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源氏物語 第46帖 椎本(23)

雪の山寺と姉妹の歌

登場人物:大君・中の君・宇治の阿闍梨

向かいの山にも時々の念仏に宮が籠もっていらしたからこそ、人も参り通ったのだが、阿闍梨もどうしているかと、おおよそたまに便りをするが、今は何のためにちょっとでも参ろうか。ますます人目が絶えていくのも当然のことと思いながら、たいそう悲しい。何とも思っていなかった山人も、宮がいらっしゃらなくなってから、たまにのぞいて参るのは珍しく思われる。この頃のこととして、薪や木の実を拾って参る山人たちがいる。阿闍梨の僧坊から炭などを差し上げるといって、「長年慣れてまいりましたお仕えが、今を限りに絶えてしまいますのが心細くて」と申し上げた。宮が必ず冬籠もりの山風を防げるような綿入れの衣などを贈っていたのを思い出して、贈る。法師や童などが山に登っていくのも、見えたり見えなかったりする、ひどく深い雪の中を、泣く泣く出て見送る。「父上が髪を下ろされても、そのような姿でいらっしゃったなら、このように通って参る人も自然と多かったでしょう。どんなに哀れで心細くても、お会いすることが絶えてしまうことはなかったでしょうに」などと語り合う。大君は、父君がいなくなって岩陰の道が絶えてから、松に積もる雪をどのように見ていますかと詠む。中の君は、奥山の松葉に積もる雪とでも、亡くなった父を思えたらよいのに、うらやましくまた降り添うことですと詠む。

  1. 1向むか向むかむかひひいののの山やま山やまやまにににももも時々ときどき時々ときどきときどきののの御おん御おんおん念ねむ念ねむねん佛ぶつ佛ぶつぶつににに籠こも籠こもこもりりり給たま給たまたまひひいししし故ゆゑ故ゆゑゆえこそこそこそ、、、人ひと人ひとひともももまゐりまゐりまいりかよひかよひかよいしかしかしか、、、阿あ阿ああ闍ざ闍ざざ梨り梨りりもももいかゞいかゞいかがととと大おほ大おほおお方かた方かたかたにににまれまれまれににに音おと音おとおとづれづれずれ聞きこ聞きこきこゆれゆれゆれどどど、、、今いま今いまいまははは何なに何なになにしししにににかかかはははほのめきほのめきほのめき參まゐ參まゐまいらららむむん、、、いとゞいとゞいとど人ひと人ひとひと目め目めめののの絕た絕たたえええはつるはつるはつるもももさるべきさるべきさるべきことことことゝゝと思おも思おもおもひひいながらながらながら、、、いといといと悲かな悲かなかなしくしくしくなむなむなん。。。何なに何なになにとととももも見み見みみざりざりざりしししやまがつやまがつやまがつもももおはしまさおはしまさおわしまさででで後のち後のちのちたまさかたまさかたまさかにににさしさしさしのぞきのぞきのぞき參まゐ參まゐまいるるるははは、、、めづらしくめづらしくめずらしく覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまふふう。。。このこのこの比ごろ比ごろごろののの事こと事ことこととてとてとてたきゞたきゞたきぎこのこのこのみみみ拾ひろ拾ひろひろひひいててて參まゐ參まゐまいるるる山やま山やまやま人びと人びとびとどもどもどもありありあり。。。阿あ阿ああ闍ざ闍ざざ梨り梨りりのののむろむろむろよりよりより炭すみ炭すみすみなどなどなどやうやうようののの物もの物ものもの奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるとてとてとて、、、「「「年とし年としとし比ごろ比ごろごろににに習なら習ならならひひい侍はべ侍はべはべりりりにににけるけるける宮みや宮みやみや仕づかへ仕づかへづかえののの、、、今いま今いまいまはははとてとてとて絕た絕たたえええ侍はべ侍はべはべらららむむんががが心こころ心こころこころぼそきぼそきぼそきににになむなむなん」」」ととと聞きこ聞きこきこえええたりたりたり。。。必かなら必かならかならずずず冬ふゆ冬ふゆふゆごもるごもるごもる山やま山やまやま風かぜ風かぜかぜ防ふせ防ふせふせぎぎぎつつつべきべきべき綿わた綿わたわたきぬきぬきぬなどなどなど遣つかは遣つかはつかわしししゝゝしををを、、、おぼしおぼしおぼし出い出いいでででゝゝてやりやりやり給たま給たまたまふふう。。。法ほふ法ほふほう師し師ししばらばらばらわらはわらはわらわべべべなどなどなどののののぼりのぼりのぼり行ゆ行ゆゆくくくももも見み見みみえええみみみ見み見みみえええずずずみみみいといといと雪ゆき雪ゆきゆき深ふか深ふかふかきききををを、、、泣な泣ななくくく泣な泣ななくくく立た立たたちちち出い出いいでででゝゝて見み見みみ送おく送おくおくりりり給たま給たまたまふふう。。。「「「みみみぐしぐしぐしなどなどなどおろいおろいおろい給たま給たまたもうううてててもももさるさるさる方かた方かたかたにてにてにておはしまさおはしまさおわしまさましかましかましかばばばかやうかやうかようににに通かよ通かよかよひひい參まゐ參まゐまいるるる人ひと人ひとひともももおのづからおのづからおのずから繁しげ繁しげしげからからからましましまし。。。いかにいかにいかに哀あはれ哀あはれあわれににに心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそくともともとも、、、あひあひあい見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるることことこと絕た絕たたえええててて止や止ややまままゝしゝしましやややははは」」」などなどなどかたらひかたらひかたらい給たま給たまたまふふう。。。「「「君きみ君きみきみなくなくなくててて岩いは岩いはいわのののかげかげかげ道みち道みちみち絕た絕たたえええしししよりよりより松まつ松まつまつののの雪ゆき雪ゆきゆきをををもももなになになにとととかかかははは見み見みみるるる」」」。。。中なか中なかなかののの君きみ君きみきみ、、、「「「奧おく奧おくおく山やま山やまやまののの松まつ松まつまつ葉ば葉ばばにににつもるつもるつもる雪ゆき雪ゆきゆきとととだにだにだに消き消ききえええにににししし人ひと人ひとひとををを思おも思おもおもははわましかましかましかばばば。。。うらやましくうらやましくうらやましくぞぞぞまたまたまたもももふりふりふりそふそふそうややや」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

向かいの山にも時々の御念仏に籠もっていらっしゃったからこそ、人も参り通ったのだが、阿闍梨も、どうしているかと、おおよそたまにお便りを申し上げるけれど、今は何のために、ちょっとでも参ろうか。ますます人目が絶えていくのも当然のことと思いながら、たいそう悲しい。何とも思っていなかった山人も、宮がいらっしゃらなくなってから、たまにのぞいて参るのは、珍しく思われなさる。この頃のこととして、薪や木の実を拾って参る山人たちがいる。阿闍梨の僧坊から炭などのような物を差し上げるといって、「長年慣れてまいりましたお仕えが、今を限りに絶えてしまいますのが心細くて」と申し上げた。宮が必ず冬籠もりする山風を防げるような綿入れの衣などを贈っていらっしゃったのを、思い出しなさって贈りなさる。法師や童などが山に登っていくのも、見えたり見えなかったりする、ひどく雪の深い中を、泣く泣く出て見送りなさる。「父上が御髪などを下ろしなさっても、そのような姿でいらっしゃったならば、このように通って参る人も自然と多かったでしょう。どんなに哀れで心細くても、お会い申し上げることが絶えてしまうことがあったでしょうか」などと語り合いなさる。大君は「父君がいなくなって、岩陰の道が絶えてから、松に積もる雪をも、どのように見ていますか」。中の君は「奥山の松葉に積もる雪とでも、消えてしまった父を思えたらよいのに。うらやましく、また降り添うことです」。

意訳

父の死後、宇治を訪れる人は絶え、山人がたまに薪や木の実を持ってくる。阿闍梨から炭が届き、姉妹は父の習いに従って綿入れの衣を贈る。雪の中を登っていく法師たちを泣きながら見送り、父が出家していてもせめて生きていてくれればと語り合う。姉妹は雪に寄せて父を偲ぶ歌を詠む。

語釈・文法注

文法

「むろ」(阿闍梨のむろより炭などやうの物)
室。僧の住む庵。
「おろい給うても」(みぐしなどおろい給うても)
下ろしなさっても。出家なさっても。「おろし」のイ音便。
「消えにし人」(消えにし人を思はましかば)
亡くなった人。雪が消えるように亡くなった父。

解説

父の死後、宇治の山荘を訪れる人は絶えていく。阿闍梨との縁も、父がいたからこそのものであった。姉妹は、父の生前の習いを守って阿闍梨に衣を贈る。父の心を継ごうとする姉妹の姿がいじらしい。

姉妹の歌は、雪に父を重ねる。中の君の歌の「うらやましくぞまたもふりそふ」は、また降り積もる雪のように、父もまた戻ってきてくれたらという願いを込めている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、924–925頁(コマ173)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日