源氏物語 第49帖 宿木(29)
身重の中の君
薫は、何の、この匂宮がすっかり離れてしまわれたら、中の君は私を頼みの人になさるだろう、それでも公然と気安い様子ではいられないだろうが、忍びながら、ほかに思いを寄せる人のない心の落ち着き所になるだろうなどと、ただこのことばかりが思われるのは不届きな心である。あれほど心深げに賢ぶっていらしても、男というものの心は情けないことよ。亡き人を失った悲しさは、言うかいのない方面でも、こうまで苦しくはなかった。これはあれこれと思い巡らされるのだった。「今日は匂宮がいらっしゃいました」などと人が言うのを聞くにつけても、後見の心は失せて胸がつぶれ、たいそううらやましく思われる。匂宮は、何日にもなったのはご自分の心さえ恨めしく思われて、急にいらしたのだった。中の君は、何の、心を隔てた様子にもお見せすまい、宇治にと思い立つにつけても、頼みの人と思う薫も疎ましい心を添えていらっしゃったのだと思うと、世の中がたいそう窮屈に思われてきて、やはりたいそうつらい身の上だったのだ、ただ命の消えない間は成り行きに任せておっとりしていようと思い定めて、たいそう可憐で素直な様子で振る舞っていらっしゃるので、匂宮はますます哀れにうれしく思われて、日頃の怠りなどをこの上なく詫びる。中の君のお腹も少しふっくらしてきたところに、あの恥ずかしがっていらした腹帯を結んでいる様子などがたいそう哀れで、匂宮はまだこのような身重の人を近くでご覧になったことがなかったので、珍しくさえお思いになった。
- 1何何なにかかかはははこのこのこの宮宮みやかれかれかれはてはてはて給給たまひひいなななばばば我我わをををたのもしたのもしたのもし人人びとにににししし給給たまふふうべきべきべきにににこそこそこそはははあああめれめれめれ、、、さてもさてもさてもあらはれあらはれあらわれててて心心こころ安安やすきききさまさまさまにににはははえええあらあらあらじじじををを忍忍しのびびびつゝつゝつつ又又また思思おもひひいますますます人人ひとなきなきなき心心こころのののとまりとまりとまりにてにてにてこそこそこそはははあらあらあらめめめなどなどなど唯唯ただこのこのこの事事ことのみのみのみつとつとつと覺覺おぼゆるゆるゆるぞぞぞけしからけしからけしからぬぬぬ心心こころなるなるなるややや。。。さばかりさばかりさばかり心心こころ深深ぶかげげげにににさかしがりさかしがりさかしがり給給たまへへえどどど男男おとこととといふいふいうものものものゝゝの心心こころうかりうかりうかりけるけるけることことことよよよ。。。なきなきなき人人ひとののの御御おん悲悲かなしさしさしさはははいふかひいふかひいうかいなきなきなき方方かたにてにてにてもももいといといとかうかうこう苦苦くるしきしきしきまでまでまではははなかりなかりなかりけりけりけり。。。これこれこれはははよろづよろづよろずにににぞぞぞ思思おもひひいめぐらさめぐらさめぐらされれれ給給たまひひいけるけるける。。。「「「今日今日きょうははは宮宮みや渡渡わたらららせせせ給給たまひひいぬぬぬ」」」などなどなど人人ひとのののいふいふいうををを聞聞きくくくにににもももうしろみうしろみうしろみののの心心こころはははうせうせうせててて胸胸むねうちうちうちつぶれつぶれつぶれててていといといとうらやましううらやましううらやましゅう覺覺おぼゆゆゆ。。。
- 2宮宮みやははは日日ひ頃頃ごろににになりなりなりにににけるけるけるはははわがわがわが御心御心みこころさへさへさへうらめしううらめしううらめしゅうおぼさおぼさおぼされれれててて俄俄にわかににに渡渡わたりりり給給たまへへえるるるなりなりなりけりけりけり、、、何何なにかかかははは心心こころ隔隔へだてててたるたるたるさまさまさまにににももも見見みえええ奉奉たてまつらららじじじ、、、山山やま里里ざとにににととと思思おもひひいたつたつたつにににもももたのもしたのもしたのもし人人びとににに思思おもふふう人人ひともももうとましきうとましきうとましき心心こころ添添そひひい給給たまへへえりりりけりけりけりととと見見み給給たまふふうににに、、、世世よののの中中なかいといといと所所ところせうせうしょう思思おもひひいならならなられれれててて猶猶なおいといといとうきうきうき身身みなりなりなりけりけりけりととと唯唯ただ消消きえええせせせぬぬぬほどほどほどはははあるあるあるにににまかせまかせまかせててておいらかおいらかおいらかならならならむむんととと思思おもひひいはてはてはてゝゝて、、、いといといとらうたげらうたげろうたげににに心心こころうつくしきうつくしきうつくしきさまさまさまにににもてもてもてなしなしなしててて居居い給給たまへへえれれればばば、、、いとゞいとゞいとど哀哀あわれににに嬉嬉うれしくしくしくおぼさおぼさおぼされれれててて日日ひ頃頃ごろのののをこたりをこたりおこたりなどなどなどかぎりかぎりかぎりなくなくなくのたまふのたまふのたまう。。。御御おん腹腹はらももも少少すこしししふくらかふくらかふくらかににになりなりなりにににたるたるたるににに、、、かのかのかの恥恥はぢぢじ給給たまふふうしるししるししるしののの帶帶おびのののひきひきひきゆはゆはゆわれれれたるたるたるほどほどほどなどなどなどいといといとあはれあはれあわれににに、、、まだまだまだかゝるかゝるかかる人人ひとをををけけけぢかくぢかくじかくてててももも見見み給給たまははわざりざりざりけれけれければばば珍珍めずしくしくしくさへさへさへおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。
現代語訳
薫は、何の、この匂宮がすっかり離れてしまわれたら、中の君は私を頼みの人になさるだろう、それでも公然と気安い様子ではいられないだろうが、忍びながら、ほかに思いを寄せる人のない心の落ち着き所になるだろうなどと、ただこのことばかりがじっと思われるのは、不届きな心であるよ。あれほど心深げに賢ぶっていらっしゃっても、男というものの心は情けないことよ。亡き人を失ったお悲しさは、言うかいのない方面でも、こうまで苦しくはなかった。これは、あれこれと思い巡らされなさるのだった。「今日は匂宮がいらっしゃいました」などと人が言うのを聞くにつけても、後見の心は失せて、胸がつぶれて、たいそううらやましく思われる。
匂宮は、何日にもなってしまったのは、ご自分のお心さえ恨めしくお思いになって、急にいらっしゃったのだった。中の君は、何の、心を隔てた様子にもお見せ申し上げまい、山里にと思い立つにつけても、頼みの人と思う人も、疎ましい心を添えていらっしゃったのだったとお思いになると、世の中がたいそう窮屈に思われてきて、やはりたいそうつらい身の上だったのだ、ただ命の消えない間は、成り行きに任せておっとりしていようと思い定めて、たいそう可憐で素直な様子で振る舞っていらっしゃるので、匂宮はますます哀れにうれしくお思いになって、日頃の怠りなどをこの上なく詫びなさる。お腹も少しふっくらしてきたところに、あの恥ずかしがっていらっしゃるしるしの帯を結んでいる様子などがたいそう哀れで、まだこのような身重の人を近くでご覧になったことがなかったので、珍しくさえお思いになった。
意訳
薫は、匂宮が中の君から離れれば自分が頼りにされるだろうと考える自分の心を不届きだと思いつつ、その思いを抑えられない。大君の死よりも苦しい恋に悩み、匂宮が二条院に来たと聞いて嫉妬する。中の君は、薫にも頼れないと知り、世の中をあきらめて素直に匂宮を迎える。匂宮は喜び、腹帯をした中の君の身重の姿を珍しく思う。
語釈・文法注
文法
- 「心のとまり」(又思ひます人なき心のとまりにてこそはあらめ)
- 心の落ち着き所、最後に頼る所。
- 「おいらかならむ」(あるにまかせておいらかならむと思ひはてゝ)
- おっとりしていよう。運命に任せて逆らわないこと。
- 「ひきゆはれたる」(かの恥ぢ給ふしるしの帶のひきゆはれたる)
- 結ばれている。懐妊の腹帯。
解説
語り手は「男といふものの心うかりけること」と薫を批判する。理想的な人物として描かれてきた薫も、恋の前では他の男と変わらない。薫の人間的な弱さが率直に描かれる。
中の君は、匂宮にも薫にも頼れないと悟り、運命に身を任せる。この諦めが、かえって中の君を可憐に見せ、匂宮の愛情を呼び戻す。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1032–1033頁(コマ227)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日