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源氏物語 第51帖 浮舟(7)

宇治へ忍ぶ匂宮

登場人物:大内記・匂宮・薫

大内記は「夕方お出かけになって、亥の刻か子の刻にはお着きになるでしょう。そして明け方にはお帰りになれましょう。人が知りますことは、ただお供にお仕えする者だけで、それも深い事情はどうして知りましょう」と申し上げる。宮は「そうだ。昔も一二度通った道だ。軽々しいという非難を受けそうなのが、評判が気がかりなのだ」と言って、返す返すあってはならないこととご自分のお心でもお思いになるが、これほどまで言い出しなさったので思い止まりなさることもできず、お供に、昔もあちらの案内を知っていた者を二三人、この内記、それから御乳母子で蔵人から五位になった若い人と、親しい者だけを選びなさって、大将は今日明日はまさかおいでになるまいなどと、内記によく様子をお聞きになってお出かけになるにつけても、昔を思い出しなさる。不思議なほど心を合わせて、連れ歩いた人(薫)のために後ろめたいことだなと、思い出しなさることもさまざまであるが、京の中でさえ全く人の知らないお出歩きは、そうはいってもおできにならないお身なのに、粗末なやつれ姿で、御馬でおいでになるのは、気持ちも何となく恐ろしく気がとがめるが、物見高い方には進んでいらっしゃるお心なので、山深くなるにつれて、早くどうなるだろう、見ることもなくて帰るのは物足りなく妙なことだろうとお思いになると、心も騒ぎなさる。法性寺のあたりまでは御車で、そこから御馬にお乗りになった。急いで、宵を過ぎる頃にお着きになった。内記が、案内をよく知っているあの殿の人に問い聞いていたので、宿直人のいる方には寄らず、葦垣で囲った西面を、そっと少し壊して入った。内記も自分でもさすがにまだ見ない御住まいなので、おぼつかないが、人がそれほどいないので、寝殿の南面に灯火がほの暗く見えて、そよそよと衣ずれの音がする。内記は参って、「まだ人は起きているようです。

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  2. 2あやしきあやしきあやしきまでまでまで心こころ心こころこころををを合あは合あはあわせせせつゝつゝつつ、、、ゐゐいてててありきありきありきししし人ひと人ひとひとのののためためためににに、、、うしろめたきうしろめたきうしろめたきわざわざわざにににもももあるあるあるかなかなかなととと、、、おぼしおぼしおぼし出い出いいづるづるずることことこともももさまざまさまざまさまざまなるなるなるににに、、、京きやう京きやうきょうののの內うち內うちうちだにだにだにむげむげむげににに人ひと人ひとひと知し知ししらららぬぬぬ御おん御おんおんありきありきありきははは、、、さささはははいへいへいえどどどえええししし給たま給たまたまははわぬぬぬ御おん御おんおん身み身みみにににしもしもしも怪あや怪あやあやしきしきしきさまさまさまのののやつれやつれやつれ姿すがた姿すがたすがたしししててて、、、みみみ馬むま馬むまうまにてにてにておはするおはするおわする、、、心地ここち心地ここちここちももも物もの物ものもの恐おそろ恐おそろおそろしくしくしくやゝましけれやゝましけれややましけれどどど、、、ものものものゝゝのゆかしきゆかしきゆかしきかたかたかたははは進すゝ進すゝすすみみみたるたるたる御心みこころ御心みこころみこころなれなれなればばば山やま山やまやま深ふか深ふかふこうううなるなるなるまゝまゝままににに、、、いつしかいつしかいつしかいかいかいかならならならむむん、、、見み見みみ合あは合あはあわするするすることことこともももなくなくなくててて歸かへ歸かへかえらららむむんこそこそこそ、、、さうざうしくさうざうしくそうぞうしくあやしかるあやしかるあやしかるべけれべけれべけれとととおぼすおぼすおぼすににに、、、心こころ心こころこころもももさわぎさわぎさわぎ給たま給たまたまふふう。。。ほふほふほうさうさうそう寺じ寺じじのののほどほどほどまでまでまでははは御おん御おんおん車くるま車くるまくるまにてにてにて、、、それそれそれよりよりよりぞぞぞみみみ馬むま馬むまうまにににははは奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりけるけるける。。。急いそ急いそいそぎぎぎててて、、、よひよひよい過す過すすぐるぐるぐる程ほど程ほどほどにににおはしましおはしましおわしましぬぬぬ。。。內ない內ないない記き記きき、、、あないあないあないよくよくよく知し知ししれれれるるるかのかのかの殿との殿とのとのののの人ひと人ひとひとににに問と問ととひひい聞き聞きききききたりたりたりけれけれければばば、、、とのとのとのゐゐい人ひと人ひとひとあるあるあるかたかたかたにににはははよらよらよらででで、、、あしあしあし垣がき垣がきがきしこめしこめしこめたるたるたるにににしおもてしおもてしおもてををを、、、やをらやをらやおら少すこ少すこすこしししこぼちこぼちこぼちててて入い入いいりりりぬぬぬ。。。我わ我わわもももさすがさすがさすがにににまだまだまだ見み見みみぬぬぬ御おん御おんおん住す住すすまひまひまいなれなれなればばば、、、たどたどしけれたどたどしけれたどたどしけれどどど人ひと人ひとひとまげうまげうまぎょうなどなどなどしししあらあらあらねねねばばば、、、しんしんしんでんでんでんののの南みなみ南みなみみなみおもておもておもてにににぞぞぞ、、、火ひ火ひひほのほのほのぐらうぐらうぐろう見み見みみえええててて、、、そよそよそよそよそよそよととと音おと音おとおとするするする參まゐ參まゐまいりりりててて「「「まだまだまだ人ひと人ひとひとははは起お起おおきききててて侍はべ侍はべはべるるるべしべしべし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

「夕方お出かけになって、亥の刻か子の刻にはお着きになるでしょう。そして明け方にはお帰りになれましょう。人が知りますことは、ただお供にお仕えする者だけで、それも深い事情はどうして知りましょう」と申し上げる。「そうだ。昔も一二度通った道だ。軽々しいという非難を受けそうなのが、評判が気がかりなのだ」と言って、返す返すあってはならないことと、ご自分のお心でもお思いになるが、これほどまで言い出しなさったので、思い止まりなさることもできず、お供に、昔もあちらの案内を知っていた者を二三人、この内記、それから御乳母子で蔵人から五位になった若い人と、親しい者だけを選びなさって、大将は今日明日はまさかおいでになるまいなどと、内記によく様子をお聞きになって出立なさるにつけても、昔を思い出しなさる。

不思議なほど心を合わせて、連れ歩いた人のために、後ろめたいことだなと、思い出しなさることもさまざまであるが、京の中でさえ全く人の知らないお出歩きは、そうはいってもおできにならないお身なのに、粗末なやつれ姿で御馬でおいでになるのは、気持ちも何となく恐ろしく気がとがめるけれど、物見高い方には進んでいらっしゃるお心なので、山深くなるにつれて、早くどうなるだろう、見合わせることもなくて帰るのは、物足りなく妙なことだろうとお思いになると、心も騒ぎなさる。法性寺のあたりまでは御車で、そこから御馬にお乗りになった。急いで、宵を過ぎる頃にお着きになった。内記が、案内をよく知っているあの殿の人に問い聞いていたので、宿直人のいる方には寄らず、葦垣で囲った西面を、そっと少し壊して入った。自分もさすがにまだ見ない御住まいなので、おぼつかないけれど、人がそれほどもいないので、寝殿の南面に灯火がほの暗く見えて、そよそよと衣ずれの音がする所に参って、「まだ人は起きているようです。

意訳

大内記は、夕方に京を出れば夜中に宇治に着き、明け方に帰れると言う。匂宮は軽率さを気にしつつも思い止まれず、昔宇治に通った供人や大内記、乳母子など親しい者だけを連れ、薫が来ないことを確かめて出発する。かつて薫と心を合わせて宇治に通ったことを思うと後ろめたいが、やつれた姿で馬に乗り、宵過ぎに宇治に着く。大内記の案内で葦垣を壊して忍び入ると、寝殿の南面に灯火が見える。

語釈・文法注

文法

「ゐねの時」(ゐねの時にはおはしまし着きなむ)
亥子の時。夜十時から深夜二時頃。
「かうふり得たる」(藏人よりかうふり得たる若き人)
冠を得る。五位に叙せられること。
「こぼちて」(やをら少しこぼちて入りぬ)
毀つ。壊す。

解説

匂宮は、かつて薫と心を合わせて宇治に通った昔を思い出し、後ろめたさを感じる。友情と恋の板挟みが、匂宮の心にも影を落としている。

皇子の身でありながら、やつれた姿で馬に乗り、垣根を壊して忍び込む匂宮。その情熱は、身分も危険も顧みない。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1114–1115頁(コマ268)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日