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源氏物語 第51帖 浮舟(28)

二人の迎えの日

登場人物:薫・女二の宮・匂宮・大内記・浮舟・中将の君・乳母

薫は「帝になど、悪いようにお耳に入れる人がおりましょうかと、世の人の噂が気になります。たいそうつまらなくけしからぬことでございますよ。けれどもそれは、それほどの人数にも入りますまい」などと申し上げなさる。造った所に移そうとお思い立ちになると、このためだったのかなどと派手に言いふらす人がいるだろうかなどと心苦しいので、たいそう忍んで障子を張らせることなどを、人もあろうに、この大内記の知り合いの親で大蔵大夫である者に、親しく気楽なままに言いつけなさったので、それが伝わって、宮には隠れなくお耳に入った。「絵師なども、御随身の中の親しい家来などを選んで、さすがに念入りにおさせになっています」と申し上げるので、宮はいっそう騒ぎ立てなさって、ご自分の乳母で遠い国の受領の妻となって下る者の家が下京にあるのを、「たいそう忍んでいる人をしばらく隠しておきたい」と相談なさったので、乳母はどんな人だろうと思うが、大事とお思いなので、恐れ多くて「それでは」と申し上げた。これを用意なさって、少しお心を落ち着けなさる。この月の末頃に下ることになっているので、すぐにその日に移そうとお計画になる。「このように思う。決して人には」と言い送りなさりつつ、おいでになることはたいそう難しいうえに、ここでも乳母がたいそううるさいので難しいだろうと申し上げる。大将殿は四月十日とお決めになっていた。浮舟は「さそふ水あらば」とは思わず、たいそう妙に、どうすべき身なのだろうと、浮ついた心地ばかりするので、母のもとにしばらく移って思いめぐらす間があればとお思いになるが、少将の妻(異父妹)が子を産む時期が近くなったといって、修法や読経などで絶え間なく騒いでいるので、石山にも出かけられそうになく、母の方がこちらにおいでになった。乳母が出てきて、「殿から女房たちの装束なども、細やかにお気遣いくださって。

  1. 1「「「うちうちうちににになどなどなど、、、あしあしあしざまざまざまににに聞きこ聞きこきこしししめさめさめさするするする人ひと人ひとひとややや侍はべ侍はべはべらららむむんととと世よ世よよののの人ひと人ひとひとののの物もの物ものものいひいひいいぞぞぞ。。。いといといとあぢきなくあぢきなくあじきなくけしからずけしからずけしからず侍はべ侍はべはべるるるややや。。。されどされどされどそれそれそれははは、、、さばかりさばかりさばかりののの數かず數かずかずにににだにだにだに侍はべ侍はべはべるるるまじまじまじ」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。つくりつくりつくりたるたるたる所ところ所ところところににに渡わた渡わたわたしししてててむむんとととおぼしおぼしおぼしたつたつたつににに、、、かゝるかゝるかかるれうれうりょうなりなりなりけりけりけりなどなどなど花はな花はなはなやかやかやかにににいひいひいいなすなすなす人ひと人ひとひとやややあらあらあらむむんなどなどなど苦くる苦くるくるしけれしけれしければばば、、、いといといと忍しの忍しのしのびびびてててさうじさうじそうじはらはらはらすすすべきべきべき事こと事ことことなどなどなど人ひと人ひとひとしもしもしもこそこそこそあれあれあれ、、、このこのこの內ない內ないない記き記ききががが知し知ししるるる人ひと人ひとひとののの親おや親おやおや、、、大おほ大おほおお藏くら藏くらくらののの大たい大たいたい夫ふ夫ふふなるなるなるものものものににに睦むつ睦むつむつましくましくましく心安やす心安やすやすきききまゝまゝままにににのたまひのたまひのたまいつけつけつけたりたりたりけれけれければばば、、、聞き聞きききききつぎつぎつぎててて、、、宮みや宮みやみやにににはははかくれかくれかくれなくなくなく聞きこ聞きこきこえええけりけりけり。。。「「「繪ゑ繪ゑえ師し師ししどもどもどもなどなどなどももも御おん御おんおん隨ずゐ隨ずゐずい身じん身じんじんどもどもどもののの中なか中なかなかにににあるあるある睦むつ睦むつむつまじきまじきまじきとのとのとのびとびとびとなどなどなどをををえりえりえりててて、、、さすがさすがさすがにににわざとわざとわざとなむなむなんせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふう」」」ととと申まう申まうもうすすすにににいとゞいとゞいとどおぼしおぼしおぼしさわぎさわぎさわぎててて、、、我わ我わわががが御おん御おんおんめのとめのとめのとののの遠とほ遠とほとおきききずらうずらうずろうのののめめめにてにてにてくだるくだるくだる家いへ家いへいえ下しも下しもしもつつつかたかたかたにににあるあるあるををを「「「いといといと忍しの忍しのしのびびびたるたるたる人ひと人ひとひとしばししばししばしかくかくかくいたらいたらいたらむむん」」」ととと語かた語かたかたらひらひらい給たま給たまたまひひいけれけれければばばいかいかいかなるなるなる人ひと人ひとひとにににかかかはははととと思おも思おもおもへへえどどど大だい大だいだい事じ事じじとととおぼしおぼしおぼしたるたるたるににに、、、かたじけなけれかたじけなけれかたじけなければばば「「「さらばさらばさらば」」」ととと聞きこ聞きこきこえええけりけりけり。。。これこれこれををを設まう設まうもうけけけ給たま給たまたまひひいててて少すこ少すこすこししし御心みこころ御心みこころみこころのどめのどめのどめ給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2このこのこの月つき月つきつきのののつごもりつごもりつごもりがたがたがたにににくだるくだるくだるべけれべけれべければばば、、、やがてやがてやがてそのそのその日ひ日ひひ渡わた渡わたわたさささむむんとととおぼしおぼしおぼしかまふかまふかまう。。。「「「かくかくかくなむなむなんととと思おも思おもおもふふう。。。ゆめゆめゆめゆめゆめゆめ」」」ととといひいひいいやりやりやり給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ、、、おはしまさおはしまさおわしまさむむんことことことはははいといといとわりなくわりなくわりなくあるあるあるうちうちうちににに、、、こゝこゝここにににももも、、、めのとめのとめのといといといとさかしけれさかしけれさかしければばばかたかるかたかるかたかるべきべきべきよしよしよしををを聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。大たい大たいたい將しやう將しやうしょう殿どの殿どのどのははは卯う卯うう月づき月づきずきののの十とを十とをとお日か日かかとととなむなむなん定さだ定さださだめめめ給たま給たまたまへへえりりりけるけるける。。。さそふさそふさそう水みづ水みづみずあらあらあらばばばとととははは思おも思おもおもははわずずず、、、いといといと怪あや怪あやあやしくしくしくいかにいかにいかにしししなすなすなすべきべきべき身み身みみにににかかかあらあらあらむむんととと、、、うきうきうきたるたるたる心地ここち心地ここちここちのみのみのみすれすれすればばば、、、母はゝ母はゝははののの御おん御おんおんもともともとにににしばししばししばし渡わた渡わたわたりりりててて思おも思おもおもひひいめぐらすめぐらすめぐらす程ほど程ほどほどあらあらあらむむんとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうのののめめめ、、、子こ子ここ產う產ううむむむべきべきべき程ほど程ほどほど近ちか近ちかちかくくくなりなりなりぬぬぬとてとてとて、、、ずほふずほふずほうどきやうどきやうどきょうなどなどなどひまひまひまなくなくなくさわげさわげさわげばばば石いし石いしいし山やま山やまやまにににももも得え得ええ出い出いいでででたつたつたつまじまじまじ、、、母はゝ母はゝははぞぞぞこちこちこち渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまへへえるるる。。。めのとめのとめのと出い出いいででで來き來ききててて、、、「「「殿との殿とのとのよりよりより人々ひとびと人々ひとびとひとびとのののさうぞくさうぞくそうぞくなどなどなどももも、、、こまかこまかこまかにににおぼしおぼしおぼしやりやりやりてててなむなむなん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

「帝になど、悪いようにお耳に入れる人がおりましょうかと、世の人の噂が気になります。たいそうつまらなくけしからぬことでございますよ。けれどもそれは、それほどの人数にも入りますまい」などと申し上げなさる。造った所に移そうとお思い立ちになると、このためだったのかなどと派手に言いふらす人がいるだろうかなどと心苦しいので、たいそう忍んで障子を張らせることなどを、人もあろうに、この内記の知り合いの親で大蔵大夫である者に、親しく気楽なままに言いつけなさったので、それが伝わって、宮には隠れなくお耳に入った。「絵師なども、御随身の中の親しい家来などを選んで、さすがに念入りにおさせになっています」と申し上げるので、いっそう騒ぎ立てなさって、ご自分の乳母で遠い国の受領の妻となって下る者の家が下京にあるのを、「たいそう忍んでいる人をしばらく隠しておきたい」と相談なさったので、どんな人だろうと思うが、大事とお思いなので、恐れ多くて「それでは」と申し上げた。これを用意なさって、少しお心を落ち着けなさる。

この月の末頃に下ることになっているので、すぐにその日に移そうとお計画になる。「このように思う。決して人には」と言い送りなさりつつ、おいでになることはたいそう難しいうえに、ここでも乳母がたいそううるさいので難しいだろうと申し上げる。大将殿は四月十日とお決めになっていた。「誘う水があれば」とは思わず、たいそう妙に、どうすべき身なのだろうと、浮ついた心地ばかりするので、母のもとにしばらく移って思いめぐらす間があればとお思いになるが、少将の妻が子を産む時期が近くなったといって、修法や読経などで絶え間なく騒いでいるので、石山にも出かけられそうになく、母の方がこちらにおいでになった。乳母が出てきて、「殿から女房たちの装束なども、細やかにお気遣いくださって。

意訳

薫は女二の宮に浮舟を迎えることを話し、新邸の障子張りを大蔵大夫に命じるが、それが大内記を通じて匂宮に伝わる。匂宮は焦り、受領の妻となって下る乳母の下京の家を借りて浮舟を隠すことにし、三月末に移すと浮舟に知らせる。一方、薫は四月十日に浮舟を京に迎えると決める。二人の男に迎えられようとする浮舟は、どうすべきか分からず、母のもとで考えたいと思うが、母の方が宇治に来る。乳母は薫から届いた装束を喜ぶ。

語釈・文法注

文法

「れう」(かゝるれうなりけりなど花やかにいひなす人や)
料。ため、目的。
「ずらう」(我が御めのとの遠きずらうのめにてくだる家)
受領。地方官。
「さそふ水あらば」(さそふ水あらばとは思はず)
「わびぬれば身を浮草の根を絶えて誘ふ水あらば往なむとぞ思ふ」(古今集、小野小町)による。誘う人があればどこへでも行こうという気持ち。

解説

薫の秘密の準備が、人づてに匂宮に漏れる。宮廷社会の狭い人間関係が、秘密を守ることを不可能にしている。

薫は四月十日、匂宮は三月末。二人の男がそれぞれ浮舟を連れ出そうとする日程が迫る。浮舟は「さそふ水あらば」とも思えず、身の置き所を失っていく。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1136–1137頁(コマ279)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日