源氏物語 第51帖 浮舟(23)
このうき船
女も珍しい旅路のように思われて、「たちばなの小島は色もかはらじをこのうき船ぞゆくへ知られぬ」。折柄と人の様子とで、宮は何事も趣深くばかりお思いになる。向こう岸に着いてお降りになる時、人に抱かせなさるのはたいそう心苦しいので、ご自分で抱きなさって、人に助けられながらお入りになるのを、たいそう見苦しく、誰をこのように大事にお扱いになるのだろうと、供人は拝見する。時方の叔父で因幡守である者が領有する荘園に、簡素に造った家だった。まだたいそう粗末で、網代屏風など、宮がご覧になったこともない飾りつけで、風も特に防げず、垣根のもとに雪がまだらに消えつつ、今も空が曇っては降る。日が差し出て、軒の氷柱が光り合っているので、人のご容貌もまさる心地がする。宮も窮屈な道中のために軽装のお召し物である。女も上着を脱がせなさったので、ほっそりした姿つきがたいそう美しい。取りつくろうこともなく、くつろいだ様子を、たいそう恥ずかしく、まばゆいほど清らかな人に向かい合っていることよと思うが、紛れる方法もない。着慣れた白い衣ばかりを五枚ほど重ねて、袖口や裾のあたりまで優美で、いろいろに大勢重ねたよりも趣深く着こなしている。いつもご覧になる人でも、これほどまでくつろいだ姿などは見慣れていらっしゃらないので、このようなことまでもやはり珍しく趣深くお思いになった。侍従もたいそう見苦しくない若い女房だった。この人にまでこのようなところをすっかり見られることよと、女君はつらく思う。宮も「これはまた誰だ。私の名を漏らすなよ」と口止めなさるのを、侍従はたいそうすばらしいと思い申し上げた。ここの留守番として住んでいた者が、時方を主人と思って世話をして回るので、宮のいらっしゃる遣戸を隔てて得意顔で座っている。声を引き縮めて畏まってお話しするのを、時方は返事もできずおかしく思った。時方は「たいそう恐ろしく占いに出た物忌のために、京の中まで離れて慎んでいるのだ。
- 1女女おんなもももめづらしからめづらしからめずらしからむむん道道みちのののやうやうようにににおぼえおぼえおぼえててて、、、「「「たちばなたちばなたちばなののの小小こ島島じまははは色色いろもももかはらかはらかわらじじじをををこのこのこのうきうきうき船船ふねぞぞぞゆくへゆくへゆくえ知知しららられれれぬぬぬ」」」。。。をりをりおりからからから人人ひとのののさまさまさまににに、、、をかしくをかしくおかしくのみのみのみ何何なに事事こともももおぼしおぼしおぼしなすなすなす。。。かのかのかの岸岸きしにににさしさしさし着着つきききててておりおりおり給給たまふふうににに、、、人人ひとににに抱抱いだかかかせせせ給給たまははわむむんははは、、、いといといと心苦心苦こころぐるしけれしけれしければばば抱抱いだききき給給たまひひいててて、、、助助たすけけけられられられつゝつゝつつ入入いりりり給給たまふふうををを、、、いといといと見見み苦苦ぐるしくしくしく、、、何何なに人人びとをををかくかくかくもてもてもてさわぎさわぎさわぎ給給たまふふうらむらむらんととと見見み奉奉たてまつるるる時時とき方方かたががが叔叔お父父じののの因因いな幡幡ばののの守守かみなるなるなるがががらうずるらうずるろうずるさうさうそうににに、、、はかなうはかなうはかのう造造つくりりりたるたるたる家家いえなりなりなりけりけりけり。。。まだまだまだいといといとあらあらしきあらあらしきあらあらしきににに、、、網網あ代代じろ屏屏びょう風風ぶなどなどなど御御ご覽覽らんじじじももも知知しらららぬぬぬしつらひしつらひしつらいにてにてにて風風かぜももも殊殊ことにににさはらさはらさわらずずず、、、垣垣かきのののもともともとににに雪雪ゆきむらむらむらぎえぎえぎえつゝつゝつつ今今いまもももかきかきかき曇曇くもりりりつゝつゝつつ降降ふるるる。。。日日ひさしさしさし出出いでででゝゝて軒軒のきののの垂垂たる氷氷ひののの光光ひかりりりあひあひあいたるたるたるににに、、、人人ひとののの御御おんかたちかたちかたちもももまさるまさるまさる心心こころちちここちすすす。。。宮宮みやもももところところところせきせきせき道道みちののの程程ほどににに輕輕かろらからからかなるなるなるべきべきべき程程ほどののの御御おんぞぞぞどもどもどもなりなりなり。。。女女おんなもももぬぎぬぎぬぎすべすべすべさせさせさせ給給たまひひいてててしかしかしかばばば、、、ほそやかほそやかほそやかなるなるなるすがたすがたすがたつきつきつき、、、いといといとをかしげをかしげおかしげなりなりなり。。。
- 2ひきひきひきつくろふつくろふつくろうことことこともももなくなくなく、、、うちうちうちとけとけとけたるたるたるさまさまさまををを、、、いといといと恥恥はずかしくしくしくまばゆきまばゆきまばゆきまでまでまできよらかきよらかきよらかなるなるなる人人ひとにににさしさしさしむかひむかひむかいたるたるたるよよよととと思思おもへへえどどど、、、紛紛まぎれれれむむん方方かたもももなしなしなし。。。なつかしきなつかしきなつかしき程程ほどなるなるなる白白しろきききかぎりかぎりかぎりををを五五いつつつつばかりばかりばかり、、、袖袖そで口口ぐち裾裾すそのののほどほどほどまでまでまでなまめかしくなまめかしくなまめかしく、、、いろいろいろいろいろいろにににあまたあまたあまた襲襲かさねねねたらたらたらむむんよりよりよりももも、、、をかしうをかしうおかしゅうきききなしなしなしたりたりたり。。。常常つねににに見見み給給たまふふう人人ひととてもとてもとても、、、かくかくかくまでまでまでうちうちうちとけとけとけたるたるたる姿姿すがたなどなどなどははは見見み習習ならひひい給給たまははわぬぬぬををを、、、かゝるかゝるかかるさへさへさへぞぞぞ猶猶なお珍珍めずらからからかにににをかしうをかしうおかしゅうおぼさおぼさおぼされれれけるけるける。。。侍侍じ從從じゅうもももいといといとめやすきめやすきめやすき若若わか人人うどなりなりなりけりけりけり。。。これこれこれさへさへさへかゝるかゝるかかるををを殘殘のこりりりなうなうのう見見みるるるよよよととと女女おんな君君きみはははいみじいみじいみじととと思思おもふふう。。。宮宮みやももも「「「これこれこれははは又又また誰誰たれぞぞぞ。。。我我わががが名名なもらすもらすもらすなななよよよ」」」ととと口口くちがためがためがため給給たまふふうをををいといといとめでたしめでたしめでたしととと思思おもひひい聞聞きこえええたりたりたり。。。こゝこゝここのののやどやどやどもりもりもりにてにてにて住住すみみみけるけるけるものものもの、、、時時とき方方かたをををまうとまうともうと思思おもひひいてててかしづきかしづきかしずきありけありけありけばばば、、、このこのこのおはしますおはしますおわします遣遣やり戶戶どををを隔隔へだてててゝゝて所所ところえええがほがほがおににに居居いたりたりたり。。。聲聲こえひきひきひきしゞめしゞめしじめかしこまりかしこまりかしこまりててて物物もの語語がたりしししけるけるけるををを、、、いらへいらへいらえももも得得えせせせずずずをかしをかしおかしととと思思おもひひいけりけりけり。。。「「「いといといと恐恐おそろしくしくしく占占うらなひひいたるたるたる物物もの忌忌いみににによりよりより、、、京京きょうののの內內うちをををさへさへさへ去去さりりりててて謹謹つつしむむむなりなりなり。。。
現代語訳
女も珍しい旅路のように思われて、「橘の小島の色は変わらないでしょうが、この浮いた舟のような私こそ行方がわかりません」。折柄と人の様子とで、何事も趣深くばかりお思いになる。向こう岸に着いてお降りになる時、人に抱かせなさるのはたいそう心苦しいので、ご自分で抱きなさって、人に助けられながらお入りになるのを、たいそう見苦しく、誰をこのように大事にお扱いになるのだろうと、拝見する。時方の叔父で因幡守である者が領有する荘園に、簡素に造った家だった。まだたいそう粗末で、網代屏風など、ご覧になったこともない飾りつけで、風も特に防げず、垣根のもとに雪がまだらに消えつつ、今も空が曇っては降る。日が差し出て、軒の氷柱が光り合っているので、人のご容貌もまさる心地がする。宮も窮屈な道中のために軽装のお召し物である。女も上着を脱がせなさったので、ほっそりした姿つきがたいそう美しい。
取りつくろうこともなく、くつろいだ様子を、たいそう恥ずかしく、まばゆいほど清らかな人に向かい合っていることよと思うが、紛れる方法もない。着慣れた程度の白い衣ばかりを五枚ほど、袖口や裾のあたりまで優美で、いろいろに大勢重ねたよりも趣深く着こなしている。いつもご覧になる人でも、これほどまでくつろいだ姿などは見慣れていらっしゃらないので、このようなことまでもやはり珍しく趣深くお思いになった。侍従もたいそう見苦しくない若い女房だった。この人にまでこのようなところをすっかり見られることよと、女君はつらく思う。宮も「これはまた誰だ。私の名を漏らすなよ」と口止めなさるのを、たいそうすばらしいと思い申し上げた。ここの留守番として住んでいた者が、時方を主人と思って世話をして回るので、宮のいらっしゃる遣戸を隔てて得意顔で座っている。声を引き縮めて畏まってお話しするのを、返事もできずおかしく思った。「たいそう恐ろしく占いに出た物忌のために、京の中まで離れて慎んでいるのだ。
意訳
浮舟は、橘の小島は変わらなくても、浮いた舟のような自分は行方もわからないと返歌する。対岸に着くと、匂宮は浮舟を自ら抱いて家に入る。そこは時方の叔父の因幡守の荘園の粗末な家で、雪がまだらに残り、軒の氷柱が日に光っている。軽装の匂宮と、白い衣を重ねた浮舟は打ち解けて過ごし、浮舟は清らかな匂宮と向かい合うことを恥じらう。留守番の者は時方を主人と思い込んでかしこまる。
語釈・文法注
文法
- 「このうき船」(このうき船ぞゆくへ知られぬ)
- 浮き舟。行方の定まらない自分の身をたとえる。この歌により、この女君は浮舟と呼ばれ、巻名ともなった。
- 「垂氷」(軒の垂氷の光りあひたるに)
- つらら。
- 「まうと」(時方をまうと思ひてかしづきありけば)
- 真人。主人、貴人。
解説
「このうき船ぞゆくへ知られぬ」。浮舟の名と巻名の由来となった歌である。橘の小島の不変と、浮き舟の漂流。この対比が、浮舟の運命を鮮やかに描き出す。
粗末な家での二人の時間は、身分の隔てを越えた親密さに満ちている。白い衣を重ねただけの浮舟の姿は、飾らない美しさを放っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1130–1133頁(コマ276–277)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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