源氏物語 第51帖 浮舟(27)
長雨の文
右近は、心ひとつに思っていた時よりは、嘘をつくにも頼りになる相手ができたのだった。薫の後のお手紙には、「思いながら日数がたってしまったこと。時々はそちらからもお便りくださるのこそ、思うとおりなのだが。いいかげんな気持ちなものか」などと、端書きに、「水まさるをちの里人いかならむはれぬながめにかきくらすころ。いつもよりお思いやり申し上げることがまさって」と、白い色紙で立文である。ご筆跡も細やかで美しくはないが、書きぶりは由緒ありげに見える。宮のお手紙はたいそう長いのを小さく結んでいらっしゃって、それぞれに趣深い。右近たちは「まずあちら(匂宮)のお返事を、人の見ないうちに」と申し上げる。浮舟は「今日はお返事できそうにない」と恥じらって、手習に、「里の名を我が身にしれば山城の宇治のわたりぞいとど住みうき」。宮がお描きになった絵を時々見て泣かれた。生き長らえてはいられないことだと、あれこれと思いなすが、ほかに絶え籠もって終わるのは、たいそう哀れに思われるだろう。「かきくらしはれせぬ峰のあま雲にうきて世をふる身をもなさばや。混じったら」と申し上げたのを、宮はおいおいとお泣きになる。それでも恋しいと思っているのだろうとお思いやりになるにつけても、物思いをしている様子ばかりが面影に見えなさる。まじめ人(薫)はのどかにご覧になりつつ、ああどんなに物思いにふけっているだろうと思いやって、たいそう恋しい。浮舟の返事に「つれづれと身をしる雨のをやまねば袖さへいとどみかさまさりて」とあるのを、下にも置かずご覧になる。薫は女二の宮にお話などなさるついでに、「無礼だとお思いになるかと気が引けますが、さすがに長年の人がおりますのを、粗末な所に捨て置いて、ひどく物思いをしているというのが心苦しいので、近くに呼び寄せようと思っております。昔から変わった心持ちでございました身で、世の中をすべて普通の人とは違って過ごそうと思っておりましたが、このようにお世話申し上げるにつけて、ひたすらに捨て難いので、いると人にも知らせなかった人の身の上までも心苦しく、罪を得そうな気がして」などと申し上げなさると、女二の宮は「どのようなことに気を置くものとも知りませんが」とお答えになる。
- 1心心こころひとつひとつひとつににに思思おもひひいしししよりよりよりははは空空そらごとごとごともももたよりたよりたより出出いででできききにににけりけりけり。。。後後のちののの御御おん文文ふみにににははは、、、「「「思思おもひひいながらながらながら日日ひ頃頃ごろににになるなるなることことこと、、、時々時々ときどきはははそれそれそれよりよりよりももも、、、おどろかいおどろかいおどろかい給給たまははわむむんこそこそこそ思思おもふふうさまさまさまならならならめめめ。。。おろかおろかおろかなるなるなるにににやはやはやは」」」などなどなど、、、はしはしはしがきがきがきににに、、、「「「水水みずまさるまさるまさるをちをちおちののの里里さと人人びといかいかいかならならならむむんはれはれはれぬぬぬながめながめながめにににかきかきかきくらすくらすくらすころころころ。。。常常つねよりよりよりももも思思おもひひいやりやりやり聞聞きこゆるゆるゆることことことまさりまさりまさりてててなむなむなん」」」ととと、、、白白しろきききしきししきししきしにてにてにてたてたてたてぶみぶみぶみなりなりなり。。。御御おん手手てもももこまかこまかこまかにににをかしげをかしげおかしげならならならねねねどどど、、、書書かきききざまざまざまゆゑゆゑしくゆゑゆゑしくゆえゆえしく見見みゆゆゆ。。。宮宮みやはははいといといと多多おおかるかるかるをををちひさくちひさくちいさく結結むすびびびなしなしなし給給たまへへえるるる、、、さまざまさまざまさまざまをかしをかしおかし。。。「「「まづまづまずかれかれかれををを人人ひと見見みぬぬぬ程程ほどににに」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。「「「けふけふきょうははは得得え聞聞きこゆゆゆまじまじまじ」」」とととはぢらひはぢらひはじらいててて、、、手手てならひならひならいににに、、、「「「里里さとののの名名なををを我我わが身身みにににしれしれしればばばやましろやましろやましろののの宇宇う治治じのののわたりわたりわたりぞぞぞいとゝいとゝいとと住住すみみみうきうきうき」」」。。。宮宮みやののの書書かききき給給たまへへえりりりししし繪繪えををを時々時々ときどき見見みててて泣泣なかかかれれれけりけりけり。。。ながらへながらへながらへてててあるあるあるまじきまじきまじきことことことぞぞぞととと、、、とととざまざまざまかうかうこうざまざまざまににに思思おもひひいなせなせなせどどどほかほかほかにににたえたえたえ籠籠ごもりりりてててやみやみやみなななむむんはははいといといと哀哀あわれにににおぼゆおぼゆおぼゆべしべしべし。。。「「「かきかきかきくらしくらしくらしはれはれはれせせせぬぬぬ峰峰みねのののあまあまあま雲雲ぐもにににうきうきうきててて世世よをををふるふるふる身身みをををもももなさなさなさばやばやばや。。。まじりまじりまじりなななばばば」」」ととと聞聞きこえええたるたるたるををを、、、宮宮みやはははよゝよゝよよととと泣泣なかかかれれれ給給たまふふう。。。
- 2さりともさりともさりとも戀戀こいしししととと思思おもふふうらむらむらんかしかしかしとととおぼしおぼしおぼしやるやるやるにににももも物物もの思思おもひひいててて居居いたらたらたらむむんさまさまさまのみのみのみ、、、おもかげおもかげおもかげににに見見みえええ給給たまふふう。。。まめまめまめ人人びとはははのどかのどかのどかににに見見み給給たまひひいつゝつゝつつ、、、哀哀あわれいかにいかにいかにながむながむながむらむらむらんととと思思おもひひいやりやりやりててて、、、いといといとこひしこひしこいし。。。「「「つれづれつれづれつれずれととと身身みをををしるしるしる雨雨あめのののををおやまやまやまねねねばばば袖袖そでさへさへさへいとゞいとゞいとどみみみかさかさかさまさりまさりまさりててて」」」とととあるあるあるををを、、、うちうちうちももも置置おかかかずずず見見み給給たまふふう。。。女女おんな宮宮みやににに物物もの語語がたりなどなどなど聞聞きこえええ給給たまひひいてててのののついでついでついでににに、、、「「「なめしなめしなめしととともももやややおぼさおぼさおぼさむむんとととつゝましつゝましつつましながらながらながら、、、さすがさすがさすがににに年年とし經經へぬるぬるぬる人人ひとののの侍侍はべるるるををを、、、怪怪あやしきしきしき所所ところににに捨捨すててて置置おきききててて、、、いみじくいみじくいみじく物物もの思思おもふふうなるなるなるががが心苦心苦こころぐるしさしさしさににに近近ちこううう呼呼よびびび寄寄よせせせてててととと思思おもひひい侍侍はべるるる。。。昔昔むかしよりよりより異異ことやうやうようなるなるなる心心こころばへばへばえ侍侍はべりりりししし身身みにてにてにて、、、世世よののの中中なかをををすべてすべてすべて例例れいののの人人ひとならならならででで見見みすぐしすぐしすぐしてててむむんととと思思おもひひい侍侍はべりりりしししををを、、、かくかくかく見見み奉奉たてまつるるるにににつけつけつけてててひたぶるひたぶるひたぶるにににももも捨捨すててて難難がたけれけれければばば、、、ありありありととと人人ひとにににももも知知しらせらせらせざりざりざりししし人人ひとのののうへうへうえさへさへさへ心苦心苦こころぐるしうしうしゅう罪罪つみ得得えぬぬぬべきべきべき心心こころちちここちしししててて」」」などなどなど聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、「「「いかいかいかなるなるなることことことににに心心こころ置置おくくくものものものとととももも知知しらららぬぬぬををを」」」ととと、、、いらへいらへいらえ給給たまふふう。。。
現代語訳
心ひとつに思っていた時よりは、嘘をつくにも頼りになる相手ができたのだった。後のお手紙には、「思いながら日数がたってしまったこと。時々はそちらからもお便りくださるのこそ、思うとおりなのだが。いいかげんな気持ちなものか」などと、端書きに、「水かさが増す宇治の遠方の里人はどうしているだろう。晴れない長雨に、物思いで心も暗いこの頃に。いつもよりお思いやり申し上げることがまさって」と、白い色紙で立文である。ご筆跡も細やかで美しくはないが、書きぶりは由緒ありげに見える。宮のお手紙はたいそう長いのを小さく結んでいらっしゃって、それぞれに趣深い。「まずあちらを、人の見ないうちに」と申し上げる。「今日はお返事できそうにない」と恥じらって、手習に、「里の名を我が身のこととして知ると、山城の宇治のあたりはいっそう住みづらい」。宮がお描きになった絵を時々見て泣かれた。生き長らえてはいられないことだと、あれこれと思いなすが、ほかに絶え籠もって終わるのは、たいそう哀れに思われるだろう。「空をかき暗して晴れない峰の雨雲に、浮いて世を過ごす身をいっそなしてしまいたい。混じったら」と申し上げたのを、宮はおいおいとお泣きになる。
それでも恋しいと思っているのだろうとお思いやりになるにつけても、物思いをしている様子ばかりが面影に見えなさる。まじめ人はのどかにご覧になりつつ、ああどんなに物思いにふけっているだろうと思いやって、たいそう恋しい。「所在なく、身のほどを知る雨が小止みもしないので、袖まで涙でいっそう水かさが増して」とあるのを、下にも置かずご覧になる。女宮にお話などなさるついでに、「無礼だとお思いになるかと気が引けますが、さすがに長年の人がおりますのを、粗末な所に捨て置いて、ひどく物思いをしているというのが心苦しいので、近くに呼び寄せようと思っております。昔から変わった心持ちでございました身で、世の中をすべて普通の人とは違って過ごそうと思っておりましたが、このようにお世話申し上げるにつけて、ひたすらに捨て難いので、いると人にも知らせなかった人の身の上までも心苦しく、罪を得そうな気がして」などと申し上げなさると、「どのようなことに気を置くものとも知りませんが」とお答えになる。
意訳
薫から長雨の宇治を思いやる手紙が届き、匂宮からも長い手紙が届く。浮舟は宇治の名に「憂し」を重ねて住みづらいと手習に書き、匂宮の絵を見て泣く。浮舟は匂宮に雨雲に混じって消えたいと返歌し、匂宮は泣く。薫には身のほどを知る雨の歌を返し、薫は大切に読む。薫は女二の宮に、長年の女を京に呼び寄せたいと打ち明け、女二の宮はおっとりと答える。
語釈・文法注
文法
- 「をちの里人」(水まさるをちの里人いかならむ)
- 遠方の里人。宇治に住む浮舟のこと。
- 「宇治のわたり」(やましろの宇治のわたりぞいとゝ住みうき)
- 宇治に「憂し」を掛ける。「わが庵は都の辰巳しかぞ住む世を宇治山と人はいふなり」(古今集)以来の発想。
- 「身をしる雨」(つれづれと身をしる雨のをやまねば)
- 「数々に思ひ思はず問ひがたみ身を知る雨は降りぞまされる」(古今集)による。自分の不運を知らせる雨。
解説
浮舟は、匂宮には「雨雲に混じって消えたい」と、薫には「身を知る雨」と返す。同じ長雨の中で、二人の男への返歌はそれぞれの関係の違いを映している。
「世をふる身をもなさばや」という浮舟の歌は、死への願望を初めて明確に表している。浮舟の心は、すでに入水へと傾き始めている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1134–1137頁(コマ278–279)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日