源氏物語 第48帖 早蕨(10)
残る弁の嘆き
薫がお思いになりおっしゃった様子を語って、弁はますます慰めようもなく泣き惑っている。ほかの人は皆満足した様子で縫い物をして準備しながら、年老いて曲がった姿も気にせず身づくろいして歩き回るので、弁はいよいよやつれた姿で、人は皆急いで旅立つらしい袖の浦に、一人だけ潮を垂れる海人であることよと嘆いて申し上げると、中の君は、潮垂れる海人の衣と違うことがあろうか、浮いた波に濡れる私の袖も、と返す。中の君は「世に住みつくこともたいそう難しいことと思われるので、事の成り行き次第でここを荒れ果てさせまいと思うので、それなら対面もあるでしょうが、しばらくの間も心細くあなたが立ち留まっていらっしゃるのを見置いていくと、ますます気が進みません。このような尼姿の人も、必ずしもひたすら籠ってばかりいるわけではないようですから、やはり世間並みに思って時々は会いに来てください」などと、たいそう親しげに語る。昔の人(大君)が使っていた然るべき調度などは、すべてこの弁に残し置いて、「このように人より深く思い沈んでいらっしゃるのを見ると、前世でも特別の縁があったのだろうかと思うことさえ、親しく哀れに思われます」とおっしゃるので、弁はいよいよ子どもが恋しがって泣くように、心を静めようもなく泣き沈んでいる。
- 1おもほしおもほしおもおしのたまへのたまへのたまえるるるさまさまさまをををかたりかたりかたりててて、、、辨辨べんはははいとゞいとゞいとど慰慰なぐさめめめ難難がたくくくくれくれくれ惑惑まどひひいたりたりたり。。。皆皆みな人人ひとははは心心こころゆきゆきゆきたるたるたる氣色氣色けしきにてにてにて物物ものぬひぬひぬいいとなみいとなみいとなみつゝつゝつつ、、、老老おいいいゆがめゆがめゆがめるるるかたちかたちかたちももも知知しらららずずずつくろひつくろひつくろいさまよふさまよふさまようににに、、、いよいよいよいよいよいよやつしやつしやつしててて、、、「「「人人ひとははは皆皆みな急急いそぎぎぎたつたつたつめるめるめる袖袖そでのののうらうらうらにににひとりひとりひとりもももしほしほしおをををたるゝたるゝたるるあまあまあまかなかなかな」」」とととうれへうれへうれえ聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、「「「しほしほしおたるゝたるゝたるるあまあまあまののの衣衣ころもにににことことことなれなれなれやややうきうきうきたるたるたる浪浪なみにににぬるゝぬるゝぬるるわがわがわが袖袖そで。。。世世よにににすみすみすみつかつかつかむむんことことこともももいといといとありがたかるありがたかるありがたかるべきべきべきわざわざわざとととおぼゆれおぼゆれおぼゆればばば、、、さまさまさまににに隨隨したがひひいてててこゝこゝここをををばばばあれあれあれはてはてはてじじじとととなむなむなんおもふおもふおもうををを、、、さらばさらばさらば對對たい面面めんもももありありありぬぬぬべけれべけれべけれどどど、、、暫暫しばしししのののほどほどほどももも心心こころぼそくぼそくぼそくててて立立たちちちとまりとまりとまり給給たまふふうををを見見みおくおくおくににに、、、いとゞいとゞいとど心心こころもももゆかゆかゆかずずずなむなむなん。。。かゝるかゝるかかるかたちかたちかたちなるなるなる人人ひとももも必必かならずずずひたぶるひたぶるひたぶるにににしもしもしも堪堪たへへえ籠籠こもらららぬぬぬわざわざわざなななめるめるめるををを、、、猶猶なお世世よのののつねつねつねににに思思おもひひいなしなしなしててて時々時々ときどきももも見見みえええ給給たまへへえ」」」などなどなど、、、いといといとなつかしうなつかしうなつかしゅう語語かたらひらひらい給給たまふふう。。。昔昔むかしののの人人ひとのののもてもてもてつかひつかひつかい給給たまひひいしししさるべきさるべきさるべき御御おん調調ちょう度度どどもどもどもなどなどなどははは、、、皆皆みなこのこのこの人人ひとにににとゞめとゞめとどめ置置おききき給給たまひひいててて、、、「「「かくかくかく人人ひとよりよりより深深ふかくくく思思おもひひいしづみしづみしずみ給給たまへへえるるるををを見見みれれればばば、、、さきさきさきののの世世よもももとりわきとりわきとりわきたるたるたる契契ちぎりもももやややものものものししし給給たまひひいけむけむけんととと思思おもふふうさへさへさへ、、、むつましくむつましくむつましくあはれあはれあわれににになむなむなん」」」とととのたまふのたまふのたまうににに、、、いよいよいよいよいよいよわらはべわらはべわらわべののの戀戀こひひいててて泣泣なくくくやうやうようににに心心こころをさめをさめおさめむむん方方かたなくなくなくおぼゝれおぼゝれおぼおれ居居いたりたりたり。。。
現代語訳
薫がお思いになりおっしゃった様子を語って、弁はますます慰めようもなく泣き惑っていた。ほかの人は皆、満足した様子で縫い物をして準備しながら、年老いて曲がった姿も気にせず身づくろいして歩き回るので、弁はいよいよやつれた姿で、「人は皆急いで旅立つらしい袖の浦に、一人だけ潮を垂れる海人であることよ」と嘆いて申し上げると、中の君は「潮垂れる海人の衣と違うことがあろうか、浮いた波に濡れる私の袖も。世に住みつくことも、たいそう難しいことと思われるので、事の成り行き次第で、ここを荒れ果てさせまいと思うので、それなら対面もあるでしょうが、しばらくの間も心細く立ち留まっていらっしゃるのを見置いていくと、ますます気が進みません。このような尼姿の人も、必ずしもひたすら籠ってばかりいるわけではないようですから、やはり世間並みに思いなして、時々は会いに来てください」などと、たいそう親しげにお話しになる。昔の人が使っていらっしゃった然るべき御調度などは、すべてこの弁に残し置きなさって、「このように人より深く思い沈んでいらっしゃるのを見ると、前世でも特別の縁がおありだったのだろうかと思うことさえ、親しく哀れに思われます」とおっしゃるので、弁はいよいよ子どもが恋しがって泣くように、心を静めようもなく泣き沈んでいた。
意訳
女房たちが移転の準備に浮き立つ中、弁だけが残される悲しみに泣く。弁は一人涙に濡れる海人を詠み、中の君は自分の袖も浮いた波に濡れると返す。中の君は宇治の山荘を荒らさず、弁にも時々会いに来てほしいと語り、大君の遺品の調度を弁に託す。弁は子どものように泣き沈む。
語釈・文法注
文法
- 「袖のうら」(急ぎたつめる袖のうらに)
- 出羽国の歌枕。「袖」に涙の縁で掛ける。
- 「うきたる浪」(うきたる浪にぬるゝわが袖)
- 「浮き」に「憂き」を掛ける。不安な身の上を嘆く。
- 「おぼゝれ居たり」(心をさめむ方なくおぼゝれ居たり)
- 涙に溺れるように泣き沈んでいた。
解説
女房たちが都への移転に浮き立つ中、弁だけが宇治に残る。弁の悲しみは、宇治の時代が終わることへの悲しみでもある。
中の君は、自分も浮いた波に濡れると詠み、都での生活への不安を打ち明ける。華やかな移転の裏で、中の君もまた弁と同じ涙を流している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、998–999頁(コマ210)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日