源氏物語 第48帖 早蕨(8)
紅梅の香と歌
薫はたいそう気後れするほど優美で、またこのたびは一段と大人びてまさっていらしたと目も驚くほど美しさが多く、人に似ぬ心づかいなど、ああすばらしい人だとばかり見えるのを、中の君は、面影の離れない大君のことまで思い出して、たいそう哀れと見る。薫は「尽きないお話なども、今日は縁起を担ぐべきでしょうか」などと言いさしながら、「お移りになる所の近くに、この頃が過ぎたら私も移る予定ですので、夜中でも明け方でもと気安い仲の人が言うようですが、何事の折にも疎遠でなくおっしゃってくださるなら、世にある限りはお話し申し上げ承って過ごしたいと思いますが、どうお思いでしょう。人の心はさまざまな世ですので、つまらないことかなどと、一方的にも思えません」と言うと、中の君は「宿を離れまいと思う心が深うございますのに、近くなどとおっしゃるにつけても、万事に心が乱れまして、お返事の申し上げようもございません」と、ところどころ言葉を消して、ひどく物悲しく思っている様子などが、大君にたいそうよく似ていらっしゃるのを、薫は、自分の心からよその人のものにしてしまったとひどく悔しく思うが、かいがないので、あの夜のことは少しも言わず、忘れてしまったのかと見えるほどきっぱりと振る舞う。御前近くの紅梅の色も香も慕わしいのに、鶯さえ見過ごしがたそうに鳴いて渡るようなので、まして「春や昔の」と心を惑わす二人の話に、折から哀れである。風がさっと吹き入れると、花の香も客人の匂いも、橘ではないが昔を思い出すよすがである。所在ないまぎらわしにも、世のつらさの慰めにも、姉君が心を留めて愛でていらしたのになどと心にあまるので、中の君は、見る人もいなくなり嵐に惑う山里に、昔を思わせる花の香がすると詠む。言うともなくほのかに途切れ途切れに聞こえたのを、薫は慕わしげに口ずさんで、袖が触れた梅は変わらぬ匂いだが、根ごと移っていく宿は別のところなのかと詠む。こらえきれない涙を見苦しくなくぬぐい隠して、言葉多くもなく、「またやはりこのようにして何事も申し上げましょう」などと言い置いて立った。
- 1いといといと心心こころはづかしげはづかしげわずかしげににになまめきなまめきなまめきててて、、、又又またこのこのこの度度たびはははねびねびねびまさりまさりまさり給給たまひひいにににけりけりけりととと目目めももも驚驚おどろくくくまでまでまでにほひにほひにおい多多おおくくく、、、人人ひとにににももも似似にぬぬぬ用用よう意意いなどなどなどあなあなあなめでためでためでたののの人人ひとやややとととのみのみのみ見見みえええ給給たまへへえるるるををを、、、姫姫ひめ君君ぎみははは面面おも影影かげさらさらさらぬぬぬ人人ひとののの御御おん事事ことをををさへさへさへ思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええ給給たまふふうににに、、、いといといとあはれあはれあわれととと見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。「「「つきつきつきせせせぬぬぬ御御おん物物もの語語がたりなどなどなどももも、、、今日今日きょうはははことことこといみいみいみすすすべくべくべくややや」」」などなどなどいひいひいいさしさしさしつゝつゝつつ、、、「「「渡渡わたらららせせせ給給たまふふうべきべきべき所所ところ近近ちかくくく、、、このこのこの頃頃ころ過過すぐしぐしぐしてててうつろひうつろひうつろい侍侍はべるるるべけれべけれべければばば、、、夜夜よ中中なか曉曉あかつきとととつきづきしきつきづきしきつきずきしき人人ひとのののいひいひいい侍侍はべるるるめるめるめる、、、何何なに事事ことののの折折おりにににももも疎疎うとからからからずずずおぼしおぼしおぼしののの給給たまはせはせわせばばば、、、世世よににに侍侍はべらららむむんかぎりかぎりかぎりははは聞聞きこえええさせさせさせうけうけうけ給給たまはりはりわりててて、、、すぐさすぐさすぐさまほしうまほしうまほしゅうなむなむなん侍侍はべるるるををを、、、いかゞいかゞいかがはははおぼしおぼしおぼし召召めすすすらむらむらん。。。人人ひとののの心心こころさまざまさまざまさまざまににに侍侍はべるるる世世よなれなれなればばばあいなくあいなくあいなくやややなどなどなど、、、一一ひと方方かたにににもももえええこそこそこそ思思おもひひい侍侍はべらららねねね」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、「「「宿宿やどをををばばばかれかれかれじじじととと思思おもふふう心心こころ深深ふかくくく侍侍はべるるるををを、、、近近ちかくくくなどなどなどのたまはするのたまはするのたまわするにににつけつけつけてててももも、、、よろづよろづよろずににに亂亂みだれれれ侍侍はべりりりててて聞聞きこえええさせさせさせやるやるやるべきべきべき方方かたもももなくなくなくなむなむなん」」」ととと、、、所所ところ々々どころいひいひいいけちけちけちででで、、、いみじくいみじくいみじくものものものあはれあはれあわれととと思思おもひひい給給たまへへえるるるけはひけはひけはいなどなどなど、、、いといといとようようようおぼえおぼえおぼえ給給たまへへえるるるををを、、、心心こころからからからよそよそよそのののものものものににに見見みなしなしなしつるつるつるととといといといとくやしくくやしくくやしく思思おもひひい給給たまへへえれれれどどど、、、かひかひかいなけれなけれなければばばそのそのそのよよよののの事事ことかけかけかけてててもももいはいはいわずずず、、、忘忘わすれれれにににけるけるけるにににやややととと見見みゆるゆるゆるまでまでまでけざやかけざやかけざやかにににもてもてもてなしなしなし給給たまへへえりりり。。。
- 2御御おんまへまへまえ近近ちかききき紅紅こう梅梅ばいののの色色いろももも香香かもももなつかしきなつかしきなつかしきににに、、、鶯鶯うぐいすだにだにだに見見みすぐしすぐしすぐしがたげがたげがたげにににうちうちうち鳴鳴なきききててて渡渡わたるるるめれめれめればばば、、、ましてましてまして春春はるやややむかしむかしむかしのののととと心心こころををを惑惑まどはしはしわし給給たまふふうどちどちどちののの御御おん物物もの語語がたりにににをりをりおりあはれあはれあわれなりなりなりかしかしかし。。。風風かぜのののさとさとさと吹吹ふきききいるゝいるゝいるるににに、、、花花はなののの香香かもももまらうどまらうどまろうどののの御御おんにほひにほひにおいももも、、、橘橘たちばなならならならねねねどどどむかしむかしむかし思思おもひひい出出いでででらるゝらるゝらるるつまつまつまなりなりなり。。。つれづれつれづれつれずれのののまぎらはしまぎらはしまぎらわしにににももも世世よのののうきうきうきなぐさめなぐさめなぐさめにににももも心心こころとゞめとゞめとどめてててあそびあそびあそび給給たまひひいしししものものものをををなどなどなど心心こころにににあまりあまりあまり給給たまへへえばばば、、、「「「見見みるるる人人ひともももあらしあらしあらしにににまよふまよふまよう山山やま里里ざとにににむかしむかしむかしおぼゆるおぼゆるおぼゆる花花はなののの香香かぞぞぞするするする」」」。。。いふいふいうととともももなくなくなくほのかほのかほのかにてにてにてたえだえたえだえたえだえ聞聞きこえええたるたるたるををを、、、懷懷なつかしげしげしげにににうちうちうちずしずしずしなしなしなしててて、、、「「「袖袖そでふれふれふれししし梅梅うめはははかはらかはらかわらぬぬぬにほひにほひにおいにてにてにてねねねごめごめごめうつろふうつろふうつろう宿宿やどやややことことことなるなるなる」」」。。。堪堪たへへえぬぬぬ淚淚なみだをををさまさまさまよくよくよくのごひのごひのごいかくしかくしかくしてててことことこと多多おおくくくもももあらあらあらずずず「「「又又またももも猶猶なおかやうかやうかようにてにてにてなむなむなん何何なに事事ことももも聞聞きこえええさせさせさせよるよるよるべきべきべき」」」などなどなど聞聞きこえええ置置おきききててて立立たちちち給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
薫はたいそう気後れするほど優美で、またこのたびは一段と大人びてまさっていらっしゃったと、目も驚くほど美しさが多く、人に似ない心づかいなど、ああすばらしい人だとばかりお見えになるのを、姫君は、面影の離れない大君のことまで思い出し申し上げなさるにつけ、たいそう哀れと拝見なさる。薫は「尽きないお話なども、今日は縁起を担ぐべきでしょうか」などと言いさしながら、「お移りになる所の近くに、この頃を過ぎましたら私も移ることになっておりますので、夜中でも明け方でもと、気安い仲の人が言うようですが、何事の折にも疎遠でなくお思いになりおっしゃってくださるならば、世にございます限りは、お話し申し上げ承って過ごしたいと存じますが、どうお思いになるでしょう。人の心はさまざまでございます世ですので、つまらないことかなどと、一方的にも思えません」と申し上げなさると、中の君は「宿を離れまいと思う心が深うございますのに、近くなどとおっしゃるにつけても、万事に心が乱れまして、お返事の申し上げようもございません」と、ところどころ言葉を消して、ひどく物悲しくお思いになっている様子などが、大君にたいそうよく似ていらっしゃるのを、薫は、自分の心からよその人のものにしてしまったと、ひどく悔しくお思いになるが、かいがないので、あの夜のことは少しも言わず、忘れてしまったのかと見えるほど、きっぱりと振る舞っていらっしゃる。
御前近くの紅梅の色も香も慕わしいうえに、鶯さえ見過ごしがたそうに鳴いて渡るようなので、まして「春や昔の」と心を惑わしなさる二人のお話に、折から哀れであるよ。風がさっと吹き入れると、花の香も客人の匂いも、橘ではないが昔が思い出されるよすがである。所在ないまぎらわしにも、世のつらさの慰めにも、姉君が心を留めて愛でていらっしゃったのになどと、心にあまりなさるので、「見る人もいなくなり、嵐に惑う山里に、昔を思わせる花の香がします」。言うともなく、ほのかに途切れ途切れに聞こえたのを、薫は慕わしげに口ずさんで、「袖が触れた梅は変わらぬ匂いであるが、根ごと移っていく宿は別のところなのか」。こらえきれない涙を見苦しくなくぬぐい隠して、言葉多くもなく、「またやはりこのようにして、何事も申し上げましょう」などと言い置いてお立ちになった。
意訳
一段と立派になった薫を見て、中の君は姉を思い出す。薫は、京でも近くに住むので何事も相談してほしいと申し出る。中の君の物悲しげな様子は姉によく似ており、薫は自分から手放したことを悔やむが、あの一夜のことは口にしない。紅梅の香の中、中の君は昔を思わせる花の香を詠み、薫は根ごと移る宿を詠んで、涙をぬぐって立ち去る。
語釈・文法注
文法
- 「こといみ」(今日はこといみすべくや)
- 言忌み。縁起の悪い言葉を避けること。移転の前日なので悲しい話を控える。
- 「春やむかしの」(まして春やむかしのと心を惑はし給ふどち)
- 「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして」(古今集、在原業平)による。
- 「橘ならねど」(橘ならねどむかし思ひ出でらるゝつまなり)
- 「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(古今集)を踏まえる。梅の香と薫の匂いが昔を思い出させる。
解説
薫は中の君と一夜を過ごしたことを、まるで忘れたかのように振る舞う。その抑制が、かえって薫の心の動揺を物語っている。
紅梅の香と薫の匂いが入り混じる中、二人は大君を偲ぶ。「袖ふれし梅はかはらぬにほひにて」という薫の歌は、変わらぬ自分の心と、移っていく中の君を対比させる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、996–997頁(コマ209)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日