源氏物語 第46帖 椎本(13)
八の宮の病
姉妹二人はいっそう心細く物思いが続いて、寝ても起きても語り合いながら、「どちらか一人がいなかったら、どうして明かし暮らせよう。これから先も定めない世で、もし別れることがあったら」などと泣いたり笑ったり、冗談も真面目な話も同じ心で慰め合って過ごす。父宮の行っている三昧が今日終わるだろうと、早くと待っている夕暮れに、使いの人が来て、「今朝から気分が悪くて参れない。風邪かと思って、あれこれ手当てをしているところだ。とはいえ、いつもよりお会いしたい気持ちが募るのだが」と申し上げた。姫君たちは胸がつぶれて、どうしたことかと嘆き、衣を綿厚く急いで用意させて差し上げなどする。二、三日は山を下りず、どうか、どうかと人を差し向けるが、「特にひどくはない。何となく苦しいのだ。少しでもよくなったら、今にこらえて」などと口頭で伝える。阿闍梨がつきっきりでお仕えしていた。「ちょっとしたご病気と見えますが、最期の時でもいらっしゃるかもしれません。姫君たちのことを何もお嘆きになることはありません。人は皆それぞれの宿世というものがあるので、お心にかけるべきことではございません」と、ますます思い離れるべきことを申し聞かせて、「今さら山を出なさいますな」と諫め申すのだった。
- 1ふたふたふた所所ところいとゞいとゞいとど心心こころぼそくぼそくぼそく物物もの思思おもひひい續續つづけけけられられられててて、、、起起おききき臥臥ふしししうちうちうち語語かたらひらひらいつゝつゝつつ、、、「「「ひとりひとりひとりひとりひとりひとりなからなからなからましかましかましかばばばいかでいかでいかでかかか明明あかしししくらさくらさくらさましましまし。。。今今いまゆくゆくゆくすゑすゑすえももも定定さだめめめなきなきなき世世よにてにてにて若若もししし別別わかるゝるゝるるやうやうようもももあらあらあらばばば」」」などなどなど泣泣なきききみみみ笑笑わらひひいみみみ、、、たはぶれたはぶれたわぶれごとごとごともももまめまめまめごとごとごとももも同同おなじじじ心心こころににに慰慰なぐさめめめかはしかはしかわしててて過過すぐししし給給たまふふう。。。かのかのかの行行おこなひひい給給たまふふう三三さん昧昧まい今今け日日きょうはてはてはてぬぬぬらむらむらんととといつしかいつしかいつしかととと待待まちちち聞聞きこえええ給給たまふふう夕夕ゆう暮暮ぐれににに、、、人人ひとまゐりまゐりまいりててて「「「今今け朝朝さよりよりよりなやましうなやましうなやましゅうてててなむなむなんえええ參參まいらららぬぬぬ。。。風風かぜかかかとてとてとてとかくとかくとかくつくろふつくろふつくろうとととものするものするものする程程ほどににになむなむなん。。。さるはさるはさるは例例れいよりよりよりももも對對たい面面めん心心こころもとなきもとなきもとなきををを」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。胸胸むねつぶれつぶれつぶれててていかなるいかなるいかなるにににかかかとととおぼしおぼしおぼし歎歎なげききき御御おんぞぞぞどもどもども綿綿わた厚厚あつくくくててていそぎいそぎいそぎせせせさせさせさせ給給たまひひいててて奉奉たてまつれれれなどなどなどししし給給たまふふう。。。二二ふつ三三か日日みかはははおりおりおり給給たまははわずずず、、、いかにいかにいかにいかにいかにいかにととと人人ひと奉奉たてまつりりり給給たまへへえどどど「「「殊殊ことにににおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくはははあらあらあらずずず。。。そこはかとそこはかとそこはかとなくなくなく苦苦くるしうしうしゅうなむなむなん。。。少少すこしししもももよろしうよろしうよろしゅうならならならばばば今今いまねんじねんじねんじててて」」」などなどなどことばことばことばにてにてにて聞聞きこえええ給給たまふふう。。。阿阿あ闍闍ざ梨梨りつとつとつとさぶらひさぶらひさぶらいててて仕仕つこうううまつりまつりまつりけりけりけり。。。「「「はかなきはかなきはかなき御御おんなやみなやみなやみととと見見みゆれゆれゆれどどどかぎりかぎりかぎりのののたびたびたびにににもももおはしますおはしますおわしますらむらむらん君君きん達達だちののの御御おん事事こと何何なにかかかおぼしおぼしおぼし嘆嘆なげくくくべきべきべき。。。人人ひとははは皆皆みな御御おん宿宿すく世世せととといふいふいうものものものことことことごとごとごとなれなれなればばば御心御心みこころにににかゝるかゝるかかるべきべきべきにににもももおはしまさおはしまさおわしまさずずず」」」ととといよいよいよいよいよいよおぼしおぼしおぼし離離はなるるるべきべきべきことことことををを聞聞きこえええ知知しらせらせらせつゝつゝつつ、、、「「「今今いまさらさらさらにににななな出出いででで給給たまひひいそそそ」」」ととと諫諫いさめめめ申申もうすすすなりなりなりけりけりけり。。。
現代語訳
お二人はいっそう心細く物思いが続けられて、寝ても起きても語り合いながら、「どちらか一人がいなかったら、どうして明かし暮らせようか。これから先も定めない世で、もし別れることでもあったら」などと泣いたり笑ったり、冗談も真面目な話も同じ心で慰め合ってお過ごしになる。あの宮の行っていらっしゃる三昧が今日終わるだろうと、早くと待ち申し上げていらっしゃる夕暮れに、人が参って、「今朝から気分が悪くて参れない。風邪かということで、あれこれ手当てをしているところで。とはいえ、いつもよりも対面が待ち遠しいのだが」と申し上げなさった。胸がつぶれて、どうしたことかとお嘆きになり、お召し物などを綿厚く急いで用意させなさって差し上げなどなさる。二、三日は山をお下りにならず、どうか、どうかと人を差し向けなさるが、「特にひどくはない。何となく苦しいのだ。少しでもよくなったら、今にこらえて」などと、口頭で申し上げなさる。阿闍梨がつきっきりでお仕え申し上げていた。「ちょっとしたご病気と見えますが、最期の時でもいらっしゃるかもしれません。姫君たちのことを、何をお嘆きになることがありましょう。人は皆、ご宿世というものがそれぞれ別なので、お心にかけるべきことでもいらっしゃいません」と、ますます思い離れなさるべきことを申し聞かせながら、「今さら山をお出になりますな」と諫め申すのであった。
意訳
姉妹は父の帰りを待ちながら、互いに慰め合って過ごす。三昧が終わる日、父の病の知らせが届く。姉妹は衣を送って案じるが、父は山を下りず、阿闍梨は娘たちへの執着を捨てるよう諭し、山を出ないよう戒める。
語釈・文法注
文法
- 「三昧」(かの行ひ給ふ三昧)
- 念仏三昧。心を一つにして念仏に専念する修行。
- 「ねんじて」(今ねんじて)
- こらえて、我慢して。
- 「ことごとなれば」(御宿世といふものことごとなれば)
- それぞれ別々なので。
解説
姉妹が互いに頼り合う姿は、父を失う前の最後の穏やかな時間である。「どちらか一人がいなかったら」という言葉は、後に大君が亡くなることを予感させる。
阿闍梨は八の宮に、娘たちへの執着を捨てるよう諭す。聖としては正しい教えだが、父と娘の最後の対面を妨げることになる。阿闍梨の厳しさが、悲劇を深めていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、916–917頁(コマ169)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日