源氏物語 第49帖 宿木(40)
秋の宇治と弁の尼
似ているとおっしゃった人も、どうして本当かどうか見ることができよう、その程度の身分なので思い寄るのは難しくないとしても、相手の本意でもなければ煩わしいことになるだろうなどと、やはりそちらの方には心も向かず、宇治の宮を久しく見ないでいると、ますます昔が遠くなる心地がして、何となく心細いので、九月二十日過ぎの頃に宇治にいらした。ますます風ばかりが吹き払って、もの寂しく荒々しげな水の音ばかりが留守番で、人影も特に見えない。見るなりまず心が暗くなり、悲しいことこの上ない。弁の尼を呼び出すと、障子口に青鈍の几帳を差し出して参った。「たいそう恐れ多いのですが、まして尼姿はたいそう恐ろしげでございますので、遠慮されまして」と、まともには出てこない。薫は「どんなに物思いにふけっていらっしゃるだろうと思いやると、同じ心の人もいないので、物語も申し上げようと思いまして。はかなくも積もる年月ですね」と言って涙を目にいっぱいためていらっしゃるので、老人はますます涙をせきとめきれず、「中の君の身の上のことで、大君がつまらなく物思いをなさっていた頃の空だと思い出されますにつけ、いつと申しません中でも秋の風は身にしみてつらく思われまして、本当にあの大君がお嘆きになっていたように、はっきりした中の君のご様子をほのかに承るのも、さまざまに」と申し上げると、薫は「あることもこういうことも、生き長らえれば直ることもあるのに、つまらなく思い込まれたのが、私の過ちのようにやはり悲しい。この頃の中の君のご様子は、何、それこそ世の常のことです。けれども不安げには見えも聞こえもなさらないようです。言っても言ってもむなしい空に昇った煙ばかりは、誰も逃れられないことながら、後れ先立つ間はやはりたいそう言うかいのないことでした」と言ってまた泣く。阿闍梨を呼んで、例の大君のご命日の経や仏のことなどを言いつける。
- 1似似にたりたりたりとととのたまひのたまひのたまいつるつるつる人人ひとをををももも、、、いかでいかでいかでかかかははは誠誠まことかかかとととははは見見みるるるべきべきべき、、、さばかりさばかりさばかりのののきはきはきわなれなれなればばば思思おもひひいよらよらよらむむんにににかたうかたうかとうはははあらあらあらずずずともともとも人人ひとのののほいほいほいにににもももあらあらあらずずずははは、、、うるさくうるさくうるさくこそこそこそあるあるあるべけれべけれべけれなどなどなど、、、猶猶なおそなたそなたそなたざまざまざまにににははは心心こころもももたゝたゝたたずずず、、、宇宇う治治じののの宮宮みやををを久久ひさしうしうしゅう見見み給給たまははわぬぬぬ時時ときはははいとゞいとゞいとど昔昔むかし遠遠とおくくくなるなるなる心心こころちちちしししててて、、、すゞろすゞろすずろににに心心こころぼそけれぼそけれぼそければばば、、、ながながながつきつきつきはつかはつかはつかあまりあまりあまりのののほどほどほどにににおはしおはしおわしたりたりたり。。。いとゞしくいとゞしくいとどしく風風かぜのみのみのみ吹吹ふききき拂拂はらひひいててて心心こころすごうすごうすごうあらましげあらましげあらましげなるなるなる水水みずののの音音おとのみのみのみやどやどやどもりもりもりにてにてにて人人ひとかげかげかげもももことことことににに見見みえええずずず。。。見見みるるるにににまづまづまずかきかきかきくらしくらしくらし悲悲かなしきしきしきことことことぞぞぞかぎりかぎりかぎりなきなきなき。。。辨辨べんののの尼尼あま召召めししし出出いでででたれたれたればばば、、、さうじさうじそうじ口口ぐちににに靑靑あおにびにびにびののの几几き帳帳ちょうさしさしさし出出いでででゝゝて參參まいれれれりりり。。。「「「いといといとかしこけれかしこけれかしこけれどどど、、、ましてましてましていといといと恐恐おそろしげしげしげににに侍侍はべれれればばば、、、つゝましくつゝましくつつましくなむなむなん」」」とととまほまほまほにににははは出出いでででこここずずず。。。「「「いかにいかにいかにながめながめながめ給給たまふふうらむらむらんととと思思おもひひいやるやるやるににに、、、同同おなじじじ心心こころなるなるなる人人ひともももなきなきなき物物もの語語がたりももも聞聞きこえええむむんとてとてとてなむなむなん。。。はかなくはかなくはかなくももも積積つもるるる年年とし月月つきかなかなかな」」」とてとてとて淚淚なみだをををひとひとひとめめめうけうけうけててておはするおはするおわするににに、、、老老おいびとびとびとはははいとゞいとゞいとど更更さらにににせきせきせきもももあへあへあえずずず、、、
- 2「「「人人ひとのののうへうへうえにてにてにてあいなくあいなくあいなくものものものををを思思おもほすほすおすめりめりめりししし頃頃ころののの空空そらぞぞぞかしかしかしととと思思おもひひい給給たまへへえ出出いづるづるずるににに、、、いついついつととと侍侍はべらららぬぬぬ中中なかにににももも秋秋あきののの風風かぜははは身身みにににしみしみしみてててつらうつらうつろう覺覺おぼえええ侍侍はべりりりててて、、、げにげにげにかのかのかのなげかなげかなげかせせせ給給たまふふうめりめりめりしししももも、、、しるきしるきしるき世世よののの中中なかののの御御おんありさまありさまありさまをををほのかほのかほのかににに承承うけたまわるるるもももさまざまさまざまさまざまににになむなむなん」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、「「「とととあるあるあることことこともももかゝるかゝるかかることことことももも、、、ながらふれながらふれながらうればばばなほるなほるなおるやうやうようもももあるあるあるををを味味あじ氣氣きなくなくなくおぼしおぼしおぼししみしみしみけむけむけんこそこそこそわがわがわがあやまちあやまちあやまちのののやうやうようににに猶猶なお悲悲かなしけれしけれしけれ。。。このこのこの頃頃ころののの御御おんありさまありさまありさまははは何何なにかかかそれそれそれこそこそこそよよよのののつねつねつねなれなれなれ。。。されどされどされどうしろめたげうしろめたげうしろめたげにににははは見見みえええ聞聞きこえええ給給たまははわざざざめりめりめり。。。いひいひいいてててもももいひいひいいてててもももむなしきむなしきむなしき空空そらにににのぼりのぼりのぼりぬるぬるぬる煙煙けぶりのみのみのみこそこそこそ誰誰たれももものがれのがれのがれぬぬぬことことことながらながらながら後後おくれれれさきさきさきだつだつだつほどほどほどははは猶猶なおいといといといふかひいふかひいうかいなかりなかりなかりけれけれけれ」」」とてとてとてもももまたまたまた泣泣なききき給給たまひひいぬぬぬ。。。阿阿あ闍闍ざ梨梨り召召めしししててて、、、例例れいのののかのかのかの御御おん忌忌き日日にちののの經經きょう佛佛ほとけのののことことことなどなどなどのたまふのたまふのたまう。。。
現代語訳
似ているとおっしゃった人をも、どうして本当かどうか見ることができよう、その程度の身分なので、思い寄るのに難しくはないとしても、相手の本意でもないならば、煩わしいことになるだろうなどと、やはりそちらの方には心も向かず、宇治の宮を久しくご覧にならない時は、ますます昔が遠くなる心地がして、何となく心細いので、九月二十日過ぎの頃にいらっしゃった。ますます風ばかりが吹き払って、もの寂しく荒々しげな水の音ばかりが留守番で、人影も特に見えない。見るなり、まず心が暗くなり、悲しいことこの上ない。弁の尼を呼び出しなさると、障子口に青鈍の几帳を差し出して参った。「たいそう恐れ多いのですが、まして尼姿はたいそう恐ろしげでございますので、遠慮されまして」と、まともには出てこない。薫は「どんなに物思いにふけっていらっしゃるだろうと思いやると、同じ心の人もいない物語も申し上げようと思いまして。はかなくも積もる年月ですね」と言って、涙を目にいっぱいためていらっしゃるので、老人はますます、まったく涙をせきとめきれず、
「中の君の身の上のことで、大君がつまらなく物思いをなさっていたらしい頃の空だと思い出されますにつけ、いつと申しません中でも、秋の風は身にしみてつらく思われまして、本当にあの大君がお嘆きになっていたように、はっきりと現れた中の君のご様子をほのかに承るのも、さまざまに」と申し上げると、薫は「あることもこういうことも、生き長らえれば直ることもあるのに、つまらなく思い込まれたのが、私の過ちのように、やはり悲しいことだ。この頃の中の君のご様子は、何、それこそ世の常のことだ。けれども不安げには見えも聞こえもなさらないようだ。言っても言ってもむなしい空に昇った煙ばかりは、誰も逃れられないことながら、後れ先立つ間は、やはりたいそう言うかいのないことだった」と言って、また泣きなさった。阿闍梨を呼んで、例の大君のご命日の経や仏のことなどをおっしゃる。
意訳
薫は浮舟にはまだ心が向かず、大君を偲んで九月下旬に宇治を訪れる。山荘は風と水音ばかりで人影もない。尼となった弁と語り、弁は大君が中の君を案じて亡くなった秋を思い出して泣く。薫は、生きていれば事態は好転したのに、大君が思い詰めて亡くなったことを自分の過ちのように悲しむ。阿闍梨に大君の命日の法事を命じる。
語釈・文法注
文法
- 「靑にびの几帳」(さうじ口に靑にびの几帳さし出でゝ)
- 青鈍色の几帳。尼の用いる地味な色。
- 「淚をひとめうけて」(淚をひとめうけておはするに)
- 涙を目にいっぱいためて。
- 「むなしき空にのぼりぬる煙」(むなしき空にのぼりぬる煙のみこそ)
- 火葬の煙。死を言う。
解説
薫は浮舟にすぐには心を向けず、まず宇治で大君を偲ぶ。薫の心はなお大君にある。宇治の荒涼とした風景が、大君を失った薫の心を映し出す。
薫は、大君が生き長らえていれば中の君の結婚の悩みも和らいだかもしれないと思う。大君の死を自分の過ちと感じる薫の悔いは、時が経っても消えない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1042–1045頁(コマ232–233)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日