源氏物語 第51帖 浮舟(5)
大内記の話
去年の冬に人が差し上げた女童で、顔がたいそうかわいらしかったので、宮もたいそうかわいがっていらっしゃるのだった。宮はご自分のお部屋においでになって、妙なことだな、宇治に大将が通われることは長年絶えないと聞く中でも、忍んで夜お泊まりになる時もあると人が言っていたのを、あまりに亡き人の形見だといって、そんな所に旅寝なさるのだろうと思っていたが、このような人を隠し置いていらっしゃるのだろうと、お思い当たることもあって、学問のことにお使いになる大内記である人が、あの殿に親しい縁があるのを思い出しなさって御前に召す。参った。韻塞ぎをするために詩集などを選び出して、こちらの厨子に積むようにとおっしゃって、「右大将が宇治へいらっしゃることは、やはり絶えないのか。寺をたいそう立派に造ったそうだな。何とかして見たいものだ」とおっしゃると、大内記は「たいそう立派に厳めしくお造りになって、不断の三昧堂など、たいそう尊く定められたと承っております。お通いになることは、去年の秋頃からは、以前よりもしばしばいらっしゃるそうです。下の者たちが忍んで申しましたのは、女を隠し据えていらっしゃる。悪くはないとお思いの人なのでしょう。あのあたりに領有なさる所々の人が皆、仰せで参ってお仕えしている。宿直に割り当てたりなどしつつ、京からもたいそう忍んで、然るべきことなどをお尋ねになる。どんな幸運な人が、さすがに心細く住んでいらっしゃるのだろうと、ちょうどこの師走の頃に申していると承りました」と申し上げる。宮はたいそううれしくも聞いたことだとお思いになって、「確かにその人とは言わないのか。あそこに前からいる尼を訪ねなさると聞いたが」。「尼は廊に住んでおりました。この人は新しく建てた所にいるのです。見苦しくない女房なども大勢いて、悪くない様子で暮らしております」と申し上げる。「おもしろいことだな。どんなつもりで、どういう人をそうして据えていらっしゃるのだろう。
- 1こぞこぞこぞののの冬冬ふゆ人人ひとののの參參まいらららせせせたるたるたるわらはわらはわらわののの、、、顏顏かおはははいといといと美美うつくしかりしかりしかりけれけれければばば宮宮みやもももいといといとらうたくらうたくろうたくししし給給たまふふうなりなりなりけりけりけり我我わががが御御おん方方かたにににおはしましおはしましおわしましててて、、、あやしうあやしうあやしゅうもももあるあるあるかなかなかな、、、宇宇う治治じににに大大たい將將しょうののの通通かよひひい給給たまふふうことことことははは年年とし頃頃ごろ絕絕たえええずずずととと聞聞きくくく中中なかにににももも、、、忍忍しのびびびててて夜夜よ泊泊どまりりり給給たまふふう時時ときもももありありありととと人人ひとのののいひいひいいしししををを、、、いといといとあまりあまりあまりなるなるなる人人ひとのののかたみかたみかたみとてとてとて、、、さるさるさるまじきまじきまじき所所ところににに旅旅たび寢寢ねししし給給たまふふうらむらむらんことことことゝゝと思思おもひひいつるつるつるははは、、、かやうかやうかようののの人人ひとかくしかくしかくし置置おききき給給たまへへえるるるなるなるなるべしべしべしととと、、、おぼしおぼしおぼしうるうるうることことこともももありありありててて、、、御御おん文文ふみのののことことことにににつけつけつけ、、、つかひつかひつかい給給たまふふう大大だい內內ない記記きなるなるなる人人ひとののの、、、かのかのかの殿殿とのににに親親したしきしきしきたよりたよりたよりをををおぼしおぼしおぼし出出いでででゝゝておおお前前まえににに召召めすすす。。。まゐれまゐれまいれりりり。。。ゐんゐんいんふたぎふたぎふたぎすすすべきべきべきににに、、、集集しゅうどもどもどもえりえりえり出出いでででゝゝて、、、こなたこなたこなたなるなるなる厨厨ず子子しにににつむつむつむべきべきべきとととなどなどなどのたまはせのたまはせのたまわせててて、、、「「「右右う大大だい將將しょうののの宇宇う治治じへへへいまするいまするいますることことこと猶猶なお絕絕たえええはてはてはてずずずややや。。。寺寺てらをををこそこそこそいといといとかしこくかしこくかしこく造造つくりりりたなれたなれたなれ。。。いかでいかでいかでかかか見見みるるるべきべきべき」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、
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現代語訳
去年の冬に人が差し上げた女童で、顔がたいそうかわいらしかったので、宮もたいそうかわいがっていらっしゃるのだった。ご自分のお部屋においでになって、妙なことだな、宇治に大将が通われることは長年絶えないと聞く中でも、忍んで夜お泊まりになる時もあると人が言っていたのを、あまりにも亡き人の形見だといって、そんなはずもない所に旅寝なさるのだろうと思っていたのは、このような人を隠し置いていらっしゃるのだろうと、お思い当たることもあって、学問のことにお使いになる大内記である人が、あの殿に親しい縁があるのを思い出しなさって御前に召す。参った。韻塞ぎをするために、詩集などを選び出して、こちらの厨子に積むようにとおっしゃって、「右大将が宇治へいらっしゃることは、やはり絶えないのか。寺をたいそう立派に造ったそうだな。何とかして見たいものだ」とおっしゃると、
「たいそう立派に厳めしくお造りになって、不断の三昧堂など、たいそう尊く定められたと承っております。お通いになることは、去年の秋頃からは、以前よりもしばしばいらっしゃるそうです。下の者たちが忍んで申しましたのは、女を隠し据えていらっしゃる。悪くはないとお思いの人なのでしょう。あのあたりに領有なさる所々の人が、皆仰せで参ってお仕えしている。宿直に割り当てたりなどしつつ、京からもたいそう忍んで、然るべきことなどをお尋ねになる。どんな幸運な人が、さすがに心細く住んでいらっしゃるのだろうと、ちょうどこの師走の頃に申していると承りました」と申し上げる。たいそううれしくも聞いたことだとお思いになって、「確かにその人とは言わないのか。あそこに前からいる尼を訪ねなさると聞いたが」。「尼は廊に住んでおりました。この人は新しく建てた所にいるのです。見苦しくない女房なども大勢いて、悪くない様子で暮らしております」と申し上げる。「おもしろいことだな。どんなつもりで、どういう人をそうして据えていらっしゃるのだろう。
意訳
匂宮は、薫が宇治に通い、時に泊まるのは女を隠しているからだと思い当たる。匂宮は、薫の家司の婿である大内記を召して、宇治のことを尋ねる。大内記は、薫が去年の秋から宇治にしばしば通い、新しく建てた所に女を隠し、多くの女房に仕えさせていると話す。匂宮は喜び、さらに詳しく聞き出そうとする。
語釈・文法注
文法
- 「大內記」(つかひ給ふ大內記なる人の)
- 中務省の官人で、詔勅などを起草する役。学問に通じた者が任じられた。
- 「ゐんふたぎ」(ゐんふたぎすべきに)
- 韻塞ぎ。古詩の韻字を隠して当てる遊び。
- 「三昧堂」(不斷の三昧堂など)
- 念仏や法華三昧を絶えず行うための堂。
解説
匂宮は、薫の宇治通いの真相を、薫の家司の婿という身近な人物から聞き出す。人間関係の網の目が、秘密を漏らす経路となる。
大内記の話は、浮舟がすでに薫の女として宇治で暮らしていることを伝える。匂宮の好奇心は、ここで抑えがたい欲望へと変わっていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1112–1113頁(コマ267)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日