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源氏物語 第49帖 宿木(42)

弁の昔語り

登場人物:薫・弁・柏木・大君・中の君

これが見納めだろうと思って、薫が見回ると、仏像も皆あの寺に移してしまったので、尼君の勤行の道具だけがある。たいそう頼りなげに住んでいるのを哀れに、どうやって過ごしているのだろうと見る。「この寝殿は建て替えるわけがある。造り上がるまではあの廊にいらっしゃい。京の宮(中の君)に運ぶべき物などがあれば、荘園の者を呼んで然るべく取り計らいなさい」などと、実際的なことを話す。ほかではこれほど年老いた人をどうこう気にかけるはずもないが、夜も近くに寝かせて昔話などをさせる。故権大納言(柏木)のご様子も、聞く人がいないので気安くたいそう細かく申し上げる。弁は「いよいよという時に、生まれたばかりでいらしたあなた様のご様子を見たいものとお思いになっていたご様子などが思い出されますのに、こうして思いもかけない晩年に、こうしてお目にかかれますのは、あの方の御代に親しくお仕えしたしるしが自然とあったのだと、うれしくも悲しくも思い知られます。情けない命の長さで、こうしてさまざまなことを見過ごして思い知りますのが、たいそう恥ずかしく情けのうございます。中の君からも、時々は参って会いなさい、心もとなく籠りきりなのは、ひどく心隔てをしているようだなどとおっしゃる折々もございますが、不吉な尼の身でして。阿弥陀仏よりほかには会いたい人もなくなりました」などと申し上げる。亡き姫君(大君)のことも尽きることなく、長年のご様子などを語って、何の折に何とおっしゃった、花や紅葉の色を見てもはかなく詠まれた歌の話などを、不似合いでなく震え声ながら語るので、薫は、子どもっぽく言葉少ないものの、趣深いお人柄だったと、ますます聞き加える。

  1. 1このこのこの度たび度たびたびばかりばかりばかりこそこそこそははは見み見みみめめめとととおぼしおぼしおぼしててて、、、たちたちたちめぐりめぐりめぐりつゝつゝつつ見み見みみ給たま給たまたまへへえばばば、、、佛ほとけ佛ほとけほとけももも皆みな皆みなみなかのかのかの寺てら寺てらてらににに移うつ移うつうつしししてててけれけれければばば尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみのののおこなひおこなひおこないののの具ぐ具ぐぐのみのみのみありありあり。。。いといといとはかなげはかなげはかなげににに住す住すすまひまひまいたるたるたるををを哀あはれ哀あはれあわれにににいかにいかにいかにしししてててすぐすすぐすすぐすらむらむらんととと見み見みみ給たま給たまたまふふう。。。「「「このこのこの寢しん寢しんしん殿でん殿でんでんはははかへかへかへててて建た建たたつつつべきべきべきやうやうようありありあり。。。造つく造つくつくりりり出い出いいでででむむんほどほどほどはははかのかのかの廊らう廊らうろうににに物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえ。。。京きやう京きやうきょうののの宮みや宮みやみやにににとりとりとり渡わた渡わたわたさささるるるべきべきべきものものものなどなどなどあらあらあらばばば、、、みさうみさうみそうののの人ひと人ひとひと召め召めめしししてててあるあるあるべからべからべからむむんやうやうようににに物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえ」」」などなどなど、、、まめやかまめやかまめやかなるなるなることことことゞゞどもももををを語かた語かたかたらひらひらい給たま給たまたまふふう。。。ほかほかほかにてにてにてはははかばかりかばかりかばかりさださださだすぎすぎすぎたらたらたらむむん人ひと人ひとひとををを何なに何なになにかかかととと見み見みみ入い入いいれれれ給たま給たまたまふふうべきべきべきにににもももあらあらあらねねねどどど、、、よるよるよるももも近ちか近ちかちかくくくふせふせふせててて昔むかし昔むかしむかし物もの物ものもの語がたり語がたりがたりなどなどなどせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。故こ故ここ權ごん權ごんごん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんののの君きみ君きみきみののの御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまももも聞き聞ききくくく人ひと人ひとひとなきなきなきににに心こゝろ心こゝろこころ安やす安やすやすくくくててていといといとこまやかこまやかこまやかににに聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。「「「今いま今いまいまはははとととなりなりなり給たま給たまたまひひいしししほどほどほどににに珍めづ珍めづめずしくしくしくおはしますおはしますおわしますらむらむらん御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまをををいぶかしきいぶかしきいぶかしきものものものににに思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええさせさせさせ給たま給たまたまふふうめりめりめりししし御おん御おんおん氣色けしき氣色けしきけしきなどなどなどののの思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ出い出いいでででらるゝらるゝらるるににに、、、かくかくかく思おも思おもおもひひいかけかけかけ侍はべ侍はべはべらららぬぬぬ世よ世よよののの末すゑ末すゑすえににに、、、かくかくかくててて見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり侍はべ侍はべはべるるるなむなむなん、、、かのかのかの御み御みみ世よ世よよにににむつましうむつましうむつましゅう仕つか仕つかつこううう奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりおきおきおきししししるししるししるしのののおのづからおのづからおのずから侍はべ侍はべはべりりりけるけるけるととと、、、嬉うれ嬉うれうれしくしくしくももも悲かな悲かなかなしくしくしくももも思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ知し知ししららられれれ侍はべ侍はべはべるるる。。。
  2. 2心こころ心こころこころうきうきうき命いのち命いのちいのちのののほどほどほどにてにてにて、、、かくかくかくさまざまさまざまさまざまのののことことことををを見み見みみ給たま給たまたまへへえすぐしすぐしすぐし思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ知し知ししりりり侍はべ侍はべはべるるるなむなむなん、、、いといといと恥はづか恥はづかはずかしうしうしゅう心こころ心こころこころうくうくうくなむなむなん侍はべ侍はべはべるるる。。。宮みや宮みやみやよりよりよりももも時々ときどき時々ときどきときどきははは參まゐ參まゐまいりりりててて見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれ、、、覺束おぼつか覺束おぼつかおぼつかなくなくなくたえたえたえ籠こも籠こもこもりりりはてはてはてぬるぬるぬるははは、、、こよなうこよなうこよのう思おも思おもおもひひいへだてへだてへだてけるけるけるなななめりめりめりなどなどなどのたまはするのたまはするのたまわするをりをりをりをりおりおり侍はべ侍はべはべれれれどどど、、、ゆゝしきゆゝしきゆゆしき身み身みみにてにてにてなむなむなん。。。阿あ阿ああ彌み彌みみ陀だ陀だだ佛ぶつ佛ぶつぶつよりよりよりほかほかほかにににははは見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららまほしきまほしきまほしき人ひと人ひとひともももなくなくなくなりなりなりにてにてにて侍はべ侍はべはべるるる」」」などなどなど聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。故こ故ここ姬ひめ姬ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみののの御おん御おんおん事こと事ことことどもどもどもはははたたたつきつきつきもももせせせずずず、、、年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろののの御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまなどなどなど語かた語かたかたりりりててて、、、何なに何なになにのののをりをりおりなになになにとととのたまひのたまひのたまいししし、、、花はな花はなはな紅もみ紅もみもみ葉ぢ葉ぢじののの色いろ色いろいろををを見み見みみてててももも、、、はかなくはかなくはかなくよみよみよみ給たま給たまたまひひいけるけるける歌うた歌うたうたがたりがたりがたりなどなどなどををを、、、つきなからつきなからつきなからずずずうちうちうちわなゝきわなゝきわななきたれたれたれどどど、、、こめかしうこめかしうこめかしゅう、、、ことことことずくなずくなずくなゝるゝるなるものものものからからから、、、をかしかりをかしかりおかしかりけるけるける人ひと人ひとひとののの御おん御おんおん心こころ心こころこころばへばへばえかなかなかなとととのみのみのみ、、、いとゞいとゞいとど聞き聞きききききそへそへそえ給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

これが見納めだろうとお思いになって、見回りながらご覧になると、仏像も皆あの寺に移してしまったので、尼君の勤行の道具だけがある。たいそう頼りなげに住んでいるのを哀れに、どうやって過ごしているのだろうとご覧になる。「この寝殿は建て替えるわけがある。造り上がるまでは、あの廊にいらっしゃい。京の宮に運ばれるべき物などがあれば、荘園の者を呼んで、然るべく取り計らいなさい」などと、実際的なことどもをお話しになる。ほかでは、これほど年老いた人を何かとお気にかけなさるはずもないが、夜も近くに寝かせて昔話などをおさせになる。故権大納言の君のご様子も、聞く人がいないので、気安くたいそう細かく申し上げる。「いよいよという時に、生まれたばかりでいらっしゃったあなた様のご様子を、見たいものとお思い申し上げていらっしゃったご様子などが思い出されますにつけ、こうして思いもかけません晩年に、こうしてお目にかかれますのは、あの方の御代に親しくお仕え申し上げておいたしるしが、自然とございましたのだと、うれしくも悲しくも思い知られます。

情けない命のほどで、こうしてさまざまのことを見過ごし、思い知りますのが、たいそう恥ずかしく情けのうございます。中の君からも、時々は参って会いなさい、心もとなく籠りきりなのは、ひどく心隔てをしているようだなどとおっしゃる折々もございますが、不吉な尼の身でございまして。阿弥陀仏よりほかには、お会いしたい人もなくなってしまいました」などと申し上げる。亡き姫君のことどもは、また尽きることもなく、長年のご様子などを語って、何の折に何とおっしゃった、花や紅葉の色を見ても、はかなくお詠みになった歌の話などを、不似合いでなく、震え声ではあるが語るので、薫は、子どもっぽく、言葉少ないものの、趣深いお人柄だったのだなあと、ますます聞き加えなさる。

意訳

寝殿の見納めに見回ると、仏像は寺に移され、尼の弁が質素に暮らしている。薫は工事の間の住まいや荷物の手配を指示し、夜は弁を近くに寝かせて昔話をさせる。弁は、実父柏木が死に際に生まれたばかりの薫を見たがっていたことを語り、今こうして仕えられる縁を喜ぶ。中の君の誘いも断り、阿弥陀仏だけを頼りにしていると言う。弁は大君の思い出や歌を語り、薫は大君の人柄を偲ぶ。

語釈・文法注

文法

「さだすぎたらむ人」(かばかりさだすぎたらむ人を)
盛りを過ぎた人。年老いた人。
「故權大納言の君」(故權大納言の君の御有樣も)
柏木。薫の実父。弁は柏木の乳母子として仕えていた。
「こめかしう」(こめかしう、ことずくなゝるものから)
子どもっぽく、おっとりして。

解説

弁は、薫の出生の秘密を知る唯一の人物である。実父柏木の思い出を語れるのは弁だけであり、薫にとって弁は過去とつながる大切な存在である。

弁が語る大君の思い出は、薫の知らなかった大君の一面を伝える。大君は失われた後も、語られることで薫の中に生き続ける。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1044–1047頁(コマ233–234)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日