源氏物語 第51帖 浮舟(10)
薫を装う匂宮
右近は北面に行って、しばらくして戻ってきた。浮舟の足もと近くに臥した。眠いと思っていたので、たいそう早く寝入った様子をご覧になって、ほかにどうしようもないので、宮は忍びやかにこの格子をお叩きになる。右近が聞きつけて、「誰ですか」と言う。宮が咳払いをなさると、上品な咳払いと聞き知って、殿(薫)がおいでになったのかと思って起きて出た。「まずこれを開けよ」とおっしゃるので、「妙に思いがけない時刻でございますね。夜はたいそう更けておりましょうに」と言う。「どこかへお移りになるらしいと仲信が言ったので、驚いてすぐに出立して、たいそう難儀だった。まず開けよ」とおっしゃる声を、たいそうよく真似て似せなさって忍んでいるので、思いも寄らず格子を外す。「道中でたいそうひどく恐ろしいことがあったので、妙な姿になって。灯火を暗くせよ」とおっしゃると、ああ大変とあわて惑って、灯火は取りのけた。「私を人に見せるなよ。来たといって人を起こすな」と、たいそう巧みなお心で、もとからほのかに似ているお声を、ただあの方の様子に真似てお入りになる。恐ろしいことの様子とおっしゃった、どんなお姿だろうと気の毒で、右近も自分は隠れて拝見する。たいそうほっそりとなよやかな装いで、あの芳しい香りも劣らない。近く寄って、お召し物を脱ぎ、馴れた顔で臥しなさるので、「いつものご座所に」などと言うが、何もおっしゃらない。御衾を差し上げて、寝ていた人々を起こし、少し退いて皆寝た。御供の人などは、いつものようにこちらでは世話をしない習いで、「しみじみとした夜のおいでの様子だ。このようなご様子をご覧にならないとは」などと、知ったかぶりをする女房もいるが、「お静かに。夜声はひそひそ話すのがかえってうるさいのです」などと言いながら寝た。女君は、別の人だったと思うと呆れてつらいが、宮は声さえ立てさせなさらない。
- 1右右う近近こん北北きたおもておもておもてにににいきいきいきててて、、、暫暫しばしししありありありてててぞぞぞ來來きたるたるたる。。。君君きみののの跡跡あと近近ちかくくく臥臥ふしししぬぬぬ。。。ねぶたしねぶたしねぶたしととと思思おもひひいけれけれければばば、、、いといといと疾疾とううう寢寢ね入入いりりりぬるぬるぬる氣色氣色けしきををを見見み給給たまひひいててて、、、又又またせむせむせむやうやうようもももなけれなけれなければばば忍忍しのびやかびやかびやかにににこのこのこの格格こう子子しをををたゝきたゝきたたき給給たまふふう。。。右右う近近こん聞聞ききききつけつけつけててて、、、「「「誰誰たぞぞぞ」」」ととといふいふいう。。。こわこわこわづくりづくりずくり給給たまへへえばばば、、、あてあてあてなるなるなるしはぶきしはぶきしわぶきととと聞聞きききき知知しりりりててて、、、殿殿とののののおはしおはしおわしたるたるたるにににやややととと思思おもひひいててて起起おきききててて出出いでででたりたりたり。。。「「「まづまづまずこれこれこれあけあけあけよよよ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「怪怪あやしうしうしゅう覺覺おぼえええなきなきなき程程ほどにににももも侍侍はべるるるかなかなかな夜夜よはははいたういたういとう更更ふけけけてててはべらはべらはべらむむんものものものををを」」」ととといふいふいう。。。「「「物物ものへへへ渡渡わたりりり給給たまふふうべかべかべかなりなりなりととと仲仲なか信信のぶがががいひいひいいつれつれつればばば、、、驚驚おどろかかかれれれつるつるつるまゝまゝままににに出出いででで立立たちちちててて、、、いといといとこそこそこそわりなかりわりなかりわりなかりつれつれつれ。。。まづまづまず開開あけけけよよよ」」」とととのたまふのたまふのたまう聲聲こえ、、、いといといとようようようまねびまねびまねび似似にせせせたまふたまふたまうててて忍忍しのびびびたれたれたればばば、、、思思おもひひいもももよらよらよらずずずかいかいかい放放はなつつつ。。。「「「道道みちにてにてにていといといとわりなくわりなくわりなく恐恐おそろしきしきしき事事ことのののありありありつれつれつればばば怪怪あやしきしきしき姿姿すがたににになりなりなりてててなむなむなん。。。火火ひ暗暗くろうううなせなせなせ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、あなあなあないみじいみじいみじとととあわてあわてあわて惑惑まどひひいててて、、、火火ひははは取取とりりりやりやりやりつつつ。。。
- 2「「「われわれわれ人人ひとににに見見みすすすなななよよよ。。。來來きたりたりたりとてとてとて人人ひとおどろかすおどろかすおどろかすななな」」」ととといといといとらうらうじきらうらうじきろうろうじき御心御心みこころにてにてにて、、、もともともとよりよりよりほのかほのかほのかににに似似にたるたるたる御御おん聲聲こえををを唯唯ただかのかのかの御御おんけはひけはひけはいにににまねびまねびまねびててて入入いりりり給給たまふふう。。。ゆゝしきゆゝしきゆゆしきことことことのののさまさまさまとととのたまへのたまへのたまえるるる、、、いかいかいかなるなるなる御御おん姿姿すがたならならならむむんととといとほしくいとほしくいとおしくててて、、、我我わもももかくろへかくろへかくろえててて見見み奉奉たてまつるるる。。。いといといとほそやかほそやかほそやかににになよなよなよなよなよなよとととさうぞきさうぞきそうぞきててて、、、かのかのかのかうばしきかうばしきこうばしきことことことももも劣劣おとらららずずず。。。近近ちこううう寄寄よりりりててて、、、御御おんぞぞぞどもどもども脫脫ぬぎぎぎ、、、なれなれなれがほがほがおににに打打うちちち臥臥ふししし給給たまへへえれれればばば、、、「「「例例れいのののおおおましましましにににこそこそこそ」」」などなどなどいへいへいえどどど物物ものももものたまはのたまはのたまわずずず。。。御御おんふすまふすまふすままゐりまゐりまいりててて寢寢ねつるつるつる人々人々ひとびと起起おこしししててて、、、少少すこししししぞきしぞきしぞきててて皆皆みな寢寢ねぬぬぬ。。。御御おん供供ともののの人人ひとなどなどなど、、、例例れいのののこゝこゝここにににははは知知しらららぬぬぬならひならひならいにてにてにて、、、「「「哀哀あわれなるなるなる夜夜よのののおはしましおはしましおわしましさまさまさまかなかなかな。。。かゝるかゝるかかる御御おん有有あり樣樣さまををを御御ご覽覽らんじじじ知知しらららぬぬぬよよよ」」」などなどなど、、、さかしらさかしらさかしらがるがるがる人人ひともももあれあれあれどどど、、、「「「あなあなあなかまかまかま給給たまへへえよよよごゑごゑごえはははさゝめくさゝめくささめくしもしもしもぞぞぞ、、、かしかましきかしかましきかしかましき」」」などなどなどいひいひいいつゝつゝつつ寢寢ねぬぬぬ。。。女女おんな君君きみはははあらあらあらぬぬぬ人人ひとなりなりなりけりけりけりととと思思おもふふうににに、、、あさましうあさましうあさましゅういみじけれいみじけれいみじけれどどど聲聲こえをををだにだにだにせせせさせさせさせ給給たまははわずずず。。。
現代語訳
右近は北面に行って、しばらくして戻ってきた。君の足もと近くに臥した。眠いと思っていたので、たいそう早く寝入った様子をご覧になって、ほかにどうしようもないので、忍びやかにこの格子をお叩きになる。右近が聞きつけて、「誰ですか」と言う。咳払いをなさると、上品な咳払いと聞き知って、殿がおいでになったのかと思って起きて出た。「まずこれを開けよ」とおっしゃるので、「妙に思いがけない時刻でございますね。夜はたいそう更けておりましょうに」と言う。「どこかへお移りになるらしいと仲信が言ったので、驚いてすぐに出立して、たいそう難儀だった。まず開けよ」とおっしゃる声を、たいそうよく真似て似せなさって忍んでいるので、思いも寄らず格子を外す。「道中でたいそうひどく恐ろしいことがあったので、妙な姿になって。灯火を暗くせよ」とおっしゃると、ああ大変とあわて惑って、灯火は取りのけた。
「私を人に見せるなよ。来たといって人を起こすな」と、たいそう巧みなお心で、もとからほのかに似ているお声を、ただあの方の様子に真似てお入りになる。恐ろしいことの様子とおっしゃった、どんなお姿だろうと気の毒で、自分も隠れて拝見する。たいそうほっそりとなよやかに装って、あの芳しい香りも劣らない。近く寄って、お召し物を脱ぎ、馴れた顔で臥しなさるので、「いつものご座所に」などと言うが、何もおっしゃらない。御衾を差し上げて、寝ていた人々を起こし、少し退いて皆寝た。御供の人などは、いつものようにこちらでは世話をしない習いで、「しみじみとした夜のおいでの様子だ。このようなご様子をご覧にならないとは」などと、知ったかぶりをする人もいるが、「お静かに。夜声はひそひそ話すのがかえってうるさいのです」などと言いながら寝た。女君は、別の人だったと思うと呆れてつらいが、声さえ立てさせなさらない。
意訳
女房たちが寝静まると、匂宮は格子を叩き、薫の声を真似て右近に開けさせる。道中で恐ろしいことがあってやつれた姿だから灯火を暗くせよと言い、薫と思い込んだ右近は灯火を取りのける。匂宮は薫に劣らない香りをまとい、浮舟の寝所に入る。浮舟は別人だと気づくが、匂宮は声も立てさせない。
語釈・文法注
文法
- 「こわづくり」(こわづくり給へば)
- 声作り。咳払いをして合図すること。
- 「かい放つ」(思ひもよらずかい放つ)
- 掻き放つ。格子の掛け金を外して開ける。
- 「よごゑ」(あなかま給へよごゑはさゝめくしもぞ)
- 夜声。夜にひそひそと話す声。
解説
匂宮は薫になりすまして浮舟のもとに入る。二人の貴公子の声や香りが似ていることが、浮舟の悲劇の直接の引き金となる。
「あらぬ人なりけり」と気づいた浮舟は、声も出せない。自分の意思を表すことのできない浮舟の受動性が、ここで決定的な事態を招く。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1116–1119頁(コマ269–270)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日