源氏物語 第49帖 宿木(21)
三日夜の宴
主人側の頭中将が盃を捧げて御膳を差し上げる。次々の盃を二度三度召し上がる。源中納言(薫)がしきりに勧めるので、匂宮は少し微笑んだ。薫が、煩わしい家(夕霧の家)にはふさわしくないと思って言っていたのを思い出すのだろう。けれども薫は知らないふりでたいそうまじめである。東の対に出て、お供の人々をもてなす。評判のある殿上人たちがたいそう多い。四位の六人には女の装束に細長を添え、五位の十人には三重襲の唐衣、裳の腰もそれぞれ区別があるのだろう。六位の四人には綾の細長や袴など、一方では決まりのあることを物足りなく思ったので、物の色や仕立てなどに清らかさを尽くさせた。召次や舎人などの中にまで、乱雑なほど盛大であった。本当にこのように賑やかで華やかなことは見るかいがあるので、物語などにもまず言い立てるのだろうか。けれども詳しくは数え立てられなかったとか。中納言殿の前駆の中に、あまり身分のはっきりしない者が暗い紛れに立ち混じっていたのだろうか、帰ってきて嘆いて、「我が殿はどうしておとなしくこの殿の婿におなりにならないのだろう。つまらないお独り住まいだこと」と中門のもとでつぶやいたのを、薫は聞きつけて面白いとお思いになった。夜が更けて眠いのに、あの大切にもてなされた人々は心地よげに酔い乱れて寝てしまったのだろうと、うらやましいのだろう。薫は部屋に入って横になって、きまり悪いことだなあ、大げさな様子をした親が出てきて、縁の離れない仲ではあるが、あれこれ灯火を明るく掲げて勧め申し上げる盃などを、匂宮はたいそう見苦しくなく振る舞っていらしたなと、匂宮のご様子を感じよく思い出す。
- 1あるじあるじあるじののの頭頭とう中中ちゅう將將じょう御御おん盃盃さかずきさゝげさゝげささげててて御御おん臺臺だいまゐるまゐるまいる。。。つぎつぎつぎつぎつぎつぎののの御御おんかはらけかはらけかわらけ、、、二二ふたたびたびたび三三みたびたびたびまゐりまゐりまいり給給たまふふう。。。源源げん中中ちゅう納納な言言ごんのののいたういたういとうすゝめすゝめすすめ給給たまへへえるるるににに宮宮みや少少すこしししほゝゑみほゝゑみほほえみ給給たまへへえりりり。。。わづらはしきわづらはしきわずらわしきわたりわたりわたりをををとととふさはしからふさはしからふさわしからずずず思思おもひひいててていひいひいいしししをををおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるなななめりめりめり。。。されどされどされど見見み知知しらららぬぬぬやうやうようにてにてにていといといとまめまめまめなりなりなり。。。ひんがしひんがしひんがしのののたいたいたいににに出出いででで給給たまひひいててて御御おん供供ともののの人々人々ひとびともてもてもてはやしはやしはやし給給たまふふう。。。おぼえおぼえおぼえあるあるある殿殿てん上上じょう人人びとどもどもどもいといといとおほかりおほかりおおかり。。。四四し位位い六六ろく人人にんははは女女おんなのののさうぞくさうぞくそうぞくにににほそながほそながほそながそへそへそえててて、、、五五ご位位い十十じゅう人人にんはははみへみへみえがさねがさねがさねのののからからからぎぬぎぬぎぬ、、、もももののの腰腰こしももも皆皆みなけぢめけぢめけじめあるあるあるべしべしべし。。。六六ろく位位い四四よ人人にんははは綾綾あやのののほそながほそながほそなが袴袴はかまなどなどなどかつかつかつははは限限かぎりあるあるあることことことををを飽飽あかかかずずずおぼしおぼしおぼしけれけれければばば、、、物物ものののの色色いろしししざまざまざまなどなどなどをををぞぞぞ淸淸きよらららをををつくしつくしつくし給給たまへへえりりりけるけるけるめしめしめしつぎつぎつぎとねりとねりとねりなどなどなどののの中中なかにににみだりがはしきみだりがはしきみだりがわしきまでまでまでいかめしういかめしういかめしゅうなむなむなんありありありけるけるける。。。げにげにげにかくかくかくにぎはゝしうにぎはゝしうにぎわわしゅう華華はなやかやかやかなるなるなることことことははは、、、見見みるるるかひかひかいあれあれあればばば物物もの語語がたりなどなどなどにににもももまづまづまずいひいひいいたてたてたてたるたるたるにににやややあらあらあらむむん。。。されどされどされどくはしうくはしうくわしゅうはははえええぞぞぞ算算かぞへへえたてたてたてざりざりざりけるけるけるとととややや。。。
- 2中中ちゅう納納な言言ごん殿殿どののののごごごぜんぜんぜんののの中中なかににに、、、なまなまなまおぼえおぼえおぼえあざやかあざやかあざやかならならならぬぬぬややや暗暗くらきききまぎれまぎれまぎれににに立立たちちちまじりまじりまじりたりたりたりけむけむけん。。。かへりかへりかえりてててうちうちうち歎歎なげきききててて、、、「「「わがわがわが殿殿とののののなどなどなどかかかおいらかおいらかおいらかにににこのこのこの殿殿とのののの御御おん婿婿むこにににうちうちうちならならならせせせ給給たまふふうまじきまじきまじき。。。あぢきなきあぢきなきあじきなき御御おんひとりひとりひとりずみずみずみなりなりなりややや」」」ととと中中ちゅう門門もんのののもともともとにてにてにてつぶやきつぶやきつぶやきけるけるけるををを聞聞ききききつけつけつけ給給たまひひいてててをかしをかしおかしとととなむなむなんおぼしおぼしおぼしけるけるける。。。夜夜よののの更更ふけけけてててねぶたきねぶたきねぶたきににに、、、かのかのかのもてもてもてかしづかかしづかかしずかれれれけるけるける人々人々ひとびとははは心地心地ここちよげよげよげにににゑひゑひえいみだれみだれみだれてててよりよりよりふしふしふしぬぬぬらむらむらんかしかしかしととと、、、うらやましきうらやましきうらやましきなななめりめりめりかしかしかし。。。君君きみははは入入いりりりててて臥臥ふししし給給たまひひいててて、、、はしたなげはしたなげはしたなげなるなるなるわざわざわざかなかなかな、、、ことごとしげことごとしげことごとしげなるなるなるさまさまさましししたるたるたる親親おやののの出出いでででゐゐいててて離離はなれれれぬぬぬなからひなからひなからいなれなれなれどどど、、、これこれこれかれかれかれ火火ひあかうあかうあこうかゝげかゝげかかげてててすゝめすゝめすすめ聞聞きこゆるゆるゆる盃盃さかずきなどなどなどをををいといといとめやすくめやすくめやすくもてもてもてなしなしなし給給たまふふうめりめりめりつるつるつるかなかなかなととと、、、宮宮みやののの御御おんありさまありさまありさまをををめやすくめやすくめやすく思思おもひひい出出いででで奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
現代語訳
主人側の頭中将が御盃を捧げて、御膳を差し上げる。次々の御盃を、二度三度召し上がる。源中納言がしきりにお勧めなさるので、匂宮は少し微笑みなさった。薫が、煩わしい家にはと、ふさわしくなく思って言っていたのを思い出しなさるのだろう。けれども薫は知らないふりで、たいそうまじめである。東の対にお出ましになって、お供の人々をおもてなしになる。評判のある殿上人たちがたいそう多い。四位の六人には女の装束に細長を添えて、五位の十人には三重襲の唐衣、裳の腰も皆区別があるのだろう。六位の四人には綾の細長や袴など、一方では限りのあることを物足りなくお思いになったので、物の色や仕立てなどに、清らかさを尽くしなさったのだった。召次や舎人などの中にまで、乱雑なほど盛大であった。本当にこのように賑やかで華やかなことは、見るかいがあるので、物語などにもまず言い立てているのだろうか。けれども詳しくは、数え立てられなかったとか。
中納言殿の前駆の中に、あまり身分のはっきりしない者が、暗い紛れに立ち混じっていたのだろうか。帰ってきて嘆いて、「我が殿は、どうしておとなしくこの殿の御婿におなりにならないのだろう。つまらないお独り住まいだこと」と中門のもとでつぶやいたのを、薫はお聞きつけになって、面白いとお思いになった。夜が更けて眠いのに、あの大切にもてなされた人々は、心地よげに酔い乱れて寄りかかって寝てしまったのだろうと、うらやましいのだろう。薫は部屋に入って横におなりになって、きまり悪いことだなあ、大げさな様子をした親が出てきて座り、縁の離れない仲ではあるが、あれこれ灯火を明るく掲げて勧め申し上げる盃などを、たいそう見苦しくなくお振る舞いになっていたようだなと、匂宮のご様子を感じよく思い出し申し上げなさる。
意訳
三日夜の宴で、頭中将が匂宮に盃を捧げ、薫もしきりに勧める。匂宮は、薫が夕霧の家を煩わしいと言っていたのを思い出して微笑む。お供の殿上人たちには身分に応じて豪華な禄が与えられる。薫の供の者は、主人が夕霧の婿にならないことを嘆く。帰宅した薫は、大げさな宴席で匂宮が見事に振る舞ったことを思い出す。
語釈・文法注
文法
- 「御臺まゐる」(御盃さゝげて御臺まゐる)
- 御膳を差し上げる。
- 「めしつぎとねり」(めしつぎとねりなどの中に)
- 召次・舎人。雑用をする下級の役人。
- 「算へたてざりける」(くはしうはえぞ算へたてざりけるとや)
- 数え立てられなかった。語り手が詳細を省く言い方。
解説
夕霧の家の宴は華やかで、禄も豪華である。語り手は、物語がこうした華やかな場面をまず書き立てるものだと述べながら、詳細は省く。宇治の侘しさと対照的な都の繁栄が描かれる。
薫は供の者の嘆きを面白がる。大君を失った薫には、華やかな婚儀も他人事である。それでも薫は、匂宮の振る舞いの見事さを認めずにはいられない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1024–1025頁(コマ223)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日