源氏物語 第46帖 椎本(3)
春の夜明けと八の宮の文
八の宮の住まいでは春の夜もたいそう明かしにくいが、思いを晴らす旅寝の宿では酔いに紛れてたいそう早く夜が明けた心地がして、匂宮は名残惜しく帰ることを思う。遥かに霞の立ちこめた空に、散る桜もあれば今咲き始めるのもあり、さまざまに見渡される中、川沿いの柳が起き伏しなびく水影など並々ならず趣深いのを、見慣れない人はたいそう珍しく見捨てがたいと思う。宰相(薫)はこの機会を逃さず八の宮を訪ねたいと思うが、大勢の人目を避けて一人で舟を漕ぎ出すのも軽々しいかとためらっているうちに、八の宮から手紙が来た。山風に霞を吹き解く楽の声は聞こえるけれど、隔てて見える彼方の白波よ。草仮名でたいそう趣深く書いてある。匂宮は、心にかけているあたりからと見て、たいそう面白く思って、「この返事は私がしよう」と言って、あちらこちらの水際の波は隔てていても、やはり吹き通っておくれ、宇治の川風よと詠む。
- 1所所ところははは春春はるののの夜夜よもももいといといと明明あかしししがたきがたきがたきををを、、、心心こころやりやりやり給給たまへへえるるる旅旅たび寢寢ねのののやどりやどりやどりはははゑひゑひえいのののまぎれまぎれまぎれにににいといといと疾疾とううう明明あけけけぬるぬるぬる心地心地ここちしししててて、、、飽飽あかかかずずず歸歸かえらららむむんことことことををを宮宮みやはははおぼすおぼすおぼす。。。はるばるはるばるはるばるとととかすみかすみかすみ渡渡わたれれれるるる空空そらににに、、、散散ちるるる櫻櫻さくらあれあれあればばば今今いまひらけひらけひらけそむるそむるそむるなどなどなどいろいろいろいろいろいろ見見み渡渡わたさささるゝるゝるるににに河河かわぞひぞひぞい柳柳やなぎのののおきおきおきふしふしふし靡靡なびくくく水水みずかげかげかげなどなどなどおろかおろかおろかならならならずずずをかしきをかしきおかしきををを、、、見見みならひならひならい給給たまははわぬぬぬ人人ひとはははいといといと珍珍めずらしくしくしく見見み捨捨すててて難難がたしししとととおぼさおぼさおぼさるるる。。。宰宰さい相相しょうはははかゝるかゝるかかるたよりたよりたよりをををすぐさすぐさすぐさずずずかのかのかの宮宮みやににに詣詣もうでうでうでばやばやばやとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、あまたあまたあまたののの人人ひとめめめをををよきよきよきててて一一ひと人人り漕漕こぎぎぎ出出いででで給給たまははわむむんふなふなふなわたりわたりわたりのののほどほどほどももも輕輕かるらからからかにににやややととと思思おもひひいやすらひやすらひやすらい給給たまふふうほどほどほどににに、、、かれかれかれよりよりより御御おん文文ふみありありあり。。。「「「山山やま風風かぜにににかすみかすみかすみ吹吹ふきききとくとくとく聲聲こえはははあれあれあれどどどへだてへだてへだてゝゝて見見みゆるゆるゆるをちをちおちのののしらしらしら波波なみ」」」。。。さうさうそうにににいといといとをかしうをかしうおかしゅう書書かききき給給たまへへえりりり。。。宮宮みやおぼすおぼすおぼすあたりあたりあたりととと見見み給給たまへへえばばばいといといとをかしくをかしくおかしくおぼいおぼいおぼいててて、、、「「「このこのこの御御おんかへりかへりかえりははは我我わせせせむむん」」」とてとてとて、、、「「「をちこちをちこちおちこちのののみぎはみぎはみぎわののの波波なみはははへだつへだつへだつともともともなほなほなお吹吹ふきききかよへかよへかよえ宇宇う治治じののの河河かわ風風かぜ」」」。。。
現代語訳
八の宮の住まいでは春の夜もたいそう明かしにくいのに、思いを晴らしていらっしゃる旅寝の宿では、酔いに紛れて、たいそう早く夜が明けてしまった心地がして、名残惜しく帰ることを宮はお思いになる。遥かに霞の立ちこめた空に、散る桜もあれば、今咲き始めるものもあるなど、さまざまに見渡される中に、川沿いの柳が起き伏しなびく水影など、並々ならず趣深いのを、見慣れていらっしゃらない人は、たいそう珍しく見捨てがたいとお思いになる。宰相(薫)はこのような機会を逃さず、あの宮に参りたいとお思いになるが、大勢の人目を避けて一人で舟を漕ぎ出しなさるのも軽々しいだろうかとためらっていらっしゃるうちに、あちらからお手紙がある。「山風に霞を吹き解く楽の声は聞こえるけれど、隔てて見える彼方の白波であることよ」。草仮名でたいそう趣深くお書きになっていた。匂宮は、お心にかけていらっしゃるあたりからとご覧になると、たいそう面白くお思いになって、「この御返事は私がしよう」と言って、「あちらこちらの水際の波は隔てていても、やはり吹き通っておくれ、宇治の川風よ」。
意訳
春の朝、宇治川の景色は美しく、匂宮は名残を惜しむ。薫は八の宮を訪ねたいがためらっていると、八の宮から歌が届く。匂宮は姫君たちの家からの手紙に喜び、自ら返歌を詠む。
語釈・文法注
文法
- 「さう」(さうにいとをかしう書き給へり)
- 草仮名。くずした仮名の書体。
- 「をちのしら波」(へだてゝ見ゆるをちのしら波)
- 彼方の白波。川を隔てて遠い様子。
- 「をちこちのみぎは」(をちこちのみぎはの波はへだつとも)
- あちらこちらの岸辺。
解説
八の宮から届いた歌に、匂宮が自ら返歌する。これが匂宮と宇治の姫君たちを結ぶ最初のきっかけとなる。匂宮の積極性が、物語を動かしていく。
宇治の春の景色は、霞、桜、柳が水面に映えて美しい。「憂し」と言われる宇治だが、春には華やかな表情も見せる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、908–909頁(コマ165)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日