源氏物語 第49帖 宿木(14)
十六夜の婚儀
左大臣(夕霧)の邸では、六条院の東の御殿を磨き整えて、この上なく万事を準備して匂宮をお待ち申し上げたが、十六夜の月がだんだん昇るまで来ないので心もとなく、それほど気に入らない縁談なのでどうなるのかと穏やかでなく思って様子を探らせると、「この夕方、内裏から退出なさって、二条院にいらっしゃるそうです」と人が申し上げる。思う人がいらっしゃるのでと不快だが、今宵を過ごしてしまうのも人の笑いものになるので、息子の頭中将を使いとして申し上げた。夕霧は、大空の月さえ宿る我が家に、待つ宵が過ぎても見えない君よと詠む。匂宮は、かえって今日が婚儀だとは中の君に見られまい、心苦しいと思って内裏にいらしたのを、中の君に手紙を差し上げたのだった。そのお返事はどうだったのだろうか。やはりたいそう哀れにお思いになったので、こっそり二条院に来ていらしたのである。可愛らしい様子を見捨てて出かける気にもならず、気の毒なので、あれこれ約束しながら慰めかねて、一緒に月を眺めていらっしゃるところだった。中の君は日頃もあれこれ思うことが多いが、何とか顔色に出すまいと何度もこらえて平気な様子をしていらっしゃるので、特に聞き咎めない様子でおっとりと振る舞っていらっしゃるのがたいそう哀れである。中将が参ったのを聞いて、匂宮はさすがにあちらもたいそう気の毒なので出かけようとして、「すぐに帰ってくるよ。一人で月を見なさるな。心が上の空でたいそう苦しい」と言い置いて、何となくきまり悪いので、人目につかない方から寝殿へ渡る。その後ろ姿を見送ると、中の君は何とも思われないが、ただ涙で枕が浮いてしまいそうな心地がするので、情けないものは人の心だったと我ながら思い知られる。幼い頃から心細く哀れな身の上の姉妹で、世の中に執着を持つ様子でもいらっしゃらなかった父宮一人と姉君と、
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現代語訳
左大臣家では、六条院の東の御殿を磨き整えて、この上なく万事を整えてお待ち申し上げなさったが、十六夜の月がだんだん昇るまで来ないので心もとなく、それほどお心に入らない縁談なので、どうなるのだろうかと穏やかでなくお思いになって様子を探らせなさると、「この夕方、内裏から退出なさって、二条院にいらっしゃるそうです」と人が申し上げる。思う人がいらっしゃるのでと不快だけれど、今宵を過ごしてしまうのも人の笑いものになるだろうから、御子の頭中将を使いとして申し上げなさった。「大空の月さえ宿る我が家に、待つ宵が過ぎても見えない君であるよ」。匂宮は、かえって今だとも中の君に見られまい、心苦しいとお思いになって内裏にいらっしゃったのを、中の君にお手紙を差し上げなさったのだった。そのお返事はどうだったのだろうか。やはりたいそう哀れにお思いになったので、こっそり二条院にいらっしゃっていたのである。可愛らしい様子を見捨てて出かける気にもならず、気の毒なので、あれこれ約束しながら慰めかねて、ご一緒に月を眺めていらっしゃるところだった。
女君は日頃も、あれこれ思うことが多いけれど、何とかして顔色に出すまいと、何度もこらえながら平気な様子をしていらっしゃることなので、特に聞き咎めない様子でおっとりと振る舞っていらっしゃる様子が、たいそう哀れである。頭中将が参上なさったのをお聞きになって、匂宮はさすがにあちらもたいそう気の毒なので、お出かけになろうとして、「すぐに帰って参ろう。一人で月をご覧なさいますな。心が上の空なので、たいそう苦しい」と言い置きなさって、何となくきまり悪いので、人目につかない方から寝殿へお渡りになる。その後ろ姿を見送ると、何とも思われないけれど、ただ涙で枕が浮いてしまいそうな心地がするので、情けないものは人の心であったと、我ながら思い知られる。幼い頃から心細く哀れな身の上の姉妹で、世の中に執着をお持ちの様子でもいらっしゃらなかった父宮、
意訳
婚儀の夜、夕霧は六条院を整えて匂宮を待つが、匂宮は来ない。匂宮は中の君を気づかって二条院に来ており、二人で十六夜の月を眺めていた。夕霧は息子の頭中将を使いに、待つ宵が過ぎても来ない君と恨む歌を送る。匂宮は、一人で月を見るなと言い置いて六条院へ向かう。中の君はその後ろ姿を見送り、涙で枕が浮くほど泣く。
語釈・文法注
文法
- 「いざよひの月」(いざよひの月やうやうさしあがるまで)
- 十六夜の月。八月十六日の夜の月。婚儀はこの夜。
- 「ひとり月な見給ひそ」(ひとり月な見給ひそよ)
- 一人で月を見るな。月を見ることは不吉とされ、物思いを誘う。
- 「枕のうきぬべき」(唯枕のうきぬべき心ちのすれば)
- 涙で枕が浮くほど。「独り寝の床にたまれる涙には石の枕も浮きぬべらなり」(古今六帖)による。
解説
匂宮は婚儀の夜、中の君のそばで月を眺めてから六条院へ向かう。中の君への愛情は本物だが、匂宮は夕霧の家の婿となる運命から逃れられない。
「心憂きものは人の心なりけり」という中の君の思いは、匂宮の心変わりへの嘆きであると同時に、それでも匂宮を思ってしまう自分の心への嘆きでもある。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1016–1017頁(コマ219)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日