源氏物語 第49帖 宿木(53)
藤花の宴
そのように見苦しく欠点のある人を、帝が特に熱心に近づけて親しくなさるはずもないのだから、まじめな方面のお心構えなどは見苦しくなかったのだろうと推し量るべきである。本当にこうも幼い若君をお見せくださるのも哀れなので、薫はいつもより話なども細やかに申し上げるうちに、暮れてしまったので、気安く夜を更かすこともできないのが苦しく思われて、嘆き嘆き出ていった。「何と趣深いお方の匂いでしょう。折ってみるとと言うように、鶯も尋ねて来そうです」などと煩わしがる若い女房もいる。夏になったら三条の宮は方塞がりになるだろうと定めて、四月一日頃の節分とかいうことのまだ来ないうちに、薫は女二の宮をお移し申し上げた。明日という日、藤壺に帝がお渡りになって藤の花の宴を催された。南の廂の御簾を上げて御倚子を立てた。公式の催しで、主人の宮(女二の宮)がお仕えなさるのではない。上達部や殿上人の饗応などは内蔵寮がお仕えした。左大臣(夕霧)、按察大納言、藤中納言、左兵衛督、親王たちは三の宮、常陸宮などが控えていらっしゃる。南の庭の藤の花のもとに殿上人の座を設けた。後涼殿の東に楽所の人々を呼んで、暮れていく頃に双調を吹いて、帝の御遊びに女二の宮の方から琴や笛などを出させなさるので、大臣をはじめとして御前に取り次いで参った。故六条院(光源氏)がご自身で書いて入道宮(女三の宮)に差し上げた琴の譜二巻を、五葉の松の枝に付けたのを大臣が取って奏上する。次々に、琴、箏の琴、琵琶、和琴など、朱雀院のものであった。笛はあの夢に伝えた昔の形見(柏木の笛)を、またとない音色だと帝が賞でられたので、この折の晴れがましさよりほかにいつ映えある機会があろうと思って取り出したのだろう。大臣は和琴、三の宮は琵琶を、それぞれお与えになる。
- 1しかしかしかわろびわろびわろびかたほかたほかたほならならならむむん人人ひとををを帝帝みかどのののとりわきとりわきとりわきせちせちせちににに近近ちかづけづけずけてててむつびむつびむつび給給たまふふうべきべきべきにににもももあらあらあらじじじものものものををを、、、まことしきまことしきまことしきかたかたかたざまざまざまののの御心御心みこころおきておきておきてなどなどなどこそこそこそはははめやすくめやすくめやすくものものものししし給給たまひひいけめけめけめとととぞぞぞ推推おししし量量はかるるるべきべきべき。。。げにげにげにいといといとかくかくかく幼幼おさなきききほどほどほどををを見見みせせせ給給たまへへえるるるももも哀哀あわれなれなれなればばば例例れいよりよりよりははは物物もの語語がたりなどなどなどこまやかこまやかこまやかににに聞聞きこえええ給給たまふふうほどほどほどににに、、、暮暮くれれれぬれぬれぬればばば心心こころやすくやすくやすく夜夜よをををだにだにだにふかすふかすふかすまじきまじきまじきををを苦苦くるしうしうしゅう覺覺おぼゆれゆれゆればばば、、、なげくなげくなげくなげくなげくなげく出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。「「「をかしをかしおかしののの人人ひとののの御御おんにほひにほひにおいややや。。。をりをりおりつれつれつればばばとととかかかいふいふいうやうやうようににに鶯鶯うぐいすももも尋尋たずねねね來來きぬぬぬべかべかべかめりめりめり」」」などなどなど煩煩わずらしししがるがるがる若若わかききき人人ひともももありありあり。。。夏夏なつにににならならならばばば三三さん條條じょうののの宮宮みやふたがるふたがるふたがる方方かたににになりなりなりぬぬぬべしべしべしととと定定さだめめめててて、、、うづきうづきうずき朔朔つい日日たち頃頃ごろせちぶんせちぶんせちぶんとととかかかいふいふいうことことこと、、、まだしきまだしきまだしきさきさきさきににに渡渡わたししし奉奉たてまつりりりぬぬぬ。。。あすあすあすとてとてとてののの日日ひ、、、藤藤ふじ壺壺つぼにににうへうへうえわたらわたらわたらせせせ給給たまひひいててて藤藤ふじののの花花はなののの宴宴えんせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。南南みなみののの廂廂ひさしののの御御み簾簾すあげあげあげててて御御おんいしいしいしたてたてたてたりたりたり。。。おほやけおほやけおおやけわざわざわざにてにてにて、、、あるじあるじあるじののの宮宮みやののの仕仕つこうううまつりまつりまつり給給たまふふうにににはははあらあらあらずずず。。。上上かん達達だち部部め殿殿てん上上じょう人人びとのののきやうきやうきょうなどなどなど藏藏くらづかさづかさずかさよりよりより仕仕つこうううまつれまつれまつれりりり。。。
- 2左左ひだりのののおとゞおとゞおとど、、、按按あ察察ぜちののの大大だい納納な言言ごん、、、藤藤とう中中ちゅう納納な言言ごん、、、左左さ兵兵ひょう衛衛え督督のかみ、、、みこみこみこ達達たちははは三三さん宮宮のみや、、、常常ひた陸陸ち宮宮のみやなどなどなどさぶらひさぶらひさぶらい給給たまふふう。。。南南みなみののの庭庭にわののの藤藤ふじののの花花はなのののもともともとににに殿殿てん上上じょう人人びとののの座座ざはははえええたりたりたり。。。こうらうこうらうこうろう殿殿でんのののひんがしひんがしひんがしにににがくそがくそがくそののの人々人々ひとびと召召めしししててて暮暮くれれれ行行ゆくくくほどほどほどににに、、、さうさうそう調調じょう吹吹ふきききててて、、、うへうへうえののの御御おんあそびあそびあそびににに宮宮みやののの御御おん方方かたよりよりより御御おん琴琴ことどもどもども笛笛ふえなどなどなどいださいださいださせせせ給給たまへへえばばば、、、おとゞおとゞおとどをををはじめはじめはじめ奉奉たてまつりりりててておおお前前まえにににとりとりとりつゝつゝつつ參參まいりりり給給たまふふう。。。故故こ六六ろく條條じょう院院いんののの御御おん手手てづからづからずから書書かききき給給たまひひいててて入入にゅう道道どう宮宮のみやににに奉奉たてまつらららせせせ給給たまひひいししし、、、きんきんきんののの譜譜ふ二二ふた卷卷まき、、、五五ご葉葉ようののの枝枝えだにににつけつけつけたるたるたるをををおとゞおとゞおとど取取とりりり給給たまひひいててて奏奏そうししし給給たまふふう。。。つぎつぎつぎつぎつぎつぎににに、、、きんきんきん、、、さうさうそうののの御御おん琴琴こと、、、琵琵び琶琶は、、、和和わ琴琴ごんなどなどなど朱朱す雀雀ざく院院いんのののものものものどもどもどもなりなりなりけりけりけり。。。笛笛ふえはははかのかのかの夢夢ゆめにににつたへつたへつたえしししいにしへいにしへいにしえのののかたみかたみかたみをををまたまたまたなきなきなきものものものゝゝの音音ねなりなりなりとととめでめでめでさせさせさせ給給たまひひいけれけれければばば、、、このこのこのをりをりおりのののきよらきよらきよらよりよりより又又またはははいついついつかかかははははえばえしきはえばえしきはえばえしきついでついでついでのののあらあらあらむむんとととおぼしおぼしおぼしててて、、、とうでとうでとうで給給たまへへえるるるなななめりめりめり。。。おとゞおとゞおとど和和わ琴琴ごん、、、三三さん宮宮のみや琵琵び琶琶は、、、とりどりとりどりとりどりにににたまふたまふたまう。。。
現代語訳
そのように見苦しく欠点のあるような人を、帝が特に熱心に近づけて親しくなさるはずもないのだから、まじめな方面のお心構えなどは見苦しくなくいらっしゃったのだろうと推し量るべきである。本当にこうも幼い若君をお見せくださるのも哀れなので、いつもよりお話なども細やかに申し上げなさるうちに、暮れてしまったので、気安く夜を更かすこともできないのが苦しく思われるので、嘆き嘆きお出になった。「何と趣深いお方の匂いでしょう。折ってみるとと言うように、鶯も尋ねて来そうです」などと煩わしがる若い女房もいる。夏になったら三条の宮は方塞がりになるだろうと定めて、四月一日頃の節分とかいうことの、まだ来ないうちに女二の宮をお移し申し上げた。明日という日、藤壺に帝がお渡りになって、藤の花の宴を催しなさる。南の廂の御簾を上げて、御倚子を立てた。公式の催しで、主人の宮がお仕えなさるのではない。上達部や殿上人の饗応などは内蔵寮からお仕えした。
左大臣、按察大納言、藤中納言、左兵衛督、親王たちは三の宮、常陸宮などが控えていらっしゃる。南の庭の藤の花のもとに、殿上人の座を設けた。後涼殿の東に楽所の人々を呼んで、暮れていく頃に双調を吹いて、帝の御遊びに、宮の御方から御琴や笛などを出させなさるので、大臣をはじめとして、御前に取り次いで参上なさる。故六条院がご自身でお書きになって入道宮に差し上げなさった琴の譜二巻を、五葉の松の枝に付けたのを、大臣が取って奏上なさる。次々に、琴、箏の御琴、琵琶、和琴など、朱雀院のものどもであった。笛は、あの夢に伝えた昔の形見を、またとないものの音色だと帝が賞でなさったので、この折の晴れがましさよりほかに、またいつ映えある機会があろうかとお思いになって、取り出しなさったのだろう。大臣は和琴、三の宮は琵琶を、それぞれお与えになる。
意訳
薫は若君を見て話し込み、夜を更かせないので嘆きながら帰る。女房たちは薫の香りに鶯も来そうだと言う。四月初め、薫は女二の宮を三条の宮に迎える前日、帝が藤壺で藤花の宴を催す。夕霧、按察大納言らが列席し、光源氏が女三の宮に贈った琴の譜や朱雀院伝来の楽器が出される。薫は夢で伝えられた柏木の形見の笛を吹く。
語釈・文法注
文法
- 「をりつればとかいふやうに」(をりつればとかいふやうに鶯も尋ね來ぬべかめり)
- 「折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやここに鶯の鳴く」(古今集)を踏まえる。
- 「ふたがる方」(三條の宮ふたがる方になりぬべし)
- 方塞がり。陰陽道で移転を避けるべき方角。
- 「かの夢につたへしいにしへのかたみ」(笛はかの夢につたへしいにしへのかたみを)
- 柏木の形見の笛。横笛の帖で、夕霧の夢に柏木が現れて伝えた笛。
解説
藤花の宴は、光源氏、朱雀院、柏木ゆかりの楽器が一堂に会する場である。正編の記憶が、宇治十帖の世界に重ねられる。
薫は実父柏木の形見の笛を吹く。柏木の遺志が、夢を通して薫に伝えられた笛である。薫の出生の秘密を知らない帝や人々の前で、薫は実父の笛を奏でる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1056–1057頁(コマ239)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日