源氏物語 第48帖 早蕨(14)
花盛りの二条院
花盛りの頃、薫は二条院の桜を眺めやると、主のいない宇治の宿の桜のことがまず思いやられるので、「心やすくや」などと独り言を言い余って、匂宮のもとに参った。匂宮はここ(二条院)にばかりいらして中の君とすっかり住み慣れているので、よいことだと拝見するものの、いつものどうかと思われる心が添っているのは妙なことである。けれども本当のお心は、たいそうしみじみと安心なものと思っているのだった。あれこれとお話を交わして、夕方、匂宮は参内しようとして、御車の支度をし人々が大勢参り集まったりするので、薫は立ち出て対の御方(中の君)のところへ参る。山里の様子とはうって変わって、御簾の内を奥ゆかしく住みなして、美しい童の透き影がほの見えるのを介して挨拶を申し上げると、御褥を差し出して、昔の事情を知る女房なのだろう、出てきて中の君のお返事を申し上げる。薫は「朝夕の隔てもあるまいと思われる近さながら、これといった用もなくてお話しするのも、かえって馴れ馴れしいと咎められるかと遠慮しておりますうちに、世の中がすっかり変わってしまった気ばかりしますよ。御前の梢も霞を隔てて見えますにつけ、哀れなことが多うございます」と申し上げて、物思いにふけっている様子が心苦しげなのを、中の君は、本当に姉君が生きていらしたら、心もとなくなく行き来して、互いに花の色や鳥の声も折につけて少しは満足して過ごせたろうになどと思い出すにつけ、ひたすら籠っていた宇治の住まいの心細さよりも、飽かず悲しく残念なことがますますまさる。女房たちも「世間並みによそよそしくお扱いなさいますな。この上ないお心のほどを、今こそお分かりになっている様子をお見せすべきです」などと申し上げるが、中の君は人づてでなく直接にお話しすることがやはり気が引けて、ためらっているうちに、
- 1花花はな盛盛ざかりののの程程ほど二二に條條じょう院院いんののの櫻櫻さくらををを見見みやりやりやり給給たまふふうににに、、、ぬしぬしぬしなきなきなき宿宿やどのののとととまづまづまず思思おもひひいやらやらやられれれ給給たまへへえばばば、、、「「「心心こころやすくやすくやすくややや」」」などなどなどひとりひとりひとりごちごちごちあまりあまりあまりててて、、、宮宮みやののの御御お許許もとににに參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。こゝこゝここがちがちがちにににおはしましおはしましおわしまし着着つきききててていといといとようようようすみすみすみ馴馴なれれれ給給たまひひいにににたれたれたればばば、、、めやすめやすめやすのののわざわざわざやややととと見見み奉奉たてまつるるるものものものからからから、、、例例れいのののいかにいかにいかにぞぞぞややや覺覺おぼゆるゆるゆる心心こころのののそひそひそいたるたるたるぞぞぞあやしきあやしきあやしきややや。。。されどされどされどじちじちじちののの御御おん心心こころばへばへばえはははいといといとあはれあはれあわれににに後後うしろやすくやすくやすくぞぞぞ思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまひひいけるけるける。。。何何なにくれくれくれととと御御おん物物もの語語がたり聞聞きこえええかはしかはしかわし給給たまひひいててて、、、夕夕ゆうつつつかたかたかた宮宮みやはははうちうちうちへへへ參參まいりりり給給たまははわむむんとてとてとて、、、御御おん車車くるまのののさうぞくさうぞくそうぞくしししててて人々人々ひとびと多多おおくくく參參まいりりり集集あつまりまりまりなどなどなどすれすれすればばば、、、立立たちちち出出いででで給給たまひひいててて對對たいののの御御おん方方かたへへへ參參まいりりりたまへたまへたまえりりり。。。山山やま里里ざとのののけはひけはひけはいひきひきひきかへかへかえててて御御み簾簾すののの內內うち心心こころにくゝにくゝにくく住住すみみみなしなしなしててて、、、をかしげをかしげおかしげなるなるなるわらはわらはわらわのののすきすきすきかげかげかげほのほのほのみゆるみゆるみゆるしししててて御御おんせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこえええ給給たまへへえれれればばば、、、御御おん褥褥しとねさしさしさし出出いでででゝゝて、、、昔昔むかしののの心心こころしれしれしれるるる人人ひとなるなるなるべしべしべし、、、出出いででで來來きててて御御おん返返かえりりりきこゆきこゆきこゆ。。。
- 2「「「朝朝あさ夕夕ゆうのののへだてへだてへだてもももあるあるあるまじうまじうまじゅう思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるるほどほどほどながらながらながら、、、そのそのその事事こととととなくなくなくててて聞聞きこえええさせさせさせむむんももも、、、なかなかなかなかなかなかなれなれしきなれなれしきなれなれしきとがめとがめとがめもももやややとととつゝみつゝみつつみ侍侍はべるるる程程ほどににに、、、世世よののの中中なか變變かわりりりにににたるたるたる心心こころちちちのみのみのみぞぞぞししし侍侍はべるるるややや。。。おおおまへまへまえののの梢梢こずえももも霞霞かすみへだてへだてへだてゝゝて見見みえええ侍侍はべるるるににに、、、あはれあはれあわれなるなるなる事事こと多多おおくくくももも侍侍はべるるるかなかなかな」」」ととと聞聞きこえええててて、、、うちうちうち眺眺ながめめめててて物物ものししし給給たまふふうけしきけしきけしき心心こころ苦苦ぐるしげしげしげなるなるなるををを、、、げにげにげにおはせおはせおわせましかましかましかばばば、、、覺束覺束おぼつかなからなからなからずずず行行ゆきききかへりかへりかえり、、、かたみかたみかたみににに花花はなののの色色いろ鳥鳥とりののの聲聲こえをををももも折折おりにににつけつけつけつゝつゝつつ少少すこししし心心こころゆきゆきゆきてててすぐしすぐしすぐしつつつべかりべかりべかりけるけるける世世よをををなどなどなどおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるにににつけつけつけてててははは、、、ひたぶるひたぶるひたぶるににに堪堪たへへえ籠籠こもりりり給給たまへへえりりりししし住住すまひひいののの心心こころぼそさぼそさぼそさよりよりよりももも飽飽あかかかずずず悲悲かなしうしうしゅう口口くち惜惜おしきしきしきことことことぞぞぞいとゞいとゞいとどまさりまさりまさりけるけるける。。。人々人々ひとびとももも「「「世世よののの常常つねにににうとうとしくうとうとしくうとうとしくなななもてもてもてなしなしなし聞聞きこえええ給給たまひひいそそそ。。。かぎりかぎりかぎりなきなきなき御心御心みこころのののほどほどほどをををばばば、、、今今いましもしもしもこそこそこそ見見み奉奉たてまつりりり知知しらららせせせ給給たまふふうさまさまさまをををももも見見みえええ奉奉たてまつらららせせせ給給たまふふうべけれべけれべけれ」」」などなどなど聞聞きこゆれゆれゆれどどど、、、人人ひとづてづてずてならならならずずずふとふとふとさしさしさし出出いででで聞聞きこえええむむん事事ことののの猶猶なおつゝましきつゝましきつつましきををを、、、やすらひやすらひやすらい給給たまふふう程程ほどににに、、、
現代語訳
花盛りの頃、薫は二条院の桜を眺めやりなさると、主のいない宿の桜はと、まず宇治のことが思いやられなさるので、「心やすくや」などと独り言を言い余って、匂宮のもとに参上なさった。匂宮はここにばかりいらっしゃって、中の君とたいそうよく住み慣れていらっしゃるので、よいことだと拝見するものの、いつものどうかと思われる心が添っているのは妙なことであるよ。けれども本当のお心ばえは、たいそうしみじみと安心なものとお思い申し上げていらっしゃるのだった。あれこれとお話を交わしなさって、夕方、匂宮は参内なさろうとして、御車の支度をして人々が大勢参り集まったりなどするので、薫は立ち出なさって、対の御方へ参上なさった。山里の様子とはうって変わって、御簾の内を奥ゆかしく住みなして、美しい童の透き影がほのかに見えるのを介して、ご挨拶を申し上げなさると、御褥を差し出して、昔の事情を知る女房なのだろう、出てきてお返事を申し上げる。
薫は「朝夕の隔てもあるまいと思われるほどの近さながら、これといった用もなくてお話し申し上げるのも、かえって馴れ馴れしいとの咎めもあろうかと遠慮しておりますうちに、世の中がすっかり変わってしまった心地ばかりがいたしますよ。御前の梢も霞を隔てて見えますにつけ、哀れなことが多うございますね」と申し上げて、物思いにふけっていらっしゃる様子が心苦しげなのを、中の君は、本当に姉君が生きていらっしゃったならば、心もとないこともなく行き来して、互いに花の色や鳥の声をも折につけて、少しは満足して過ごせたであろう世をなどと思い出しなさるにつけては、ひたすら籠っていらっしゃった住まいの心細さよりも、飽かず悲しく残念なことがますますまさるのだった。女房たちも「世間並みに、よそよそしくお扱い申し上げなさいますな。この上ないお心のほどを、今こそお分かり申し上げていらっしゃる様子をも、お見せ申し上げなさるべきです」などと申し上げるが、人づてでなく、ふと直接にお話し申し上げることがやはり気が引けるので、ためらっていらっしゃるうちに、
意訳
桜の盛り、薫は宇治の主なき宿の桜を思い、二条院の匂宮を訪ねる。中の君と睦まじく暮らす匂宮を見て、薫は喜びつつも複雑な思いを抱く。匂宮が参内する夕方、薫は中の君の対の屋を訪れる。薫は世の中が変わってしまったと嘆き、中の君は姉が生きていればと悲しむ。女房たちは直接話すよう勧めるが、中の君はためらう。
語釈・文法注
文法
- 「ぬしなき宿」(ぬしなき宿のとまづ思ひやられ給へば)
- 「浅茅原主なき宿の桜花心やすくや風に散るらむ」(拾遺集)による。主のいない宇治の山荘の桜を思う。
- 「じちの御心ばへ」(されどじちの御心ばへは)
- 実の御心ばえ。本当のお心。
- 「御褥」(御褥さし出でゝ)
- 敷物。客人のために差し出す座布団。
解説
二条院の桜を見て、薫はまず宇治の主なき宿の桜を思う。華やかな都にいても、薫の心は宇治にある。
薫と中の君は御簾を隔て、女房を介して言葉を交わす。宇治では物越しに直接語り合った二人が、都では人づての距離に隔てられる。身分と場所の変化が、二人の関係を変えていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1000–1003頁(コマ211–212)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日