源氏物語 第51帖 浮舟(12)
右近の取り繕い
匂宮は「少しでも身のことを考えたら、このような身分の者がこのような忍び歩きを思い立ったりするだろうか。母君への返事には、今日は物忌などと言えよ。人に知られてはならないことを、誰のためにも考えよ。ほかのことは甲斐がない」とおっしゃって、この人が世に例がないほど愛しくお思いになるにつれて、あらゆる非難も忘れてしまいそうである。右近は出て、「この案内した人に、このようにおっしゃるのを、やはりたいそう不体裁なことだと申し上げてください。呆れるほど珍しいご様子は、宮がそうお思いになっても、このようなお供の人々のお心次第でしょう。どうしてこのように思慮もなくお連れ申し上げなさったのですか。無礼なことを申し上げる山賤などでもおりましたら、どうなったでしょう」と言う。内記は、本当にたいそう厄介なことだなと思って立っていた。右近は「時方と仰せられるのはどなたですか。こうこう」と伝える。時方は笑って、「お叱りになることが恐ろしいので、言われなくても逃げて退出しましょう。本当のところ、並々でないご様子を拝見すると、誰も彼も身を捨ててお仕えするのです。よしよし、宿直人も皆起きたようだ」と言って急いで出た。右近は、人に知らせずにはどう取り計らったらよいかと、ひどく困る。人々が起きたので、「殿はわけがあって、たいそう忍んでいらっしゃるご様子を拝見すると、道中でひどいことがあったのでしょう。お召し物などを、夜になって忍んで持って参るように仰せられました」などと言う。女房たちは「まあ気味の悪い。木幡山はたいそう恐ろしい山だそうですよ。いつもの御前駆もお連れにならず、やつれていらしたのでしょう。ああ大変」と言うので、右近は「お静かに。下人などが塵ほども聞いたら、たいそう大変です」と言っているのも、心中は恐ろしい。あいにく殿のお使いが来た時、どう言おうかと、「初瀬の観音、今日を無事に過ごさせてください」と大願を立てた。石山に今日参詣させようとして、母君が迎えをよこすのだった。
- 1少少すこしししももも身身みのののことことことををを思思おもははわゞゞば、、、かゝらかゝらかからむむん人人ひとのののかゝるかゝるかかるありきありきありきははは思思おもひひいたちたちたちなななむむんややや。。。御御おんかへりかへりかえりにににははは、、、けふけふきょうははは物物もの忌忌いみなどなどなどいへいへいえかしかしかし。。。人人ひとにににもももらるらるらるまじきまじきまじきことことことををを誰誰たがががためためためにににももも思思おもへへえかしかしかし。。。ことことこと事事ことはははかひかひかいなしなしなし」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、このこのこの人人ひとののの世世よににに知知しらららずずず、、、哀哀あわれにににおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるまゝまゝままにににははは萬萬よろずのののそしりそしりそしりももも忘忘わすれれれ給給たまひひいぬぬぬべしべしべし。。。右右う近近こん出出いでででゝゝて、、、「「「このこのこのおとなふおとなふおとなう人人ひとににに、、、かくかくかくなむなむなんのたまはするのたまはするのたまわするををを猶猶なおいといといとかたはかたはかたわならならならむむんとととををを申申もうさささせせせ給給たまへへえ、、、あさましうあさましうあさましゅう珍珍めずらからからかなるなるなる御御おん有有あり樣樣さまははは、、、さささ思思おぼししし召召めすすすともともとも、、、かゝるかゝるかかる御御おん供供ともののの人人ひとどもどもどもののの御心御心みこころにににこそこそこそあらあらあらめめめ、、、いかでいかでいかでかうかうこう心心こころをさなうをさなうおさなうははは、、、ゐゐいててて奉奉たてまつりりり給給たまひひいしししぞぞぞ。。。なめげなめげなめげなるなるなることことことををを聞聞きこえええさするさするさするやまやまやまかづかづかずなどなどなどももも侍侍はべらららましかましかましかばばば、、、いかいかいかならならならましましまし」」」ととといふいふいう。。。內內ない記記きははは「「「げにげにげにいといといと煩煩わずらしくしくしくもももあるあるあるかなかなかなととと思思おもひひいたてたてたてりりり。。。「「「時時とき方方かたととと仰仰おおせせせらるゝらるゝらるるははは誰誰たれにににかかか、、、さささなむなむなん」」」とととつたふつたふつたう。。。笑笑わらひひいててて「「「かうがへかうがへこうがえ給給たまふふうことことことゞゞどもももののの恐恐おそろしけれしけれしければばば、、、さらさらさらずずずともともとも逃逃にげげげてててまかでまかでまかでぬぬぬべしべしべし。。。まめやかまめやかまめやかにににはははおろかおろかおろかならならならぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきををを見見み奉奉たてまつれれればばば、、、誰誰たれももも誰誰たれももも身身みををを捨捨すてててゝゝてなむなむなん。。。よしよしよしよしよしよしとのとのとのゐゐいびとびとびとももも皆皆みな起起おきききぬぬぬなりなりなり」」」とてとてとて急急いそぎぎぎ出出いでででぬぬぬ
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現代語訳
「少しでも身のことを考えたら、このような身分の者がこのような忍び歩きを思い立ったりするだろうか。返事には、今日は物忌などと言えよ。人に知られてはならないことを、誰のためにも考えよ。ほかのことは甲斐がない」とおっしゃって、この人が世に例がないほど愛しくお思いになるにつれて、あらゆる非難も忘れてしまいそうである。右近は出て、「この案内した人に、このようにおっしゃるのを、やはりたいそう不体裁なことだと申し上げてください。呆れるほど珍しいご様子は、そうお思いになっても、このようなお供の人々のお心次第でしょう。どうしてこのように思慮もなく、お連れ申し上げなさったのですか。無礼なことを申し上げる山賤などでもおりましたら、どうなったでしょう」と言う。内記は、本当にたいそう厄介なことだなと思って立っていた。「時方と仰せられるのはどなたですか。こうこう」と伝える。笑って、「お叱りになることが恐ろしいので、言われなくても逃げて退出しましょう。本当のところ、並々でないご様子を拝見すると、誰も彼も身を捨ててお仕えするのです。よしよし、宿直人も皆起きたようだ」と言って急いで出た。
右近は、人に知らせずにはどう取り計らったらよいかと、ひどく困る。人々が起きたので、「殿はわけがあって、たいそう忍んでいらっしゃるご様子を拝見すると、道中でひどいことがあったのでしょう。お召し物などを、夜になって忍んで持って参るように仰せられました」などと言う。女房たちは「まあ気味の悪い。木幡山はたいそう恐ろしい山だそうですよ。いつもの御前駆もお連れにならず、やつれていらしたのでしょう。ああ大変」と言うので、「お静かに、お静かに。下人などが塵ほども聞いたら、たいそう大変です」と言っているのも、心中は恐ろしい。あいにく殿のお使いが来た時、どう言おうかと、「初瀬の観音、今日を無事に過ごさせてください」と大願を立てた。石山に今日参詣させようとして、母君が迎えをよこすのだった。
意訳
匂宮は母への返事に物忌と言えと命じ、浮舟への愛に世間の非難も忘れる。右近は供の大内記に、なぜこんな無謀なことに連れてきたかと責め、時方は笑いながら京へ向かう。右近は女房たちに、薫が道中で災難に遭って忍んでいると取り繕う。薫の使いが来たらどうしようと、右近は初瀬の観音に祈る。この日は、母が浮舟を石山詣でに連れ出すために迎えをよこすはずであった。
語釈・文法注
文法
- 「やまかづ」(なめげなることを聞えさするやまかづなども侍らましかば)
- 山賤。山に住む身分の低い者。
- 「かうがへ」(かうがへ給ふことゞもの恐しければ)
- 勘ふ。責める、叱る。
- 「木幡山」(木幡山はいと恐しかなる山ぞかし)
- 京と宇治の間の山。盗賊が出る恐ろしい所とされた。
解説
右近は、浮舟と匂宮の秘密を守るため、女房たちに嘘をつき始める。この嘘が、やがて右近自身を苦しめ、浮舟を追い詰めることになる。
母の石山詣での計画が、匂宮の滞在によって狂わされる。浮舟の日常は、匂宮の侵入によって大きく揺らぎ始める。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1118–1121頁(コマ270–271)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日