源氏物語 第49帖 宿木(5)
薫の憂いと中の君の悔い
匂宮は浮気なお心なので、あの按察使大納言の紅梅の御方(真木柱の娘)のことも、やはり思い絶えず、花や紅葉につけても手紙を送り続けて、どちらにも心惹かれていた。けれどもその年は変わった。女二の宮も喪服の期間が終わったので、ますます何を憚ることがあろう。「そのように申し出たらとお思いのご様子です」と薫に知らせる人々もいるので、薫はあまり知らぬ顔をするのもひねくれていて失礼だなどと思い直して、然るべき伝手で意向をほのめかす折々もあるので、きまり悪いことになどどうしてなろう。帝がその頃にとお決めになったそうだと人づてにも聞き、ご自身の様子も見るが、薫の心の内には、やはり飽かず亡くなった大君の悲しさだけが忘れられる時もなく思われるので、嫌なことに、こうも宿縁深くいらした方が、どうしてやはり疎遠なままで終わってしまったのだろうと納得しがたく思い出される。残念な身分であっても、あの方の様子に少しでも似ている人なら心も留まるだろうに。昔あったという反魂香の煙につけてでも、もう一度お会いしたいとばかり思われて、高貴な方とすぐにも、などと急ぐ心もない。左大臣家では急いで準備を始め、八月頃にと申し上げてあった。二条院の対の御方(中の君)はお聞きになって、やはりそうだ、どうして人数にも入らない身の上なのだから、きっと人に笑われるつらいことが起こるだろうとは思い思い過ごしてきたのだ、浮気なお心と聞き続けてきて頼りなく思いながらも、目の前では特につらそうなことも見えず、しみじみと深い契りばかりなさっていたのに、急にお変わりになる時、どうして安らかな心地でいられよう、臣下の仲などのようにすっかり名残なくはならないとしても、どれほど穏やかでないことが多いだろう、やはりひどくつらい身の上のようだから、ついには宇治の山住みに帰ることになるのだろうなどと思うにつけても、そのまま跡を絶っていたらまだしも、山里の者たちが待ちうけて思うのも人の笑いものだろう、返す返すも亡き父宮がおっしゃっておいたことに背いて、草の宿を離れてしまった心の軽さを、恥ずかしくもつらくも思い知られる。
- 1あだあだあだなるなるなる御心御心みこころなれなれなればばばかのかのかのあぜちあぜちあぜちののの大大だい納納な言言ごんののの紅紅こう梅梅ばいののの御御おん方方かたをををもももなほなほなおおぼしおぼしおぼしたえたえたえずずず、、、花花はな紅紅もみ葉葉じにににつけつけつけてててももものたまひのたまひのたまい渡渡わたりりりつゝつゝつつ、、、いづれいづれいずれをををもももゆかしうゆかしうゆかしゅうはははおぼさおぼさおぼされれれけりけりけり。。。されどされどされどそのそのその年年としははは變變かわりりりぬぬぬ。。。女女おんな二二に宮宮のみやももも御御おんぶくぶくぶくはてはてはてぬれぬれぬればばばいとゞいとゞいとど何何なに事事ことにににかかかははは憚憚はばかりりり給給たまははわむむん。。。「「「さささももも聞聞きこえええ出出いでででばばばとととおぼしおぼしおぼし召召めしししたるたるたる御御おんけしきけしきけしきににになむなむなん」」」ととと告告つげげげ聞聞きこゆるゆるゆる人々人々ひとびともももあるあるあるををを、、、あまりあまりあまりしらしらしらずずず顏顏がおならならならむむんもももひがひがしうひがひがしうひがひがしゅうなめげなめげなめげなりなりなりなどなどなどおぼしおぼしおぼしおこしおこしおこしててて、、、さるべきさるべきさるべきたよりたよりたよりしししてててけしきけしきけしきばみばみばみ聞聞きこえええ給給たまふふうをりをりをりをりおりおりもももあるあるあるににに、、、はしたなきはしたなきはしたなきやうやうようはははなどなどなどてててかかかはははあらあらあらむむん。。。そのそのその程程ほどにににおぼしおぼしおぼし定定さだめめめたたたなりなりなりとととつてつてつてにににももも聞聞ききききみづからみづからみずから御御おん氣色氣色けしきをををももも見見みれれれどどど、、、心心こころのののうちうちうちにににははは猶猶なお飽飽あかかかででで過過すぎぎぎ給給たまひひいにににししし人人ひとののの悲悲かなしさしさしさのみのみのみ忘忘わすらららるるるべきべきべき世世よなくなくなくおぼゆれおぼゆれおぼゆればばば、、、うたてうたてうたてかくかくかく契契ちぎり深深ふかくくく物物ものししし給給たまひひいけるけるける人人ひとのののなどなどなどてててかかかはははさすがさすがさすがにににうとくうとくうとくてててはははすぎすぎすぎにににけむけむけんととと心心こころ得得え難難がたくくく思思おもひひい出出いでででらるらるらる。。。口口くち惜惜おしきしきしきしなしなしななりなりなりともともともかのかのかの御御おんありさまありさまありさまににに少少すこしししももも覺覺おぼえええたらたらたらむむん人人ひとははは心心こころもももとまりとまりとまりなななむむんかしかしかし。。。昔昔むかしありありありけむけむけん香香こうののの烟烟けぶりにににつけつけつけてててだにだにだに今今いまひとひとひとたびたびたび見見み奉奉たてまつるるるものものものにににもももがながながなとととのみのみのみ覺覺おぼえええててて、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき方方かたざまざまざまにににいつしかいつしかいつしかなどなどなどははは急急いそぐぐぐ心心こころもももなしなしなし。。。左左ひだりのののおほいおほいおおい殿殿とのにににははは急急いそぎぎぎたちたちたちててて八八は月月ずきばかりばかりばかりにににととと聞聞きこえええ給給たまひひいてててけりけりけり。。。
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現代語訳
匂宮は浮気なお心なので、あの按察使大納言の紅梅の御方のことも、やはり思い絶えなさらず、花や紅葉につけてもお手紙を送り続けなさっては、どちらにも心惹かれていらっしゃった。けれどもその年は変わった。女二の宮も喪服の期間が終わったので、ますます何を憚りなさることがあろう。「そのように申し出たならばとお思いになっているご様子です」と薫にお知らせ申し上げる人々もいるので、あまり知らぬ顔をするのも、ひねくれていて失礼だなどと思い直しなさって、然るべき伝手で意向をほのめかし申し上げなさる折々もあるので、きまり悪いことになど、どうしてなろう。その頃にとお決めになったそうだと人づてにも聞き、ご自身の様子もご覧になるが、心の内には、やはり飽かず亡くなってしまった人の悲しさだけが忘れられる時もなく思われるので、嫌なことに、こうも宿縁深くいらっしゃった方が、どうしてやはり疎遠なままで終わってしまったのだろうと、納得しがたく思い出される。残念な身分であっても、あの方のご様子に少しでも似ているような人なら、心も留まるだろうに。昔あったという反魂香の煙につけてでも、もう一度お会いしたいものだとばかり思われて、高貴な方とすぐにも、などと急ぐ心もない。左大臣家では急いで準備を始めて、八月頃にと申し上げてあった。
二条院の対の御方はお聞きになって、やはりそうだ、どうして人数にも入らない身の有様なのだから、きっと人に笑われるつらいことが起こるだろうとは、思い思いしながら過ごしてきた世なのだ、浮気なお心と聞き続けてきたのを頼りなく思いながらも、目の前では特につらそうなことも見えず、しみじみと深い契りばかりなさっていたのに、急にお変わりになる時、どうして安らかな心地でいられよう、臣下の仲などのように、まったく名残なくはならないとしても、どれほど穏やかでないことが多いだろう、やはりひどくつらい身の上のようだから、ついには山住みに帰ることになるのだろうなどとお思いになるにつけても、そのまま跡を絶っていたならばまだしも、山里の者たちが待ちうけて思うのも人の笑いものだろう、返す返すも亡き父宮がおっしゃっておいたことに背いて、草の宿を離れてしまった心の軽さを、恥ずかしくもつらくも思い知られなさる。
意訳
匂宮は紅梅の御方の姫君にも心を寄せている。年が改まり、薫は帝の意向に応じて女二の宮との縁談を進めるが、心は大君を忘れられず、大君に似た人なら身分が低くても心が留まるだろうと思う。夕霧は八月に六の君と匂宮の婚儀をと決める。それを聞いた中の君は、宇治を離れたことを悔やみ、父の遺言に背いた自分を恥じる。
語釈・文法注
文法
- 「あぜちの大納言の紅梅の御方」(かのあぜちの大納言の紅梅の御方をも)
- 按察使大納言(紅梅大納言)の邸の姫君。紅梅の帖に登場する。
- 「口惜しきしななりとも」(口惜しきしななりとも)
- 身分が低くても。のちの浮舟の登場を予告する薫の思い。
- 「草のもとおかれにける」(草のもとおかれにける心かるさ)
- 草深い宇治の住まいを離れてしまった。
解説
薫は、大君に似た人なら身分が低くてもよいと思う。この思いが、やがて浮舟という女性との出会いを導いていく。宇治十帖の後半の物語の種が、ここに蒔かれている。
中の君は、匂宮と六の君の縁談を知り、宇治を出たことを後悔する。父が戒めた「軽々しく山里を離れるな」という遺言が、中の君の心に重くのしかかる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1006–1009頁(コマ214–215)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日