源氏物語 第49帖 宿木(49)
若君誕生と産養
親王たち、上達部が、大饗にも劣らず、あまりに騒がしいほどに集まった。この匂宮も六条院にいらしたが、中の君のことが気が気でないので、まだ宴が終わらないうちに急いでお帰りになったのを、大臣(夕霧)の北の方は「たいそう物足りなく心外なこと」とおっしゃる。中の君は劣るべくもないご身分なのに、ただ今の匂宮のご寵愛の華やかさに得意になって押し通していらっしゃるようだ。やっとその明け方に男の子がお生まれになったのを、匂宮もたいそうかいのある様子でうれしくお思いになった。大将殿(薫)も昇進の喜びに添えてうれしく思う。昨夜おいでいただいたお礼に、そのままこのご出産のお祝いも添えて立ったまま参った。匂宮がこうして籠っていらっしゃるので参らない人はいない。産養は、三日目はいつものように匂宮の内々のこととして、五日の夜は大将殿から屯食五十具、碁手の銭、椀飯などは世の常のようで、産婦の御前の衝重三十、稚児の御衣五重襲で、むつきなどは大げさでなくひそやかにさせたが、細かに見るとたいそう格別に見慣れない心づかいが見えた。匂宮の御前にも浅香の折敷や高坏で粉熟を差し上げた。女房の御前には衝重はもとより、檜破籠三十、さまざまに趣向を尽くしたものがある。人目には大げさにはわざとなさらない。七日の夜は后の宮からの産養なので、参る人々がたいそう多い。中宮大夫をはじめとして、殿上人や上達部が数知れず参った。帝もお聞きになって、宮が初めて親になられるのに、どうして放っておけようとおっしゃって、御佩刀を差し上げなさった。九日も、大臣(夕霧)の方からお仕え申し上げた。
- 1ゑんがゑんがえんがのののみこみこみこたちたちたち、、、上上かん達達だち部部め、、、大大だい饗饗きょうににに劣劣おとらららずずず、、、あまりあまりあまりさわがしきさわがしきさわがしきまでまでまでなむなむなんつどひつどひつどい給給たまひひいけるけるける。。。このこのこの宮宮みやもももわたりわたりわたり給給たまひひいててて、、、まづまづまず心心こころなけれなけれなければばばまだまだまだことことことはてはてはてぬぬぬににに急急いそぎぎぎ歸歸かえりりり給給たまへへえるるるををを、、、おほいおほいおおい殿殿とのののの御御おん方方かたにににははは「「「いといといと飽飽あかかかずずずめざましうめざましうめざましゅう」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。劣劣おとるるるべうべうびょうもももあらあらあらぬぬぬ御御おん程程ほどなるなるなるををを只只ただ今今いまのののおぼえおぼえおぼえののの華華はなやかさやかさやかさにににおぼしおぼしおぼしおごりおごりおごりててておしおしおしたちたちたちもてもてもてなしなしなし給給たまへへえるるるなななめりめりめりかしかしかし。。。からうじてからうじてかろうじてそのそのその曉曉あかつきににに男男おとこにてにてにてうまれうまれうまれ給給たまへへえるるるををを、、、宮宮みやもももいといといとかひかひかいあるあるあるさまさまさまにてにてにて嬉嬉うれしくしくしくおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。大大たい將將しょう殿殿どのももも喜喜よろこびびびににに添添そへへえててて嬉嬉うれしくしくしくおぼすおぼすおぼす。。。よべよべよべおはしましおはしましおわしましたりたりたりしししかしこまりかしこまりかしこまりににに、、、やがてやがてやがてこのこのこの御御おんよろこびよろこびよろこびももも打打うちちち添添そへへえてててたちたちたちながらながらながら參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。かくかくかく籠籠こもりりりおはしませおはしませおわしませばばば參參まいりりり給給たまははわぬぬぬ人人ひとなしなしなし。。。御御おんうぶうぶうぶやしなひやしなひやしない三三みつ日日かははは例例れいののの唯唯ただ宮宮みやののの御御おんわたくしわたくしわたくしごとごとごとにてにてにて、、、五五いつ日日かののの夜夜よ、、、大大たい將將しょう殿殿どのよりよりよりとんじきとんじきとんじき五五ご十十じゅう具具ぐ、、、ごごごてててのののぜにぜにぜに、、、わうはんわうはんおうばんなどなどなどははは世世よのののつねつねつねのののやうやうようにてにてにて、、、こここもちもちもちのののおおお前前まえのののついついついかさねかさねかさね三三さん十十じゅう、、、ちごちごちごののの御御おんぞぞぞいつへいつへいつえがさねがさねがさねにてにてにて御御おんむつきむつきむつきなどなどなどぞぞぞことごとしからことごとしからことごとしからずずず忍忍しのびびびやかやかやかにににしししなしなしなし給給たまへへえれれれどどど、、、こまかこまかこまかににに見見みれれればばばいといといとわざとわざとわざとめめめなれなれなれぬぬぬ心心こころばへばへばえにににぞぞぞ見見みえええけるけるける。。。
- 2宮宮みやのののおおお前前まえにににももも、、、せんかうせんかうせんこうのののをしきをしきおしき、、、たかつきたかつきたかつきどもどもどもにてにてにて、、、ふずくふずくふずく參參まいらせらせらせたまへたまへたまえりりり。。。女房女房にょうぼうのののおおお前前まえにににはははついついついかさねかさねかさねをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて、、、ひひひわりわりわりごごご三三さん十十じゅう、、、さまざまさまざまさまざまあつくしあつくしあつくしたるたるたることことことゞゞどもももありありあり。。。人人ひと目目めにににことごとしくことごとしくことごとしくはははことさらことさらことさらしししなしなしなし給給たまははわずずず。。。七七なぬ日日かののの夜夜よはははきさいきさいきさいののの宮宮みやよりよりよりののの御御おんうぶうぶうぶやしなひやしなひやしないなれなれなればばば參參まいりりり給給たまふふう人々人々ひとびといといといと多多おおかりかりかり。。。宮宮みやののの大大だい夫夫ぶをををはじめはじめはじめててて殿殿てん上上じょう人人びと上上かん達達だち部部め數數かず知知しらららずずず參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。內內うちにににももも聞聞きこししし召召めしししててて、、、宮宮みやののの始始はじめめめててておとなびおとなびおとなび給給たまふふうなるなるなるにににはははいかでいかでいかでかかかはははとととのたまはせのたまはせのたまわせててて御御おんはかしはかしはかし奉奉たてまつらららせせせ給給たまへへえりりり。。。九九ここの日日かももも、、、おほいおほいおおい殿殿とのよりよりより仕仕つこうううまつらまつらまつらせせせ給給たまへへえりりり。。。
現代語訳
親王たち、上達部が、大饗にも劣らず、あまりに騒がしいほどにお集まりになった。この匂宮も六条院にいらっしゃったが、まず気が気でないので、まだ宴が終わらないうちに急いでお帰りになったのを、大臣の北の方は「たいそう物足りなく心外なこと」とおっしゃる。中の君は劣るべくもないご身分なのに、ただ今のご寵愛の華やかさに得意になって、押し通していらっしゃるようだ。やっとその明け方に、男の子でお生まれになったのを、匂宮もたいそうかいのある様子で、うれしくお思いになった。大将殿も昇進の喜びに添えてうれしくお思いになる。昨夜おいでいただいたお礼に、そのままこのご出産のお祝いも添えて、立ったまま参上なさった。匂宮がこうして籠っていらっしゃるので、参上なさらない人はいない。産養は、三日目はいつものように匂宮の内々のこととして、五日の夜は、大将殿から屯食五十具、碁手の銭、椀飯などは世の常のようで、産婦の御前の衝重三十、稚児の御衣を五重襲にして、むつきなどは大げさでなく、ひそやかにさせなさったが、細かに見ると、たいそう格別に見慣れない心づかいに見えた。
匂宮の御前にも、浅香の折敷や高坏などで、粉熟を差し上げなさった。女房の御前には衝重はもとより、檜破籠三十、さまざまに趣向を尽くしたことどもがある。人目には、大げさにはわざとなさらない。七日の夜は后の宮からの産養なので、参上なさる人々がたいそう多い。中宮大夫をはじめとして、殿上人や上達部が数知れず参上なさった。帝もお聞きになって、宮が初めて親になられるのに、どうして放っておけようかとおっしゃって、御佩刀を差し上げなさった。九日も、大臣の方からお仕え申し上げなさった。
意訳
六条院での薫の昇進の宴に匂宮も出席するが、中の君が気がかりで途中で帰り、夕霧の北の方は不快に思う。明け方、中の君は男児を出産し、匂宮は喜ぶ。薫は昇進のお礼に添えて出産を祝う。産養は、三日目は匂宮、五日目は薫、七日目は中宮が営み、帝も御佩刀を贈り、九日目は夕霧が営む。中の君は人々から重んじられるようになる。
語釈・文法注
文法
- 「御うぶやしなひ」(御うぶやしなひ三日は例の唯宮の御わたくしごとにて)
- 産養。出産後三日・五日・七日・九日の夜に行う祝宴。
- 「とんじき」(大將殿よりとんじき五十具)
- 屯食。強飯を握り固めたもの。下々の者にふるまう。
- 「御はかし」(御はかし奉らせ給へり)
- 御佩刀。親王誕生の時に帝から贈られる守り刀。
解説
中の君の男児出産は、その立場を一変させる。中宮や帝までが祝い、夕霧も産養を営む。後見のない中の君が、匂宮の子の母として重んじられるようになる。
薫の産養は、表向きは控えめだが細やかな心づかいに満ちている。薫の中の君への思いが、目立たない形で表されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1052–1053頁(コマ237)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日