源氏物語 第46帖 椎本(14)
八の宮の死
八月二十日の頃であった。おおよその空の様子もひどく物悲しい頃、姫君たちは朝夕霧の晴れる間もなく嘆きながら物思いにふけっている。有明の月がたいそう華やかに差し出て、水面もはっきりと澄んでいるのを、そちらの蔀を上げさせて眺めていると、鐘の声がかすかに響いて、夜が明けたと聞こえる頃に人が来て、「この夜中ごろに亡くなられました」と泣く泣く申す。心にかけて、どうかと絶えず思っていたが、聞くと呆然として何も分からない心地がして、こうしたことにはいっそう涙もどこへ行ってしまったのか、ただうつ伏していた。悲しいことも目の前で見て気がかりがないのが普通なのに、気がかりな思いが加わって嘆くのはもっともである。少しの間でも父に後れて世に生きていられるものとは思い慣れていない二人の心で、どうにかして後れまいと泣き沈むが、限りある死出の道なので何のかいもない。阿闍梨が長年約束していたとおりに、葬送のこともすべてお仕えする。姫君たちが「亡き人となられた父上のお姿だけでももう一度拝見したい」と思い、言うが、阿闍梨は「今さらどうしてそんなことがございましょう。日頃も、もうお会いにならないことを申し聞かせておりましたので、今はまして互いにお心をとどめないような心構えをお習いになるべきです」とばかり申し上げる。山寺での宮の様子を聞くにつけても、阿闍梨のあまりに賢しい聖心を憎く恨めしく思った。出家の本意は昔から深かったが、このように後を託す人のない娘たちが見捨てがたいので、生きている限りは明け暮れ離れずにお世話することを、ひどく心細い世の慰めにもして、思い離れにくく過ごしていたのに、限りある死の道では、先立つ方も、慕う方の心も、思いどおりにならないものであった。
- 1八八は月月ずき二二はつ十十か日日かのののほどほどほどなりなりなりけりけりけり。。。大大おお方方かたののの空空そらののの氣色氣色けしきもももいとゞしきいとゞしきいとどしきころころころ、、、君君きんだちだちだちははは朝朝あさ夕夕ゆう霧霧ぎりののの晴晴はるゝるゝるる間間まもももなくなくなくおぼしおぼしおぼし嘆嘆なげきききつゝつゝつつながめながめながめ給給たまふふう。。。有有あり明明あけののの月月つきのののいといといと華華はなやかやかやかにににさしさしさし出出いでででゝゝて水水みずのののおもておもておもてもももさやかさやかさやかににに澄澄すみみみたるたるたるををを、、、そなたそなたそなたののの蔀蔀しとみあげあげあげさせさせさせててて見見み出出いだししし給給たまへへえるるるににに、、、鐘鐘かねののの聲聲こえかすかかすかかすかににに響響ひびきききててて明明あけけけぬぬぬなりなりなりととと聞聞きこゆるゆるゆるほどほどほどににに人人ひときききててて、、、「「「このこのこの夜夜よ中中なかばかりばかりばかりににになむなむなんうせうせうせ給給たまひひいぬるぬるぬる」」」とととなくなくなくなくなくなく申申もうすすす。。。心心こころにににかけかけかけててていかにいかにいかにとととははは絕絕たえええずずず思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえれれれどどど、、、うちうちうち聞聞きききき給給たまふふうにににはははあさましくあさましくあさましく物物ものおぼえおぼえおぼえぬぬぬ心地心地ここちしししててて、、、いとゞいとゞいとどかゝるかゝるかかることことことににに淚淚なみだもももいづちいづちいずちかかかいにいにいにけむけむけん、、、たゞたゞただうつぶしうつぶしうつぶし臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。いみじきいみじきいみじきことことことももも見見みるるる目目めののの前前まえにてにてにて覺束覺束おぼつかなからなからなからぬぬぬこそこそこそ常常つねのののことことことなれなれなれ覺束覺束おぼつかなななさささそひそひそいててて、、、おぼしおぼしおぼし歎歎なげくくくことことことことわりことわりことわりなりなりなり。。。しばししばししばしにてにてにてももも後後おくれれれ奉奉たてまつりりりててて世世よにににあるあるあるべきべきべきものものものとととおぼしおぼしおぼしならはならはならわぬぬぬ御御おん心地心地ここちどもどもどもにてにてにて、、、いかでいかでいかでかかかははは後後おくれれれじじじととと泣泣なきききしづみしづみしずみ給給たまへへえどどど、、、かぎりかぎりかぎりあるあるある道道みちなりなりなりけれけれければばば何何なにのののかひかひかいなしなしなし。。。阿阿あざざざ梨梨り年年とし頃頃ごろ契契ちぎりりり置置おききき給給たまひひいけるけるけるまゝまゝままににに後後のちののの御御おん事事こともももよろづよろづよろずににに仕仕つこうううまつるまつるまつる「「「なきなきなき人人ひとににになりなりなり給給たまへへえらららむむん御御おんさまさまさまかたちかたちかたちをををだにだにだに今今いま一一ひと度度たび見見み奉奉たてまつらららむむん」」」とととおぼしおぼしおぼしのののたまへたまへたまえどどど「「「今今いま更更さらににになでふなでふなでうさるさるさることことことかかかははは侍侍はべるるるべきべきべき。。。日日ひ頃頃ごろももも又又また逢逢あひひい見見み給給たまふふうまじきまじきまじきことことことををを聞聞きこえええ知知しらせらせらせつれつれつればばば、、、今今いまはははましてましてましてかたみかたみかたみににに御心御心みこころとゞめとゞめとどめ給給たまふふうまじきまじきまじき御御おん心心こころづかひづかひずかいををを習習ならひひい給給たまふふうべきべきべきなりなりなり」」」とととのみのみのみ聞聞きこゆゆゆ。。。
- 2おはしましおはしましおわしましけるけるける御御おん有有あり樣樣さまををを聞聞きききき給給たまふふうにににももも、、、阿阿あざざざ梨梨りのののあまりあまりあまりさかしきさかしきさかしきひじりひじりひじり心心こころをををにくゝにくゝにくくつらしつらしつらしとととなむなむなんおぼしおぼしおぼしけるけるける。。。入入にゅう道道どうののの御御おんほいほいほいははは昔昔むかしよりよりより深深ふかくくくおはせおはせおわせしかしかしかどどど、、、かうかうこう見見みゆづるゆづるゆずる人人ひとなきなきなき御御おん事事ことどもどもどもののの見見み捨捨すてててがたきがたきがたきををを、、、生生いけけけるるるかぎりかぎりかぎりははは明明あけ暮暮くれえええ去去さらららずずず見見み奉奉たてまつるるるををを、、、世世よににに心心こころぼそきぼそきぼそき世世よのののなぐさめなぐさめなぐさめにににももも、、、おぼしおぼしおぼし離離はなれれれ難難がたくくくてててすぐいすぐいすぐい給給たまへへえるるるををを、、、かぎりかぎりかぎりあるあるある道道みちにににはははさきだちさきだちさきだち給給たまふふうももも、、、慕慕したひひい給給たまふふう御心御心みこころももも、、、かなはかなはかなわぬぬぬわざわざわざなりなりなりけりけりけり。。。
現代語訳
八月二十日の頃であった。おおよその空の様子もひどく物悲しい頃、姫君たちは朝夕霧の晴れる間もなく、嘆きながら物思いにふけっていらっしゃる。有明の月がたいそう華やかに差し出て、水面もはっきりと澄んでいるのを、そちらの蔀を上げさせて眺めていらっしゃると、鐘の声がかすかに響いて、夜が明けたようだと聞こえる頃に人が来て、「この夜中ごろに、お亡くなりになりました」と泣く泣く申す。心にかけて、どうかと絶えず思い申し上げていらっしゃったけれど、お聞きになると呆然として何も分からない心地がして、いっそうこのようなことには、涙もどこへ行ってしまったのか、ただうつ伏していらっしゃった。悲しいことも、目の前で見て気がかりのないのが普通なのに、気がかりな思いまで加わって、お嘆きになるのはもっともである。少しの間でも父に後れ申し上げて、世に生きていられるものとはお思い慣れになっていないお心で、どうにかして後れまいと泣き沈みなさるけれど、限りある死出の道なので、何のかいもない。阿闍梨が長年お約束しておかれたとおりに、葬送のこともすべてお仕え申し上げる。姫君たちが「亡き人となっていらっしゃる父上のお姿だけでも、もう一度拝見したい」とお思いになりおっしゃるけれど、阿闍梨は「今さら、どうしてそのようなことがございましょう。日頃も、もうお会いにならないことを申し聞かせましたので、今はまして、互いにお心をおとどめにならないお心構えをお習いになるべきです」とばかり申し上げる。
山寺でいらっしゃったご様子をお聞きになるにつけても、阿闍梨のあまりに賢しい聖心を、憎く恨めしくお思いになった。宮の出家のご本意は昔から深くいらっしゃったけれど、このように後を託す人のない姫君たちが見捨てがたいので、生きている限りは明け暮れ離れずにお世話申し上げるのを、ひどく心細い世の慰めにもして、思い離れにくくお過ごしになっていたのに、限りある死の道では、先立ちなさる方も、慕いなさる方のお心も、思いどおりにならないものであった。
意訳
八月二十日、有明の月の夜明けに、八の宮の訃報が届く。姉妹は呆然として泣き伏す。父のなきがらだけでも見たいと願うが、阿闍梨は執着を断つべきだと許さず、姉妹は阿闍梨の厳しさを恨む。
語釈・文法注
文法
- 「淚もいづちかいにけむ」(淚もいづちかいにけむ)
- 涙もどこへ行ってしまったのか。悲しみのあまり涙も出ない。
- 「覺束なからぬこそ」(見る目の前にて覺束なからぬこそ常のことなれ)
- 臨終を目の前で見届けて、気がかりがないのが普通である。
- 「なでふさることか」(今更になでふさることかは侍るべき)
- どうしてそのようなことがあろうか。
解説
八の宮の死は、有明の月と鐘の声のなかで告げられる。姉妹は父の臨終に立ち会えず、なきがらも見られない。阿闍梨の聖としての厳しさが、娘たちの悲しみをいっそう深くしている。
椎本の巻の中心となる場面である。八の宮は出家の本意を遂げられないまま、娘たちへの愛着を抱いて世を去った。この父の死が、宇治の姉妹の運命を大きく変えていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、916–919頁(コマ169–170)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日