源氏物語 第51帖 浮舟(18)
薫の宇治訪問
匂宮は薫を見るなり心の騒ぎがいっそうまさるので、言葉少なで、聖めいているといっても、とんでもない山伏の心だな、あれほど愛しい人をそのまま置いて、心のどかに月日を待ちわびさせているとはとお思いになる。いつもはそれほどでもないことのついでにさえ、自分はまじめ人だとふるまい名乗りなさるのを妬ましくお思いになって、何かにつけて言い負かしなさるのに、このようなことを見つけたのを、どうおっしゃることだろう。けれどもそのような冗談もおかけにならず、たいそう苦しそうにお見えになるので、薫は「お気の毒なことです。大したことのないご病気でも、さすがに日数がたつのは、たいそう悪いことでございます。お風邪をよく養生なさいませ」などと、まじめに申し置いてお出かけになった。宮は、気後れするほどの人だな、自分の有様をどう思い比べただろうかなどと、さまざまなことにつけても、ただこの人(浮舟)をわずかの間も忘れずにお思い出しになる。あちら(宇治)では石山詣でも取りやめになって、たいそう所在ない。宮はお手紙に、たいそうひどく恋しいことを書き集めなさって遣わす。それでさえ安心できず、時方と召した大夫の従者で事情を知らない者を使いにして送った。右近は、昔知っていた人が殿のお供として訪ねてきて、昔に返って懇ろにしていると、仲間には言い聞かせていた。何かにつけて右近は嘘をつき慣れた。月も改まった。宮はこれほど思い詰めていらっしゃるが、おいでになることはたいそう難しい。このようにばかり物思いをしたら、とても生き長らえられそうにない身だと、心細さを加えて嘆きなさる。大将殿は少し暇になった頃、いつものように忍んでおいでになった。寺で仏などを拝みなさり、御誦経をおさせになる。僧にも何かおっしゃったりして、夕方にこちらに忍んでおいでになったが、この方はむやみにやつしもなさらず、烏帽子に直衣の姿がたいそう理想的に清らかで、歩み入りなさる時から気後れするほど心づかいが格別である。女は、どうしてお目にかかれようかと、空さえ恥ずかしく恐ろしいのに、無理強いした人のご様子がふと思い出されて、またこの人にお目にかかることを思いやると、たいそう情けない。
- 1見見みるるるからからからににに心心こころさわぎさわぎさわぎのののいとゞいとゞいとどまされまされまさればばば、、、ことことことずくなずくなずくなにてにてにて、、、ひじりひじりひじりだつだつだつととといひいひいいながらながらながら、、、こよなかりこよなかりこよなかりけるけるける山山やまぶしぶしぶし心心こころかなかなかな、、、さばかりさばかりさばかり哀哀あわれなるなるなる人人ひとをををさてさてさて置置おきききててて、、、心心こころのどかのどかのどかににに月月つき日日ひををを待待まちちち侘侘わびびびさすさすさすらむらむらんよよよとととおぼすおぼすおぼす。。。例例れいはははさしもさしもさしもあらあらあらぬぬぬことことことののの序序ついでにににだにだにだに我我わはははまめまめまめ人人びとととともてもてもてなしなしなし、、、名名なのりのりのり給給たまふふうをををねたがりねたがりねたがり給給たまひひいててて、、、萬萬よろずにににのたまひのたまひのたまいやぶるやぶるやぶるををを、、、かゝるかゝるかかることことこと見見みあらはいあらはいあらわいたるたるたるををを、、、いかにいかにいかにのたまはのたまはのたまわましましまし。。。されどされどされどさやうさやうさようののの戯戯たわぶれぶれぶれどもどもどもかけかけかけ給給たまははわずずず、、、いといといと苦苦くるしげしげしげににに見見みえええ給給たまへへえばばば、、、「「「ふびんふびんふびんなるなるなるわざわざわざかなかなかな。。。おどろおどろしからおどろおどろしからおどろおどろしからねねね御心御心みこころのののさすがさすがさすがににに日日ひかずかずかずふるふるふるははは、、、いといといと惡惡あしきしきしきわざわざわざににに侍侍はべるるる。。。御御おんかせかせかせよくよくよくつくろはつくろはつくろわせせせ給給たまへへえ」」」などなどなど、、、まめやかまめやかまめやかににに聞聞きこえええ置置おきききててて出出いででで給給たまひひいぬぬぬ恥恥はずかしげしげしげなるなるなる人人ひとなりなりなりかしかしかし、、、我我わががが有有あり樣樣さまをををいかにいかにいかに思思おもひひいくらべくらべくらべけむけむけんなどなどなど、、、さまざまさまざまさまざまなるなるなることことことにににつけつけつけつゝつゝつつももも、、、たゞたゞただこのこのこの人人ひとををを時時ときのののままま忘忘わすれれれずずずおぼしおぼしおぼし出出いづづず。。。かしこかしこかしこにににははは石石いし山山やまもももとまりとまりとまりててて、、、いといといとつれづれつれづれつれずれなりなりなり。。。御御おん文文ふみにににははは、、、いといといといみじきいみじきいみじきことことことををを書書かききき集集あつめめめ給給たまひひいてててつかはすつかはすつかわす。。。それそれそれだにだにだに心安心安やすからからからずずず、、、時時とき方方かたととと召召めしししゝゝし大大たい夫夫ふのののずさずさずさののの心心こころももも知知しらららぬぬぬしししてててなむなむなんやりやりやりけるけるける
- 2右右う近近こんがががふるくふるくふるく知知しれれれりりりけるけるける人人ひとののの、、、殿殿とのののの御御おん供供ともにてにてにて尋尋たずねねね出出いでででたるたるたる、、、さらさらさらがへりがへりがえりてててねんごろねんごろねんごろがるがるがるととと友友ともだちだちだちにににはははいひいひいい聞聞きかかかせせせたりたりたり。。。よろづよろづよろず右右う近近こんぞぞぞ空空そら言言ごとえええならひならひならいけるけるける。。。月月つきもももたちたちたちぬぬぬ、、、かうかうこうおぼしおぼしおぼし入入いらららるれるれるれどどど、、、おはしますおはしますおわしますことことことはははいといといとわりなしわりなしわりなし。。。かうかうこうのみのみのみ物物ものををを思思おもははわゞゞば更更さらににに得得えながらふながらふながらうまじきまじきまじき身身みなななめりめりめりととと心心こころぼそさぼそさぼそさををを添添そへへえててて歎歎なげきききたまふたまふたまう。。。大大たい將將しょう殿殿どの少少すこしししのどかのどかのどかににになりなりなりぬるぬるぬる頃頃ころ、、、例例れいののの忍忍しのびびびててておはしおはしおわしたりたりたり。。。寺寺てらににに佛佛ほとけなどなどなど拜拜おがみみみ給給たまふふうみみみずきやうずきやうずきょうせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。僧僧そうにににももものたまひのたまひのたまいなどなどなどしししててて夕夕ゆうつつつ方方かたこゝこゝここにににははは忍忍しのびびびたれたれたれどどど、、、これこれこれはははわりなくわりなくわりなくもももやつしやつしやつし給給たまははわずずず、、、ゑぼしゑぼしえぼしなほしなほしなおしののの姿姿すがた、、、いといといとあらまほしくあらまほしくあらまほしく淸淸きよげげげにてにてにて步步あゆみみみ入入いりりり給給たまふふうよりよりより恥恥はずかしげしげしげににに用用よう意意いことことことなりなりなり。。。女女おんないかでいかでいかで見見みえええ奉奉たてまつらららむむんとととすすすらむらむらんととと空空そらさへさへさへ恥恥はずかしくしくしく恐恐おそろしきしきしきににに、、、あながちあながちあながちなりなりなりししし人人ひとののの御御おん有有あり樣樣さまうちうちうち思思おもひひい出出いでででらるゝらるゝらるるににに、、、又又またこのこのこの人人ひとににに見見みえええ奉奉たてまつらららむむんををを思思おもひひいやるやるやるなむなむなんいみじういみじういみじゅう心憂心憂うききき。。。
現代語訳
見るなり心の騒ぎがいっそうまさるので、言葉少なで、聖めいているといっても、とんでもない山伏の心だな、あれほど愛しい人をそのまま置いて、心のどかに月日を待ちわびさせているとはとお思いになる。いつもはそれほどでもないことのついでにさえ、自分はまじめ人だとふるまい名乗りなさるのを妬ましくお思いになって、何かにつけて言い負かしなさるのに、このようなことを見つけたのを、どうおっしゃることだろう。けれどもそのような冗談もおかけにならず、たいそう苦しそうにお見えになるので、「お気の毒なことです。大したことのないご病気でも、さすがに日数がたつのは、たいそう悪いことでございます。お風邪をよく養生なさいませ」などと、まじめに申し置いてお出かけになった。気後れするほどの人だな、自分の有様をどう思い比べただろうかなどと、さまざまなことにつけても、ただこの人をわずかの間も忘れずにお思い出しになる。あちらでは石山詣でも取りやめになって、たいそう所在ない。お手紙に、たいそうひどく恋しいことを書き集めなさって遣わす。それでさえ安心できず、時方と召した大夫の従者で事情を知らない者を使いにして送った。
右近は、昔知っていた人が殿のお供として訪ねてきて、昔に返って懇ろにしていると、仲間には言い聞かせていた。何かにつけて右近は嘘をつき慣れた。月も改まった。このように思い詰めていらっしゃるが、おいでになることはたいそう難しい。このようにばかり物思いをしたら、とても生き長らえられそうにない身だと、心細さを加えて嘆きなさる。大将殿は少し暇になった頃、いつものように忍んでおいでになった。寺で仏などを拝みなさり、御誦経をおさせになる。僧にも何かおっしゃったりして、夕方にこちらに忍んでおいでになったが、この方はむやみにやつしもなさらず、烏帽子に直衣の姿がたいそう理想的に清らかで、歩み入りなさる時から気後れするほど心づかいが格別である。女は、どうしてお目にかかれようかと、空さえ恥ずかしく恐ろしいのに、無理強いした人のご様子がふと思い出されて、またこの人にお目にかかることを思いやると、たいそう情けない。
意訳
匂宮は薫を見て、浮舟を放っておく薫を「山伏心」と内心で非難する。普段なら薫のまじめぶりをからかう匂宮も、この時は何も言わない。薫は匂宮の病を気遣って帰る。匂宮は浮舟を忘れられず、事情を知らない従者に手紙を届けさせ、右近は女房たちに嘘をつき慣れていく。二月になり、薫が宇治を訪れる。清らかな薫の姿に、浮舟は匂宮とのことを思い、恥ずかしさと罪の意識に苦しむ。
語釈・文法注
文法
- 「山ぶし心」(こよなかりける山ぶし心かな)
- 山伏のような心。俗世の情に疎い、のんびりした心。
- 「さらがへりて」(さらがへりてねんごろがる)
- 昔に返って。
- 「みずきやう」(みずきやうせさせ給ふ)
- 御誦経。僧に経を読ませること。
解説
薫の誠実な見舞いと、匂宮の内心の非難。友人同士の会話の裏に、浮舟をめぐる対立が潜んでいる。何も知らない薫の誠実さが、かえって匂宮の後ろめたさを際立たせる。
右近は「空言えならひける」。浮舟を守るための嘘が、次第に浮舟の周囲を嘘で固めていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1124–1127頁(コマ273–274)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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