源氏物語 第49帖 宿木(24)
中の君からの文
中の君の手紙は「先日の法事のことは、阿闍梨が伝えてくれたので詳しく聞きました。このようなお心の名残がなかったら、どんなにお気の毒にと思われますにつけても、並々ならず感謝しております。差し支えなければ直接にも」というものだった。陸奥紙に、取り繕わずまじめに書いているのがかえってたいそう趣深い。亡き八の宮のご命日に例の法事をたいそう尊くさせたのを喜び申し上げる様子が、大げさではないが本当に感謝しているのだろう。いつもは薫から差し上げる手紙の返事さえ、打ち解けず遠慮がちに思って、はっきりとも書き続けないのに、直接にとまでおっしゃったのが珍しくうれしいので、心ときめきもしそうである。匂宮が当世風の好みに進んでいらっしゃる頃で、中の君を思い怠っているのも本当に心苦しく推し量られるので、たいそう哀れで、洒落たところもないお手紙を置きもせず、繰り返し繰り返し見ている。お返事は「承りました。先日は聖めいた様子でことさら忍んでおりましたのも、そう思いますことがあります頃でして。名残などとおっしゃったのは、私の志が少し浅くなったようで恨めしく思われます。万事は近く伺いまして。あなかしこ」と、きまじめに、白い色紙のごわごわしたものに書いてある。さて翌日の夕方、薫は二条院に参った。人知れず思う心が添っているので、わけもなく心づかいがひどくされて、柔らかな衣にますます香を薫きしめているのは、あまりに大げさなほどだが、丁子染めの扇を使い慣らした移り香などまでたとえようもなくすばらしい。中の君も、あの宇治での妙な夜のことなどを思い出す折々がないわけでもないので、まじめで哀れなお心が人に似ず深くていらっしゃるのを見るにつけて、そうしていたらよかったのにとぐらいはお思いになるだろうか、幼い年頃でもないので、恨めしい匂宮のご様子と比べると、何事もますますこの上なく思い知られるのだろうか、いつも隔てが多いのも気の毒で、物の道理を知らない者と思っていらっしゃるだろうなどと思って、今日は御簾の内に薫をお入れして、母屋の御簾に几帳を添えて、自分は少し奥に引いて対面した。
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- 2さてさてさて又又またののの日日ひののの夕夕ゆうつつつ方方かたぞぞぞ渡渡わたりりり給給たまへへえるるる。。。人人ひと知知しれれれずずず思思おもふふう心心こころしししそひそひそいたれたれたればばば、、、あいなくあいなくあいなく心心こころづかひづかひずかいいたういたういとうせせせられられられててて、、、なよゝかなよゝかなよよかなるなるなる御御おんぞぞぞどもどもどもをををいとゞいとゞいとど匂匂におはしはしわしそへそへそえ給給たまへへえるるるはははあまりあまりあまりおどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしきまでまでまであるあるあるにににちやうじちやうじちょうじぞめぞめぞめののの扇扇おうぎもてもてもてならしならしならし給給たまへへえるるるうつりうつりうつりがががなどなどなどさへさへさへたとへたとへたとえむむん方方かたなくなくなくめでたしめでたしめでたし。。。女女おんな君君ぎみもももあやしかりあやしかりあやしかりししし夜夜よのののことことことなどなどなど思思おもひひい出出いででで給給たまふふう折折おり々々おりなきなきなきにににしもしもしもあらあらあらねねねばばば、、、まめやかまめやかまめやかににに哀哀あわれなるなるなる御御おん心心こころばへばへばえののの人人ひとににに似似にずずず物物ものししし給給たまふふうををを見見みるるるにににつけつけつけててて、、、さてさてさてもももあらあらあらましましましをををとととばかりばかりばかりははは思思おもひひいもももやややししし給給たまふふうらむらむらん、、、いはけなきいはけなきいわけなき程程ほどにににしししおはせおはせおわせねねねばばば、、、うらめしきうらめしきうらめしき人人ひとののの御御おん有有あり樣樣さまををを思思おもひひいくらぶるくらぶるくらぶるにににははは何何なに事事こともももいとゞいとゞいとどこよなくこよなくこよなく思思おもひひい知知しららられれれ給給たまふふうにににややや、、、常常つねにににはははへだてへだてへだて多多おおかるかるかるもももいとほしくいとほしくいとおしく物物もの思思おもひひい知知しらららぬぬぬさまさまさまににに思思おもひひい給給たまふふうらむらむらんなどなどなど思思おもひひい給給たまひひいててて、、、今日今日きょうはははみみみすすすののの內內うちににに入入いれれれ奉奉たてまつりりり給給たまひひいてててもももやややのののみみみすすすににに几几き帳帳ちょうそへそへそえててて我我わははは少少すこしししひきひきひきいりいりいりてててたいめたいめたいめししし給給たまへへえりりり。。。
現代語訳
中の君の手紙は「先日のご法事のことは、阿闍梨が伝えてくれましたので、詳しく聞きました。このようなお心の名残がなかったならば、どんなにお気の毒にと存じられますにつけても、並々ならず感謝しております。差し支えなければ、直接にも」と申し上げなさった。陸奥紙に、取り繕いもせず、まじめにお書きになっているのが、かえってたいそう趣深い。亡き宮のご命日に、例の法事をたいそう尊くおさせになったのを、喜び申し上げなさる様子が、大げさではないが、本当に感謝していらっしゃるのだろう。いつもは薫から差し上げるお手紙のお返事さえ、打ち解けず遠慮がちにお思いになって、はっきりともお書き続けにならないのに、直接にとまでおっしゃったのが珍しくうれしいので、心ときめきもしそうである。匂宮が当世風の好みに進んでいらっしゃる頃で、中の君をお思い怠りになっているのも、本当に心苦しく推し量られるので、たいそう哀れで、洒落たところもないお手紙を、置きもせず、繰り返し繰り返し見ていらっしゃる。お返事は「承りました。先日は、聖めいた様子でことさら忍んでおりましたのも、そう存じますことがございます頃でして。名残などとおっしゃったのは、少し浅くなったようにと恨めしく存じられます。万事は近く伺いまして。あなかしこ」と、きまじめに、白い色紙のごわごわしたものに書いてある。
さて翌日の夕方、薫は二条院にお渡りになった。人知れず思う心が添っているので、わけもなく心づかいがひどくされて、柔らかなお召し物に、ますます香を薫きしめなさっているのは、あまりに大げさなほどであるうえに、丁子染めの扇を使い慣らしていらっしゃる移り香などまでも、たとえようもなくすばらしい。女君も、あの妙だった夜のことなどを思い出しなさる折々がないわけでもないので、まじめで哀れなお心が人に似ず深くていらっしゃるのを見るにつけて、そうしていたらよかったのにとぐらいはお思いにもなるだろうか、幼い年頃でもいらっしゃらないので、恨めしい匂宮のご様子と比べると、何事もますますこの上なく思い知られなさるのだろうか、いつも隔てが多いのも気の毒で、物の道理を知らない者とお思いになっているだろうなどとお思いになって、今日は御簾の内にお入れ申し上げなさって、母屋の御簾に几帳を添えて、自分は少し奥に引いて対面なさった。
意訳
中の君は、父宮の命日の法事を営んでくれた薫に感謝し、直接会って話したいと手紙を送る。薫は珍しい申し出に胸をときめかせ、手紙を何度も読み返す。翌日の夕方、薫は香を薫きしめて二条院を訪れる。中の君は、匂宮と比べて薫の誠実さを思い知り、今日は御簾の内に薫を招き入れ、几帳を隔てて対面する。
語釈・文法注
文法
- 「みちのくにがみ」(みちのくにがみにひきもつくろはず)
- 陸奥紙。厚手で白い実用的な紙。恋文には使わない。
- 「ちやうじぞめの扇」(ちやうじぞめの扇もてならし給へる)
- 丁子染め。丁子の煮汁で染めた香りのよい黄褐色。
- 「もやのみす」(もやのみすに几帳そへて)
- 母屋の御簾。廂よりさらに奥の境。
解説
中の君は陸奥紙に飾らない手紙を書き、薫は白い色紙できまじめに返す。恋文ではない実用の紙を使うことで、二人は節度を保とうとする。しかし薫の心は、すでに抑えがたくときめいている。
中の君は薫を御簾の内に招き入れる。匂宮の冷たさが、中の君を薫に近づけていく。二人の距離が物理的にも縮まることが、次の場面の緊張を準備している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1026–1029頁(コマ224–225)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日