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源氏物語 第46帖 椎本(12)

山寺への出立

登場人物:八の宮・大君・中の君

明日山寺に入ろうという日は、宮はいつになくあちらこちらを佇み歩いて見る。「たいそう頼りなく仮初めの宿りとして過ごしてきた住まいの有様を、私がいなくなった後、どのようにして若い人たちがこらえて籠もって過ごしていかれよう」と涙ぐみながら念誦する様子はたいそう清らかである。年配の女房たちを呼び出して、「安心できるようにお仕えせよ。何事も、もとから気軽で世間に名の聞こえないような身分の者は、子孫の衰えも普通のことで紛れてしまうだろう。このような身分になると、人は何とも思わないだろうが、落ちぶれてさすらうことになるのは、宿縁としてもったいなく気の毒なことが多いだろう。物寂しく心細い世を過ごすのは普通のことだ。生まれた家の程度や家の掟どおりに振る舞っていればこそ、世間の聞こえにも自分の心にも誤りがないと思われるだろう。賑やかに人並みになろうと思っても、その思いもかなわない世となったら、決して軽々しく良くない方向にお扱いしてはならない」などとおっしゃる。まだ暁に出発する時も、姫君たちの方に来て、「私がいない間、心細く思い悩まないでください。心だけは晴らして、音楽などはなさい。何事も思いどおりにならない世を、思い詰めないでください」などと、振り返りがちに出て行った。

  1. 1あすあすあす入い入いいりりり給たま給たまたまははわむむんとてとてとてののの日ひ日ひひははは例れい例れいれいならならならずずずこなたこなたこなたかなたかなたかなたたゝずみたゝずみたたずみありきありきありき給たま給たまたまひひいててて見み見みみ給たま給たまたまふふう。。。「「「いといといとものものものはかなくはかなくはかなくかりそめかりそめかりそめのののやどりやどりやどりにてにてにてすぐいすぐいすぐい給たま給たまたまひひいけるけるける御おん御おんおん住すま住すますまひひいのののありさまありさまありさまををを、、、なからなからなからむむん後のち後のちのちいかにいかにいかにしししてててかかかははは若わか若わかわかききき人ひと人ひとひとののの堪た堪たたへへえ籠こも籠こもこもりりりてててはははすぐいすぐいすぐい給たま給たまたまははわむむん」」」ととと淚なみだ淚なみだなみだぐみぐみぐみつゝつゝつつねんずねんずねんずししし給たま給たまたまふふうさまさまさまいといといと淸きよ淸きよきよげげげなりなりなり。。。おとなびおとなびおとなびたるたるたる人々ひとびと人々ひとびとひとびと召め召めめししし出い出いいでででゝゝて、、、「「「うしろやすくうしろやすくうしろやすく仕つか仕つかつこうううまつれまつれまつれ。。。何なに何なになに事ごと事ごとごとももももともともとよりよりよりかやすくかやすくかやすく世よ世よよににに聞きこ聞きこきこえええあるあるあるまじきまじきまじききはきはきわののの人ひと人ひとひとははは、、、末すゑ末すゑすえのののおとろへおとろへおとろえももも常つね常つねつねののの事こと事ことことにてにてにてまぎれまぎれまぎれぬぬぬべかべかべかめりめりめり。。。かゝるかゝるかかるきはきはきわににになりなりなりぬれぬれぬればばば人ひと人ひとひとははは何なに何なになにとととももも思おも思おもおもははわざらざらざらめめめどどど、、、口惜くちを口惜くちをくちおしうしうしゅうてててさすらへさすらへさすらえむむん契ちぎり契ちぎりちぎりかたじけなくかたじけなくかたじけなくいとほしきいとほしきいとおしきことことことなむなむなん多おほ多おほおおかるかるかるべきべきべき。。。物もの物ものものさびしくさびしくさびしく心こころ心こころこころぼそきぼそきぼそき世よ世よよををを經ふ經ふふるるるははは例れい例れいれいのののことことことなりなりなり。。。生うま生うまうまれれれたるたるたる家いへ家いへいえのののほどほどほどおきておきておきてのののまゝまゝままにににもてもてもてなしなしなしたらたらたらむむんなむなむなん、、、きゝきゝききみゝみゝみみにににももも我わ我わわががが心こころ心こころこころちちちにににもももあやまちあやまちあやまちなくなくなくはははおぼゆおぼゆおぼゆべきべきべき。。。にぎはゝしくにぎはゝしくにぎわわしく人ひと人ひとひとかずかずかずめかめかめかむむんととと思おも思おもおもふふうともともとも、、、そのそのその心こころ心こころこころにににもももかなふかなふかなうまじきまじきまじき世よ世よよとととならならならばばば、、、ゆめゆめゆめゆめゆめゆめかろがろしくかろがろしくかろがろしく善よ善よよからからからぬぬぬ方かた方かたかたにににもてもてもてなしなしなし聞きこ聞きこきこゆゆゆななな」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。まだまだまだ曉あかつき曉あかつきあかつきににに出い出いいででで給たま給たまたまふふうとてとてとてもももこなたこなたこなたににに渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまひひいててて、、、「「「なからなからなからむむん程ほど程ほどほど心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそくなななおぼしおぼしおぼしわびわびわびそそそ。。。心こころ心こころこころばかりばかりばかりはははやりやりやりててて遊あそ遊あそあそびびびなどなどなどはははししし給たま給たまたまへへえ。。。何なに何なになに事ごと事ごとごとももも思おも思おもおもひひいにににえええかなふかなふかなうまじきまじきまじき世よ世よよをををなななおぼしおぼしおぼしいれいれいれそそそ」」」などなどなど顧かへり顧かへりかえりみみみがちがちがちにてにてにて出い出いいででで給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

明日山寺にお入りになろうという日は、いつになくあちらこちらを佇み歩いてご覧になる。「たいそう頼りなく仮初めの宿りとして過ごしていらっしゃったお住まいの有様を、私がいなくなった後、どのようにして若い人たちがこらえて籠もって過ごしていかれようか」と涙ぐみながら念誦なさる様子は、たいそう清らかである。年配の女房たちを呼び出して、「安心できるようにお仕えせよ。何事も、もとから気軽で世間に名の聞こえないような身分の者は、子孫の衰えも普通のことで紛れてしまうだろう。このような身分になってしまうと、人は何とも思わないだろうが、落ちぶれてさすらうことになるのは、宿縁としてもったいなく気の毒なことが多いだろう。物寂しく心細い世を過ごすのは普通のことである。生まれた家の程度や家の掟のままに振る舞っていればこそ、世間の聞こえにも自分の心にも、誤りがないと思われるだろう。賑やかに人並みになろうと思っても、その思いもかないそうにない世となったなら、決して軽々しく、良くない方向にお扱い申し上げてはならない」などとおっしゃる。まだ暁にお出になるという時も、こちらにお渡りになって、「私がいない間、心細く思い悩まないでください。心だけは晴らして、音楽などはなさい。何事も思いどおりにならない世を、思い詰めないでください」などと、振り返りがちにお出になった。

意訳

出発の前日、八の宮は住まいを見回り、娘たちの行く末を案じて涙ぐむ。女房たちには、身分を落とすような軽々しい縁組みをさせないよう戒める。暁、宮は娘たちに心を晴らして過ごすよう言い残し、何度も振り返りながら山寺へ向かう。

語釈・文法注

文法

「すぐい給ひける」(かりそめのやどりにてすぐい給ひける)
過ごしなさった。「すぐし」のイ音便。
「人かずめかむ」(にぎはゝしく人かずめかむと思ふとも)
人並みらしくする、人並みの暮らしをする。
「顧みがちにて」(など顧みがちにて出で給ひぬ)
何度も振り返りながら。

解説

八の宮の出発の場面は、これが永遠の別れになることを予感させる。何度も振り返る宮の姿には、娘たちへの断ち切れない愛情があふれている。

女房たちへの戒めは、娘たちの身分と誇りを守ろうとする父の最後の配慮である。しかしこの戒めが、後に女房たちが姫君たちの縁談を勧める際の葛藤を生むことにもなる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、914–917頁(コマ168–169)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日