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源氏物語 第49帖 宿木(13)

母宮の憂い

登場人物:薫・中の君・匂宮・女三の宮

薫は「ともかくもお決めになるのに従おうと思いまして。あるべきようにおっしゃってください。何事も疎遠でなく承ることこそ本意にかなうことでしょう」などと、まじめなことを申し上げる。経や仏なども、中の君の方でも供養なさるつもりのようだ。このような機会にかこつけて、そっと宇治に籠ってしまいたいとほのめかす様子なので、薫は「とんでもないことです。やはり何事も心のどかにお思いなさい」などと教え申し上げる。日が高くなって人々が参り集まったりするので、あまり長居をするのも何かありげな顔に見えるだろうから帰ろうとして、「どこでも御簾の外には慣れておりませんので、きまり悪い心地がいたしまして。またこのように伺いましょう」と言って立った。匂宮が、どうして留守の折に来たのだろうとお思いになりそうなお心なのも煩わしくて、侍所の別当である右京大夫を呼んで、「昨夜宮が退出なさったと承って参ったのに、まだだったので残念だ。内裏に参るべきだろうか」と言うと、「今日は退出なさるでしょう」と申し上げるので、「それなら夕方にでも」と言って出た。やはりこの中の君のご様子を聞くたびごとに、どうして昔の人(大君)のお考えに背いて思いやりがなかったのだろうと悔いる心ばかりまさって、心にかかっているのも煩わしく、なぜ自分のせいでこうなのかと思い返す。そのまま、いまだ精進潔斎をして、ますます勤行ばかりしながら明け暮れしている。母宮(女三の宮)はやはりたいそう若くおっとりして頼りないお心にも、こうした薫の様子をたいそう危うく不吉にお思いになって、「私はもう幾年もないでしょうから、見ている間はかいのある様子でいてください。世の中を思い捨てなさるのも、こうした尼の身では妨げ申し上げるべきでもないけれど、この世では言うかいもない心地がするだろう心の惑いに、ますます罪を得るでしょう」とおっしゃるのが恐れ多く気の毒で、薫は万事を打ち消して、御前では物思いのない様子を装っている。

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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

薫は「ともかくもお決めになるのに従おうと思いまして。あるべきようにおっしゃってくださいませ。何事も疎遠でなく承ることこそ、本意にかなうことでございましょう」などと、まじめなことどもを申し上げなさる。経や仏なども、中の君の方でも供養なさるつもりのようだ。このような機会にかこつけて、そっと宇治に籠ってしまいたいとほのめかしていらっしゃる様子なので、薫は「とんでもないことです。やはり何事も心のどかにお思いなさい」などと教え申し上げなさる。日が高くなって、人々が参り集まったりなどするので、あまり長居をするのも何かありげな顔に見えるだろうから、お帰りになろうとして、「どこでも御簾の外には慣れておりませんので、きまり悪い心地がいたしまして。またこのように伺いましょう」と言ってお立ちになった。匂宮が、どうして留守の折に来たのだろうとお思いになりそうなお心なのも煩わしくて、侍所の別当である右京大夫を呼んで、「昨夜宮が退出なさったと承って参ったのに、まだだったので残念なことよ。内裏に参るべきだろうか」とおっしゃると、「今日は退出なさるでしょう」と申し上げるので、「それならば夕方にでも」と言ってお出になった。

やはりこの中の君のご様子やありさまを聞きなさるたびごとに、どうして昔の人のお考えに背いて、思いやりがなかったのだろうと、悔いる心ばかりがまさって、心にかかっているのも煩わしく、なぜ自分から招いた心なのだろうと思い返しなさる。そのまま、いまだ精進潔斎をして、ますます勤行ばかりなさりながら明け暮らしていらっしゃる。母宮はやはりたいそう若くおっとりして、頼りないお心にも、このような薫のご様子をたいそう危うく不吉にお思いになって、「私はもう幾年もないでしょうから、見ている間は、かいのある様子でいてください。世の中を思い捨てなさるのも、このような尼の身では妨げ申し上げるべきでもないけれど、この世では言うかいもない心地がするであろう心の惑いに、ますます罪を得るでしょう」とおっしゃるのが恐れ多く気の毒で、万事を打ち消しながら、御前では物思いのない様子を装っていらっしゃる。

意訳

薫は宇治の山荘のことを中の君と相談し、宇治に籠りたいと言う中の君を諭す。薫は長居を避けて帰り、匂宮に疑われないよう、匂宮を訪ねたことにする。薫は大君の遺志に背いたことを悔い、精進して勤行に励む。母の女三の宮は薫の出家を恐れて諫め、薫は母の前では明るく振る舞う。

語釈・文法注

文法

「侍のべたう」(侍のべたうなる右京のかみ)
侍所の別当。匂宮家の家政を担う役所の長。
「さうじ」(そのまゝにいまださうじにて)
精進。大君の喪に服して、肉食などを断つこと。
「罪やうらむ」(いとゞ罪やうらむ)
罪を得るだろう。子に先立たれたり出家されたりする親の嘆きが罪になる。

解説

薫は、匂宮に疑われないように振る舞う。中の君への思いを自覚しているからこそ、薫は用心深くなる。

母の女三の宮は、自分も出家した身でありながら、息子の出家を恐れる。薫は母のために世にとどまり、物思いのない顔を装う。薫が出家できない理由の一つが、ここに描かれている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1014–1017頁(コマ218–219)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日