源氏物語 第49帖 宿木(3)
碁の勝負と菊の枝
帝が碁などを打たせなさる。暮れていくにつれて時雨が趣深い頃で、菊の花の色も夕映えしているのをご覧になって、人を呼んで「今殿上には誰々がいるか」とお尋ねになると、「中務の宮、上野の宮、中納言源の朝臣が控えております」と申し上げる。「中納言の朝臣をこちらへ」と仰せがあって参った。本当にこうして特に呼び出すかいもあって、遠くまで薫る匂いをはじめ、人と違う様子をしていらっしゃる。帝は「今日の時雨はいつもより格別にのどかなので、管弦の遊びなどは憚られる時期でたいそう所在ないから、むなしく日を送る慰みにはこれがよかろう」と言って碁盤を取り寄せて、碁の相手に呼び寄せる。いつもこのように近くに親しくお呼びになるのに慣れているので、そうだろうと思っていると、帝が「よい賭け物はありそうだが、軽々しくは渡せないので、何にしようか」などとおっしゃるご様子がどう見えたのか、薫はますます気を遣って控えている。さて打たせなさると、三番のうち一つ帝が負けなさった。「くやしいことだ」と言って、「まず今日はこの花一枝を許そう」とおっしゃるので、薫はお返事も申し上げずに下りて、趣深い枝を折って参った。薫が、世の常の垣根に匂う花ならば心のままに折って見ましょうにと奏上したのは、心づかいが浅くないように見える。帝は、霜に耐えられず枯れた園の菊だが、残りの色は褪せていないことよとおっしゃる。このように折々ほのめかしなさるご意向を人づてでなく承りながら、例の心の癖なので急ぐ気にもならない。いやいや、本意でもなく、さまざまに気の毒な人々の縁談も聞き流して年月を経てきたのに、今さら聖のような者が俗世に戻るような気がすることだと思うのも、一方では妙なことだ。わざわざ心を尽くす人さえいるというのにとは思いながら、后腹の宮でいらっしゃればと思う心の内は、あまりに身の程知らずであった。
- 1御御ご碁碁ごなどなどなどうたうたうたせせせ給給たまふふう。。。暮暮くれれれ行行ゆくくくまゝまゝままににに時雨時雨しぐれをかしきをかしきおかしき程程ほどににに花花はなののの色色いろももも夕夕ゆうばえばえばえしししたるたるたるををを御御ご覽覽らんじじじててて、、、人人ひとめしめしめしててて「「「唯唯ただ今今いま殿殿てん上上じょうににに誰誰たれ々々たれかかか」」」ととと問問とはははせせせ給給たまふふうににに「「「中中なか務務つかさのののみこみこみこ、、、かんづけかんづけかんずけのののみこみこみこ、、、中中ちゅう納納な言言ごん源源みなもとののの朝朝あ臣臣そんさぶらふさぶらふさぶらう」」」ととと奏奏そうすすす。。。「「「中中ちゅう納納な言言ごんののの朝朝あ臣臣そんこなたこなたこなたににに」」」ととと仰仰おおせせせごとごとごとありありありててて、、、參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。げにげにげにかくかくかく取取とりりりわきわきわきててて召召めししし出出いづるづるずるもももかひかひかいありありありててて遠遠とおくくく薰薰かおれれれるるる匂匂におひひいよりよりより始始はじめめめ人人ひとににに異異ことなるなるなるさまさまさまししし給給たまへへえりりり。。。「「「今日今日きょうのののしぐれしぐれしぐれ常常つねよりよりより殊殊ことににに長長のど閑閑かなるなるなるををを、、、遊遊あそびなどなどなどすさまじきすさまじきすさまじき方方かたにてにてにていといといとつれづれつれづれつれずれなるなるなるををを、、、いたづらいたづらいたずらににに日日ひををを送送おくるるるたはぶれたはぶれたわぶれにてにてにてもももこれこれこれなむなむなんよかるよかるよかるべきべきべき」」」とてとてとて碁碁ご盤盤ばん召召めししし出出いでででゝゝて御御ご碁碁ごのののかたきかたきかたきににに召召めしししよすよすよす。。。いつもいつもいつもかやうかやうかようにににけけけ近近じかくくくならしならしならしまつはしまつはしまつわし給給たまふふうにににならひならひならいたれたれたればばば、、、さささにににこそこそこそはははととと思思おもふふうににに、、、「「「よきよきよきのりのりのりものものものはははありありありぬぬぬべけれべけれべけれどどど、、、かるがるしくかるがるしくかるがるしくはははえええ渡渡わたすすすまじきまじきまじきををを何何なにをををかかかははは」」」などなどなどのたまはするのたまはするのたまわする御御おん氣色氣色けしきいかゞいかゞいかが見見みゆゆゆらむらむらん、、、いとゞいとゞいとど心心こころづかひづかひずかいしししててて侍侍さぶらひひい給給たまふふう。。。
- 2さてさてさてうたうたうたせせせ給給たまふふうににに三三さん番番ばんにににかずかずかずひとつひとつひとつ負負まけけけさせさせさせ給給たまひひいぬぬぬ。。。「「「ねたきねたきねたきわざわざわざかなかなかな」」」とてとてとて「「「まづまづまず今日今日きょうはははこのこのこの花花はな一一ひと枝枝えだゆるすゆるすゆるす」」」とととのたまはすれのたまはすれのたまわすればばば、、、御御おんいらへいらへいらえ聞聞きこえええさせさせさせでででおりおりおりててておもしろきおもしろきおもしろき枝枝えだををを折折おりりりててて參參まいりりり給給たまへへえりりり「「「世世よのののつねつねつねののの垣垣かき根根ねににににほふにほふにおう花花はなならならならばばば心心こころのののまゝまゝままににに折折おりりりててて見見みましましましををを」」」ととと奏奏そうししし給給たまへへえるるる、、、用用よう意意いあさからあさからあさからずずず見見みゆゆゆ。。。「「「霜霜しもにににあへあへあえずずず枯枯かれれれにににししし園園そのののの菊菊きくなれなれなれどどど殘殘のこりののの色色いろはははあせあせあせずずずもももあるあるあるかなかなかな」」」とととのたまはすのたまはすのたまわす。。。かやうかやうかようににに折折おり々々おりほのめかさほのめかさほのめかさせせせ給給たまふふう御御おん氣色氣色けしきををを人人ひとづてづてずてならならならずずずうけうけうけ給給たまはりはりわりながらながらながら例例れいののの心心こころのののくせくせくせなれなれなればばばいそがしくいそがしくいそがしくしもしもしも覺覺おぼえええずずず。。。いでやいでやいでや本本ほ意意いにににもももあらあらあらずずずさまざまさまざまさまざまにににいとほしきいとほしきいとおしき人々人々ひとびとののの御御おんことことことゞゞどもももをををもももよくよくよく聞聞きききき過過すぐしぐしぐしつゝつゝつつ年年とし經經へぬるぬるぬるををを今今いまさらさらさらにににひじりひじりひじりやうやうようのののものものものゝゝの世世よにににかへりかへりかえり出出いでででむむん心心こころちちちすすすべきべきべきことことことゝゝと思思おもふふうもももかつかつかつはははあやしあやしあやしややや。。。殊殊こと更更さらににに心心こころををを盡盡つくすすす人人ひとだにだにだにこそこそこそあああなれなれなれとととははは思思おもひひいながらながらながら、、、后后きさい腹腹ばらにににおはせおはせおわせばばばしもしもしもととと覺覺おぼゆるゆるゆる心心こころのののうちうちうちぞぞぞあまりあまりあまりおほけなかりおほけなかりおおけなかりけるけるける。。。
現代語訳
帝は碁などを打たせなさる。暮れていくにつれて時雨が趣深い頃で、花の色も夕映えしているのをご覧になって、人を呼んで「今、殿上には誰々がいるか」とお尋ねになると、「中務の宮、上野の宮、中納言源の朝臣が控えております」と申し上げる。「中納言の朝臣をこちらへ」と仰せがあって、参上なさった。本当に、こうして特に呼び出すかいもあって、遠くまで薫る匂いをはじめとして、人と違う様子をしていらっしゃる。帝は「今日の時雨はいつもより格別にのどかなのに、管弦の遊びなどは興ざめな時期で、たいそう所在ないから、むなしく日を送る慰みにはこれがよかろう」と言って、碁盤を取り寄せて、碁の相手としてお呼び寄せになる。いつもこのように近くに親しくお呼びになるのに慣れているので、そうだろうと思っていると、「よい賭け物はありそうだが、軽々しくは渡せないので、何にしようか」などとおっしゃるご様子がどう見えたのだろうか、薫はますます気を遣って控えていらっしゃる。
さて打たせなさると、三番のうち一つ負けなさった。「くやしいことだ」と言って、「まず今日は、この花一枝を許そう」とおっしゃるので、薫はお返事も申し上げずに下りて、趣深い枝を折って参上なさった。「世の常の垣根に匂う花ならば、心のままに折って見ましょうに」と奏上なさったのは、心づかいが浅くないように見える。「霜に耐えられず枯れてしまった園の菊だが、残りの色は褪せていないことよ」とおっしゃる。このように折々ほのめかしなさるご意向を、人づてでなく承りながら、例の心の癖なので、急ぐ気にもならない。いやいや、本意でもなく、さまざまに気の毒な人々の縁談のことも、よく聞き過ごしながら年月を経てきたのに、今さら聖のような者が世に戻り出るような心地がすることだと思うのも、一方では妙なことだ。わざわざ心を尽くす人さえいるというのにとは思いながら、后腹でいらっしゃればと思われる心の内は、あまりに身の程知らずであった。
意訳
時雨の夕暮れ、帝は薫を碁の相手に呼ぶ。帝は賭け物をほのめかし、負けると「花一枝を許す」と言って女二の宮との結婚を暗に許す。薫は菊の枝を折って歌を詠み、帝も枯れた園の菊(亡き女御)の残りの色(女二の宮)と返す。薫は帝の意向を理解しながらも気が進まず、后腹の女一の宮ならばと思う。
語釈・文法注
文法
- 「のりもの」(よきのりものはありぬべけれど)
- 賭け物。碁の勝負に賭ける品。ここでは女二の宮をほのめかす。
- 「この花一枝ゆるす」(まづ今日はこの花一枝ゆるす)
- 菊の一枝を許す。女二の宮との結婚を許すという暗示。
- 「后腹におはせばしも」(后腹におはせばしもと覺ゆる心のうち)
- 后の腹の宮(女一の宮)であればよいのにという薫の本心。
解説
碁の勝負と菊の枝をめぐるやりとりは、優雅な遊びの形をとった縁談の申し入れである。帝が負けて「花一枝を許す」というのは、娘を与えるという意味であった。
薫は、女二の宮ではなく女一の宮ならばと思う。大君を失った悲しみの中にあっても、薫の心には高貴な女性への憧れが潜んでいる。語り手はそれを「おほけなし」(身の程知らず)と評する。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1004–1007頁(コマ213–214)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日