源氏物語 第51帖 浮舟(29)
母の訪れ
乳母は「何とかして清らかに何事もと存じますが、この乳母一人の心では、妙なことばかりしでかしましょう」などと言い騒ぐのが気分よさそうなのをご覧になるにつけても、浮舟は、けしからぬことが起こって物笑いになったら、誰も彼もどう思うだろう、無理をおっしゃる人(匂宮)はまた、幾重もの山に籠もっても必ず尋ねて、自分も相手も身を滅ぼしてしまうだろう、やはり安心できる所に隠れてしまおうとおっしゃったのを、今日もそう言ってこられたのを、どうしようと気分が悪く臥していらっしゃった。母君は「どうしていつもと違って、ひどく青ざめ痩せていらっしゃるのか」と驚きなさる。乳母は「日頃妙にばかりで、ちょっとした物も召し上がらず、苦しそうにしていらっしゃいます」と言うので、「妙なことだ。物の怪などだろうか」と、どんなご気分かと思うが、石山詣でもお取りやめになったのだと言うのも、浮舟は決まり悪いので伏し目である。暮れて月がたいそう明るい。有明の空を思い出すと、涙がたいそう止めがたいのは、たいそうけしからぬ心だなと思う。母君は昔話などをして、向こうの尼君を呼び出して、故姫君(大君)のご様子が思慮深くいらして、然るべきことも思い詰めていらっしゃるうちに、目の前でみすみす消え入りなさったことなどを語る。尼君が「生きていらっしゃったら、宮の上などのようにお便りを交わしなさって、心細かったご境遇が、またとないご幸運になったでしょうに」と言うにつけても、母君は、私の娘も他人だろうか、思うとおりの宿縁を遂げなさったら劣るまいなどと思い続けて、「いつもこの君のことでは物思いばかりで乱れていた心が少し緩んで、このように京へお移りになりそうなので、ここに参ることは必ずしも特に思い立てますまい。このような対面の折々に、昔のことも心のどかにお話し申し上げ伺いたいのですが」などと語り合う。尼君は「不吉な身とばかり思い込んでおりましたので、親しくお目にかかり申し上げるのもどうかと気が引けて過ごしておりましたが、私を捨ててお移りになったらと、心細いことでございましょうが、このようなお住まいは心もとなくばかり拝見しておりましたので、うれしくもございますね。
- 1いかでいかでいかで淸淸きよげげげににに何何なに事事こともももととと思思おもひひい給給たまふれふれうれどどど、、、まゝまゝままががが心心こころひとつひとつひとつにににははは怪怪あやしくしくしくのみのみのみぞぞぞしししいでいでいで侍侍はべらららむむんかしかしかし」」」などなどなど、、、いひいひいい騷騷さわぐぐぐががが心地心地ここちよげよげよげなるなるなるををを見見み給給たまふふうにににももも、、、君君きみはははけしからぬけしからぬけしからぬ事事ことどもどもどもののの出出いででで來來きててて、、、人人ひとわらへわらへわらえならならならばばば誰誰たれももも誰誰たれもももいかにいかにいかに思思おもははわむむん、、、あやにくあやにくあやにくのたまふのたまふのたまう人人ひとはははたたた、、、八八や重重えたつたつたつ山山やまにににこもるこもるこもるともともとも必必かならすすす尋尋たずねねねててて我我わももも人人ひともももいたづらいたづらいたずらににになりなりなりぬぬぬべしべしべし。。。猶猶なお心心こころやすくやすくやすく隱隱かくれれれなななむむんことことことををを思思おもへへえどどど、、、けふけふきょうももものたまへのたまへのたまえるるるををを、、、いかにいかにいかにせせせむむんととと心地心地ここち惡惡あしくしくしく臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。「「「などなどなどかかか例例れいならならならずずず、、、痛痛いたくくく靑靑あおみみみ瘠瘠やせせせ給給たまへへえるるる」」」ととと驚驚おどろききき給給たまふふう。。。日日ひ頃頃ごろ怪怪あやしくしくしくのみのみのみなむなむなん、、、はかなきはかなきはかなきものものものももも聞聞きこしししめさめさめさずずず、、、惱惱なやましげましげましげにににせせせさせさせさせ給給たまふふう」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「あやしきあやしきあやしきことことことかなかなかな。。。ものものものゝゝのけけけなどなどなどにににやややあらあらあらむむん」」」ととと、、、いかいかいかなるなるなる御御おん心心こころちちここちぞぞぞととと思思おもへへえどどど石石いし山山やまもももとまりとまりとまり給給たまひひいにににきききかしかしかしととといふいふいうももも、、、かたはらいたけれかたはらいたけれかたわらいたければばばふしふしふしめめめなりなりなり。。。暮暮くれれれててていといといと月月つきあかしあかしあかし。。。有有あり明明あけののの空空そらををを思思おもひひい出出いづるづるずる、、、淚淚なみだのののいといといととゞめとゞめとどめがたきがたきがたきはははいといといとけしからぬけしからぬけしからぬ心心こころかなかなかなととと思思おもふふう。。。
- 2母母はは君君ぎみ昔昔むかし物物もの語語がたりなどなどなどしししててて、、、あなたあなたあなたののの尼尼あま君君ぎみ呼呼よびびび出出いでででゝゝて故故こ姫姫ひめ君君ぎみののの御御おんありさまありさまありさま、、、心心こころ深深ふかくくくおはしおはしおわしててて、、、さるべきさるべきさるべき事事こともももおぼしおぼしおぼし入入いれれれたりたりたりしししほどほどほどににに目目めにににみすみすみすみすみすみす消消きえええ入入いりりり給給たまひひいにににししし事事ことなどなどなどかたるかたるかたる。。。「「「おはしまさおはしまさおわしまさましかましかましかばばば、、、宮宮みやのののうへうへうえなどなどなどのののやうやうようににに聞聞きこえええ通通かよひひい給給たまひひいててて、、、心心こころぼそかりぼそかりぼそかりししし御御おん有有あり樣樣さまどもどもどもののの、、、よよよなきなきなき御御おんさいはひさいはひさいわいにににぞぞぞ侍侍はべらららましましましかしかしかし」」」ととといふいふいうにににももも、、、我我わがががむすめむすめむすめはははことことこと人人びとかはかはかは思思おもふふうやうやうようなるなるなる宿宿すく世世せのののおはしおはしおわしはてはてはてばばば劣劣おとらららじじじをををなどなどなど思思おもひひいつゞけつゞけつづけててて、、、「「「世世よととと共共ともにににこのこのこの君君きみにににつけつけつけてててははは、、、物物ものをををのみのみのみ思思おもひひい亂亂みだれれれしししけしきけしきけしきののの少少すこしししうちうちうちゆるびゆるびゆるびててて、、、かくかくかく渡渡わたりりり給給たまひひいぬぬぬべかべかべかめれめれめればばば、、、此所此所ここににに參參まいりりりくるくるくることことこと必必かならずずずしもしもしも殊殊こと更更さらにににははは得得え思思おもひひいたちたちたち侍侍はべらららじじじ。。。かゝるかゝるかかるたいたいたいめんめんめんのののをりをりをりをりおりおりににに昔昔むかしののの事事ことももも心心こころのどかのどかのどかににに聞聞きこえええ承承うけたまわらららまほしけれまほしけれまほしけれどもどもども」」」などなどなどかたらふかたらふかたらう。。。「「「ゆゝしきゆゝしきゆゆしき身身みとととのみのみのみ思思おもひひい給給たまへへえしみしみしみにににしかしかしかばばばこまやかこまやかこまやかににに見見みえええ奉奉たてまつりりり聞聞きこえええさせさせさせむむんももも何何なにかかかはははとととつゝましくつゝましくつつましくてててすぐしすぐしすぐし侍侍はべりりりつるつるつるををを、、、うちうちうち捨捨すてててゝゝて渡渡わたらららせせせ給給たまひひいなななばばば、、、ととと心心こころぼそくぼそくぼそくなむなむなん侍侍はべるるるべけれべけれべけれどどど、、、かゝるかゝるかかる御御おん住住すまひひいははは心心こころもとなくもとなくもとなくのみのみのみ見見み奉奉たてまつるるるををを嬉嬉うれしくしくしくももも侍侍はべるるるべかべかべかめるめるめるかなかなかな。。。
現代語訳
「何とかして清らかに何事もと存じますが、乳母の心一つでは、妙なことばかりしでかしましょう」などと言い騒ぐのが気分よさそうなのをご覧になるにつけても、君は、けしからぬことが起こって物笑いになったら、誰も彼もどう思うだろう、無理をおっしゃる人はまた、幾重もの山に籠もっても必ず尋ねて、自分も相手も身を滅ぼしてしまうだろう、やはり安心して隠れてしまおうと思うけれど、今日もそうおっしゃってきたのを、どうしようと気分が悪く臥していらっしゃった。「どうしていつもと違って、ひどく青ざめ痩せていらっしゃるのか」と驚きなさる。「日頃妙にばかりで、ちょっとした物も召し上がらず、苦しそうにしていらっしゃいます」と言うので、「妙なことだ。物の怪などだろうか」と、どんなご気分かと思うけれど、石山詣でもお取りやめになったのだと言うのも、決まり悪いので伏し目である。暮れて月がたいそう明るい。有明の空を思い出すと、涙がたいそう止めがたいのは、たいそうけしからぬ心だなと思う。
母君は昔話などをして、向こうの尼君を呼び出して、故姫君のご様子が思慮深くいらして、然るべきことも思い詰めていらっしゃるうちに、目の前でみすみす消え入りなさったことなどを語る。「生きていらっしゃったら、宮の上などのようにお便りを交わしなさって、心細かったご境遇が、またとないご幸運になったでしょうに」と言うにつけても、私の娘も他人だろうか、思うとおりの宿縁を遂げなさったら劣るまいなどと思い続けて、「いつもこの君のことでは、物思いばかりで乱れていた心が少し緩んで、このようにお移りになりそうなので、ここに参ることは必ずしも特に思い立てますまい。このような対面の折々に、昔のことも心のどかにお話し申し上げ伺いたいのですが」などと語り合う。「不吉な身とばかり思い込んでおりましたので、親しくお目にかかり申し上げるのもどうかと気が引けて過ごしておりましたが、お捨てになってお移りになったらと、心細いことでございましょうが、このようなお住まいは心もとなくばかり拝見しておりましたので、うれしくもございますね。
意訳
乳母は浮舟の京への移転を喜んで騒ぐが、浮舟は匂宮との秘密が露見することを恐れ、匂宮も必ず追ってくるだろうと思って臥せる。母は浮舟がやつれているのに驚く。月の明るい夜、浮舟は匂宮と過ごした有明を思って涙する。母は弁の尼と大君の思い出を語り、大君が生きていれば中の君のように幸せになっただろうと聞いて、浮舟も劣らない幸運を得るはずだと思う。
語釈・文法注
文法
- 「八重たつ山にこもるとも」(八重たつ山にこもるとも必す尋ねて)
- 幾重にも重なる山に籠もっても。
- 「いたづらになりぬべし」(我も人もいたづらになりぬべし)
- 身を滅ぼすに違いない。
- 「目にみすみす」(目にみすみす消え入り給ひにし事)
- 目の前で見ていながら。
解説
母と乳母は浮舟の京への移転を喜ぶが、浮舟はその喜びをよそに苦悩する。周囲の期待と浮舟の内面の隔たりが、浮舟の孤独を深めていく。
大君の死の思い出が語られる場面は、浮舟の運命への暗示となる。思い詰めて消え入った大君の姿は、浮舟が死を選ぶ伏線となっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1136–1139頁(コマ279–280)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日