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源氏物語 第49帖 宿木(51)

五十日の祝いの準備

登場人物:薫・女二の宮・女三の宮・今上帝・中の君

薫は心の内ではやはり忘れがたい昔のことばかりが思われて、昼は自邸で起き臥し物思いにふけって暮らし、暮れると心ならずも急いで女二の宮のもとへ参るのも、慣れない気持ちにたいそう気が重く苦しくて、自邸に退出させ申し上げることを考えた。母宮はたいそううれしいことと思って、住んでいらっしゃる寝殿を譲ろうとおっしゃるが、薫はたいそう恐れ多いだろうと言って、御念誦堂との間に廊を続けて造らせる。西面にお移りになるのだろう。東の対なども焼けた後、端正に新しく申し分なくしてあるのを、いよいよ磨き加えて細かに整えさせる。このようなお心づかいを帝もお聞きになって、ほどなく打ち解けて移ってしまうのはどうだろうとお思いになった。帝と申し上げても、子を思う心の闇は同じでいらっしゃった。母宮のもとにお使いがあったお手紙にも、ただこのことばかりを申し上げていらした。故朱雀院が特にこの尼君(女三の宮)のことを帝に申し置かれたので、こうして世を背いていらっしゃるが、衰えず何事も元のままに、奏上なさることなどは必ず聞き入れて、ご配慮が深かった。こうして高貴な方々のお心で、互いにこの上なく大切に騒がれる面目も、どういうわけか、心の内では特にうれしくも思われず、やはりともすれば物思いにふけりながら、宇治の寺を造ることを急がせる。中の君の若君の五十日になる日を数えて、その餅の準備に心を入れて、籠物や檜破籠などまで見入れながら、世の常の並一通りではないようにと思い立って、沈、紫檀、銀、黄金など、各道の細工師たちをたいそう多く呼び集めたので、我劣らじとさまざまな趣向を考え出しているようだ。薫自身もいつものように匂宮のいらっしゃらない隙に二条院へ行った。気のせいだろうか、中の君はもう少し重々しく、高貴な様子までも加わったように見える。

  1. 1心こころ心こころこころのののうちうちうちにににははは猶なほ猶なほなお忘わす忘わすわすれれれ難がた難がたがたきききいにしへいにしへいにしえざまざまざまのみのみのみ覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、晝ひる晝ひるひるははは里さと里さとさとににに起お起おおききき臥ふ臥ふふしししながめながめながめくらしくらしくらしててて暮く暮くくるれるれるればばば心こころ心こころこころよりよりよりほかほかほかににに急いそ急いそいそぎぎぎ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふうももも、、、ならはならはならわぬぬぬ心こころ心こころこころちちちにににいといといと物もの物ものものうくうくうく苦くる苦くるくるしうしうしゅうててて、、、まかでまかでまかでさせさせさせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんことことことをををぞぞぞおぼしおぼしおぼしおきておきておきてけるけるける。。。母はゝ母はゝはは宮みや宮みやみやはははいといといと嬉うれ嬉うれうれしきしきしきことことことにににおぼしおぼしおぼしててて、、、おはしますおはしますおわします寢しん寢しんしん殿でん殿でんでんををを讓ゆづ讓ゆづゆずりりり聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうべくべくべくのたまへのたまへのたまえどどど、、、いといといとかたじけなからかたじけなからかたじけなからむむんとてとてとて御おん御おんおんねんずねんずねんず堂だう堂だうどうのののあはひあはひあわいににに廊らう廊らうろうをををつゞけつゞけつづけててて造つく造つくつくらららせせせ給たま給たまたまふふう。。。西にし西にしにしおもておもておもてにににうつろひうつろひうつろい給たま給たまたまふふうべきべきべきなななめりめりめり。。。ひんがしひんがしひんがしののの對たい對たいたいどもどもどもなどなどなどももも燒や燒ややけけけててて後のち後のちのち、、、麗うるは麗うるはうるわしくしくしくあたらしくあたらしくあたらしくあらまほしきあらまほしきあらまほしきをををいよいよいよいよいよいよ磨みが磨みがみがきききそへそへそえつゝつゝつつこまかこまかこまかにににしつらはしつらはしつらわせせせ給たま給たまたまふふう。。。かゝるかゝるかかる御おん御おんおん心こころ心こころこころづかひづかひずかいををを內うち內うちうちにににももも聞きこ聞きこきこししし召め召めめしししててて程ほど程ほどほどなくなくなく打う打ううちちち解と解ととけけけうつろひうつろひうつろい給たま給たまたまははわむむんをををいかゞいかゞいかがとととおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。帝みかど帝みかどみかどととときこゆれきこゆれきこゆれどどど心こころ心こころこころのののやみやみやみははは同おな同おなおなじじじことことことににになむなむなんおはしましおはしましおわしましけるけるける。。。母はゝ母はゝはは宮みや宮みやみやののの御お御おお許もと許もともとににに御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいありありありけるけるける御おん御おんおん文ふみ文ふみふみにににももも唯たゞ唯たゞただこのこのこの御おん御おんおん事こと事ことことをををのみのみのみなむなむなん聞きこ聞きこきこえええさせさせさせ給たま給たまたまへへえりりりけるけるける。。。
  2. 2故こ故ここ朱す朱すす雀ざく雀ざくざく院ゐん院ゐんいんのののとりわきとりわきとりわきてててこのこのこの尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみののの御おん御おんおんことことことをををばばば聞きこ聞きこきこえええ置お置おおかかかせせせ給たま給たまたまひひいしかしかしかばばば、、、かくかくかく世よ世よよをををそむきそむきそむき給たま給たまたまへへえれれれどどどおとろへおとろへおとろえずずず何なに何なになに事こと事ことことももももともともとのののまゝまゝままににに、、、奏そう奏そうそうせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふうことことことなどなどなどははは必かなら必かならかならずずず聞きこ聞きこきこししし召め召めめしししいれいれいれ、、、御おん御おんおん用よう用ようよう意い意いい深ふか深ふかふかかりかりかりけりけりけり。。。かくかくかくやんごとなきやんごとなきやんごとなき御心みこころ御心みこころみこころどもどもどもににに、、、かたみかたみかたみににに限かぎ限かぎかぎりりりもももなくなくなくもてもてもてかしづきかしづきかしずきさわがさわがさわがれれれ給たま給たまたまふふうおもだゝしさおもだゝしさおもだたしさももも、、、いかなるいかなるいかなるにににかかかあらあらあらむむん、、、心こころ心こころこころのののうちうちうちにににははは殊こと殊ことことににに嬉うれ嬉うれうれしくしくしくももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず、、、猶なほ猶なほなおともすれともすれともすればばば、、、うちうちうちながめながめながめつゝつゝつつ宇う宇うう治ぢ治ぢじののの寺てら寺てらてら造つく造つくつくるるることことことをををばばば急いそ急いそいそがががせせせ給たま給たまたまふふう。。。宮みや宮みやみやののの若わか若わかわか君ぎみ君ぎみぎみのののいかいかいかににになりなりなり給たま給たまたまふふう日ひ日ひひ、、、かぞへかぞへかぞえとりとりとり給たま給たまたまひひいててて、、、そのそのそのもちひもちひもちいのののいそぎいそぎいそぎををを心こころ心こころこころににに入い入いいれれれててて、、、こものこものこものひひひわりわりわりごごごなどなどなどまでまでまでみみみいれいれいれつゝつゝつつ、、、よよよのののつねつねつねのののなべてなべてなべてにににはははあらあらあらずずずとととおぼしおぼしおぼし心こころ心こころこころざしざしざしててて、、、ぢんぢんじん、、、紫し紫しし檀たん檀たんたん、、、しろがねしろがねしろがね、、、こがねこがねこがねなどなどなど道みち道みちみち々みち々みちみちののの細さい細さいさい工く工くくどもどもどもいといといと多おほ多おほおおくくく召め召めめししし侍さぶら侍さぶらさぶらははわせせせ給たま給たまたまへへえばばば、、、我わ我わわ劣おと劣おとおとらららじじじとととさまざまさまざまさまざまののの事こと事ことことどもどもどもををを考かんが考かんがかんがいいいづづずめりめりめり。。。みづからみづからみずからももも例れい例れいれいののの宮みや宮みやみやのののおはしまさおはしまさおわしまさぬぬぬひまひまひまにににおはしおはしおわしたりたりたり。。。心こころ心こころこころのののなしなしなしにににやややあらあらあらむむん、、、今いま今いまいま少すこ少すこすこしししおもおもしくおもおもしくおもおもしく、、、やんごとなげやんごとなげやんごとなげなるなるなる氣色けしき氣色けしきけしきさへさへさへ添そ添そそひひいにににたりたりたりととと見み見みみゆゆゆ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

心の内では、やはり忘れがたい昔のことばかりが思われて、昼は自邸で起き臥し物思いにふけって暮らし、暮れると心ならずも急いで参上なさるのも、慣れない気持ちにたいそう気が重く苦しくて、自邸に退出させ申し上げることをお考えになった。母宮はたいそううれしいこととお思いになって、住んでいらっしゃる寝殿をお譲り申し上げようとおっしゃるが、たいそう恐れ多いだろうと言って、御念誦堂との間に廊を続けて造らせなさる。西面にお移りになるのだろう。東の対なども焼けた後、端正に新しく申し分なくしてあるのを、いよいよ磨き加えながら、細かに整えさせなさる。このようなお心づかいを帝もお聞きになって、ほどなく打ち解けて移ってしまわれるのはどうだろうとお思いになった。帝と申し上げても、子を思う心の闇は同じことでいらっしゃった。母宮のもとにお使いがあったお手紙にも、ただこのことばかりを申し上げなさっていた。

故朱雀院が特にこの尼君のことを申し置きなさったので、こうして世を背いていらっしゃるが、衰えず何事も元のままに、奏上なさることなどは必ずお聞き入れになって、ご配慮が深かった。こうして高貴な方々のお心で、互いにこの上なく大切に騒がれなさる面目も、どういうわけだろうか、心の内では特にうれしくも思われず、やはりともすれば物思いにふけりながら、宇治の寺を造ることを急がせなさる。匂宮の若君の五十日におなりになる日を数え取りなさって、その餅の準備に心を入れて、籠物や檜破籠などまで見入れながら、世の常の並一通りではないようにとお思い立ちになって、沈、紫檀、銀、黄金など、各道の細工師たちをたいそう多く呼び集めてお仕えさせなさるので、我劣らじと、さまざまな趣向を考え出しているようだ。薫ご自身も、いつものように匂宮のいらっしゃらない隙にいらっしゃった。気のせいだろうか、中の君は、もう少し重々しく、高貴な様子までも加わったように見える。

意訳

薫は女二の宮のもとへ通うのが苦しく、自邸の三条の宮に迎えることにする。母の女三の宮は喜び、念誦堂との間に廊を造って住まいを整える。帝は娘がすぐに移ることを心配する。帝は朱雀院の遺言により女三の宮を厚遇していた。薫は栄誉をうれしく思わず、宇治の御堂造営を急がせる。中の君の若君の五十日の祝いを盛大に準備し、匂宮の留守に二条院を訪れる。

語釈・文法注

文法

「心のやみ」(帝ときこゆれど心のやみは同じことになむ)
子を思う親の心の闇。「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(後撰集)による。
「いか」(宮の若君のいかになり給ふ日)
五十日の祝い。誕生後五十日目に餅を食べさせる儀式。
「道々の細工」(道々の細工どもいと多く召し侍はせ給へば)
それぞれの分野の工芸職人。

解説

薫は帝の娘を妻に迎えながら、その栄誉をうれしく思わない。心は宇治の寺と中の君の若君に向いている。薫の心がどこにあるかが、行動を通して示される。

薫は若君の五十日の祝いに、自分の結婚以上の心を注ぐ。中の君への思いが、その子への祝いという形で表れている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1054–1055頁(コマ238)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日