいふいふいう。。。「「「後後のちははは知知しらららねねねどどど只只ただ今今いまはははかくかくかくおぼしおぼしおぼし離離はなれれれぬぬぬさまさまさまにににののの給給たまふふうにににつけつけつけてててももも、、、唯唯ただ御御おんしるべしるべしるべをををなむなむなん思思おもひひい出出いででで聞聞きこゆるゆるゆる。。。宮宮みやのののうへうへうえのののかたじけなくかたじけなくかたじけなく哀哀あわれにににおぼしおぼしおぼしたりたりたりしししももも、、、つゝましきつゝましきつつましき事事ことなどなどなどのののおのづからおのづからおのずから侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、中中なか空空ぞらにににところところところせきせきせき御御おん身身みなりなりなりととと思思おもひひい歎歎なげききき侍侍はべりりりててて」」」ととといふいふいう。。。尼尼あま君君ぎみうちうちうち笑笑わらひひいててて、、、「「「このこのこの宮宮みやのののいといといと騷騷さわがしきがしきがしきまでまでまで色色いろにににおはしますおはしますおわしますなれなれなればばば、、、心心こころばせばせばせあらあらあらむむん若若わかききき人人ひと、、、さぶらひさぶらひさぶらいにくげにくげにくげににになむなむなん、、、おほかたおほかたおおかたはははいといといとめでたきめでたきめでたき御御おんありさまありさまありさまなれなれなれどどど、、、さるさるさるすぢすぢすじのののことことことにてにてにて、、、うへうへうえのののなめしなめしなめしとととおぼさおぼさおぼさむむんなむなむなんわりなきわりなきわりなきととと大大たい輔輔ふががが娘娘むすめのののかたりかたりかたり侍侍はべりりりししし」」」ととといふいふいうにににももも、、、さりさりさりややや、、、ましてましてましてととと君君きみははは聞聞ききききふしふしふし給給たまへへえりりり。。。「「「あなあなあなむくつけむくつけむくつけややや。。。みかどみかどみかどののの御御おん娘娘むすめをををもちもちもち奉奉たてまつりりり給給たまへへえるるる人人ひとなれなれなれどどど、、、よそよそよそよそよそよそにてにてにて惡惡あしくしくしくももも善善よくくくもももあらあらあらむむんはははいかゞいかゞいかがはははせせせむむんととと、、、おほけなくおほけなくおおけなく思思おもひひいなしなしなし侍侍はべるるる。。。よからよからよからぬぬぬ事事ことををを引引ひききき出出いででで給給たまへへえらららましかましかましかばばば、、、すべてすべてすべて身身みにににははは悲悲かなしくしくしくいみじいみじいみじととと思思おもひひい聞聞きこゆゆゆともともとも、、、またまたまた見見み奉奉たてまつらららざらざらざらましましまし」」」などなどなどいひいひいいかはすかはすかわす事事ことどもどもどもににに、、、いとゞいとゞいとど心心こころ膽膽ぎももももつぶれつぶれつぶれぬぬぬ。。。
- 2猶猶なお我我わががが身身みをををうしなひうしなひうしないてててばやばやばや、、、遂遂ついににに聞聞ききききにくきにくきにくきことことことははは出出いででできききなななむむんととと思思おもひひい續續つづくるくるくるににに、、、このこのこの水水みずののの音音おとののの恐恐おそろしげしげしげににに響響ひびきききててて行行ゆくくくををを、、、「「「かゝらかゝらかからぬぬぬ流流ながれもももありありありかしかしかし。。。世世よににに似似にずずずあらましきあらましきあらましき所所ところににに、、、年年とし月月つきをををすぐしすぐしすぐし給給たまふふうををを、、、哀哀あわれとととおぼしおぼしおぼしぬぬぬべきべきべきわざわざわざににになむなむなん」」」などなどなど、、、母母はは君君ぎみしたりしたりしたり顔顔がおにににいひいひいい居居いたりたりたり。。。昔昔むかしよりよりよりこのこのこの河河かわのののはやくはやくはやく恐恐おそろしきしきしきことことことをををいひいひいいててて、、、「「「さいさいさいつつつころころころ渡渡わたし守守もりがががうまうまうまごごごのののわらはわらはわらわ、、、竿竿さおさしさしさしはづしはづしはずしててて落落おちちち入入いりりり侍侍はべりりりにににけるけるける。。。すべてすべてすべていたづらいたづらいたずらににになるなるなる人人ひと多多おおかるかるかる水水みずににに侍侍はべりりり」」」ととと人々人々ひとびともももいひいひいいあへあへあえりりり。。。君君きみはははさてさてさてももも我我わががが身身み行行ゆくくくへへへももも知知しらららずずずなりなりなりなななばばば、、、誰誰たれももも誰誰たれもももあへなくあへなくあえなくいみじいみじいみじとととしばししばししばしこそこそこそ思思おもひひい給給たまははわめめめ、、、ながらへながらへながらへててて人人ひとわらへわらへわらえににに憂憂うききき事事こともももあらあらあらむむんははは、、、いついついつかかかそのそのその物物もの思思おもひひいののの絕絕たえええむむんとととするするするととと思思おもひひいかくるかくるかくるにににははは、、、さはりさはりさわり所所どころもももあるあるあるまじうまじうまじゅう、、、さはやかさはやかさわやかににによろづよろづよろず思思おもひひいなさなさなさるれるれるれどどど、、、うちうちうち返返かえしししいといといとかなしかなしかなし。。。
現代語訳
「世に例がないほど重々しくいらっしゃるらしい殿のご様子で、このようにお尋ね申し上げなさったのも、並々のことではあるまいと申し置いたのです。浮ついたことでございましょうか」などと言う。「先のことはわかりませんが、今はこのように見放さない様子でおっしゃるにつけても、ただあなたのお導きを思い出し申し上げております。宮の上がもったいなくも哀れにお思いくださったのも、気の引けることなどが自然とございましたので、どっちつかずで身の置き所のないお身の上だと思い嘆いておりまして」と言う。尼君は笑って、「この宮はたいそう騒がしいほど色好みでいらっしゃるそうなので、心ばせのある若い女房は仕えにくいようで、だいたいはたいそうすばらしいご様子だけれど、そうした筋のことで、上が無礼だとお思いになるのが困ると、大輔の娘が語っておりました」と言うにつけても、やはりそうなのか、まして私はと、君は臥したまま聞いていらっしゃった。「まあ気味の悪い。帝の御娘をお持ち申し上げていらっしゃる人だけれど、よそよそしくて悪くも善くもなるのはどうしようもないと、身の程知らずに思いなしております。よくないことを引き起こしなさったら、すべて私には悲しくつらいとお思い申し上げても、二度とお目にかかりますまい」などと言い交わす言葉どもに、いっそう肝もつぶれた。
やはり我が身を失ってしまいたい、ついには聞き苦しいことが出てくるだろうと思い続けていると、この川の水音が恐ろしげに響いて流れていくのを、「このようでない流れもありますのに。世に例がないほど荒々しい所に年月をお過ごしになるのを、哀れとお思いになるのは当然でしょう」などと、母君は得意顔で言っていた。昔からこの川の流れが速く恐ろしいことを言って、「先頃、渡し守の孫の子が、竿をさし損ねて落ち入ってしまいました。すべて命を落とす人の多い川でございます」と人々も言い合っている。君は、それにしても我が身が行方知れずになったら、誰も彼もあっけなくつらいとしばらくは思いなさるだろうが、生き長らえて物笑いになるつらいこともあるのは、いつその物思いが絶えるだろうと思い寄るにつけては、妨げるものもなさそうに、さっぱりと万事思われるが、思い返すとたいそう悲しい。
意訳
弁の尼は薫の誠実さを語り、母は中の君のもとで気兼ねがあったことを話す。尼は匂宮の色好みが中の君を悩ませていると話し、浮舟はそれを聞いて身にしみる。母は、浮舟が不祥事を起こしたら二度と会わないと言い、浮舟は肝がつぶれる。宇治川の水音が響く中、女房たちは川で命を落とす人が多いと話す。浮舟は、自分が行方知れずになれば人々は一時悲しんでも、生き長らえて物笑いになるよりはよいと、身を投げることを思い始める。
語釈・文法注
文法
- 「中空にところせき」(中空にところせき御身なり)
- どっちつかずで身の置き所がない。
- 「心膽もつぶれぬ」(いとゞ心膽もつぶれぬ)
- 肝がつぶれる。ひどく驚き恐れる。
- 「さはり所」(さはり所もあるまじう)
- 障り所。妨げとなるもの。
解説
宇治川の水音と、川で命を落とす人の話。何気ない会話が、浮舟の心に入水という選択肢を植えつける。宇治川は、浮舟の運命を象徴する存在となる。
母の「また見奉らざらまし」という言葉は、浮舟を最も追い詰める。娘を思う母の言葉が、皮肉にも娘を死へと駆り立てていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1138–1139頁(コマ280)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日