源氏物語 第46帖 椎本(20)
弁と薫の語らい
老女房(弁)が大君のこの上ない代わりに出て来て、昔や今のことを集めて、悲しい話などを申し上げる。めったにない驚くべきことを見てきた人なので、薫はこのように妙に衰えた人とも見捨てられず、たいそう親しく語り合う。「幼い頃に故院(源氏)に先立たれて、ひどく悲しいものは世の中だと思い知ったので、成人していく年齢につれて、官位や世の中の栄華も何とも思われません。ただこのように静かなお住まいなどが心にかなっていらしたのに、このようにはかなく亡くなられたのを見て、ますますひどく、仮初めの世が思い知られる心も促されましたが、気の毒に後に残られた姫君たちのことが絆などと申し上げるのは懸想めいているようですが、生き長らえても、あの宮のお言葉を違えず、お話し申し上げたりお聞きしたりしたいのです。とはいえ、思いがけない昔話を聞いてから、ますます世の中に跡をとどめようとも思われなくなってしまいましたよ」と泣きながら言うので、弁はましてひどく泣いて申し上げることもできない。薫の様子などが、ただあの方(柏木)かと思われるので、長年忘れていた昔のことまで重ねて、申し上げようもなく涙にむせんでいる。この弁は、あの大納言(柏木)の乳母子で、父はこの姫君たちの母北の方の母方の叔父で、左中弁で亡くなった人の子であった。長年遠い国をさまよい、母君も亡くなった後は、あの大臣家とは疎遠になり、この宮が探し出して置いていたのだった。人柄もそれほど高貴ではなく、宮仕えに慣れてはいるが、心がけの悪くない者と宮も思って、姫君たちの後見めいた人にしていたのである。昔のことは、長年このように朝夕に慣れ親しみ心を隔てることなく思っている姫君たちにも、一言も打ち明ける機会もなく秘めていたが、中納言の君は、老女房の問わず語りは皆よくあることなので、一般に軽々しく言い広めはしなくても、たいそう恥ずかしいほどの姫君たちのお心にはお聞き置きになっているだろうと推し量られるので、悔しくも気の毒にも思われるのが、また縁を離れて終わるまいと思い寄るきっかけにもなりそうだ。
- 1おいおいおい人人びとぞぞぞこよなきこよなきこよなき御御おんかはりかはりかわりににに出出いででで來來きててて、、、昔昔むかし今今いまをををかきかきかきあつめあつめあつめ、、、悲悲かなしきしきしき御御おん物物もの語語がたりどもどもども聞聞きこゆるゆるゆる。。。ありがたくありがたくありがたくあさましきあさましきあさましき事事ことどもどもどもををを見見みたるたるたる人人ひとなりなりなりけれけれければばば、、、かうかうこうあやしうあやしうあやしゅう衰衰おとろへへえたるたるたる人人ひとととともももおぼしおぼしおぼし捨捨すてててられられられずずず、、、いといといとなつかしうなつかしうなつかしゅう語語かたらひらひらい給給たまふふう。。。「「「いはけなかりいはけなかりいわけなかりししし程程ほどににに故故こ院院いんににに後後おくれれれ奉奉たてまつりりりててて、、、いみじういみじういみじゅう悲悲かなしきしきしきものものものははは世世よなりなりなりけりけりけりととと思思おもひひい知知しりりりにににしかしかしかばばば、、、人人ひととととなりなりなり行行ゆくくくよはひよはひよわいにににそへそへそえてててつかさつかさつかさくらゐくらゐくらい世世よののの中中なかのののにほひにほひにおいももも何何なにととともももおぼえおぼえおぼえずずずなむなむなん。。。唯唯ただかうかうこうしづやかしづやかしずやかなるなるなる御御おん住住すまひひいなどなどなどののの心心こころにににかなひかなひかない給給たまへへえりりりしししををを、、、かくかくかくはかなくはかなくはかなく見見みなしなしなし奉奉たてまつりりりつるつるつるにににいよいよいよいよいよいよいみじくいみじくいみじく、、、かりそめかりそめかりそめののの世世よ思思おもひひい知知しらららるゝるゝるる心心こころももも催催もよおささされれれにににたれたれたれどどど、、、心苦心苦こころぐるしうしうしゅうてててとまりとまりとまり給給たまへへえるるる御御おん事事ことどもどもどもほだしほだしほだしなどなどなど聞聞きこえええむむんはははかけがけしきかけがけしきかけがけしきやうやうようなれなれなれどどど、、、ながらへながらへながらへてててもももかのかのかの御御おん事事ことあやまたあやまたあやまたずずず、、、聞聞きこえええうけたまはらうけたまはらうけたまわらまほしきまほしきまほしきににになむなむなん。。。さるはさるはさるは覺覺おぼえええなきなきなき御御おんふるふるふる物物もの語語がたりきゝきゝききしししよりよりより、、、いとゞいとゞいとど世世よののの中中なかににに跡跡あととめとめとめむむんととともももおぼえおぼえおぼえずずずなりなりなりにににたりたりたりややや」」」とととうちうちうち泣泣なきききつゝつゝつつのたまへのたまへのたまえばばば、、、このこのこの人人ひとはははましてましてましていみじくいみじくいみじく泣泣なきききてててえええももも聞聞きこえええやらやらやらずずず。。。御御おんけはひけはひけはいなどなどなどののの唯唯ただそれそれそれかかかとととおぼえおぼえおぼえ給給たまふふうににに、、、年年とし比比ごろうちうちうち忘忘わすれれれたりたりたりつるつるつるいにしへいにしへいにしえののの御御おん事事ことをををさへさへさへ取取とりりり重重かさねねねててて聞聞きこえええやらやらやらむむん方方かたもももなくなくなくおぼゝれおぼゝれおぼおれ居居いたりたりたり。。。
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現代語訳
老女房が、大君のこの上ない代わりとして出て来て、昔や今のことを集めて、悲しいお話などを申し上げる。めったにない驚くべきことを見てきた人なので、このように妙に衰えた人とも見捨てられず、たいそう親しく語り合いなさる。「幼かった頃に故院に先立たれ申し上げて、ひどく悲しいものは世の中だったと思い知りましたので、成人していく年齢につれて、官位も世の中の栄華も、何とも思われません。ただこのように静かなお住まいなどがお心にかなっていらっしゃったのに、このようにはかなく亡くなられたのを見申し上げて、ますますひどく、仮初めの世が思い知られる心も促されましたが、気の毒に後に残っていらっしゃる姫君たちのことを、絆などと申し上げるのは懸想めいているようですが、生き長らえても、あの宮のお言葉を違えず、お話し申し上げたりお聞きしたりしたいのです。とはいえ、思いがけない昔話を聞いてから、ますます世の中に跡をとどめようとも思われなくなってしまいましたよ」と泣きながらおっしゃるので、この人はましてひどく泣いて、申し上げることもできない。薫のご様子などが、ただあの方かと思われなさるので、長年忘れていた昔のことまで取り重ねて、申し上げようもなく涙にむせんでいた。
この人は、あの大納言の乳母子で、父はこの姫君たちの母北の方の母方の叔父で、左中弁で亡くなった人の子であった。長年遠い国をさまよい、母君もお亡くなりになった後は、あの大臣家とは疎遠になり、この宮が探し出して置いていらっしゃったのだった。人柄もそれほど高貴ではなく、宮仕えに慣れてはいるけれど、心がけの悪くない者と宮もお思いになって、姫君たちの後見めいた人になさっていたのであった。昔のことは、長年このように朝夕に拝見し慣れて、心を隔てることなくお思い申し上げている姫君たちにも、一言も打ち明け申し上げる機会もなく秘めていたが、中納言の君は、老女房の問わず語りは皆よくあることなので、一般に軽々しく言い広めはしなくても、たいそう恥ずかしいほどの姫君たちのお心には、お聞き置きになっているだろうと推し量られるので、悔しくも気の毒にも思われるのが、また縁を離れて終わるまいと思い寄るきっかけにもなりそうである。
意訳
弁が大君の代わりに薫と語る。薫は、幼い頃に源氏を失って世の無常を知り、八の宮の死でさらに世を厭う心が深まったが、姫君たちとの約束は守りたいと泣く。弁は薫に柏木の面影を見て涙にむせぶ。弁は柏木の乳母子で、姫君たちの母方の縁者でもあった。薫は、弁が秘密を姫君たちにも漏らしたかもしれないと思い、それがかえって姫君たちから離れまいと思うきっかけになる。
語釈・文法注
文法
- 「故院」(いはけなかりし程に故院に後れ奉りて)
- 源氏。表向き薫の父。
- 「かけがけしき」(ほだしなど聞えむはかけがけしきやうなれど)
- 懸想めいた、色めいた。
- 「おぼゝれ居たり」(聞えやらむ方もなくおぼゝれ居たり)
- 涙にむせんでいた。
解説
弁の素性が詳しく語られる。弁は柏木の乳母子であると同時に、姫君たちの母方の縁者でもあった。この二重の縁が、弁を薫と姫君たちを結ぶ存在にしている。
薫は、弁が秘密を姫君たちにも話したのではないかと疑い、そのために姫君たちから離れられないと思う。秘密を知る者を手放せないという心理が、薫を宇治に縛りつけていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、922–923頁(コマ172)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日