源氏物語 第49帖 宿木(26)
袖を捕らえる薫
安心できる、人に似ない私の心のほどは匂宮も皆ご存じです」などと言いながら、折々は過ぎた日の悔しさを忘れる時がなく、何かになりたい、取り返したいという様子などをほのめかしながら、だんだん暗くなっていくまでいらっしゃるので、中の君はたいそう煩わしく思われて、「それでは気分もずっと悪うございますので、また具合のよろしく思われます頃に何事も」と言って奥にお入りになる様子なのがたいそう残念なので、薫は「それにしても、いつ頃宇治へ思い立たれるおつもりですか。たいそう生い茂っておりました道の草も、少し払わせましょう」と機嫌を取って申し上げると、中の君はしばらく入りかけて、「この月は過ぎてしまいそうなので、月の初め頃にもと思っております。ただたいそう忍んでがよいでしょう。どうして世の許しなど大げさに」とおっしゃる声が、たいそう可憐だなあと、いつもより昔が思い出されるので、薫はこらえきれずに、寄りかかっていた柱のもとの簾の下から、そっと手を伸ばして中の君の袖を捕らえた。中の君は、やはりそうだったのか、ああ情けないと思うが、何を言えよう、何も言わずにますます奥へ引き入るので、薫はそれについてたいそう慣れた顔で半分ほど内に入って添い寝した。「違いますか。忍んでがよいとお思いのこともあるとおっしゃったのが、うれしいのは聞き違いかとお尋ねしようと思ったのです。疎々しくお思いになるべきでもないのに、情けないご様子ですね」と恨むので、中の君は返事をする気にもならず、思いがけず憎らしく思うようになったが、強いて心を鎮めて、「思いのほかのお心のほどですね。人がどう思うでしょう。呆れたことです」と責めて泣きそうな様子なのが、少しはもっともなので気の毒だが、薫は「これは咎められるほどのことでしょうか。これくらいの対面は昔のことも思い出してください。亡き人のお許しもあったのに、たいそう格別に疎ましくお思いになったのが、かえって嫌なことです。
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現代語訳
「安心できる、人に似ない心のほどは、匂宮も皆ご存じでいらっしゃいます」などとは言いながら、折々は過ぎた日の悔しさを忘れる時がなく、何かになりたいものだ、取り返したいという様子などをほのめかしながら、だんだん暗くなっていくまでいらっしゃるので、中の君はたいそう煩わしく思われて、「それでは、気分もずっと悪うございますので、また具合のよろしく存じられます頃に、何事も」と言って、奥にお入りになる様子なのが、たいそう残念なので、薫は「それにしても、いつ頃宇治へ思い立たれるおつもりですか。たいそう生い茂っておりました道の草も、少し払わせましょう」と機嫌を取って申し上げなさると、中の君はしばらく入りかけて、「この月は過ぎてしまいそうですので、月の初め頃にもと思っております。ただ、たいそう忍んでがよいでしょう。どうして世の許しなど、大げさに」とおっしゃる声が、たいそう可憐だなあと、いつもより昔が思い出されるので、薫はこらえきれずに、寄りかかっていらっしゃった柱のもとの簾の下から、そっと手を伸ばして、御袖を捕らえた。
女は、やはりそうだったのか、ああ情けないと思うにつけ、何を言えよう、何も言わずにますます奥へ引き入りなさるので、薫はそれについて、たいそう慣れた顔で、半分ほど内に入って添い寝なさった。「違いますか。忍んでがよいとお思いのこともあったのが、うれしいのは聞き違いかとお尋ねしようと思ったのです。疎々しくお思いになるべきでもないのに、情けないご様子ですね」と恨みなさるので、中の君は返事をする気にもならず、思いがけず憎らしく思うようになってしまったが、強いて心を鎮めて、「思いのほかのお心のほどですね。人がどう思うでしょう。呆れたことです」と責めて泣きそうな様子なのが、少しはもっともなので気の毒だが、薫は「これは咎められるほどのことでしょうか。これくらいの対面は、昔のことも思い出してください。亡き人のお許しもあったのに、たいそう格別に疎ましくお思いになったのが、かえって嫌なことです。
意訳
薫は話の合間に過去の悔いをほのめかし、暗くなるまで帰らない。中の君が奥に入ろうとすると、薫は宇治行きの日取りを尋ねて引き留める。中の君の可憐な声に昔を思い出した薫は、こらえきれず簾の下から中の君の袖を捕らえ、半ば内に入って添い寝する。中の君は思いがけないことに憎しみを覚え、泣きそうになって責める。薫は、亡き大君の許しもあったのにと言う。
語釈・文法注
文法
- 「心とりに」(心とりに聞え給へば)
- 機嫌を取って。
- 「やをらおよびて」(すだれのしたより、やをらおよびて御袖をひかへつ)
- そっと手を伸ばして。
- 「あばめて」(あばめて泣きぬべき氣色なる)
- 責めて、なじって。
解説
薫はついに抑えきれず、中の君の袖を捕らえる。かつて大君の袖を捕らえた場面の再現である。大君を失った薫が、大君に似た中の君に同じ行動をとる。歴史が繰り返されている。
中の君は、信頼していた薫の行動に裏切られた思いを抱く。匂宮の冷たさから救ってくれると思っていた薫が、新たな悩みの種となる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1028–1031頁(コマ225–226)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日