源氏物語 第45帖 橋姫(26)
柏木の遺書
帰って、まずこの袋を見ると、唐の浮線綾を縫って、「上」という文字を表に書いてある。細い組紐で口の方を結んで、あの方(柏木)の名の封がしてある。開けるのも恐ろしく思われる。色とりどりの紙で、たまに交わした手紙の、女三の宮からの返事が五、六通ある。それから柏木の筆跡で、「病は重く、最期になってしまったので、またほのかにでもお便りすることが難しくなったのに、お会いしたいと思う気持ちは増すばかりです。ご容貌もお変わりになった(出家なさった)だろうことが、さまざまに悲しい」ということを、陸奥紙五、六枚に、ぽつぽつと奇妙な鳥の足跡のような字で書いて、目の前でこの世を背くあなたよりも、よそで別れていく私の魂の方が悲しいと詠んである。また端に、「珍しく聞いております二葉(若君)のことも、心配に思うことはないけれど」、命があったならそれとも見ただろうに、人知れず岩根に留めた松の生い末をと書いてある。書きかけたようにたいそう乱れていて、「侍従の君に」と表に書きつけてある。紙魚という虫の住みかになって古びて黴臭いが、筆の跡は消えていない。たった今書いたのと違わない言葉の数々が細かくはっきりしているのを見ると、本当に散り落ちていたらと、心配で気の毒なことばかりである。このようなことが世に他にあるだろうかと、心一つにいっそう物思いが募って、宮中に参ろうと思っていたのも出かけられない。母宮(女三の宮)の御前に参ると、たいそう無心に若々しい様子で経を読んでいたが、恥じらって隠した。どうして秘密を知ってしまったと知られ申し上げようかなどと、薫は心にしまって、あれこれと思いにふけっていた。
- 1歸歸かえりりり給給たまひひいてててまづまづまずこのこのこの袋袋ふくろををを見見み給給たまへへえばばば唐唐からののの浮浮ふ線線せん綾綾りょうををを縫縫ぬひひいててて上上じょうととといふいふいう文文も字字じをををうへうへうえににに書書かきききたりたりたり。。。細細ほそききき組組くみしししててて口口くちののの方方かたをををゆひゆひゆいたるたるたるににに、、、かのかのかの御御おん名名なののの封封ふうつきつきつきたりたりたり。。。あくるあくるあくるももも恐恐おそろしうしうしゅうおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう。。。いろいろいろいろいろいろののの紙紙かみにてにてにてたまさかたまさかたまさかににに通通かよひひいけるけるける御御おん文文ふみののの返返かえり事事ごと五五いつつつつ六六むつつつぞぞぞあるあるある。。。さてさてさてはははかのかのかの御御おん手手てにてにてにて「「「病病やまいははは重重おもくくくかぎりかぎりかぎりににになりなりなりにににたるたるたるににに又又またほのかほのかほのかにににももも聞聞きこえええむむんことことことかたくかたくかたくなりなりなりぬるぬるぬるをををゆかしうゆかしうゆかしゅう思思おもふふうことことことはははそひそひそいにににたりたりたり。。。御御おんかたちかたちかたちももも變變かわりりりててておはしますおはしますおわしますらむらむらんがががさまざまさまざまさまざま悲悲かなしきしきしき」」」ことことことをををみちのくにみちのくにみちのくにがみがみがみ五五いつ六六む枚枚ひらにににつぶつぶつぶつぶつぶつぶとととあやしきあやしきあやしき鳥鳥とりののの跡跡あとのののやうやうようににに書書かきききててて、、、「「「めめめののの前前まえにににこのこのこの世世よをををそむくそむくそむく君君きみよりよりよりもももよそよそよそにににわかるゝわかるゝわかるるたまたまたまぞぞぞ悲悲かなしきしきしき」」」。。。またまたまたはしはしはしににに「「「めづらしくめづらしくめずらしく聞聞きききき侍侍はべるるる二二ふた葉葉ばのののほどほどほどもももうしろめたううしろめたううしろめとう思思おもひひい給給たまふるふるうる方方かたはははなけれなけれなけれどどど、、、命命いのちあらあらあらばばばそれそれそれとととももも見見みましましまし人人ひとしれしれしれずずずいはいはいわねねねにににとめとめとめししし松松まつのののおひおひおいすゑすゑすえ」」」。。。かきかきかきさしさしさしたるたるたるやうやうようにににいといといと亂亂みだりがはしくりがはしくりがわしくててて「「「侍侍じ從從じゅうののの君君きみににに」」」ととと上上うえにににははは書書かきききつけつけつけたりたりたり。。。
- 2しみしみしみととといふいふいう蟲蟲むしのののすみかすみかすみかににになりなりなりてててふるめきふるめきふるめきたるたるたるかびかびかびくさゝくさゝくささながらながらながらあとあとあとははは消消きえええずずず。。。唯唯ただ今今いま書書かきききたらたらたらむむんにににもももたがはたがはたがわぬぬぬ言言ことののの葉葉はどもどもどものののこまごまこまごまこまごまとととさだかさだかさだかなるなるなるををを見見み給給たまふふうにににげにげにげに落落おちちち散散ちりりりたらたらたらましかましかましかばばばとととうしろめたううしろめたううしろめとういとほしきいとほしきいとおしきことことことどもどもどもなりなりなり。。。かゝるかゝるかかることことこと世世よにににまたまたまたあらあらあらむむんやややととと心心こころひとつひとつひとつにににいとゞいとゞいとど物物もの思思おもははわしさしさしさそひそひそいててて、、、內內うちへへへ參參まいらららむむんとととおぼしおぼしおぼしつるつるつるももも出出いでででたゝたゝたたれれれずずず。。。宮宮みやののの御御お前前まえににに參參まいりりり給給たまへへえれれればばばいといといと何何なに心心こころもももなくなくなく若若わかやかやかやかなるなるなるさまさまさまししし給給たまひひいててて經經きょう讀讀よみみみ給給たまふふうををを恥恥はぢぢじらひらひらいてててもてもてもてかくしかくしかくし給給たまへへえりりり。。。何何なにかかかはははしりしりしりにににけりけりけりとととももも知知しららられれれ奉奉たてまつらららむむんなどなどなど心心こころにににこめこめこめてててよろづよろづよろずににに思思おもひひい居居いたまへたまへたまえりりり。。。
現代語訳
お帰りになって、まずこの袋をご覧になると、唐の浮線綾を縫って、「上」という文字を表に書いてある。細い組紐で口の方を結んであるところに、あの方の御名の封がついている。開けるのも恐ろしく思われなさる。色とりどりの紙で、たまに通わせたお手紙の、女三の宮からの返事が五つ六つある。それから、あの方の御筆跡で、「病は重く、最期になってしまったので、またほのかにでもお便り申し上げることも難しくなってしまったのに、お会いしたいと思う気持ちは増すばかりです。ご容貌もお変わりになっていらっしゃるだろうことが、さまざまに悲しい」ということを、陸奥紙五、六枚に、ぽつぽつと奇妙な鳥の足跡のように書いて、「目の前でこの世を背くあなたよりも、よそで別れていく私の魂の方が悲しいことです」。また端に、「珍しく聞いております二葉の子のことも、心配に思うことはないけれど」、「命があったならば、それと我が子とも見ただろうに、人知れず岩根に留めた松の生い末を」。書きかけたようにたいそう乱れていて、「侍従の君に」と表には書きつけてある。
紙魚という虫の住みかになって、古びて黴臭いながらも、筆の跡は消えていない。たった今書いたものにも違わない言葉の数々が、細かくはっきりしているのをご覧になると、本当に散り落ちていたらと、心配で気の毒なことばかりである。このようなことが世に他にあるだろうかと、心一つにいっそう物思いが募って、宮中に参ろうとお思いになっていたのも出かけられない。母宮の御前に参上なさると、たいそう無心に若々しい様子をなさって、経を読んでいらっしゃったのを、恥じらってお隠しになった。どうして秘密を知ってしまったと知られ申し上げようかなどと、心にしまって、あれこれと思いにふけっていらっしゃった。
意訳
薫は袋を開け、母女三の宮から柏木への返事と、柏木の最期の手紙を見つける。柏木は出家した女三の宮を思い、生まれた子(薫)を見られぬまま死ぬ悲しみを詠んでいた。薫は秘密の重さに物思いが募り、無心に経を読む母を見ても、知ったことを打ち明けられない。
語釈・文法注
文法
- 「浮線綾」(唐の浮線綾を縫ひて)
- 文様を浮き織りにした綾織物。
- 「みちのくにがみ」(みちのくにがみ五六枚に)
- 陸奥紙。厚手の上質な紙。
- 「いはねにとめし松のおひすゑ」(いはねにとめし松のおひすゑ)
- 岩根に残した松の将来。人知れず生まれた我が子(薫)をたとえる。
- 「しみ」(しみといふ蟲のすみかになりて)
- 紙魚。紙を食う虫。
解説
橋姫の巻の終わりで、薫はついに出生の秘密を知る。実の父柏木の最期の手紙には、母への思いと、見ぬ我が子への思いが記されていた。「いはねにとめし松のおひすゑ」という歌は、父から子へ届いた唯一の言葉である。
無心に経を読む母を前に、薫は何も言えない。秘密を知ってしまった子と、知られたことを知らない母。この沈黙の場面で巻は閉じられ、薫の孤独はいっそう深まる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、906–907頁(コマ164)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日