源氏物語 第49帖 宿木(10)
御簾の前の薫
薫が「ここに控えよとお許しくださるのは人並みに扱われる気がしますが、やはりこのように御簾の前に突き放されているつらさに、たびたびは伺えないのです」と言うと、女房が「それではどういたしましょう」と申し上げる。北面などのような隠れた所のことである。薫は「このような古馴染みなどが控えるのにふさわしい休み所は、それもまたお心次第なので、愚痴を申し上げるべきでもありません」と言って、長押に寄りかかって座ると、例の女房たちが「やはりあちらの方に」などとそそのかし申し上げる。もとから薫は気配が派手で雄々しくなどはいらっしゃらない人柄なのを、いよいよまじめに振る舞い抑えていらっしゃるので、中の君も、今はご自分で申し上げることもだんだん、嫌で気が引けていた点が少しずつ薄らいで慣れていらした。薫が「お加減の悪くいらっしゃるご様子はどうなのでしょう」などとお尋ねするが、中の君ははっきりとはお返事もせず、いつもより沈んでいらっしゃる様子が心苦しいのも哀れに推し量られて、薫は細やかに世の中のあるべき様子などを、兄弟のような者の心づもりのように教え慰め申し上げる。声なども特に似ていらっしゃるとも思わなかったが、不思議なほどただ大君そのものとばかり聞こえるので、人目に見苦しくないなら簾も引き上げて向かい合いたく、悩んでいらっしゃるお顔を見たく思われるのも、やはり世の中に物思いのない人もいないのだろうと思い知られる。薫は「人並みに華やかな方面ではなくても、心に思うことがあったり嘆かわしく身をもてあましたりすることはなく過ごせるこの世だと自分では思っておりましたのに、自分の心から悲しいことも、愚かしく悔しい物思いも、あれこれと穏やかでなく思っておりますのが、ひどくつまらないことです。
- 1「「「これこれこれににに侍侍さぶらへへえととと許許ゆるさささせせせ給給たまふふうほどほどほどははは人々人々ひとびとしきしきしきこゝちこゝちここちすれすれすれどどど、、、猶猶なおかゝるかゝるかかるみみみすすすのののまへまへまえにににさしさしさし放放はなたたたせせせ給給たまへへえるるるうれはしさうれはしさうれわしさににになむなむなんしばしばしばしばしばしばももも得得えさぶらはさぶらはさぶらわぬぬぬ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、さらばさらばさらばいかゞいかゞいかがははは侍侍はべるるるべからべからべからむむん」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。北北きたおもておもておもてなどなどなどやうやうようのののかくれかくれかくれぞぞぞかしかしかし。。。「「「かゝるかゝるかかるふるふるふるびとびとびとなどなどなどのののさぶらはさぶらはさぶらわむむんにににことわりことわりことわりなるなるなるやすみやすみやすみどころどころどころはははそれそれそれもももまたまたまた唯唯ただ御心御心みこころなれなれなればばば憂憂うれへへえ聞聞きこゆゆゆべきべきべきにににももも侍侍はべらららずずず」」」とてとてとてなげしなげしなげしにににおしおしおしかゝりかゝりかかりててて坐坐おわすれすれすればばば、、、例例れいののの人々人々ひとびと「「「猶猶なおあしこあしこあしこもともともとににになどなどなどそゞのかしそゞのかしそぞのかし聞聞きこゆゆゆもともともとよりよりよりけはひけはひけはいはやりかはやりかはやりかににに雄雄お々々おしくしくしくなどなどなどははは物物ものししし給給たまははわぬぬぬ人人ひとがらがらがらなるなるなるをををいよいよいよいよいよいよまめやかまめやかまめやかにににもてもてもてなしなしなしをさめをさめおさめ給給たまへへえれれればばば、、、今今いまはははみづからみづからみずから聞聞きこえええ給給たまふふうことことこともももやうやうやうやうようよううたてうたてうたてつゝましかりつゝましかりつつましかりしししかたかたかた、、、少少すこしししづゝづゝずつうすらぎうすらぎうすらぎててておもおもおもなれなれなれ給給たまひひいにににたりたりたり。。。
- 2「「「惱惱なやましうましうましゅうおぼさおぼさおぼさるるるらむらむらんさまさまさまもももいかいかいかなれなれなればばば」」」などなどなど問問とひひい聞聞きこえええ給給たまへへえどどどはかばかしくはかばかしくはかばかしくももも御御おんいらへいらへいらえ聞聞きこえええ給給たまははわずずず、、、常常つねよりよりよりもももしめりしめりしめり給給たまへへえるるるけしきけしきけしきののの心苦心苦こころぐるしきしきしきももも哀哀あわれにににおしはからおしはからおしはかられれれ給給たまひひいててて、、、こまやかこまやかこまやかににに世世よののの中中なかのののあるあるあるべきべきべきやうやうようなどなどなどをををはらからはらからはらからやうやうようのののものものものゝゝのあらましあらましあらましょやうやううににに敎敎おしへへへ慰慰なぐさめめめ聞聞きこえええたまふたまふたまう。。。聲聲こえなどなどなどもももわざとわざとわざと似似に給給たまへへえりりりとととももも覺覺おぼえええざりざりざりしかしかしかどどど、、、あやしきあやしきあやしきまでまでまで唯唯ただそれそれそれとととのみのみのみ聞聞きこゆるゆるゆるににに、、、人人ひとめめめ見見み苦苦ぐるしかるしかるしかるまじくまじくまじくはははすだれすだれすだれもももひきひきひきあけあけあけてててさしさしさしむかひむかひむかい聞聞きこえええまほしくまほしくまほしく、、、うちうちうち惱惱なやみみみ給給たまへへえらららむむんかたちかたちかたちゆかしうゆかしうゆかしゅう覺覺おぼえええ給給たまふふうももも、、、猶猶なお世世よののの中中なかににに物物もの思思おもははわぬぬぬ人人ひともももえええあるあるあるまじきまじきまじきわざわざわざにににやややあらあらあらむむんとととぞぞぞ思思おもひひい知知しららられれれ給給たまふふう。。。人々人々ひとびとしくしくしくきらきらしききらきらしききらきらしきかたかたかたにににははは侍侍はべらららずずずともともとも心心こころににに思思おもふふうことことことありありあり、、、なげかしくなげかしくなげかしく身身みをををもてもてもてなやむなやむなやむさまさまさまににになどなどなどはははなくなくなくててて過過すぐしぐしぐしつつつべきべきべきこのこのこの世世よとととみづからみづからみずから思思おもひひい給給たまへへえしししををを、、、心心こころからからから悲悲かなしきしきしきことことこともももをこがましくをこがましくおこがましく悔悔くやしきしきしき物物もの思思おもひひいをををもももかたがたかたがたかたがたににに安安やすからからからずずず思思おもひひい侍侍はべるるるこそこそこそいといといとあいなけれあいなけれあいなけれ。。。
現代語訳
薫が「ここに控えよとお許しくださるうちは、人並みに扱われる心地がしますが、やはりこのような御簾の前に突き放していらっしゃるつらさに、たびたびは伺えないのです」とおっしゃると、女房が「それでは、どういたしましょうか」と申し上げる。北面などのような隠れた所のことである。薫は「このような古馴染みなどがお仕えするのに、ふさわしい休み所というのは、それもまたただお心次第ですので、愚痴を申し上げるべきでもございません」と言って、長押に寄りかかって座っていらっしゃると、例の女房たちが「やはりあちらの方に」などとそそのかし申し上げる。もとから気配が派手で雄々しくなどはいらっしゃらない人柄なのを、いよいよまじめに振る舞い抑えていらっしゃるので、中の君も、今はご自分で申し上げなさることも、だんだん嫌で気が引けていた点が少しずつ薄らいで、慣れていらっしゃった。
薫が「お加減の悪くお思いになっているご様子は、どうなのでしょう」などとお尋ね申し上げなさるが、中の君ははっきりともお返事申し上げなさらず、いつもより沈んでいらっしゃる様子が心苦しいのも、哀れに推し量られなさって、細やかに世の中のあるべき様子などを、兄弟のような者の心づもりのように、教え慰め申し上げなさる。声なども特に似ていらっしゃるとも思われなかったけれど、不思議なほど、ただ大君その人とばかり聞こえるので、人目に見苦しくないならば、簾も引き上げて向かい合い申し上げたく、悩んでいらっしゃるお顔を見たく思われなさるのも、やはり世の中に物思いをしない人もいないことなのだろうと思い知られなさる。薫は「人並みに華やかな方面ではございませんでも、心に思うことがあったり、嘆かわしく身をもてあます様子などはなくて過ごせるこの世だと、自分では存じておりましたのに、自分の心から、悲しいことも、愚かしく悔しい物思いも、あれこれと穏やかでなく思っておりますのが、たいそうつまらないことです。
意訳
薫は御簾の前に通されたことに不満を漏らし、長押に寄りかかる。中の君も薫に慣れ、自ら言葉を交わすようになっていた。薫は中の君の体調を気づかい、兄のように慰める。中の君の声が大君にそっくりに聞こえ、薫は簾を上げて顔を見たいと思う。薫は、物思いのない人生のはずが、自ら悲しみと悔いを招いたと語る。
語釈・文法注
文法
- 「なげし」(なげしにおしかゝりて坐すれば)
- 長押。柱と柱をつなぐ横木。簾の前の境目。
- 「おもなれ給ひにたり」(少しづゝうすらぎておもなれ給ひにたり)
- 面慣れる。対面に慣れる。
- 「はらからやうのもの」(はらからやうのものゝあらましやうに)
- 兄弟のような者。薫は兄のような立場で中の君に接する。
解説
薫は中の君の声に大君を聞く。似ていないはずの声が、大君そのものに聞こえる。薫の心が中の君に大君を重ね始めていることが、声を通して描かれる。
薫は兄のように中の君を慰めながら、簾を上げて顔を見たいと思う。兄としての立場と、男としての思いが、薫の中でせめぎ合っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1012–1013頁(コマ217)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日