源氏物語 第49帖 宿木(12)
宇治へ帰りたい中の君
「あの世にたぐいない悲しさと拝見した頃のことも、年月が経てば思いが冷める折も出てくるものなのだと思いますと、本当に悲しみにも限りのあるものだと見えました。こう申し上げながらも、あの昔の悲しさは、私がまだ幼かった頃で、それほど身にしみなかったのでしょうか。やはりこの近頃の夢(大君の死)こそ覚ます方法もなく思われますのは、同じように世の無常の悲しみではありますが、罪深い方面はまさっているのでしょうかと、それさえ情けないのです」と言って泣く様子は、たいそう心深そうである。昔の人(大君)をそれほど思い申し上げない人でさえ、この人が思っていらっしゃるご様子を見たら、何となくただではいられないだろうに、まして中の君も心細く思い乱れていらっしゃるにつけては、いつもより面影に恋しく悲しく思い申し上げる心なので、もう少し涙を誘われて、何もお返事申し上げられず、こらえかねていらっしゃる気配を、互いにたいそう哀れと思い合う。中の君は「世のつらさよりは山里の方がなどと人は言いましたが、そのように比べる心も特になく長年過ごしてきましたのに、今はやはり何とかして静かな有様で過ごしたいと思いますが、さすがに思うようにならないようですので、弁の尼こそうらやましゅうございます。この二十日過ぎの頃は、あの近くの寺の鐘の声も聞きたく思われますので、こっそり宇治に連れて行ってくださいませんかとお願い申し上げようと思っておりました」とおっしゃると、薫は「荒らすまいとお思いになっても、どうしてできましょう。気楽な男でさえ、たいそう往来の荒々しい山道ですので、思いながらも月日が隔たってしまうのです。亡き宮のご命日は、あの阿闍梨に然るべきことを皆言い置いてございます。あちらはやはり尊い方面にお譲りなさい。時々拝見するにつけて心の惑いが絶えないのもつまらないので、罪を消すような姿(寺)にしてしまいたいと思っておりますが、またどうお考えでしょう。
- 1さるさるさる世世よにににたぐひたぐひたぐいなきなきなき悲悲かなしさしさしさととと見見み給給たまへへえしししほどほどほどのののことことことももも、、、年年とし月月つきふれふれふればばば思思おもひひいさますさますさますをりをりおりののの出出いでででくるくるくるにににこそこそこそはははととと見見み給給たまふるふるうるににに、、、げにげにげにかぎりかぎりかぎりあるあるあるわざわざわざなりなりなりけりけりけりとととなむなむなん見見みえええ侍侍はべりりりししし。。。かくかくかくははは聞聞きこえええさせさせさせながらながらながらももも、、、かのかのかのいにしへいにしへいにしえののの悲悲かなしさしさしさはははまだまだまだいはけなくいはけなくいわけなく侍侍はべりりりけるけるける程程ほどにてにてにていといといとさしもさしもさしもしましましまぬぬぬにににややや侍侍はべりりりけむけむけん。。。猶猶なおこのこのこの近近ちかききき夢夢ゆめこそこそこそさますさますさますべきべきべきかたかたかたなくなくなく思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるるはははおなじおなじおなじごとごとごと世世よののの常常つねなきなきなきかなしびかなしびかなしびなれなれなれどどど、、、罪罪つみ深深ふかきききかたかたかたはははまさりまさりまさりててて侍侍はべるるるにににやややとととそれそれそれさへさへさへなむなむなん心心こころ憂憂うくくく侍侍はべるるる」」」とてとてとて泣泣なききき給給たまへへえるるるほどほどほどいといといと心心こころ深深ぶかげげげなりなりなり。。。むかしむかしむかしののの人人ひとをををいといといとしもしもしも思思おもひひい聞聞きこえええざらざらざらむむん人人ひとだにだにだに、、、このこのこの人人ひとののの思思おもひひい給給たまへへえるるる御御おんけしきけしきけしきををを見見みむむんにににはははすゞろすゞろすずろにににたゞたゞただにににもももあるあるあるまじきまじきまじきををを、、、まいてまいてまいてわれわれわれももも物物ものををを心心こころぼそくぼそくぼそく思思おもひひい亂亂みだれれれ給給たまふふうにににつけつけつけてててははは、、、いとゞいとゞいとど常常つねよりよりよりももも面面おも影影かげににに戀戀こいしくしくしく悲悲かなしくしくしく思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふう心心こころなれなれなればばば、、、今今いますこしすこしすこしもよほさもよほさもよおされれれててて物物ものももも得得え聞聞きこえええ給給たまははわずずずためらひためらひためらいかねかねかね給給たまへへえるるるけはひけはひけはいをををかたみかたみかたみにににいといといと哀哀あわれととと思思おもひひいかはしかはしかわし給給たまふふう。。。
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現代語訳
「あの世にたぐいない悲しさと拝見した頃のことも、年月が経てば、思いが冷める折も出てくるものなのだと拝見しますと、本当に限りのあることなのだと見えました。このように申し上げながらも、あの昔の悲しさは、私がまだ幼うございました頃で、それほど身にしみなかったのでございましょうか。やはりこの近頃の夢こそ、覚ます方法もなく存じられますのは、同じように世の無常の悲しみではございますが、罪深い方面はまさっているのでしょうかと、それさえ情けのうございます」と言って泣いていらっしゃる様子は、たいそう心深そうである。昔の人をそれほどお思い申し上げないような人でさえ、この人がお思いになっているご様子を見たら、何となくただではいられないだろうに、まして中の君も物を心細く思い乱れていらっしゃるにつけては、ますますいつもより面影に恋しく悲しくお思い申し上げなさる心なので、もう少し涙を誘われて、何もお返事申し上げられず、こらえかねていらっしゃる気配を、互いにたいそう哀れと思い合いなさる。
中の君は「世のつらさよりは、などと人は言いましたが、そのように比べる心も特になく、長年は過ごしてまいりましたのに、今はやはり何とかして静かな有様で過ごしたいと存じますが、さすがに思うようにもならないようですので、弁の尼こそうらやましゅうございます。この二十日過ぎの頃は、あの近くの寺の鐘の声も聞きたく思われますので、こっそり連れて行ってくださいませんかと、お願い申し上げようと思っておりました」とおっしゃると、薫は「荒らすまいとお思いになっても、どうしてできましょう。気楽な男でさえ、たいそう往来の荒々しい山道でございますので、思いながらも月日が隔たってしまいます。亡き宮のご命日は、あの阿闍梨に然るべきことどもを皆言い置いてございます。あちらは、やはり尊い方面にお譲りなさいませ。時々拝見するにつけては、心の惑いが絶えないのもつまらないので、罪を消すような姿にしてしまいたいと存じておりますが、またどのようにお考えおきでしょう。
意訳
薫は、光源氏の死の悲しみは時とともに薄れたが、大君の死の悲しみは消えないと泣く。中の君も姉を思って言葉を失い、二人は悲しみを分かち合う。中の君は宇治へ帰りたい、父の命日に寺の鐘を聞きたいと薫に頼む。薫は、山道は険しいと諭し、宇治の山荘を寺にしたいと相談する。
語釈・文法注
文法
- 「しまぬにや」(いとさしもしまぬにや侍りけむ)
- 身にしみなかったのだろうか。幼かったので源氏の死の悲しみが深くなかった。
- 「世のうきよりは」(世のうきよりはなど人はいひしを)
- 「山里はもののわびしきことこそあれ世の憂きよりは住みよかりけり」(古今集)による。
- 「罪うしなふさまになし」(罪うしなふさまになし侍りなばや)
- 罪障を消滅させる姿にする。宇治の山荘を寺にすること。
解説
中の君は、京での生活のつらさから、宇治に帰りたいと願う。父の遺言に背いて山里を離れたことへの後悔が、この願いの底にある。
薫は宇治の山荘を寺にすると提案する。大君の思い出の場所を仏道の場とすることで、自分の執着を断とうとする薫の心がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1014–1015頁(コマ218)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日