源氏物語 第50帖 東屋(41)
やどり木の歌
薫は、宮(八の宮)の琴の音は大げさではなく、たいそう趣深くしみじみとお弾きになったものだと思い出しなさって、「昔、誰もが生きていらした頃に、ここでお育ちになっていたら、もう少し感慨はまさったでしょうに。親王のご様子は、よその人でさえしみじみと恋しく思い出されなさるのに、どうしてあのような所に長年過ごしていらしたのか」とおっしゃると、浮舟はたいそう恥ずかしくて、白い扇をもてあそびながら添い臥している横顔は、たいそう隈なく色白で、優美な額髪の間などが、たいそうよく大君を思い出させて哀れである。まして、このような音楽のことは似合わなくもないように教えたいとお思いになって、「これは少しなさったことがありますか。ああ、わが妻という和琴は、それでも手慣らしなさったでしょう」などとお尋ねになる。浮舟は「その大和言葉さえ不似合いに慣れておりますので、ましてこれは」と言う。たいそう不体裁に心が劣っているとは見えない。ここに置いて、思うままにも来られないだろうことをお思いになるのが、今から苦しいのは、並々にはお思いにならないのだろう。琴は押しやって、「楚王の台の上の夜の琴の声」と朗誦なさるのも、あの弓ばかり引くあたりに慣れて、たいそうすばらしく理想的だと、侍従も聞いていた。実はその扇の色も心を置くべき閨の故事を知らないので、ひたすらほめ申し上げるのは、教養が劣っているのだろうよ。薫は、よりによって妙なことを口にしたものだとお思いになる。尼君の方から果物が差し上げられた。箱の蓋に紅葉や蔦などを折り敷いて、趣深く取り混ぜて敷いた紙に、無骨に書いたものが隈ない月の光にふと見えるので、目をお留めになるうちに、果物目当ての催促に見えたのだった。「やどり木は色かはりぬる秋なれどむかしおぼえて澄める月かな」と古風に書いてあるのを、恥ずかしくもしみじみともお思いになって、「里の名もむかしながらに見し人のおもかはりせるねやの月かげ」。わざわざ返歌としてではなくおっしゃったのを、侍従が伝えたということだ。
- 1宮宮みやののの御御おんきんきんきんののの音音ねのののおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくはははあらあらあらででで、、、いといといとをかしくをかしくおかしく哀哀あわれににに彈彈ひききき給給たまひひいしししはははやややとととおぼしおぼしおぼし出出いでででゝゝて、、、「「「昔昔むかし誰誰たれももも誰誰たれもももおはせおはせおわせししし世世よににに、、、こゝこゝここににに生生おひひい出出いででで給給たまへへえらららましかましかましかばばば、、、今今いま少少すこししし哀哀あわれはははまさりまさりまさりなななましましまし。。。みこみこみこののの御御おんありさまありさまありさまははは、、、よそよそよそののの人人ひとだにだにだに哀哀あわれににに戀戀こいしくしくしくこそこそこそ思思おもひひい出出いでででられられられ給給たまへへえなどなどなどてててさるさるさる所所ところにににははは年年とし頃頃ごろ經經へ給給たまひひいしししぞぞぞ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、いといといと耻耻はずかしくしくしくててて、、、白白しろききき扇扇おうぎをををまさぐりまさぐりまさぐりつゝつゝつつ、、、添添そひひいふしふしふしたるたるたるがががたはらたはらたわらめめめ、、、いといといとくまくまくまなうなうのうまろうまろうまろうててて、、、なまめいなまめいなまめいたるたるたるひたひひたひひたい髮髮がみのののひまひまひまなどなどなど、、、いといといとよくよくよく思思おもひひい出出いでででられられられててて哀哀あわれなりなりなり。。。まいてまいてまいてかやうかやうかようのののことことことはははつきなからつきなからつきなからずずず、、、敎敎おしへへえなさなさなさばやばやばやとととおぼしおぼしおぼしててて、、、「「「これこれこれははは少少すこしししほのめいほのめいほのめい給給たまひひいたりたりたりややや。。。あはれあはれあわれ我我わがががつまつまつまととといふいふいうことことことははは、、、さりともさりともさりとも手手てならしならしならし給給たまひひいけむけむけん」」」などなどなど問問とひひい給給たまふふう。。。「「「そのそのそのやまとやまとやまとことばことばことばだにだにだに、、、つきなくつきなくつきなくならひならひならいにににけれけれければばば、、、ましてましてましてこれこれこれははは」」」ととといふいふいう。。。いといといとかたはかたはかたわににに心心こころ後後おくれれれたりたりたりとととははは見見みえええずずず。。。こゝこゝここにににおきおきおきててて、、、えええ思思おもふふうまゝまゝままにににもももこここざらざらざらむむんことことことをををおぼすおぼすおぼすががが、、、今今いまよりよりより苦苦くるしきしきしきははは、、、なのめなのめなのめにににはははおぼさおぼさおぼさぬぬぬなるなるなるべしべしべし。。。きんきんきんははは押押おしししやりやりやりててて、、、「「「楚楚そ王王おうのののたいたいたいのののうへうへうえのののよるよるよるのののきんきんきんののの聲聲こえ」」」ととと、、、ずんじずんじずんじ給給たまへへえるるるももも、、、かのかのかの弓弓ゆみをををのみのみのみひくひくひくあたりあたりあたりにににならひならひならいててて、、、いといといとめでたくめでたくめでたく思思おもふふうやうやうようなりなりなりととと、、、侍侍じ從從じゅうももも聞聞きききき居居いたりたりたりけりけりけり。。。
- 2さるはさるはさるは扇扇おうぎののの色色いろももも、、、心心こころおきおきおきつつつべきべきべきねやねやねやのののいにしへいにしへいにしえをををばばば知知しらららねねねばばば、、、ひとへひとへひとえにににめでめでめで聞聞きこゆるゆるゆるぞぞぞ、、、後後おくれれれたるたるたるなななめるめるめるかしかしかし。。。ことことことこそこそこそあれあれあれ、、、怪怪あやしくしくしくもももいひいひいいつるつるつるかなかなかなとととおぼすおぼすおぼす。。。尼尼あま君君ぎみののの方方かたよりよりよりくだものくだものくだものまゐれまゐれまいれりりり、、、箱箱はこのののふたふたふたににに紅紅もみ葉葉じ蔦蔦つたなどなどなど折折おりりりしきしきしきててて、、、ゆゑゆゑゆえなからなからなからずずず取取とりりりまぜまぜまぜてててしきしきしきたるたるたるかみかみかみににに、、、ふつゝかふつゝかふつつかににに書書かきききたるたるたるものものもの、、、くまくまくまなきなきなき月月つきにににふとふとふと見見みゆれゆれゆればばば、、、目目めとゞめとゞめとどめ給給たまふふう程程ほどににに、、、くだものくだものくだものいそぎいそぎいそぎにににぞぞぞ見見みえええけるけるける「「「やどりやどりやどり木木ぎははは色色いろかはりかはりかわりぬるぬるぬる秋秋あきなれなれなれどどどむかしむかしむかしおぼえおぼえおぼえててて澄澄すめめめるるる月月つきかなかなかな」」」とととふるめかしくふるめかしくふるめかしく書書かきききたるたるたるををを、、、はづかしくはづかしくはずかしくももも哀哀あわれにににもももおぼさおぼさおぼされれれててて、、、「「「里里さとののの名名なもももむかしむかしむかしながらながらながらににに見見みししし人人ひとのののおもおもおもかはりかはりかわりせるせるせるねやねやねやののの月月つきかげかげかげ」」」。。。わざとわざとわざとかへりかへりかえりごとごとごとゝゝとはははなくなくなくてててのたまふのたまふのたまうををを、、、侍侍じ從從じゅうなむなむなん傳傳つたへへえけるけるけるとととぞぞぞ。。。
現代語訳
宮の琴の音は大げさではなく、たいそう趣深くしみじみとお弾きになったものだと思い出しなさって、「昔、誰もが生きていらした頃に、ここでお育ちになっていたら、もう少し感慨はまさったでしょうに。親王のご様子は、よその人でさえしみじみと恋しく思い出されなさるのに、どうしてあのような所に長年過ごしていらしたのか」とおっしゃると、たいそう恥ずかしくて、白い扇をもてあそびながら添い臥している横顔は、たいそう隈なく色白で、優美な額髪の間などが、たいそうよく思い出されて哀れである。まして、このようなことは似合わなくないように教えたいとお思いになって、「これは少しなさったことがありますか。ああ、わが妻という和琴は、それでも手慣らしなさったでしょう」などとお尋ねになる。「その大和言葉さえ、不似合いに慣れておりますので、ましてこれは」と言う。たいそう不体裁に心が劣っているとは見えない。ここに置いて、思うままにも来られないだろうことをお思いになるのが、今から苦しいのは、並々にはお思いにならないのだろう。琴は押しやって、「楚王の台の上の夜の琴の声」と朗誦なさるのも、あの弓ばかり引くあたりに慣れて、たいそうすばらしく理想的だと、侍従も聞いていた。
実はその扇の色も、心を置くべき閨の故事を知らないので、ひたすらほめ申し上げるのは、教養が劣っているのだろうよ。よりによって、妙なことを口にしたものだとお思いになる。尼君の方から果物が差し上げられた。箱の蓋に紅葉や蔦などを折り敷いて、趣深く取り混ぜて敷いた紙に、無骨に書いたものが、隈ない月の光にふと見えるので、目をお留めになるうちに、果物目当ての催促に見えたのだった。「宿り木は色が変わってしまった秋だけれど、昔が思い出されて澄んでいる月だなあ」と古風に書いてあるのを、恥ずかしくもしみじみともお思いになって、「里の名も昔のままなのに、昔見た人が面変わりして見える閨の月影よ」。わざわざ返歌としてではなくおっしゃったのを、侍従が伝えたということだ。
意訳
薫は八の宮の琴の音を思い出し、浮舟が宇治で育っていればと語る。白い扇をもてあそぶ浮舟の横顔に大君の面影を見て、薫は浮舟に琴を教えたいと思う。浮舟は和歌さえ不慣れだと答える。薫は「楚王の台」の詩を朗誦し、侍従は感心するが、その詩が班女の扇の故事を含む不吉なものとは知らない。弁の尼から果物とともに昔を偲ぶ歌が届き、薫は昔と変わった閨の月影を詠む独り言を返す。
語釈・文法注
文法
- 「我がつま」(あはれ我がつまといふことは)
- 和琴(あづまごと)を掛ける。催馬楽「東屋」の詞章にも通じる。
- 「楚王のたいのうへのよるのきんの聲」(楚王のたいのうへのよるのきんの聲と、ずんじ給へる)
- 『和漢朗詠集』所収の詩句。班婕妤が捨てられて扇を詠んだ故事を含み、白い扇と結びつく不吉な連想を持つ。
- 「くだものいそぎ」(くだものいそぎにぞ見えける)
- 果物を急いで求めること。歌の添え書きが果物を催促するように見えたという戯れ。
解説
薫が朗誦した詩句は、愛を失った女性の嘆きを含む。浮舟の白い扇とその詩句の結びつきは、薫自身も後悔するほど不吉で、浮舟の未来を暗示する。
巻末の弁の尼と薫の贈答は、宿木の巻の歌を受け、昔と今の対比を描く。「おもかはりせるねやの月かげ」という薫の歌は、大君の面影を浮舟に重ねつつも、決して同じではないことへの哀しみを表している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1106–1108頁(コマ264–265)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日