源氏物語 第46帖 椎本(16)
九月の悲しみと匂宮の文
明けない夜のような心地のまま九月にもなった。野山の景色はまして袖の時雨(涙)を誘いがちで、ともすれば争うように落ちる木の葉の音も、水の響きも、涙の滝も、一つのもののように暮れ惑って、「こうしていては、限りある命もどうして少しでも長らえられよう」と、仕える女房たちは心細くひどく慰め申し上げながら思い惑う。こちらにも念仏の僧が控えて、宮のいらした方には仏を形見として拝しながら、時々参ってお仕えしていた人々で、忌みに籠もった者たちは皆しみじみと勤行して過ごす。兵部卿の宮(匂宮)からもたびたび見舞いがある。姫君たちはそのような返事を申し上げる気にもならない。匂宮は気がかりで、中納言にはそうでもないらしいのに、自分はやはり見放しているのだと恨めしく思う。紅葉の盛りに、詩文などを作らせようと宇治へ出かけるつもりだったが、このようにこの辺りでの遊覧は不都合な頃なので、思いとどまって残念に思う。忌みも明けた。限りがあるので涙の絶え間もあろうかと思いやって、たいそう多く書き連ねた。時雨がちな夕方に、牡鹿の鳴く秋の山里はどうでしょう、小萩の露がかかるこの夕暮れに、と詠み、「ただ今の空の様子をお分かりにならない顔をするのも、あまりに心ないことでしょう。枯れていく野辺も、とりわけ眺められる頃です」などとある。大君は「本当にあまり分からないふりをして何度にもなってしまったので、やはりお返事を差し上げなさい」などと、中の君をいつものように促して書かせる。中の君は、今日まで生き長らえて硯など近く引き寄せて見るものと思っただろうか、情けなくも過ぎてしまった日数よと思うと、また目がかき曇って物も見えない心地がするので、押しやって「やはり書けそうにありません。ようやくこうして起きていられるようになりましたが、本当に悲しみにも限りがあったのだと思われるのも疎ましく情けなくて」と、いじらしい様子で泣きしおれているのも、たいそう心苦しい。夕暮れ頃から来ていた使いは、宵を少し過ぎてから着いたのだった。「どうして今夜帰れようか。今夜は泊まって」と言わせるが、使いは「すぐに引き返して参ります」と急ぐので、気の毒になって、大君は自分が賢く思い静めているわけではないが、見かねて、涙だけが霧のように立ちこめている山里では、垣根で鹿も声を合わせて鳴いていますと詠む。黒い紙に夜の墨つきもおぼつかないので、整えるところもなく筆に任せて、包んで出した。
- 1あけあけあけぬぬぬ夜夜よののの心地心地ここちながらながらながら九九なが月月つきにににもももなりなりなりぬぬぬ野野の山山やまののの氣色氣色けしきましてましてまして袖袖そでののの時時しぐ雨雨れををを催催もよおしししがちがちがちににに、、、ともすればともすればともすれば爭爭あらそひひい落落おつるつるつる木木こののの葉葉はののの音音おとももも、、、水水みずのののひゞきひゞきひびきももも、、、淚淚なみだののの瀧瀧たきもももひとつひとつひとつものものものゝゝのやうやうようにににくれくれくれ惑惑まどひひいててて、、、「「「かうかうこうてててはははいかでいかでいかでかかか限限かぎりあらあらあらむむん御御おん命命いのちもももしばししばししばしめぐらひめぐらひめぐらい給給たまははわむむん」」」とととさぶらふさぶらふさぶらう人々人々ひとびとははは心心こころぼそくぼそくぼそくいみじくいみじくいみじく慰慰なぐさめめめ聞聞きこえええつゝつゝつつ思思おもひひい惑惑まどふふう。。。こゝこゝここにににももも念念ねん佛佛ぶつののの僧僧そうさぶらひさぶらひさぶらいててて、、、おはしましおはしましおわしましゝゝし方方かたははは佛佛ほとけをををかたみかたみかたみににに見見み奉奉たてまつりりりつゝつゝつつ、、、時々時々ときどき參參まいりりり仕仕つこうううまつりまつりまつりししし人々人々ひとびとののの、、、御御おん忌忌いみににに籠籠こもりりりたるたるたるかぎりかぎりかぎりはははあはれあはれあわれににに行行おこなひひいてててすぐすすぐすすぐす。。。兵兵ひょう部部ぶ卿卿きょう宮宮のみやよりよりよりももも度度たび々々たびとぶらひとぶらひとぶらい聞聞きこえええたまふたまふたまう。。。さやうさやうさようののの御御おん返返かえりりりなどなどなど聞聞きこえええむむん心地心地ここちもももししし給給たまははわずずず。。。おぼつかなけれおぼつかなけれおぼつかなければばば、、、中中ちゅう納納な言言ごんにににはははかうかうこうもももあらあらあらざざざなるなるなるををを我我わをををばばば猶猶なお思思おもひひい放放はなちちち給給たまへへえるるるなめりなめりなめりとととうらめしくうらめしくうらめしくおぼすおぼすおぼす。。。紅紅もみ葉葉じののの盛盛さかりににに、、、文文ふみなどなどなど作作つくらららせせせ給給たまははわむむんとてとてとて出出いででで立立たちちち給給たまひひいしししををを、、、かくかくかくこのこのこのわたりわたりわたりののの御御おんせうえうせうえうしょうようびんなきびんなきびんなき頃頃ころなれなれなればばば、、、おぼしおぼしおぼしとまりとまりとまりててて口惜口惜くちおしくしくしくなむなむなん。。。
- 2御御おん忌忌いみもももはてはてはてぬぬぬ。。。限限かぎりあれあれあればばば淚淚なみだもももひまひまひまもももやややとととおぼしおぼしおぼしやりやりやりててて、、、いといといと多多おおくくく書書かきききつゞけつゞけつづけ給給たまへへえりりり時時しぐ雨雨れがちがちがちなるなるなる夕夕ゆうつつつかたかたかた、、、「「「ををおじかじかじかなくなくなく秋秋あきののの山山やま里里ざといかならいかならいかならむむん小小こ萩萩はぎがががつゆつゆつゆのののかゝるかゝるかかるゆふゆふゆうぐれぐれぐれ只只ただ今今いまののの空空そらののの氣色氣色けしきをををおぼしおぼしおぼし知知しらららぬぬぬがほがほがおならならならむむんももも、、、あまりあまりあまり心心こころづきなくづきなくずきなくこそこそこそあるあるあるべけれべけれべけれ。。。枯枯かれれれゆくゆくゆく野野の邊邊べもももわけわけわけてててながめながめながめらるゝらるゝらるる比比ころににになむなむなん」」」などなどなどありありあり。。。「「「げにげにげにいといといとあまりあまりあまり思思おもひひい知知しらららぬぬぬやうやうようにてにてにてたびたびたびたびたびたびににになりなりなりぬるぬるぬるををを、、、猶猶なお聞聞きこえええ給給たまへへえ」」」などなどなど、、、中中なかののの君君きみををを例例れいのののそゝのかしそゝのかしそそのかしててて書書かかかかせせせ奉奉たてまつりりりたまふたまふたまう。。。今今け日日きょうまでまでまでながらへながらへながらへててて硯硯すずりなどなどなど近近ちかくくくひきひきひき寄寄よせせせててて見見みるるるべきべきべきものものものとととやややははは思思おもひひいししし、、、心心こころ憂憂うくくくももも過過すぎぎぎにににけるけるける日日ひ數數かずかなかなかなとととおぼすおぼすおぼすににに、、、又又またかきかきかきくもりくもりくもり物物もの見見みえええぬぬぬ心地心地ここちししし給給たまへへえばばば、、、おしおしおしやりやりやりててて「「「猶猶なおえええこそこそこそ書書かききき侍侍はべるるるまじけれまじけれまじけれやうやうやうやうようようかうかうこう起起おきききゐゐいられられられなどなどなどししし侍侍はべるるる。。。げにげにげに限限かぎりありありありけるけるけるにににこそこそこそとととおぼゆるおぼゆるおぼゆるもももうとましううとましううとましゅう心心こころ憂憂うくくくててて」」」とととらうたげらうたげろうたげなるなるなるさまさまさまににに泣泣なきききしをれしをれしおれててておはするおはするおわするもももいといといと心苦心苦こころぐるししし。。。
- 3夕夕ゆう暮暮ぐれののの程程ほどよりよりより來來きけるけるける御御おん使使つかい、、、宵宵よいすこしすこしすこし過過すぎぎぎてててぞぞぞ來來きたるたるたる。。。「「「いかでいかでいかでかかか歸歸かえりりり參參まいらららむむん。。。今今こ夜夜よいははは旅旅たび寢寢ねしししててて」」」ととといはいはいわせせせ給給たまへへえどどど、、、「「「立立たちちちかへりかへりかえりこそこそこそ參參まいりりりなななめめめ」」」ととといそげいそげいそげばばば、、、いとほしういとほしういとおしゅうててて我我わさかしうさかしうさかしゅう思思おもひひいしづめしづめしずめ給給たまふふうにににあらあらあらねねねどどど、、、見見みわづらひわづらひわずらい給給たまひひいててて、、、「「「淚淚なみだのみのみのみきりきりきりふたがれふたがれふたがれるるる山山やま里里ざとはははまがきまがきまがきににに鹿鹿しかぞぞぞもろもろもろごゑごゑごえににになくなくなく」」」。。。黑黑くろききき紙紙かみににに夜夜よののの墨墨すみつきつきつきもももたどたどしけれたどたどしけれたどたどしければばば、、、ひきひきひきつくろふつくろふつくろう所所ところもももなくなくなく筆筆ふでににに任任まかせせせててておしおしおし包包つつみみみててて出出いだししし給給たまひひいつつつ。。。
現代語訳
明けない夜のような心地のまま、九月にもなった。野山の景色はまして袖の時雨を誘いがちで、ともすれば争うように落ちる木の葉の音も、水の響きも、涙の滝も、一つのもののように暮れ惑って、「こうしていては、どうして限りあるお命も、少しでも長らえていらっしゃれよう」と、お仕えする女房たちは心細く、ひどく慰め申し上げながら思い惑う。こちらにも念仏の僧が控えて、宮のいらっしゃった方には仏を形見として拝し申し上げながら、時々参ってお仕えしていた人々で、御忌みに籠もっている者は皆、しみじみと勤行して過ごす。兵部卿の宮からも、たびたびお見舞い申し上げなさる。そのようなお返事など申し上げる気持ちにもおなりにならない。匂宮は気がかりなので、中納言にはそうでもないらしいのに、自分をばやはり見放していらっしゃるようだと、恨めしくお思いになる。紅葉の盛りに、詩文などを作らせようということでお出かけになるつもりだったが、このように、この辺りでの遊覧は不都合な頃なので、思いとどまりなさって残念にお思いになる。
御忌みも明けた。限りがあるので、涙の絶え間もあろうかとお思いやりになって、たいそう多く書き連ねなさった。時雨がちな夕方に、「牡鹿の鳴く秋の山里は、どうでしょう。小萩の露のかかる、この夕暮れに。ただ今の空の様子をお分かりにならない顔をなさるのも、あまりに心ないことでしょう。枯れていく野辺も、とりわけ眺められる頃でございまして」などとある。大君は「本当に、あまりに分からないふりをして何度にもなってしまったので、やはりお返事を差し上げなさい」などと、中の君をいつものように促してお書かせになる。中の君は、今日まで生き長らえて硯などを近く引き寄せて見るものと思っただろうか、情けなくも過ぎてしまった日数よとお思いになると、また目がかき曇って物も見えない心地がなさるので、押しやって、「やはりとても書けそうにありません。ようやくこうして起きていられるようになりましたが、本当に悲しみにも限りがあったのだと思われるのも、疎ましく情けなくて」と、いじらしい様子で泣きしおれていらっしゃるのも、たいそう心苦しい。
夕暮れ頃から来ていた御使いは、宵を少し過ぎてから着いたのだった。「どうして今夜帰れよう。今夜は泊まって」と言わせなさるが、「すぐに引き返して参ります」と急ぐので、気の毒になって、大君は自分が賢く思い静めていらっしゃるわけではないけれど、見かねなさって、「涙だけが霧のように立ちこめている山里では、垣根で鹿も、私と声を合わせて鳴いています」。黒い紙に、夜の墨つきもおぼつかないので、取り繕うところもなく、筆に任せて包んで出しなさった。
意訳
九月、姉妹と女房たちは悲しみに暮れ、念仏の僧が勤行する。匂宮は見舞いの手紙を送るが返事がなく、薫ばかり信頼されていると恨む。忌明け、匂宮は牡鹿と小萩の歌を贈る。中の君は泣いて書けず、大君が代わりに、涙の霧に鹿も声を合わせて鳴くと返歌する。
語釈・文法注
文法
- 「袖の時雨」(袖の時雨を催しがちに)
- 袖を濡らす涙を時雨にたとえる。
- 「せうえう」(このわたりの御せうえうびんなき頃)
- 逍遥。遊覧。喪中の宇治での遊覧は不都合である。
- 「をじかなく秋の山里」(をじかなく秋の山里いかならむ)
- 牡鹿の鳴く秋の山里。妻を恋う鹿の声に、父を失った姫君たちの悲しみを重ねる。
- 「もろごゑ」(まがきに鹿ぞもろごゑになく)
- 声を合わせて。鹿の声と自分たちの泣き声が重なる。
解説
匂宮の手紙に、ついに大君が返事を書く。それまで返事は中の君の役だったが、中の君が泣いて書けないので、大君が代わりに筆をとった。大君の歌は、悲しみの深さを率直に詠んでいる。
匂宮は薫にだけ心を許す姉妹を恨む。しかし姉妹にとって、薫は父の友であり、匂宮は色好みの親王である。二人への姉妹の態度の違いは当然のものだった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、918–921頁(コマ170–171)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日